家庭教師ヒットマンREBORN!
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※一人称
「悪いな名無し、付き合ってもらって」
『それは全然構わないんですけど…』
滅多に入る事のない書斎室で、私は何故か仕事をしていた。
否、私自身これを仕事をしていると言っていいのかすら怪しい状況に思わず首を傾げそうになる。
それは今の私の状況があまりにも仕事をしている状況だなんて一ミリも思わないからだ。
本来であればボスの後ろに控えなけきゃいけないのに、私は何故か書斎にある高級そうなソファーの上に座り、下半身にはふわふわのブランケットをかけていた。
ふわふわのブランケットは温かく手触りも良い。
でも何でひざ掛けじゃなくブランケットなのだろうと思ったが、まぁいっかですませた。
室内の空調は寒すぎず暑すぎず、丁度いい温度設定になっているからかなり過ごしやすい。
目の前のテーブルには私様にティーカップが置かれており、ティーカップの中に注がれているのはカモミールティー。
透明感のある薄い黄色の液体に、リンゴのような爽やかな甘い香りが私の鼻孔を擽る。
カモミールティーはリラックス効果もあり甘い香りが私の心を落ち着かせようとしているが…今の私はそれどころではなかった。
余りにも至れり尽くせりな状況に本当に私って今仕事中だっけ?と疑念を抱いてしまう。
第三者視点から今の私を客観的に見たとしても、これで仕事してるなんて言われても絶対に信じない自信がある位だ。
一応私もボスが処理した書類の記入ミスがないかのチェックや書類の整理をしてるにはしてるけど…あまりにも回ってくる量が少ないし、部下が居ればミスなんてしないボスなのだから余計に私此処でちゃんと仕事してる…?って思ってしまう。
少しずつ確認のためにまわされる書類は、やはり記入ミスも漏れもなく完璧な書類だ。
(本当に私必要かなぁ…此処に…)
確かに部下が居なければボスは…リボーンさんの言葉を借りるならある意味へなちょこ…ではある。
究極のボス体質故にボス自身1人で居ても極度の運動音痴になっている事にすら気づかないし、「おかしいなぁ」と不思議がっているのだから。
でも弱気で臆病だった頃のボスは知っているけど、どちらかと言うと弱気とか臆病、へなちょこじゃなくて単に優しいだけな気もする。
そう思っているのは私だけかもしれないけど。
そんな事を思っていると「こっちのも確認しといてもらっていいか名無し?」と、ボスがいつの間にか座って居た椅子から立ち上がり私の座って居るソファーの近くまで近づいていた。
考え事をしていたせいか本当なら私がボスの所まで取りに行くはずだったのに…
『あっ、ひゃいっ!』
反応が遅れてしまったせいか声が思わず裏返る。
その上噛んでしまったのだからもう恥ずかしくて仕方がない…。
噛んだ事自体気にはされないけど…流石に苦笑を浮かべているのを見れば恥ずかしくなってしまう。
差し出された書類の束を立ち上がって受け取ろうとするが、ボスはそれを制して座ったまま私に書類を渡した。
渡される書類は束だと言っても先程同様に少ない。
ボスの部下ではあるけれど、幹部ではないと見せられない書類も中にはあるのだろう。
それにボスが書類仕事をする際は決まってリコさんが傍に居る。
どうしてもと言う時はロマーリオさんや他の面子がボスの傍に付き従っていたはずだ。
「普段あんま俺がしてる書類仕事させてねえから分からない所があったら聞いてくれ名無し。目も疲れるだろうし、休みながらでいいから…そっちもよろしくな」
『了解です、ボス』
渡された書類の束を置いては1枚1枚丁寧に見て行く。
書き漏れは記入ミスもなければ見れば見るほどに完璧な書類。
流石我らがボスと心の中で思いながら1枚、また1枚と書類を捲る。
その間にボスはまた書斎の椅子に座っては書類仕事を終わらせていく。
『こっちの書類も大丈夫です』
「ありがとな名無し。仕事が早くて助かるぜ」
