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※秘end後
「…退屈だ」
葵の間にて、家光はつまらなさそうに筆を投げ出し。その場に仰向けに倒れこんだ。
文机の上にはほぼい真っ白に近い書きかけの書簡が広げられており、書きかけの書簡の側にはかなりの量の書簡が積まれている。
晩春の一時もあっという間に過ぎ去り、ほぼ毎日のように雨が降り続き始めた。
雨の日は城を抜け出すのに成功したとしてもすぐに見つかってしまうため、家光は大人しく将軍としての責務を果たした。
公務に謁見、幾多の書簡整理、嫌々ながらの総触れその他もろもろを―――…
今までは心労が積もる前に城下町へと降り発散していたが雨続きのせいで発散することが出来なかった。
だが、ここ数日は久方ぶりの天候は晴れ。
城を抜け出してばれることはほとんどないこの絶好の機を、逃せるわけがなかった。
脱兎の如く書簡から逃れ江戸城から抜け出し、城下町で遊び呆けていたのだから仕方のない事なのだが…
「家光様、そろそろ書簡に手を付けませんと…春日局様にまたお叱りを受けてしまいますよ?」
そう言いながら以前まで家光の影武者だった名無しは、空いている文机の上に淹れたてのお茶と手作りの水饅頭を置いた。
「仕方なかろう名無し…こう雨が続いているのだから晴れた日くらい羽目を外したいのだ…」
はぁ、っと溜息を溢しながら、家光はほんの少し開いている障子の外へと目を向けた。
まだ正午だと言うのに障子の外は薄暗く、しとしとと雨が草木を潤おす。
空の薄暗さに反し、水を得た草木は青々しく生い茂ているが、家光にとってはつまらない事だった。
(あぁ…雨のせいで退屈だ…)
心の底からの溜息を再度つき、嫌々体を起こし名無しの淹れてくれたお茶を一口飲む。
雨のせいで普段よりも寒く感じていたが、丁度いいお茶の温かさに家光の気は少し緩んだ。
(何時もながら名無しの淹れてくれる茶は美味いな)
そう思いながら名無しの方を見れば、家光は何かを思い浮かんだかのようににやりと笑みを浮かべる。
先ほどまでとは違い生き生きとした…いや、まるで幼子が何か新しい玩具を見つけたかのような表情に、名無しは首を傾げる。
「どうかしましたか、家光様?」
「あぁ名無し、実はな…」
我ながらいい退屈しのぎが出来そうだと思いながら、家光は口を開いた。
先ほどと打って変わらない葵の間。
いや、打って変わらないと言う言葉には少々語弊があるだろう。
何せ文机の上で書簡を広げ筆を執ったは家光…ではなく、名無しなのだから。
(どうしてこんな事に…)
未だ追いつかない思考のまま、名無しはつい一刻前の事を思い出した。
どうかしたのかと問うた問いに、家光は笑みを浮かべたまま名無しに近寄り「名無し、これを着てくれ」と家光自身が着ていた着物の羽織を渡す。
勿論どういうことか意味が分からずに差し出された羽織を見ながら首を傾げていれば「ええい、じれったい!」っと、無理やり名無しの着ていた着物を脱がされ家光が着ていたものを着せられた。
家光の着物を着せられた名無しは、誰がどう見ても家光にしか見えず。
言われない限りほとんどの者が名無しだと見抜けはしない。
だからこそ、以前家光と入れ替わり影武者としてこの江戸城にて家光の代わりに公務をこなしたのだから。
「い、家光様?!」
「私のほんの少しの退屈しのぎだ…付き合ってくれ名無し」
そう言いながらぽんっと名無しの肩に手を置き、無邪気に笑う家光に名無しは何も言えずにその退屈しのぎに付き合わされる羽目となったのだ。
そんな事を思い出していればふいに、障子に人影が映りだす。
「家光様、失礼します」
障子の向こうからかけられた声にびくりとし、名無しは我に返った。
自分が再び家光の代わりだというのを思い出し、ばれないように「あ、あぁ…入れ」と言葉を紡いだ。
すっと音もたてずに障子を開け、水浅葱の羽織を羽織った春日局の姿がそこにあった。
(か、春日局様…?!)
