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日に日に暑さ増す八月のある朝。
私はいつものようにまだ着慣れぬ小袖の帯を結びながら公務の支度をしていた。
普段着慣れているものとは違い帯を結ぶのに苦労してしまう。
(これでいいよね…?)
結んだ帯をじっと見ながら、私は首を傾げた。
初めの頃と比べてちゃんと結べるようにはなったものの、やはり何処かしらおかしかったりゆがんでいたりすると何度も春日局様に注意を受けてしまう。
いくら恋仲であるとは言うものの、春日局様に怒られるのはやっぱり気分がいいものではない。
(うん、これなら春日局様にもきっと注意されないはず)
ほんの少しだけ歪んでいる部分を直しそう思っていると「名無し、入るぞ」と言う聞きなれた声が聞こえると同時に葵の間の襖が開く音がする。
私は思わずばっと顔を上げると、そこには何時ものように公務のために私を迎えに来てくださった春日局様の姿があった。
「おはようございます、春日局様」
「…今日はきちんと結べたみたいだな」
小袖の帯に視線を移し、春日局様は満足そうに笑みを浮かべる。
春日局様の笑みを見て私も釣られて笑みを浮かべながら立ち上がろうとするけど―――…
「その必要はない」
「…え?」
立ち上がろうとする私を春日局様は声で私が立ち上がろうとするのを止めた。
「今日の公務は取り止めになった」
「取り止めに…ですか?」
春日局様の言葉に思わず首を傾げてしまうけど、春日局様は首を縦に振り頷いた。
影武者になって半月ほどしか経っていないが、公務が取り止めになった事は一度もない。
それどころか朝から夜の遅い時間帯まで食事をする暇もなく公務が立て込む事の方が多かった。
それは今日も同じなんだって思っていたけど…
(それにしてもどうして取り止めになったんだろう?)
理由が分からずにただぽかんとしていた私に気づき、春日局様はため息を一つつきながら口を開いた。
「近頃、猛暑が続いているせいで重臣達が暑さにやられとても公務ができる状態ではないらしい。一人や二人なら取り止めにする必用はないのだが…何せ大半のものがこの暑さにやられているようだ」
春日局様の言葉に、私はここ数日の公務の光景を思い出した。
確かにここ数日は猛暑日が続き、公務中ではあるが途中で抜け出す重臣や気分が悪いと訴える重臣達が何人も居た。
公務中ではあるけど稲葉が何度も私や重臣の人達に冷たいお茶を配っていたけど…それでも歳をとった重臣達には辛かったようだった。
「緒形に診せても二、三日は休養を与えろと言われてな」
「という事は二、三日は公務がないんですか…?」
「そう言う事になるな」
そう言って春日局様はそっと私の隣に腰を下ろした。
「これからどうしますか?」
公務が無くなってしまい、やる事が何もない私は思わず春日局様に尋ねた。
春日局様は私の問いに一瞬間を置き…何かを思いついたような表情で私の方へと視線を向ける。
向けられた藤紫色の瞳には、私の姿が映しだされる。
「そうだな…私の相手でもしていただこうか?」
「か、春日局様っつ…?!」
意地の悪い笑みを浮かべ、春日局様は私の腰をそっと引き寄せる。
急に引き寄せられてしまい、私の身体はそのまま春日局様の腕の中にすっぽりと納まってしまう。
春日局様に引き寄せられると春日局様の香りが私の鼻孔を擽る。
「最近公務が忙しくて貴方に触れる時間がなかったからな」
そう言いながら春日局様はそっと私の唇をそっと親指の腹ですっと撫でる。
久々に春日局様に触れられ、私の身体はびくりと震える。
そんな私の反応を見ながら、愉しそうな表情で私の唇に春日局様の唇が重ねる。
「んっ…」
触れるだけの優しい口付け。
時折舌で私の唇をなぞったり、唇を割り舌と舌を絡め弄ぶ。
「…ふ、ぁ……っつ」
一度春日局様が唇を離すと、私の口からは甘い吐息が溢れた。
はぁ、はぁっと、肩で息をする私とは裏腹に…春日局様は余裕そうな表情でまた唇を近づける。
「…あ、…かすがの、つぼね…さま…っつ」
―――“待ってください”
そう言葉をつぐむ前に再び春日局様の舌が唇を割って入り、私の舌をからめ捕り犯していく。
呼吸を充分にしていないせいか…はたまたこの甘い行為に私の頭の中は真っ白になる。
余計な力が抜け、身体の奥底が疼く。
くちゅ、くちゅっと、静寂しかない葵の間に淫靡な音が響いた。
だけど息苦しく限界に近かった私に気づき、春日局様はようやく私の唇から唇を離してくれた。
余計な力が抜けた私の身体は、春日局様の胸に寄りかかり、ただただ「っ、はぁ…っ…はっ…」と息をする。
私が息を整える間、春日局様は笑みを浮かべたまま私の髪を優しく梳いた。