『……いえ』
「じゃあ今やってる書類が終わったらまたチェックしてもらうから…それまで飲み物でも飲んで息抜きしててくれ」
『はい、ありがとうございます』
ボスの言葉に、私は机の上に置かれているティーカップを両手で包むように持ってはそのぬくもりを感じる。
褒めてはもらえてるが…自分自身こんな量の書類のチェックで褒められていいのかと内心心が痛い。
私はカモミールティーを一口飲んではちらりとボスの方へと視線を向ける。
普段かけていない黒縁眼鏡をかけては、じっと真剣な目で書類へと視線を落とす。
時折眉間に皺を寄せては真面目な表情で書類を見つめた。
書斎机の上に置かれているノートパソコンを時折見ながら、片手でキーを叩いては書類仕事をこなしていく。
飲み物は私が飲んでいるカモミールティーとは違い熱々のコーヒー。
何時も書類仕事をしている時に飲むお気に入りの珈琲。
眠気覚ましの他に集中力を高めるためにコーヒーをいつも飲んでいるのはキャバッローネ・ファミリーの一員なら誰でも知っている。
たまに手が空いて居れば淹れて持って行く事だってあるのだから。
(ボス普段以上にかっこ良すぎない…?)
カモミールティーをゆっくり口内で味わいながら、仕事をしているボスをじっと見つめる。
私よりも2歳年上のボス。
けれどたった2歳違うだけなのに書類仕事をしている時は本当に普段よりも10割増しにかっこよく見えてしまう。
普段は普段でかっこいいくせに、眼鏡効果なのか…はたまた普段あまり見せない真剣な表情のせいか。
(まぁ、ボス顔も良いからなぁ…他の女性がこの場に居たら殺到しかねないのも…分からなくはないなぁ…)
ふと急遽別の仕事に駆り出されたリコさんが「名無しさんじゃないと困るんです」と言っていたのを思い出してはこういう事かと納得してしまう。
キャバッローネ・ファミリーは基本的に男性の方が多いが、それでも私同様に少なからず女性は居る。
けれどほとんどの人間は今のボスの姿を見れば仕事に手が付かないだろうと納得してしまった。
私ですら小さい頃から見慣れているボスの顔を見ても思わず見惚れてしうまうほどかっこいいのだから。
好きだからと言う気持ちを差し引きしても、女性なら手が止まり見惚れて仕事どころではなくなるだろう。
だからこそリコさんは私を今回ボスの書類仕事の補佐に選んだのだろうと…私は思った。
たまたま手が空いているのもあったけど、それは探せば私以外にも誰かしら居たはずだ。
5千人の部下が居るのだ。
勿論キャバッローネ・ファミリーの屋敷内に全員が居るわけではないが、それでも何人か手の空いている人間を探そうと思えば居るのだから。
「なぁ、名無し」
『…何ですか…ボス?』
(ヤバイ、見すぎたかな…)
盗み見るつもりがいつの間にかまじまじとボスの事を見ていた。
流石にボスの書類仕事が溜まって私に回ってくるまでの間息抜きしてていいと言えどボスの事を見すぎたのだろう。
仕事中だと自分に言い聞かせティーカップを咄嗟に戻そうとするが、どうやらそう言う事ではないらしい。
だってボスの表情を見ればそこには呆れてるとか怒ってるとかそう言う表情じゃなくて…何処か心配そうな表情を浮かべていたのだから。
「しんどかったら無理するもんじゃねえぞ」
『…ぇ…』
ボスの言葉に、思わず私は言葉が詰まる。
しんどかったらとはどういう事だろうか…?と思わず首を傾げる。
仕事が忙しいは大なり小なりあるが、それでも繁忙期や時期的に今は比較的仕事は穏やかだ。
人間関係について問われているのかとも考えたが、私自身それは身に覚えのない事過ぎて逆に当てはまらない。
キャバッローネ・ファミリー自体アットホームなファミリーだ。
5千人の部下が居ても全員と関わる事はまずないし、関わる人間とは全員円滑なコミュニケーションを取れている。
両親についても特に仲が悪いわけでもなく、同僚とは休みが合えば街に出掛けだってするのだ。
では何に対して“しんどかったら”なのだろうか?