誰の声だったのか考えずに返事をしたせいか、まさか春日局だったとは思わず名無しは内心ひやひやとしながら春日局を瞳に映す。
春日局は葵の間に入るなり目を細め、ほんの少し辺りを見渡した。
「どうかしたのか春日局?」
「いえ…あまり書簡の方が進んでないとお見受けしますが」
「そう慌てるな春日局…一服してから始めようと思っていただけだ」
家光の飲みかけだった湯呑を持ち、名無しは一口お茶を口に入れ喉を潤す。
家光と入れ替わり初めて春日局に出会った時も、春日局は一目で気づき気づきながらも名無しの事を泳がせていたのだ。
ばれていないかと心配でならないが、名無しに出来るのは家光のふりをする事だけ。
本物の家光はこの葵の間のどこかに隠れているみたいだが…隠れている場所は名無しには知らされていないので余計に不安でしかなかった。
名無しはとりあえず持っていた筆を書簡に走らせようとした―――…が、
「…上様」
「何だ春日局?」
ふいに声をかけられ、筆を走らせようとする手が止まる。
「御髪少々が乱れておりますが」
「…そ、そうか?」
春日局の言葉に思わず自分の髪に触れる。
確かに、春日局の言った通り髪の毛がほんの少しだけ乱れていた。
家光に無理やり着物を脱がされ着せられている最中にでも乱れたのだろう。
「…構わん。どうせ今日は誰とも会う事はないのだから、多少の乱れぐらい気にするな」
「いけません。いくら誰とも会わないと言えど上様である以上身なりには気を付けていただかなければ他の者に示しがつきません」
そう言いながら春日局は家光の恰好をしている名無しに近づき、乱れた髪に手櫛を通す。
春日局の手により乱れた部分は徐々に解れていき、さらさらとした長い髪が春日局の指に絡む。
「な?!か、春日局勝手に触れるな…!」
「ご自分で直す事も出来ないのにですか?」
「う…」
名無し自身自分で髪を直すのは容易い事だが、本物の家康は普段稲葉に直してもらっているため自分で直す事が出来ない。
もしここで名無しが直してしまったら、家光ふりをしている事がばれてしまうため大人しくされるがままに俯く。
「そう俯かれては直しずらいのですが…それとも手取り足取り私に全部任せてくださると言う事でしょうか?」
そう言いながらゆっくりと名無しの腰を抱き寄せ、そっと唇に指を這わす。
「んっ…」
「どうかされましたか?」
「な、何でもない…」
唇に触れる春日局の指がくすぐったく、名無しは思わず甘い声を溢す。
それを知ってか知らずか、春日局はゆっくりと唇から指を滑らせほんの少し顔を上げさせる。
互いの視線がぶつかり、春日局の奇麗な菖蒲色の瞳の中には恥ずかしそうに映る名無しの姿があった。
「か、春日局…っつ」
「さぁ、目を瞑ってください」
春日局の言葉をうまく理解できず言われるがままに目を瞑る。
言われたままに目を瞑った名無しに、満足そうに春日局を見れば愛おしそうに目を細め顔をさらに近づける。
唇と唇が後ほんの少しで触れようとする刹那―――…
「どうやら時間切れのようだ…貴方には後でお仕置きが必要なようだな」
「…え?」
「か、春日局!お前私と名無しとの区別もつかぬほど愚か者だったのか!」
っと、叫ぶと同時に葵の間の天井板が一つ外れ、勢いよく名無しの格好をした家光が飛び降りてきた。
顔を真っ赤にし、春日局に指をさしながら罵声を浴びせる家光。
そんな家光を呆れた表情で見上げ溜息を溢す。
「やはり天井裏に隠れておいででしたか…家光様」
「って、なんだ春日局気づいておったのか?」
先ほどまで顔を真っ赤に染め罵声を浴びせていた家光は、春日局の言葉にきょとんと首を傾げた。
「当たり前です…どうせ家光様の悪ふざけだと思いまして…少々逆手に取らせていただいただけですよ」
「くっ…初めから気付いていたというわけか…」
「私が名無しと家光様を見間違えるとでも…?」
「だから騙されたふりをしてわざわざあんな事をしていたと言う事か」
「ええ。天井裏に居たのなら姿も会話も全て見聞き出来たはずでしょうしね。それに、私はこの部屋に入って一言も“家光様”とは呼んでいませんからね」
しれっと答えた春日局に反し、悔しそうに唇を噛み家光は春日局を睨み付けた。
