家庭教師ヒットマンREBORN!
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※ディーノ→←部下両片思い
「名無しまだ起きてたのか?」
『あ、ボスお疲れ様です』
深夜、丁度日付が変わった頃。
ディーノはキャバッローネ・ファミリーの屋敷の中にある食堂へと顔を出せば…そこには部下である名無しが1人食堂内に居た。
否、正確には食堂内ではあるが名無しが居る場所は厨房内だ。
その事に気づけばディーノは何の躊躇もせずに厨房内へと足を踏み入れる。
名無しの傍まで近寄り鍋の中を除けば…そこには温められた牛乳にビターチョコレート。
鍋で温められた牛乳の熱を伝い、ビターチョコレートがゆっくりと溶かされていく。
溶けかけているビターチョコレートを、名無しはゴムベラで切るように混ぜていた。
何かを作っているようだが、ディーノはそれだけで名無しが何を作っているのかを理解する事は出来なかった。
ただただビターチョコレートを使っているはずなのに、甘ったるい匂いがするなと思いながら作業をする名無しをじっと見る。
「何作ってんだ?」
『明日のおやつ作ってたんですけど…材料が余っちゃったからこうしてホットチョコレートにして飲もうかなって思って』
「なるほどな」
名無しの言葉にディーノはようやく名無しが何を作っているのかを理解した。
時折名無しは夜中に厨房で良くお菓子を作っている。
休みの前の日や時間がある時に趣味であるお菓子作りを良くしていた。
厨房の使用の許可も事前に取っており、名無しがキャバッローネ・ファミリーの一員となってからはその光景を度々目にしていたため今では誰も何も言わない。
作ったお菓子をその日の休憩時間やティータイムに出される事があるので皆名無しがお菓子を作るのを楽しみにしている。
『それにしてもボスがこの時間帯まで仕事してるって…珍しいですね?』
火にかけている鍋の中身を混ぜながら、名無しはディーノに問う。
ゆっくりと混ざっていくビターチョコレートと牛乳から視線をディーノの方に向けてはそう尋ねた。
よっぽどの事が無い限り、ディーノはこの時間帯は既に眠っているか自室にて1人のんびり過ごしているはずなのだ。
それが何故まだ服も着替えずに起きているのだろうと名無しは問いかける。
「ん…あー…悪い名無しにまだ言ってなかったな」
『何をですか?』
「俺明日ジャッポーネ…日本に急遽行く事になったんだよ」
『え、そうなんですか?!じゃあボス明日は居ないんですね…?』
「あぁ、悪いな。急にリボーンの奴から頼まれちまってな…」
そう言ってディーノは苦笑を浮かべる。
ディーノがリボーンに呼び出される事は多々合る事は名無し自身も知っていた。
事前に呼ばれる事もあれば急に呼ばれる事もそれなりにある。
その度に名無しの同僚であるリコはキレ散らかしているし、右腕であるロマーリオはそんなリコを慰めていたりするのを割とよく見かけていたからだ。
面倒見が良く頼まれたら断れない性格の自分たちのボスを尊敬するものの、名無しですらたまには断ったらいいんじゃないか?と言いたくなる程、リボーンはしょっちゅうディーノをイタリアから日本へと呼んでいる。
それでも断らないのは性格故か…はたまた恩師であるリボーンに報いたいのかは…名無しには分からない。
事前に呼ばれている場合はある程度仕事を片付けて日本へ向かうが、急遽呼び出される場合はそんな暇すらなくイタリアに帰って来てから書類仕事に手を付けていた。
呼び出されると大変だなと自分の上司であるディーノを哀れんだ目で見るものの、ふと明日呼び出されているのに何故ディーノは眠らずに起きているのだろうかと疑問を抱く。
毎回日本に行く際は朝の早い便に乗って向かうのだ。
それなのに何故ディーノはまだ起きているのだろうと考えると、行きつく答えはたった一つだけだった。
『…もしかして今も仕事中ですか?』
「当たりだ。まぁ流石に眠くなってきちまったから眠気覚ましにコーヒーでも飲もうと思ってな」
そう言いながらディーノは先程までと同じく苦笑を浮かべている。
今回は急に呼ばれてしまったため、明日やるはずだった仕事をこうして深夜に進めていた。
少しでもリコの不満を解消させるように、ディーノは1人仕事をしていたのだ。
時間も時間だ。
流石に部下にこの時間帯まで付き合ってもらうわけにもいかず、ディーノは1人書類仕事に取り組んでいた。
だが部下が付いていない状態での書類仕事は…思うようにはすすまないが、それでもある程度は終わらせることが出来た。
最後の追い込みをかける前に、コーヒーを飲もうとディーノは食堂に訪れた事を名無しに話した。
『え、じゃあ私が珈琲淹れましょうか?』