きょとんと、ボスの言葉の意味が理解出来ず、私は首を傾げた。
そんな私を見てボスは苦笑しながらもう一度私の方へと近寄り目線を合わせる。
ゆっくりと伸ばされるボスの手が、私の頬に触れる。
温かいボスの手の温もり。
ボスの動作1つ1つを目で追うものの、私は動く事すら出来なかった。
「顔色、すっげえ悪そうだったからな」
(…気づいてたんだ)
ボスの言葉に思わず心臓が高鳴る。
どうして気づいたのだろうかと声を大にして問いかけようとした私は一旦言葉を飲み込み、平静を装うと静かに一息ついた。
まさか気づかれている事に驚き、『…顔に出てました…?』と思わずボスに聞き返す。
ボスが言う様に、実際私は体調が悪かった。
まぁ…所謂女の子なら避けては通れない月一の月経と言う厄介な行事だ。
比較的軽い方ではあるけど、時折物凄く重く薬を飲んでいても、正直効くのに時間がかかる方だからしんどいかと問われれば正直しんどかった。
だが別に病気ではないのだ、女なら恒例行事に近いし私よりも重い人なんて沢山いるだろうと思うと休む事すらしなかった。
動けないわけではないのだ。
だからこそ平静を装って仕事をこなす。
体調が悪くても基本的にあまり表情に出ないせいか気づかれる事はないに等しい。
寧ろ気づく人なんて居ないし、よく行動する同僚にも気づかれた事は一度も無かった。
ある意味顔に出にくいのは周りに悟られないからこれまで何度も感謝した事がある位だ。
私自身仕事に支障をきたしたくないから言わないようにしているし、気づかれないように振舞う事が多いせいかもしれない。
昔からお世話になってるロマーリオさんにすらこれまでだって何も言われる事はなかったけど…あの人の場合気づいてて知らないふりをしている可能性も高いかもしれないが…。
「否、顔には出てなかったぜ」
『え、じゃあどうして…』
「そんなもん、簡単な事だ。俺だから気づいただけだよ」
ボスの言葉に一瞬だけ言葉が詰まる。
『っつ…ディーノ兄ちゃん…じゃないっ!ボス、その言い方はずるいと思う…』
思わず“ディーノ兄ちゃん”と内心で言ってしまう程に動揺してしまった。
“ディーノ兄ちゃん”って言うけど、血は繋がっていない。
父がキャバッローネ・ファミリーの一員であるせいか、小さい頃から私もキャバッローネ・ファミリーにはお世話になっている。
故にボスである以前に昔からよく遊んで貰った…言わば兄のような存在でもあるため昔はよく“ディーノ兄ちゃん”と呼んでいた。
世間一般的には幼馴染ではあるものの、それはプライベートでの話。
大人になった今では流石に“ディーノ兄ちゃん”なんて呼べないし、なんなら自分の仕事の上司…ボスでもあるのだからそんな風に軽々しく言えない。
言った所でキャバッローネ・ファミリーの皆は気にしないかもしれないけど、私が気になる。
私だって社会人だ、父と同様にキャバッローネ・ファミリーの為に働きたい、大好きなディーノ兄ちゃん…ボスの為に役に立ちたいと思い苦手な勉強だって射撃の腕だってあげて来たのだ。
そう言う意味では昔よりかはボスに関わる事が少なくなったな~…なんて思ってしまう。
何せ上司と部下だ。
5千人の部下のうちの1人にしか…私は過ぎないのだから。
「はは、ようやく昔みたいに俺の名前呼んだな名無し」
『はっ?!否、これはあの…動揺と言うか…咄嗟に言っちゃったって言うか…』