春日局は再び溜息をつき、「火影」っと呟く。
「はっ!」
その瞬間音もなしに家光が下りてきた天井裏から同じように火影が姿を現した。
見慣れている火影の姿ではあるが、その腕の中にはかなりの量の書簡が抱えられている。
「そ、その書簡の量はなんだ…?」
火影の抱えられている書簡を見ると、家光は恐る恐る口を開き春日局に問う。
嫌な予感しかせず、家光の顔は青ざめていく。
「本日分の書簡です。期日はまだ先でしたので本日はここ数日溜まりに溜まった書簡だけと考えていたのですが…」
そんな家光をを見ながら、眼鏡の真ん中を中指で一度上げさらに言葉を紡ぐ。
「このような遊びをする余裕があるのでしたら話は別です。本日中に数日間溜め込んでいた書簡もろともご提出をお願いします」
「ま、待て春日局!早まるな…!」
「では、私は失礼します」
家光の止める声も聞かず水浅葱の羽織を翻し立ち上がり、春日局は名無しを抱き上げ葵の間を後にした。
「あ、あの春日局様…」
「どうかしたか名無し?」
葵の間を後にし、自室へと名無しを抱き上げたまま向かう春日局に名無しは声をかけた。
影武者の時とは違い、今は家光の補佐としてこの江戸城に住んでいる。
勿論春日局と恋仲であることは周知の事実ではあるが…
「おろしていただきたいのですが…」
そう名無しの言葉に間をおかず、「駄目だ」っときっぱりと言葉を言い放つ。
「ど、どうしてですか…?」
「逃げられては困るからな…あの時言ったはずだ名無し。“貴方には後でお仕置きが必要なようだな”と」
本物の家光が天井裏から下りる前に、確かに春日局はそう呟いていた。
名無しの耳元で、名無しにだけ聞こえる小さな声で。
「理由はどうあれ…この私を欺こうとしたのだからな」
くくくっと愉快そうに喉を鳴らし「…覚悟はできているのだろう名無し?」と、名無しにだけ聞こえる声で呟く。
その言葉に名無しは頬を真っ赤染め、何か言いたげではあるが言いたいことが言葉にできず。
ただただ春日局の胸板に顔を隠すことしか出来なかった。
そんな名無しを、春日局は愛おしそうに目を細め、妖笑を浮かべた―――…
「…退屈だ」
葵の間にて、家光はつまらなさそうに筆を投げ出し。その場に仰向けに倒れこんだ。
文机の上にはほぼい真っ白に近い書きかけの書簡が広げられており、書きかけの書簡の側にはかなりの量の書簡が積まれている。
晩春の一時もあっという間に過ぎ去り、ほぼ毎日のように雨が降り続き始めた。
雨の日は城を抜け出すのに成功したとしてもすぐに見つかってしまうため、家光は大人しく将軍としての責務を果たした。
公務に謁見、幾多の書簡整理、嫌々ながらの総触れその他もろもろを―――…
今までは心労が積もる前に城下町へと降り発散していたが雨続きのせいで発散することが出来なかった。
だが、ここ数日は久方ぶりの天候は晴れ。
城を抜け出してばれることはほとんどないこの絶好の機を、逃せるわけがなかった。
脱兎の如く書簡から逃れ江戸城から抜け出し、城下町で遊び呆けていたのだから仕方のない事なのだが…
「家光様、そろそろ書簡に手を付けませんと…春日局様にまたお叱りを受けてしまいますよ?」
そう言いながら以前まで家光の影武者だった名無しは、空いている文机の上に淹れたてのお茶と手作りの水饅頭を置いた。
「仕方なかろう名無し…こう雨が続いているのだから晴れた日くらい羽目を外したいのだ…」
はぁ、っと溜息を溢しながら、家光はほんの少し開いている障子の外へと目を向けた。
まだ正午だと言うのに障子の外は薄暗く、しとしとと雨が草木を潤おす。
空の薄暗さに反し、水を得た草木は青々しく生い茂ているが、家光にとってはつまらない事だった。
(あぁ…雨のせいで退屈だ…)
心の底からの溜息を再度つき、嫌々体を起こし名無しの淹れてくれたお茶を一口飲む。
雨のせいで普段よりも寒く感じていたが、丁度いいお茶の温かさに家光の気は少し緩んだ。
(何時もながら名無しの淹れてくれる茶は美味いな)
そう思いながら名無しの方を見れば、家光は何かを思い浮かんだかのようににやりと笑みを浮かべる。