「いいのか、名無し?」
『勿論。私は明日お休みいただいてるし、ボスには毎日お世話になりっぱなしですからね』
くすくすと笑いながら名無しはディーノに笑いかける。
その笑みにディーノの心臓はほんの少しだけ、脈を打つのが早くなったのを自身ですら分かる程に感じてしまった。
『じゃあちょっと待っててくださいねボス!』
「悪いな、名無し」
名無しの言葉に聞いては、ディーノは食堂の席に腰を下ろし再び名無しがディーノの元へ戻ってくるのをただ待った。
数分後、食堂の席に座って居たディーノの元に名無しが戻ってくる。
手には二つのマグカップを持っており、1つを『はいどうぞ、ボス』っとディーノに差し出した。
マグカップを受け取ればそこには湯茶色の液体が入っている。
珈琲…にしてはあまりにも液体はとろとろとしており、珈琲特有の匂いもない。
どうやらマグカップの中身はホットチョコレートの様だ。
先程名無しが鍋を火にかけ作っていた物で間違いないだろう。
甘ったるいチョコレートの香りに、ディーノの鼻孔は擽られる。
「ホットチョコレートか?」
『珈琲は丁度切らしてるみたいで…それで我慢してくださいね?』
悪戯っ子の様に笑っては名無しは自分のマグカップに口を付ける。
我ながら良い出来だと、満足そうに飲んでは頬を緩める。
コーンスターチが入っているおかげか、ホットチョコレートの液体にはとろみがついている。
そして砂糖にカカオパウダーも入っているせいか、ビターチョコレートを使って言うのにもかかわらず甘いのだ。
「否、珈琲より名無しの作ったホットチョコレート丁度飲みたかったからありがとな」
『ふふ、いいんですよ。ボスにはお世話になってるし…1人で飲みきれる量でもなかったですしね』
「つっても、余りなら1人分位の量じゃないのか?」
『……それは…その、大目に余っちゃったと言うか…チョコを買いすぎたと言うか…』
ディーノの言葉に名無しの言葉の歯切れが悪かった。
言葉にしたいが上手くできず、どちらかと言えば言葉を選ぼうとうんうん唸りながら言葉を紡ぐ。
普段ははきはきと喋るのに、何故今日に限っては歯切れが悪いのだろうかと思わず首を傾げる。
恥ずかしそうに頬を赤く染めては、名無しはゆっくりと言葉を紡いだ。
『…だってほら、街にはチョコレートが沢山並んでるじゃないですか?そりゃあ見てたらチョコレート欲しくなりません?思ってた以上に買っちゃって…気が付けば凄い量買っちゃったんですもん』
あれもこれもと買い込んで、気が付けば大量のチョコを買っていた名無し。
幾ら休憩時間やティータイム、ディーノや他の同僚に振舞う事はあれどこんなに羽目を外して買い込む名無しは珍しいなとつい思ってしまうが…ディーノもそう言われたら頷かずにはいられなかった。
「まぁ、この時期はどうしてもな…」
名無しの言葉にそう言いながら苦笑を浮かべ、ディーノは名無しに渡されたマグカップに入っているホットチョコレートをまた一口飲む。
甘ったるいチョコレートの香りが、ディーノの鼻孔を擽り、一口飲めばビターチョコレートを使ったにも関わらず、甘いチョコレートとまろやかな牛乳の味が口の中に広がった。
毎年名無しの作るホットチョコレートは普通のホットチョコレートと違いトロトロとしている。
一口飲めば名無しお手製のホットチョコレートの虜になる程だ。
キャバッローネ・ファミリーで働くようになって毎年この時期にディーノは名無しのホットチョコレートを飲むのが楽しみに1つでもある。
今年はまだ飲んでいなかったのだ、それが今飲めてディーノは嬉しくて仕方がない。
この時期限定で名無しはホットチョコレートを作り、ディーノに飲ませてくれるのだ。
今の様に夜中にこっそり顔を出せば、名無しは『冷えるから』と温まるようにホットチョコレートを出してくれる。
それはこの時期にキャバッローネ・ファミリーの仕切るシマが…否、イタリア全体でチョコレートを目にする事が増えるからだ。
バレンタインのある2月、アモーレの国イタリアでは毎年盛大にバレンタインを行っている。
バレンタインデーの発祥の国であるイタリア。
日本のバレンタインデーと違い、イタリアのバレンタインデーは恋人たちの記念日と呼ばれている。
恋人同士がお互いの気持ちを深め合い、一緒にお祝いする日。
バレンタインデーは男性から女性へとプレゼントを贈り、プレゼントは薔薇やチョコレートが定番である。
勿論それだけではない。
アクセサリーやランジェリー、香水などと言ったものも贈り物として選ばれる。
またバレンタインデーのデートでは定番としてレストランでロマンチックなディナーを楽しむことが最もポピュラーな過ごし方だ。
レストランの予約戦争が行われていると聞いた時は名無し自身正直驚いた。