「別に昔みたいに呼んでくれたらいいだろ?ディーノ兄ちゃんって」
まるで揶揄う様に言葉にするのに、頬に触れている手は優しく私の頬を撫でた。
「上司と部下である以前に、俺と名無しは幼馴染なんだから」と、目を細め低く、けれど優しい声色でボスは囁く。
整った容貌にそんな言葉を言われてしまえば、私の頬はみるみる赤くなっていくのが自分でも分かる。
実際に鏡を見て目にしたわけではないと言うのに、何故か分かってしまう。
「それと、名無しの体調に気づいたのもな、…そんくらい名無しの事俺が見てるってだけの話だ」
『っつ』
ボスの言葉に私の胸の鼓動は高鳴る。
違う、これは部下だから…幼馴染だからそう言ってくれただけだと私自身自分に言い聞かせようとする。
だが頬に触れたまま、あまりにも真剣にじっと鳶色の瞳が私を射抜くせいか私の体温は1度くらい上昇する。
自分でも分かる程頬が熱くなっている。
ボスの熱じゃない、これは私自身の熱だと自覚してしまえば閉じ込めていた想いが私の内側から溢れそうになる。
(そんな風に言われたら…好きになっちゃうじゃん…)
キャバッローネ・ファミリーの一員になると決めた日から、ボスの役に立ちたいと思ったその日から…この想いは鍵をかけて内側にしまい込んだはずなのに。
そんな私の事なんて露知らず、ボスはゆっくりと私の頬から手を離しては昔から変わらない笑みを向ける。
「ま、今日は特に酷そうだったからな…書類仕事手伝って持ってるけど、ちゃんとしんどい時は無理せず言えよ名無し」
『……はい』
「よしいい子だ」
そう言って私の頭にボスは手を置いては犬を撫でる様に撫でくり回す。
くしゃっと折角綺麗にセットした髪は崩れ、崩れた髪型のせいかほんの少しだけ、幼く見える私に「いい子だ名無し」と頭を撫でくり回した。
『ちょっ、ぼ、ボス?!』
「ん、何だ?」
『何だじゃなくて髪っ!』
「ん…あぉ、悪い。可愛かったからつい、な」
悪びれもせずさらりとボスは言葉にする。
昔からよくボスには可愛いと言われ続けてきたが、まさかこの歳になっても言われるとは思っていなかった。
「さて、仕事の続きでもするか」
満足したのかようやく私の頭から手を退けてはボスはボスが書斎の椅子に戻っていく。
介抱された私は手で髪を整えようとするその刹那――――…
「……はやく俺の事好きになって堕ちればいいのに」
と、微かに言葉にした。
『ぇ…?』
微かに聞こえたボスの言葉に私は思わず耳を疑った。
疑った上に整えようとする手は止まり、きっと誰が見ても間の抜けた表情をしているに違いない。
(え、好きになって…え?…堕ち…ればいい…?え、えっ?!)
微かに聞こえた言葉を心の中で復唱する。
(聞き間違い…聞き間違いだよね…え、まさかそんなはず…え、えっ?!)
でもその言葉をそのまま聞き返す勇気は無くて、私は思わず『今…何か、言いましたか?ボス』と聞き返した。
丁度書斎の椅子に腰掛けて「否、何でもねえよ名無し」と、ボスは只々微笑んだまま再び書類へと目を落とした―――…
俺だから気づいただけだよ
(ん、どうした名無し?さっきから顔赤いけど風邪か?なんなら半休にして病院にでも俺が連れて行ってやろうか?)
(っつ~~~~、違う、熱いだけだから!風邪じゃないからっ!と言うか仕事してよディーノ兄ちゃん!)