先ほどまでとは違い生き生きとした…いや、まるで幼子が何か新しい玩具を見つけたかのような表情に、名無しは首を傾げる。
「どうかしましたか、家光様?」
「あぁ名無し、実はな…」
我ながらいい退屈しのぎが出来そうだと思いながら、家光は口を開いた。
先ほどと打って変わらない葵の間。
いや、打って変わらないと言う言葉には少々語弊があるだろう。
何せ文机の上で書簡を広げ筆を執ったは家光…ではなく、名無しなのだから。
(どうしてこんな事に…)
未だ追いつかない思考のまま、名無しはつい一刻前の事を思い出した。
どうかしたのかと問うた問いに、家光は笑みを浮かべたまま名無しに近寄り「名無し、これを着てくれ」と家光自身が着ていた着物の羽織を渡す。
勿論どういうことか意味が分からずに差し出された羽織を見ながら首を傾げていれば「ええい、じれったい!」っと、無理やり名無しの着ていた着物を脱がされ家光が着ていたものを着せられた。
家光の着物を着せられた名無しは、誰がどう見ても家光にしか見えず。
言われない限りほとんどの者が名無しだと見抜けはしない。
だからこそ、以前家光と入れ替わり影武者としてこの江戸城にて家光の代わりに公務をこなしたのだから。
「い、家光様?!」
「私のほんの少しの退屈しのぎだ…付き合ってくれ名無し」
そう言いながらぽんっと名無しの肩に手を置き、無邪気に笑う家光に名無しは何も言えずにその退屈しのぎに付き合わされる羽目となったのだ。
そんな事を思い出していればふいに、障子に人影が映りだす。
「家光様、失礼します」
障子の向こうからかけられた声にびくりとし、名無しは我に返った。
自分が再び家光の代わりだというのを思い出し、ばれないように「あ、あぁ…入れ」と言葉を紡いだ。
すっと音もたてずに障子を開け、水浅葱の羽織を羽織った春日局の姿がそこにあった。
(か、春日局様…?!)
誰の声だったのか考えずに返事をしたせいか、まさか春日局だったとは思わず名無しは内心ひやひやとしながら春日局を瞳に映す。
春日局は葵の間に入るなり目を細め、ほんの少し辺りを見渡した。
「どうかしたのか春日局?」
「いえ…あまり書簡の方が進んでないとお見受けしますが」
「そう慌てるな春日局…一服してから始めようと思っていただけだ」
家光の飲みかけだった湯呑を持ち、名無しは一口お茶を口に入れ喉を潤す。
家光と入れ替わり初めて春日局に出会った時も、春日局は一目で気づき気づきながらも名無しの事を泳がせていたのだ。
ばれていないかと心配でならないが、名無しに出来るのは家光のふりをする事だけ。
本物の家光はこの葵の間のどこかに隠れているみたいだが…隠れている場所は名無しには知らされていないので余計に不安でしかなかった。
名無しはとりあえず持っていた筆を書簡に走らせようとした―――…が、
「…上様」
「何だ春日局?」
ふいに声をかけられ、筆を走らせようとする手が止まる。
「御髪少々が乱れておりますが」
「…そ、そうか?」
春日局の言葉に思わず自分の髪に触れる。
確かに、春日局の言った通り髪の毛がほんの少しだけ乱れていた。
家光に無理やり着物を脱がされ着せられている最中にでも乱れたのだろう。
「…構わん。どうせ今日は誰とも会う事はないのだから、多少の乱れぐらい気にするな」
「いけません。いくら誰とも会わないと言えど上様である以上身なりには気を付けていただかなければ他の者に示しがつきません」
そう言いながら春日局は家光の恰好をしている名無しに近づき、乱れた髪に手櫛を通す。
春日局の手により乱れた部分は徐々に解れていき、さらさらとした長い髪が春日局の指に絡む。
「な?!か、春日局勝手に触れるな…!」
「ご自分で直す事も出来ないのにですか?」
「う…」
名無し自身自分で髪を直すのは容易い事だが、本物の家康は普段稲葉に直してもらっているため自分で直す事が出来ない。
もしここで名無しが直してしまったら、家光ふりをしている事がばれてしまうため大人しくされるがままに俯く。
「そう俯かれては直しずらいのですが…それとも手取り足取り私に全部任せてくださると言う事でしょうか?」
そう言いながらゆっくりと名無しの腰を抱き寄せ、そっと唇に指を這わす。
