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「…すみません、春日局様」
あの後、一通りの事をお母さんと畑から戻ってきたお父さんに聞いて、私の目の前にいる春日局に深々と頭を下げた。
心配性であるお父さんの大げさな文のせいで私は江戸城から離れたこの村に春日局様を連れてきてしまったのだから…
「…構わん、この所公務が忙しく息抜きをする暇もなかったからな…それに貴方にとって三年ぶりの帰郷になるのだろう?」
「それは…そうですけど…」
おずおずと下げていた頭を上げると、春日局様は私の方へ手を伸ばし、垂れていた髪を耳にそっとかける。
髪をかける際に触れた春日局様の指が擽ったく、私は思わず「擽ったいです」と口元が緩む。
今、私と春日局様が居る部屋は私が奉公に出る前まで使っていた私の部屋だった。
奉公に出る前と部屋の中は何一つ変わっていない。
お母さんやお父さんの部屋、居間のある場所よりも少し遠い位置に私の部屋はある。
一人部屋にしてはほんの少し大きいかもしれないけど、この部屋から眺められる風景が好きで、元はお父さんとお母さんの部屋だったけど無理を言って代わってもらったのだった。
(懐かしいな…この部屋も)
まだ私がこの部屋で過ごしていた時の事を思い出した。
毎日のようにこの部屋から見える風景を見て1日ぼーっと過ごしていたり…あまりにもぼーっとし過ぎてお母さんやお父さんに散々怒られた時もあった。
奉公に城下町まで行くことになった日は驚いたけど…奉公に行くことがなかったら今頃春日局様ともこんな風には過ごせなかったんだろうなぁ…。
そう思っていると不意に襖が開き、お盆の上に湯呑を二つ載せてお母さんが入ってきた。
「何もないところにわざわざ申し訳ありません、この子の付き添いに来てくださって…」
「いえ、…お体に大事がなくて何よりです」
お盆を私と春日局様の前に置き、そそくさにお母さんは「ごゆっくりしていってくださいね」っと襖を閉めた。
村近くから歩いてきたとは言っても、暑さの中歩いてきたから喉が乾いている。
お母さんが出した湯呑をお盆の上から手に取り、私は一口お茶を飲んだ。
(冷たくて美味しい…)
冷やしていたのかお茶はとても冷たく、一口、二口と私は冷たいお茶を口に含む。
春日局様も出された湯呑に口をつけゆっくりと飲み込む。
「夕餉の時刻までまだ時間がありますが…どうします?」
「…そうだな…」
私の言葉に、春日局様は眼鏡をかけ直しながら考える。
普段なら公務が忙しくあっという間に時間が過ぎていくけど…今は公務もない上に此処は江戸城でもない。
出来ることは本当に限られているし、村の人達は大抵田畑を耕していたりする。
(春日局様は何冊か書物を持ってきていたけど、駕篭の中で全て読み終えていらっしゃったし…)
そんな事を思っていると、ふと何かを思いついたかのように春日局様が言葉を紡ぐ。
「ではこの村を案内してはくれないのか?」
「で、でも何もない所ですよ?」
「貴方が生まれ育った地を見ておきたいと思ってな」
そう言って春日局様は立ち上がり、手を差し出す。
春日局様の言葉が嬉しくて、差し出されたその手に手を重ねて、私は「はい」と頷きながら立ち上がった。
お母さんに「ちょっと散歩に行ってくるね」と言い残して、私と春日局様は村を散歩しに行った。
「ねぇ、名無し」
「何、お母さん?」
春日局様との散歩から戻り数刻。
名前を呼ばれて台所の方に行ってみると、お母さんが器におはぎを載せて居るところだった。
きな粉と粒あんの二種類のおはぎ。
久々にお母さんが作ったおはぎを見て、私の喉はごくりとなる。
「夕餉の後に食べようと思って作ったんだけど作りすぎちゃって…悪いけど村長さんの所に持って行ってくれない?」
「うん、いいよ」
そう言っておはぎが載っている器に布をかけ持ち、私は家を出て村長さんの家へと足を向けた。