(はは…ま、無理せずにしんどかったら俺の事頼れよ名無し)
(……うん)
((風邪じゃないもん…ボスの…ディーノ兄ちゃんのせいだもん))
2025/04/27
「悪いな名無し、付き合ってもらって」
『それは全然構わないんですけど…』
滅多に入る事のない書斎室で、私は何故か仕事をしていた。
否、私自身これを仕事をしていると言っていいのかすら怪しい状況に思わず首を傾げそうになる。
それは今の私の状況があまりにも仕事をしている状況だなんて一ミリも思わないからだ。
本来であればボスの後ろに控えなけきゃいけないのに、私は何故か書斎にある高級そうなソファーの上に座り、下半身にはふわふわのブランケットをかけていた。
ふわふわのブランケットは温かく手触りも良い。
でも何でひざ掛けじゃなくブランケットなのだろうと思ったが、まぁいっかですませた。
室内の空調は寒すぎず暑すぎず、丁度いい温度設定になっているからかなり過ごしやすい。
目の前のテーブルには私様にティーカップが置かれており、ティーカップの中に注がれているのはカモミールティー。
透明感のある薄い黄色の液体に、リンゴのような爽やかな甘い香りが私の鼻孔を擽る。
カモミールティーはリラックス効果もあり甘い香りが私の心を落ち着かせようとしているが…今の私はそれどころではなかった。
余りにも至れり尽くせりな状況に本当に私って今仕事中だっけ?と疑念を抱いてしまう。
第三者視点から今の私を客観的に見たとしても、これで仕事してるなんて言われても絶対に信じない自信がある位だ。
一応私もボスが処理した書類の記入ミスがないかのチェックや書類の整理をしてるにはしてるけど…あまりにも回ってくる量が少ないし、部下が居ればミスなんてしないボスなのだから余計に私此処でちゃんと仕事してる…?って思ってしまう。
少しずつ確認のためにまわされる書類は、やはり記入ミスも漏れもなく完璧な書類だ。
(本当に私必要かなぁ…此処に…)
確かに部下が居なければボスは…リボーンさんの言葉を借りるならある意味へなちょこ…ではある。
究極のボス体質故にボス自身1人で居ても極度の運動音痴になっている事にすら気づかないし、「おかしいなぁ」と不思議がっているのだから。
でも弱気で臆病だった頃のボスは知っているけど、どちらかと言うと弱気とか臆病、へなちょこじゃなくて単に優しいだけな気もする。
そう思っているのは私だけかもしれないけど。
そんな事を思っていると「こっちのも確認しといてもらっていいか名無し?」と、ボスがいつの間にか座って居た椅子から立ち上がり私の座って居るソファーの近くまで近づいていた。
考え事をしていたせいか本当なら私がボスの所まで取りに行くはずだったのに…
『あっ、ひゃいっ!』
反応が遅れてしまったせいか声が思わず裏返る。
その上噛んでしまったのだからもう恥ずかしくて仕方がない…。
噛んだ事自体気にはされないけど…流石に苦笑を浮かべているのを見れば恥ずかしくなってしまう。
差し出された書類の束を立ち上がって受け取ろうとするが、ボスはそれを制して座ったまま私に書類を渡した。
渡される書類は束だと言っても先程同様に少ない。
ボスの部下ではあるけれど、幹部ではないと見せられない書類も中にはあるのだろう。
それにボスが書類仕事をする際は決まってリコさんが傍に居る。
どうしてもと言う時はロマーリオさんや他の面子がボスの傍に付き従っていたはずだ。
「普段あんま俺がしてる書類仕事させてねえから分からない所があったら聞いてくれ名無し。目も疲れるだろうし、休みながらでいいから…そっちもよろしくな」
『了解です、ボス』
渡された書類の束を置いては1枚1枚丁寧に見て行く。
書き漏れは記入ミスもなければ見れば見るほどに完璧な書類。
流石我らがボスと心の中で思いながら1枚、また1枚と書類を捲る。
その間にボスはまた書斎の椅子に座っては書類仕事を終わらせていく。
『こっちの書類も大丈夫です』
「ありがとな名無し。仕事が早くて助かるぜ」