「んっ…」
「どうかされましたか?」
「な、何でもない…」
唇に触れる春日局の指がくすぐったく、名無しは思わず甘い声を溢す。
それを知ってか知らずか、春日局はゆっくりと唇から指を滑らせほんの少し顔を上げさせる。
互いの視線がぶつかり、春日局の奇麗な菖蒲色の瞳の中には恥ずかしそうに映る名無しの姿があった。
「か、春日局…っつ」
「さぁ、目を瞑ってください」
春日局の言葉をうまく理解できず言われるがままに目を瞑る。
言われたままに目を瞑った名無しに、満足そうに春日局を見れば愛おしそうに目を細め顔をさらに近づける。
唇と唇が後ほんの少しで触れようとする刹那―――…
「どうやら時間切れのようだ…貴方には後でお仕置きが必要なようだな」
「…え?」
「か、春日局!お前私と名無しとの区別もつかぬほど愚か者だったのか!」
っと、叫ぶと同時に葵の間の天井板が一つ外れ、勢いよく名無しの格好をした家光が飛び降りてきた。
顔を真っ赤にし、春日局に指をさしながら罵声を浴びせる家光。
そんな家光を呆れた表情で見上げ溜息を溢す。
「やはり天井裏に隠れておいででしたか…家光様」
「って、なんだ春日局気づいておったのか?」
先ほどまで顔を真っ赤に染め罵声を浴びせていた家光は、春日局の言葉にきょとんと首を傾げた。
「当たり前です…どうせ家光様の悪ふざけだと思いまして…少々逆手に取らせていただいただけですよ」
「くっ…初めから気付いていたというわけか…」
「私が名無しと家光様を見間違えるとでも…?」
「だから騙されたふりをしてわざわざあんな事をしていたと言う事か」
「ええ。天井裏に居たのなら姿も会話も全て見聞き出来たはずでしょうしね。それに、私はこの部屋に入って一言も“家光様”とは呼んでいませんからね」
しれっと答えた春日局に反し、悔しそうに唇を噛み家光は春日局を睨み付けた。
春日局は再び溜息をつき、「火影」っと呟く。
「はっ!」
その瞬間音もなしに家光が下りてきた天井裏から同じように火影が姿を現した。
見慣れている火影の姿ではあるが、その腕の中にはかなりの量の書簡が抱えられている。
「そ、その書簡の量はなんだ…?」
火影の抱えられている書簡を見ると、家光は恐る恐る口を開き春日局に問う。
嫌な予感しかせず、家光の顔は青ざめていく。
「本日分の書簡です。期日はまだ先でしたので本日はここ数日溜まりに溜まった書簡だけと考えていたのですが…」
そんな家光をを見ながら、眼鏡の真ん中を中指で一度上げさらに言葉を紡ぐ。
「このような遊びをする余裕があるのでしたら話は別です。本日中に数日間溜め込んでいた書簡もろともご提出をお願いします」
「ま、待て春日局!早まるな…!」
「では、私は失礼します」
家光の止める声も聞かず水浅葱の羽織を翻し立ち上がり、春日局は名無しを抱き上げ葵の間を後にした。
「あ、あの春日局様…」
「どうかしたか名無し?」
葵の間を後にし、自室へと名無しを抱き上げたまま向かう春日局に名無しは声をかけた。
影武者の時とは違い、今は家光の補佐としてこの江戸城に住んでいる。
勿論春日局と恋仲であることは周知の事実ではあるが…
「おろしていただきたいのですが…」
そう名無しの言葉に間をおかず、「駄目だ」っときっぱりと言葉を言い放つ。
「ど、どうしてですか…?」
「逃げられては困るからな…あの時言ったはずだ名無し。“貴方には後でお仕置きが必要なようだな”と」
本物の家光が天井裏から下りる前に、確かに春日局はそう呟いていた。
名無しの耳元で、名無しにだけ聞こえる小さな声で。
「理由はどうあれ…この私を欺こうとしたのだからな」
くくくっと愉快そうに喉を鳴らし「…覚悟はできているのだろう名無し?」と、名無しにだけ聞こえる声で呟く。
その言葉に名無しは頬を真っ赤染め、何か言いたげではあるが言いたいことが言葉にできず。
ただただ春日局の胸板に顔を隠すことしか出来なかった。
そんな名無しを、春日局は愛おしそうに目を細め、妖笑を浮かべた―――…
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