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「濡れちゃったね、稲葉…」
「まさか、雨が降るとは思いませんでしたからね…」
名無しと稲葉は互いに顔を合わせながら苦笑を浮かべた。
今日は午前の務めだけだった稲葉は、名無しと共に夕餉の買い付けのために城下町へと足を運んでいた。
青菜に魚に玄米に、味噌や豆腐、足りなくなった調味料、夕餉の後に名無しが食べる甘い物。
普段は名無しが買い付けに来ているが、さすがに女一人では沢山のものを買い運ぶことができないため、必要な物しか買わないが今日は稲葉と共に買い付けに出ているせいか名無しと稲葉の両手には沢山の量の紙袋や籠を抱えていた。
流石にこれ以上買う事はできず、二人はのんびりと来た道を戻り家路につこうとした矢先に、今まで晴れていたはずの空から冷たい雫がぽつり、ぽつりと降り出した。
近くに雨宿り出来る場所もなく、稲葉と急いで庵へと急いだ。
だが雨は止むことはなく、逆に量を増すばかりだった。
家路についた時にはもう既に二人の着物はびしょ濡れになっており、たくさんの水を吸っていて重いものになっていた。
「今手拭を持ってまいりますね」
「ありがとう稲葉、その間私は買い付けた食材の整理してるね」
買い付けた物を台の上に置き、稲葉は濡れた羽織を脱ぎ手拭を取りに行く。
名無しも羽織っていた羽織を汚れない場所に置き、買い付けたばかりの食材を籠や紙袋の中から取り出しあるべき場所へと置く。
一刻ほどして、今日買い付けた物を袋から出しあるべき場所に置き終わると同時に、稲葉が二枚の手拭を持って名無しの傍に寄る。
「すみません、名無し様…遅くなってしまいましたね」
「ううん、大丈夫だよ稲葉」
にこりと名無しは稲葉に笑顔を向け、その笑顔につられて稲葉も微笑みを向ける。
手に持っている手拭のうち一枚をそっと名無しの頭に乗せ、丁寧に名無しの髪を優しく拭いていく。
影武者として江戸城にいた時も湯浴み後、髪が濡れていた時はこうして稲葉が拭いてくれたのを思い出しながら名無しは微笑む。
「どうかしましたか、名無し様?」
「ううん…こうして拭いてもらえるのも江戸城で影武者をしていた時以来だなって思って」
「言われてみれば…そうですね」
「ちょっと懐かしいなって思って…あ、稲葉ちょっとしゃがんで」
名無しに促され、稲葉は不思議そうに首を傾げながら言われた通りにしゃがむ。
稲葉が持っていたもう一枚の手拭を取り、先ほど稲葉がしてくれたようにそっと頭に乗せゆっくりと稲葉の髪を拭く。
「ち、名無し様?!そのような事はなされなくても…っつ」
「いいの、私だって稲葉の髪拭きたいんだもん」
くすくすと笑いながら稲葉の髪を拭くと、何も言えず稲葉は恥ずかしそうに頬を赤くする。
頬を赤く染める稲葉を愛おしく思いながら、名無しは稲葉の髪を拭いていたが「…くしゅんっ」っとくしゃみを一つつく。
「大丈夫ですか、名無し様?!」
「うん…大丈夫だよ」
心配そうに顔を覗き込む稲葉に、名無しは笑って返す。
だが稲葉は眉に皺を寄せ名無しの頭にかかっていた手拭を取る。
「先ほど手拭を取ってくる際に湯を沸かしましたので…名無し様が温まってきてください」
「駄目だよ、稲葉が風邪引いたら心配だし…それに明日も公務があるでしょ?稲葉が先に入って温まってきて…」
「ですがそれでしたら名無し様が風邪を引いてしまいます」
「それは稲葉にも言えることだよ!稲葉が先に入ってきて」
互いに一歩も譲らないままじっと見つめていると…
「「くしゅんっつ…」」
と、名無しと稲葉が同時にくしゃみをする。
思わず顔を見合わせて、ふっと笑いが込み上げてくる。
まさか二人同時にくしゃみをするとは思わなかったのだろう。
名無しの顔を見ながら、稲葉はそっと言葉を紡いだ。
「でしたらその…一緒に入りましょうか、名無し様」
「え、で、でも…っつ」
稲葉の言葉に思わず名無しは顔を赤くし驚く。
まさか稲葉からそのような言葉を聞かされるとは思わなかったので、名無しは言葉につまる。
「このままお互いに譲り合っていましたら本当に風邪を引いてしまいます」
「それは…そうだけど…」
「それに二人で入れば、すぐに温かくなりますよ?」
そう言って、稲葉は顔を赤らめながら名無しの手を取り、湯殿へと足を運んだ。
雨に濡れ冷え切っているはずなのに、稲葉の手はとても温かく冷え切った名無しの手を温めた。
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