『……いえ』
「じゃあ今やってる書類が終わったらまたチェックしてもらうから…それまで飲み物でも飲んで息抜きしててくれ」
『はい、ありがとうございます』
ボスの言葉に、私は机の上に置かれているティーカップを両手で包むように持ってはそのぬくもりを感じる。
褒めてはもらえてるが…自分自身こんな量の書類のチェックで褒められていいのかと内心心が痛い。
私はカモミールティーを一口飲んではちらりとボスの方へと視線を向ける。
普段かけていない黒縁眼鏡をかけては、じっと真剣な目で書類へと視線を落とす。
時折眉間に皺を寄せては真面目な表情で書類を見つめた。
書斎机の上に置かれているノートパソコンを時折見ながら、片手でキーを叩いては書類仕事をこなしていく。
飲み物は私が飲んでいるカモミールティーとは違い熱々のコーヒー。
何時も書類仕事をしている時に飲むお気に入りの珈琲。
眠気覚ましの他に集中力を高めるためにコーヒーをいつも飲んでいるのはキャバッローネ・ファミリーの一員なら誰でも知っている。
たまに手が空いて居れば淹れて持って行く事だってあるのだから。
(ボス普段以上にかっこ良すぎない…?)
カモミールティーをゆっくり口内で味わいながら、仕事をしているボスをじっと見つめる。
私よりも2歳年上のボス。
けれどたった2歳違うだけなのに書類仕事をしている時は本当に普段よりも10割増しにかっこよく見えてしまう。
普段は普段でかっこいいくせに、眼鏡効果なのか…はたまた普段あまり見せない真剣な表情のせいか。
(まぁ、ボス顔も良いからなぁ…他の女性がこの場に居たら殺到しかねないのも…分からなくはないなぁ…)
ふと急遽別の仕事に駆り出されたリコさんが「名無しさんじゃないと困るんです」と言っていたのを思い出してはこういう事かと納得してしまう。
キャバッローネ・ファミリーは基本的に男性の方が多いが、それでも私同様に少なからず女性は居る。
けれどほとんどの人間は今のボスの姿を見れば仕事に手が付かないだろうと納得してしまった。
私ですら小さい頃から見慣れているボスの顔を見ても思わず見惚れてしうまうほどかっこいいのだから。
好きだからと言う気持ちを差し引きしても、女性なら手が止まり見惚れて仕事どころではなくなるだろう。
だからこそリコさんは私を今回ボスの書類仕事の補佐に選んだのだろうと…私は思った。
たまたま手が空いているのもあったけど、それは探せば私以外にも誰かしら居たはずだ。
5千人の部下が居るのだ。
勿論キャバッローネ・ファミリーの屋敷内に全員が居るわけではないが、それでも何人か手の空いている人間を探そうと思えば居るのだから。
「なぁ、名無し」
『…何ですか…ボス?』
(ヤバイ、見すぎたかな…)
盗み見るつもりがいつの間にかまじまじとボスの事を見ていた。
流石にボスの書類仕事が溜まって私に回ってくるまでの間息抜きしてていいと言えどボスの事を見すぎたのだろう。
仕事中だと自分に言い聞かせティーカップを咄嗟に戻そうとするが、どうやらそう言う事ではないらしい。
だってボスの表情を見ればそこには呆れてるとか怒ってるとかそう言う表情じゃなくて…何処か心配そうな表情を浮かべていたのだから。
「しんどかったら無理するもんじゃねえぞ」
『…ぇ…』
ボスの言葉に、思わず私は言葉が詰まる。
しんどかったらとはどういう事だろうか…?と思わず首を傾げる。
仕事が忙しいは大なり小なりあるが、それでも繁忙期や時期的に今は比較的仕事は穏やかだ。
人間関係について問われているのかとも考えたが、私自身それは身に覚えのない事過ぎて逆に当てはまらない。
キャバッローネ・ファミリー自体アットホームなファミリーだ。
5千人の部下が居ても全員と関わる事はまずないし、関わる人間とは全員円滑なコミュニケーションを取れている。
両親についても特に仲が悪いわけでもなく、同僚とは休みが合えば街に出掛けだってするのだ。
では何に対して“しんどかったら”なのだろうか?
