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稲葉に小袖を出してもらおうと思ってたけど、丁度呉服屋が来ていたのでこの際新調してはどうかと言われ、私は先ほど買ったばかりの小袖を着て、春日局様と一緒に駕籠に揺られ生まれ育った村に足を付いた。
幼い頃から変わらない自然豊かな村に、私の胸の中は懐かしいっ気持ちでいっぱいになる。
「名無しの実家は少し遠いようだな」
「はい、奉公中は住み込みでしたから滅多に帰ることはないんですけどね」
春日局様がおっしゃるように、城下町から少し遠い所に、私の住んでいた村がある。
一応江戸の地名ではあるけど、総(ふさ)よりのせいか城下町から帰るにしても着く頃には黄昏時になってしまう。
けど今回は春日局様が駕籠を使ってくれたおかげで、昼過ぎには着いたのだった。
流石に駕籠に乗ったまま家まで行くわけには行かず、村近くで降ろしてもらい春日局様と二人で歩きながら小道を歩いていく。
新調したばかりの小袖には、秘色(ひそく)色の生地に水擬宝珠の花が描かれている。
水を思い浮かばせるような秘色色、涼しそうな夏の花が描かれている小袖を選んだけど…
ちらりと春日局様の方へと視線を向けて、私は息を飲んだ。
何時もの着物とは違い、私と同じ秘色色の着物を着ている。
普段の格好では目立ちすぎるので、春日局様も私と一緒に着物を新調したけど…
「…っつ」
見慣れていない春日局様の質素な着物姿に、私は春日局様から目が逸らせなかった。
時折どきどきと胸が高なり、体温が上がるのが私自身でも分かった。
私の視線に気づいたのか、春日局様は歩きながら私の方を見る。
「どうかしたか?」
「いえ…あの、普段と違う着物でしたので…その…」
「ほう…見惚れていたと?」
「…っつ」
図を突かれてしまい、私は思わず俯く。
そんな私の反応を見て楽しむかのように春日局様は目を細めた。
「…だってその…春日局様が何時もと違う着物を着てらっしゃるから…っつ」
「江戸城から離れていると言え目利きが居れば流石にばれてしまうからな」
「それは…そうなんですけど…」
春日局様のもっともな言葉に、私は口を噤む。
歩く足を止め、春日局様がそっと私に手を伸ばそうとした時…
「おや、名無しちゃんじゃないかい?」
と、心地良く聞きなれた声がし、私は思わず声のする方へと振り向いた。
「あ、村長さん」
振り向くとそこには薪を背負っている村長さんの姿が目に入った。
私が小さい頃から長い間村の村長さんをしている。
奉公に出た時に見た記憶の中の村長さんに比べれば、白髪が増えたくらいで他は何一つ変わることのない姿のままだった。
私の姿を見た村長さんは安心したかのように柔らかい笑顔を浮かべている。
「お久しぶりです、村長さん」
「久しぶりじゃのう…名無しちゃんが城下町の茶屋に奉公に出て三年ぶりかのう?」
「それくらいですね」
「随分時が流れたもんじゃ…知らないうちにまた別嬪さんになったんじゃないかい名無しちゃん?」
「ふふ、ありがとうございます村長さん」
「それで、そちらの方は?」
傍にいる春日局様の方へと視線を移し村長さんは首を傾げる。
(あ、そうだった…)
私は慌てて春日局様の傍に行き、「こちらは私のこ…奉公先でお世話になってる春日局様です」と…出かけた言葉を飲み込み、村長さんに紹介した。
本当は恋仲…恋人の春日局様ですって言いたかったけど…
(恋人なんて言ったら…流石に迷惑だよね…)
いくら江戸城から離れた小さな村だと言っても、もしかしたら知ってる人もいるかもしれない…
そうなった時に春日局様に迷惑なんてかけられないし…
私がそんなことを思っていると、村長さんは春日局様に一礼する。
「名無しちゃんがお世話になっております、名無しちゃんはちゃんとしていますかね?」
「…ええ、十分すぎるほどの務めを果たしています」
「ならよかった」
本来はお父さんが言いそうな事を村長さんは嬉しそうに春日局様に言っていた。
ちゃんと務めを果たしているか?ちゃんとご飯を食べているか?体を崩したことはないかなど、まるで本物のお父さんのように春日局様に聞いている。
「おい祖父さん、先に行ったんじゃなかったのかよ?」
するとまた後ろから声が聞こえ、私達は一斉に声のする方へと振り返った。
振り返ると村長さんと同じように背中には薪を背負っている男の人がそこには居た。
「おお、名無しちゃん帰ってきたぞ」
「名無しが?」
「そうじゃ、しかも別嬪さんになってな」
村長さんの言葉に「ふーん」っと言いながら、巻を背負った男の人は私の方へと視線を向けた。
歳は私とそう変わらない…違っても二、三つ違い…かな?