数刻もせずに村長さんの家にたどり着き、私は村長さんを呼ぶつもりだったけど、たまたま薪割りをしていた三太が家の前にいた。
「あ、三太」
「どうしたんだよ名無し?」
首にかけていた手拭いで、汗を拭いながら三太は首を傾げる。
私は持ってきた布のかかった器を三太の目の前に差し出す。
「これ…お母さんが村長さん家にって」
「ああ、悪いな…おはぎか?」
「うん、よく分かったね?」
「祖父さんが名無しん家のおはぎ好きだからな」
「そう言えば村長さんいつも美味しそうにお母さんの手作りおはぎ食べてたよね」
昔を思い出しながら私はくすくすと笑った。
小さい頃からお母さんのおはぎが好きで、よく作ってくれって頼みにきてたっけ。
その付き添いに三太も居て、今にも泣きそうな表情で「帰ろうよ…」って泣きついてたな…。
「おい名無し、お前変なこと思い出してんじゃねえだろうな?」
「…変なことって、ただ三太の泣きそうな顔思い出してただけだよ?」
「お前、んな事思い出してんじゃねぇーよ!」
おはぎが載っている器を受け取り、むすっとした表情で目を伏せる。
三太にとってはあんまり思い出したくない記憶らしい。
はぁ、っとため息を一つ付き三太は家の中に一度入ると再び出てきて私の隣で足を止めた。
「…どうしたの?」
「おくってく」
「別におくらなくてもいいよ?」
「うるせぇー、黙っておくらせろ」
そう言って歩き出す三太の背中を、私は「待ってよ!」っと叫びながら追いかけた。
陽も沈みかけている中を、私と三太は歩いていた。
(こうして歩いていると昔を思い出すなぁ…)
まだこの村に住んでた幼い頃、陽がくれるまで私と庄吾、三太は遊んでいた。
野山を駆けたり鬼ごっこと言った昔馴染みの遊びを飽きることなくしていた。
家に帰る頃には三人とも泥だらけで…よくお母さんたちに怒られてたっけ…
「なぁ…名無し」
「うん?」
昔懐かしい記憶を思い出していると、横を歩く三太が口を開く。
「…奉公先は楽しいか?」
「うん、忙しい日も多いけどとても楽しいよ。…それに、春日局様も良くしてくださってるし」
そう言うと「あ、そう言えばこの前ね――」っと、江戸城であったことを話した。
勿論私が江戸城で家光様の影武者をしている事は伏せて、茶屋での奉公先での出来事のように話す。
話していると次から次へと春日局様との事を思い出し、「それからね…」と思い出したことを話し続けた。
たった半月しか経っていないのに、口を開けば次々と春日局様との出来事を話していた。
「っつ…」
「三太?」
不意に三太の歩く足が止まり、私の方へと身体を向ける。
つられて私の足もとまり、「三太?」っと声をかけるけど三太は「…俺にしとけよ」っと言葉を紡ぐ。
「え?」
三太の言葉の意味が分からなくて、私は思わず聞き返してしまった。
少し苛立った表情で強引に私の手首を掴み、三太は今までに見たこともないような真剣な表情をしている。
「だからっ、あんな奴やめて俺にしとけって」
「…三太何言って…」
「奉公先で世話になってるって…本当はそれだけじゃないんだろ?」
そう言いながらゆっくりと三太の手が私の方へと伸びてくる。
私は何も言えずにただ伸びてくる手を見ていると、急に背後から手を引っ張られて後ろに身体が傾く。
ぽすんっと音を立てて、傾いた身体はそれ以上倒れることなく何かに当たった。
振り向いてみるとそこには春日局様が私の手首を引いてじっと三太の方を見ていた。
「お前…」
「か、春日局様っつ…!」
急に現れた春日局様に、私も三太を目を見開いた。
(どうしてこちらに…?)
そう聞こうとしようと口を開こうとするけど、その前に春日局様の言葉が先に出る。
「悪いが…これは私のものだ」
それだけを三太に言い残し、春日局様は何も言わずに私の手を引いて歩き出した。
私も三太も何も言葉を紡ぐことが出来ず、ただじっと春日局様を見ていることしか出来なかった。
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