きょとんと、ボスの言葉の意味が理解出来ず、私は首を傾げた。
そんな私を見てボスは苦笑しながらもう一度私の方へと近寄り目線を合わせる。
ゆっくりと伸ばされるボスの手が、私の頬に触れる。
温かいボスの手の温もり。
ボスの動作1つ1つを目で追うものの、私は動く事すら出来なかった。
「顔色、すっげえ悪そうだったからな」
(…気づいてたんだ)
ボスの言葉に思わず心臓が高鳴る。
どうして気づいたのだろうかと声を大にして問いかけようとした私は一旦言葉を飲み込み、平静を装うと静かに一息ついた。
まさか気づかれている事に驚き、『…顔に出てました…?』と思わずボスに聞き返す。
ボスが言う様に、実際私は体調が悪かった。
まぁ…所謂女の子なら避けては通れない月一の月経と言う厄介な行事だ。
比較的軽い方ではあるけど、時折物凄く重く薬を飲んでいても、正直効くのに時間がかかる方だからしんどいかと問われれば正直しんどかった。
だが別に病気ではないのだ、女なら恒例行事に近いし私よりも重い人なんて沢山いるだろうと思うと休む事すらしなかった。
動けないわけではないのだ。
だからこそ平静を装って仕事をこなす。
体調が悪くても基本的にあまり表情に出ないせいか気づかれる事はないに等しい。
寧ろ気づく人なんて居ないし、よく行動する同僚にも気づかれた事は一度も無かった。
ある意味顔に出にくいのは周りに悟られないからこれまで何度も感謝した事がある位だ。
私自身仕事に支障をきたしたくないから言わないようにしているし、気づかれないように振舞う事が多いせいかもしれない。
昔からお世話になってるロマーリオさんにすらこれまでだって何も言われる事はなかったけど…あの人の場合気づいてて知らないふりをしている可能性も高いかもしれないが…。
「否、顔には出てなかったぜ」
『え、じゃあどうして…』
「そんなもん、簡単な事だ。俺だから気づいただけだよ」
ボスの言葉に一瞬だけ言葉が詰まる。
『っつ…ディーノ兄ちゃん…じゃないっ!ボス、その言い方はずるいと思う…』
思わず“ディーノ兄ちゃん”と内心で言ってしまう程に動揺してしまった。
“ディーノ兄ちゃん”って言うけど、血は繋がっていない。
父がキャバッローネ・ファミリーの一員であるせいか、小さい頃から私もキャバッローネ・ファミリーにはお世話になっている。
故にボスである以前に昔からよく遊んで貰った…言わば兄のような存在でもあるため昔はよく“ディーノ兄ちゃん”と呼んでいた。
世間一般的には幼馴染ではあるものの、それはプライベートでの話。
大人になった今では流石に“ディーノ兄ちゃん”なんて呼べないし、なんなら自分の仕事の上司…ボスでもあるのだからそんな風に軽々しく言えない。
言った所でキャバッローネ・ファミリーの皆は気にしないかもしれないけど、私が気になる。
私だって社会人だ、父と同様にキャバッローネ・ファミリーの為に働きたい、大好きなディーノ兄ちゃん…ボスの為に役に立ちたいと思い苦手な勉強だって射撃の腕だってあげて来たのだ。
そう言う意味では昔よりかはボスに関わる事が少なくなったな~…なんて思ってしまう。
何せ上司と部下だ。
5千人の部下のうちの1人にしか…私は過ぎないのだから。
「はは、ようやく昔みたいに俺の名前呼んだな名無し」
『はっ?!否、これはあの…動揺と言うか…咄嗟に言っちゃったって言うか…』
「別に昔みたいに呼んでくれたらいいだろ?ディーノ兄ちゃんって」
まるで揶揄う様に言葉にするのに、頬に触れている手は優しく私の頬を撫でた。