割と整った顔立ちに、ホンの少し長い跳ねっけのある青緑色の髪。
(誰だろう…?こんな人村に居たかな…?)
そう思いながらじっと男の人を見ていると、男の人はため息を一つ付き、髪の毛をを掻く。
「…おいおい、忘れたのかよ?薄情な奴だな。三太(さんた)だよ、三太。庄吾とお前の幼馴染の三太だよ」
(…え?)
「嘘っつ?!あの泣き虫三太なの?!」
思わず人差し指を向け、私は目を丸くした。
庄吾の他に私にはもう一人小さい頃からの幼馴染がいた。
それが今目の前にいる三太。
昔は泣き虫で石に躓いて転けては泣いたり、ちょっと怒鳴っただけで大泣きしたりで付いたあだ名が泣き虫三太だった。
“泣き虫”という言葉に不服そうな表情を見せ、三太は私の頭を殴った。
「泣き虫は余計だ、じゃじゃ馬名無し」
「っつ~~~…痛いよ三太!!!しかもじゃじゃ馬じゃないよ…」
「昔はガキ大将の芳吉(よしきち)泣かせたり、嫌がる俺と庄吾連れて肝試しに行ったりしてたこと忘れたとは言わせねーぞ?」
「うっ…」
三太の言葉に私は図を突かれてしまった。
確かに小さい頃は三太が言ったようにガキ大将で恐れられていた芳吉を泣かせたり、泣きながら嫌だという庄吾や三太を連れて肝試しに出向いたこともあった。
(あの頃は怖いもの知らずにそんなこともしてたけど…春日局様の前でそんな事言わなくてもいいのに…っつ)
ちらりと春日局様の方を見れば「そんな事をしていたのか貴方は…」と言いたげな表情で私の方を見ていた。
(穴があったら入りたい…)
そう思うものの入る穴もなく、私はただただ俯いてしまった。
俯いている間も、春日局様からの視線が痛いくらいに感じる…。
「貴方にも意外な一面があるのだな」
三太と村長さんに気づかれないように、春日局様が耳元で囁く。
びくりと肩が揺れ、私は俯いていた顔を思わず上げてしまった。
「で、そっちの人は?」
三太は春日局様に気づいたのか尋ねると、その問いに村長さんが「ああ、名無しちゃんの奉公先の春日局さんだよ三太」っと返した。
「ふーん…奉公先の…ね…」
後半は聞き取れなかったけど、三太は何かを呟きじっと春日局様へと目を向ける。
「三太?」
「いや、何でもねぇーよ。名無しどうせお袋さんの所に行くんだろ?さっさと顔見せに行ってやれよ」
「うん」
呑気に欠伸をしながら言う三太に、私はただ頷いて早足になりながら春日局様の隣を歩いた。
けど私は…
三太がずっと春日局様の事を睨みつけていた事を…この時気づいていなかった―――…
ようやく村に着き、私と春日局様は私の家へと向かった。
村の入口のすぐ近くにあるため戸を引き「お母さん!!!」と叫ぶと…
「あら、お帰りなさい名無し」
「…え…おかあ…さん…?」
きょとんとした表情で洗濯物を駕籠いっぱいに持っているお母さんの姿がそこにあった。
三年ぶりにみたお母さんの姿は三年前と何一つ変わらなかった。
「お母さん倒れたんじゃあ…」
「ああ…倒れたには倒れたけど暑さにやられちゃっててね…横になれば直ぐに治るのにお父さんったら大げさに貴女に文まで出しちゃって」
困ったお父さんよね?っと、洗濯物駕籠を持ったお母さんは呑気にそう言いながら笑っていた―――…
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