吸っては吐いて、吸っては吐いてと…何度か繰り返す度にようやくまともに息ができるようになった。
「…っつ、春日局様っ…」
「ようやく息が整ったようだな」
「……はい…っ」
私の言葉に「そうか」と短く返し、春日局様は視線を襖の方へと向ける。
「―――それで、いつまでそこで立っているおつもりですか?」
「…え?」
「なんだ、気づいておったのか…」
凛とした聞き覚えのある声が聞こえ、私はまた再び「…え?」っと声を溢す。
カタリっと小さな音がし、恐る恐る音のする方へ向けば…そこには呆れたような表情で私と春日局様を見ている家光様の姿があった。
「…仲がいいのは構わんが…まだ朝だぞお前ら…」
「っつ…い、家光…様っ?!」
思わず春日局様から身体を離そうとしたけど、春日局様が私の腰に手を回しているせいで離れるどころか再び春日局様の胸の中に身体を預ける形になってしまう。
離れようと春日局様の胸に手を当てて押してみたけど、ぎゅっと抱きしめられているせいかびくともしない。
(…家光様の前なのにっつ…)
「…それで、家光様は何故お戻りになられたのですか?」
「ああ、忘れるところだった…名無しにこれを渡そうと思ってな…」
そう言いながら襖を閉め、家光様は懐から一通の文を取り出し、私の方へと差し出した。
上質な紙を使っている訳ではなく普通の紙。
文の表には“名無しへ”と、見覚えのある執筆で私の名前が書かれていた。
(これは…お父さんの字…)
差し出された文を受け取り、もう一度字を確認するけどそれは紛れもなくお父さんの字だった。
「今朝早くに名無し宛に届けられ、急を要するものだったから悪いとは思ったが見させてもらった。…何でも名無しの母君が倒れたらしいと書かれていてな…」
「お母さんが…っつ?!」
家光様の言葉に私は思わず受け取った文を開いた。
文には家光様が言ったように“母ちゃんが倒れたから今すぐ戻ってこい”と言うたった一言だけが書かれていた。
「それを茶屋の店主に言えば二、三日暇を頂いてな…。とりあえず名無しは一度帰って母君の様子を見てくるといい。その間私が城の方に居よう」
無論公務はサボるがなと、家光様は笑いながら春日局様の方へと視線を向ける。
春日局様はその視線に一つため息をつき、カチャリッ、っと音を立てながら眼鏡を掛け直す。
「…サボる用な公務がこの猛暑のせいで潰れてしまいましたのでその必要はありませんよ」
「何だ?この暑さでぽっくり逝った奴でもいるのか?」
「いいえ、皆この暑さやられているだけですよ」
「なんだつまらぬ」
そう言って家光様は腰を下ろして座り、「何時まで抱き合っているつもりだ?」とにやにやとした笑みを浮かべ、からかう様に私達に問う。
「…っつ」
家光様の言葉に自分でも顔が赤くなっていることが分かるくらいに熱い。
抱きしめられていた春日局様の腕から力が抜け、私は直ぐに離れて立ち上がる。
「あ、あの…私支度して来ますね…」
真っ赤になっている顔を見られないように、俯きながら、私は急いで葵の間を後にした。
稲葉に言って、城下町に着ていく小袖を出してもらうために――――
名無しが葵の間から急いで出て行くのを黙って見送っていた家光は、未だにやにやとした表情で春日局の方へと視線を向ける。
相変わらず春日局は無表情のまま名無しが出ていた襖の方を見てた。
「まさかお前が名無しとあの様な仲になっているとはな」
「家光様には関係ない事ですが?」
家光の言葉に春日局は眉を寄せながら睨みつけた。
睨みつけられた家光はそれすらも愉快なのか、怯みなく家光は言葉を続ける。
「関係ないとは冷たいではないか?まぁ、後ほどそのことについてはじっくり名無し本人にでも聞くとするか」
「その様な話には興味がないと思っておりましたが?」
「私だって女だ。他人の色恋沙汰には興味くらいはある…だからと言って私自身の色恋沙汰は興味はないがな」
近くに置いてある扇を引っ張り出し、家光は呑気に扇で自身に風を送る。
家光の言うとおり、どうやら色恋沙汰には興味があるらしいがそれはあくまでも他人の色恋沙汰。
自身の色恋沙汰は全くなく、それどころか忌み嫌っている。
そのせいで正室候補や側室候補は何千人居ても、きちんとした正室はいないのだから…
「ああ…公務がないのならお前も暇だろう春日局?名無し一人では心配だからな、お前も着いていってやれ。あ、上様命令だからなこれ」
付け足すように“上様命令”等と職権乱用も甚だしいと思いながら、春日局は立ち上がり、名無し同様に葵の間を後にした――――…
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