「上司と部下である以前に、俺と名無しは幼馴染なんだから」と、目を細め低く、けれど優しい声色でボスは囁く。
整った容貌にそんな言葉を言われてしまえば、私の頬はみるみる赤くなっていくのが自分でも分かる。
実際に鏡を見て目にしたわけではないと言うのに、何故か分かってしまう。
「それと、名無しの体調に気づいたのもな、…そんくらい名無しの事俺が見てるってだけの話だ」
『っつ』
ボスの言葉に私の胸の鼓動は高鳴る。
違う、これは部下だから…幼馴染だからそう言ってくれただけだと私自身自分に言い聞かせようとする。
だが頬に触れたまま、あまりにも真剣にじっと鳶色の瞳が私を射抜くせいか私の体温は1度くらい上昇する。
自分でも分かる程頬が熱くなっている。
ボスの熱じゃない、これは私自身の熱だと自覚してしまえば閉じ込めていた想いが私の内側から溢れそうになる。
(そんな風に言われたら…好きになっちゃうじゃん…)
キャバッローネ・ファミリーの一員になると決めた日から、ボスの役に立ちたいと思ったその日から…この想いは鍵をかけて内側にしまい込んだはずなのに。
そんな私の事なんて露知らず、ボスはゆっくりと私の頬から手を離しては昔から変わらない笑みを向ける。
「ま、今日は特に酷そうだったからな…書類仕事手伝って持ってるけど、ちゃんとしんどい時は無理せず言えよ名無し」
『……はい』
「よしいい子だ」
そう言って私の頭にボスは手を置いては犬を撫でる様に撫でくり回す。
くしゃっと折角綺麗にセットした髪は崩れ、崩れた髪型のせいかほんの少しだけ、幼く見える私に「いい子だ名無し」と頭を撫でくり回した。
『ちょっ、ぼ、ボス?!』
「ん、何だ?」
『何だじゃなくて髪っ!』
「ん…あぉ、悪い。可愛かったからつい、な」
悪びれもせずさらりとボスは言葉にする。
昔からよくボスには可愛いと言われ続けてきたが、まさかこの歳になっても言われるとは思っていなかった。
「さて、仕事の続きでもするか」
満足したのかようやく私の頭から手を退けてはボスはボスが書斎の椅子に戻っていく。
介抱された私は手で髪を整えようとするその刹那――――…
「……はやく俺の事好きになって堕ちればいいのに」
と、微かに言葉にした。
『ぇ…?』
微かに聞こえたボスの言葉に私は思わず耳を疑った。
疑った上に整えようとする手は止まり、きっと誰が見ても間の抜けた表情をしているに違いない。
(え、好きになって…え?…堕ち…ればいい…?え、えっ?!)
微かに聞こえた言葉を心の中で復唱する。
(聞き間違い…聞き間違いだよね…え、まさかそんなはず…え、えっ?!)
でもその言葉をそのまま聞き返す勇気は無くて、私は思わず『今…何か、言いましたか?ボス』と聞き返した。
丁度書斎の椅子に腰掛けて「否、何でもねえよ名無し」と、ボスは只々微笑んだまま再び書類へと目を落とした―――…
俺だから気づいただけだよ
(ん、どうした名無し?さっきから顔赤いけど風邪か?なんなら半休にして病院にでも俺が連れて行ってやろうか?)
(っつ~~~~、違う、熱いだけだから!風邪じゃないからっ!と言うか仕事してよディーノ兄ちゃん!)
(はは…ま、無理せずにしんどかったら俺の事頼れよ名無し)
(……うん)
((風邪じゃないもん…ボスの…ディーノ兄ちゃんのせいだもん))
2025/04/27
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