だって名無しの知っているバレンタインデーとあまりにもかけ離れていたから。
日本人である名無しにとってはそれこそ最初は馴染みのないものだったが、9年もイタリアに居るのだ。
もうすっかり慣れてしまった。
だが慣れた所で恋人が居ない名無しにとってはただの平日にしか過ぎないが…。
「そういや何で名無しはこの時期にしかホットチョコレート出してくれねえんだよ?」
2月も中旬…それこそバレンタインデーまでの期間しか名無しはディーノにホットチョコレートを作らない。
それ以外の日は決まってココアや紅茶、ホットミルクを出してくれる。
何か理由があるのだろうかと、聞こうと思っていた事を口にすれば名無しはほんのりと頬を赤く染めては『内緒』と言って自分の分のホットチョコレートをまた飲み始めた。
(あー…ったく、可愛いな)
ディーノは名無しを見ながらそんな事を思う。
外見が可愛いも勿論あるが…ディーノは名無しに恋をしていた。
名無しは元々ヴァリアーの所属していたが次の働き先を見つける際にディーノと偶然街で会い「俺んとこに来るか?」と声をかけたのだ。
その時はまだ名無しに対して恋愛感情すら持ち合わせていなかった。
ただの顔見知り、ヴァリアーのメンバーとして働いている事を知っているがそこまでの接点はなかった。
だがボンゴレとは同盟ファミリー故に、ボンゴレ本部の方で何度か名無しと話した事はあるがそれだけだった。
そんな名無しに何故ディーノが「俺んとこに来るか?」なんて言ったのかは…正直ディーノ自身だって分からなかった。
ただ咄嗟に口に出てしまったのだ。
元々面倒見が良く知り合いが困っていた…同盟ファミリーであるボンゴレファミリーの暗殺部隊で働いていたのだから見ず知らずの人間を雇うよりリスクは少ない。
そんな言い訳をしながら名無しをキャバッローネ・ファミリーの一員に迎え入れた。
最初はロマーリオや他の部下に「何だボス、ナンパして来たのか?」と揶揄われていたなと思い出すと、思わず苦笑してしまう。
だが一緒に仕事をするにつれて、ディーノは名無しに惹かれて行った。
その仕草に、名無しと言う人間にいつの間にか惚れてしまった。
だがそれを口にする勇気は…ディーノにはなかった。
否、伝えたいとは思っているのだが名無しを前にするとなかなかうまく言葉が出ないのだ。
今年こそはと思いながら…結局今年のバレンタインも上司と部下と言う関係のまま何の進展のない自分に呆れてしまう。
(こりゃまたリボーンにへなちょこのままだなって言われ兼ねないな…。“好きだ”その3文字が言えねえなんて…)
ディーノがそんな事を思っているとは露知らず、名無しもただただ横目にディーノを見つめた。
自分の仕事上の上司であるものの、ディーノの見た目はイケメンでその美貌に名無しは見惚れていた。
太陽を思い浮かばせるような金色の髪に人懐っこい笑み。
鳶色の瞳は優しく、女性であれば誰をも虜にしてしまうそうなほどに綺麗な目をしている。
ホットチョコレートを飲んでいるだけなのにその姿は様になっているのだ。
名無しの熱い視線に気づかないディーノに、名無しは一人心の中で溜息を付く。
(ボスは…知らないんだろうなぁ。毎年私が“チョコ”を渡しているなんて…)
そう思いながら名無しはディーノから視線をそらし、手に持っているマグカップへと視線を落とした。
先程問われた問いに『内緒』なんて答えたが、違うのだ。
この時期だからこそ名無しはホットチョコレートを作りディーノに渡しているのだ。
それはこのホットチョコレートが、名無しなりのディーノに対するバレンタインのチョコを渡す行為なのだから。
勿論このホットチョコレートがディーノに対する本命チョコなんてディーノは微塵も思ってないだろう。
なんせ女性がアプローチしたい意中の男性に愛情の告白として本命チョコを贈る習慣があるのは日本だけなのだ。
西欧・米国でも、恋人やお世話になった人にチョコを贈る事があれど、イタリアでは全く違う。
バレンタイン、すなわち恋人たちの記念日と言う認識なのだから伝わるわけもない。
気付かれないのは当然と思うのに、どこかで気づいて欲しいと期待だってしてしまうが…それは難しい事位名無し自身分かっている。
トロトロのホットチョコレートには微かに名無しの表情が映り込む。
自信の無さそうな表情にを見れば、名無しはぎゅっと持っているマグカップを両手で握りしめた。
(ずるい私は今年もボスに想いを告げられないままだな…)
そんな事を思いながら名無しは目を伏せる。
立場上、ディーノとは上司と部下の関係だ。
想いを告げる事は出来なくもないが…それでは振られてしまった後の仕事に支障が出るかもしれないと思えば…名無しはなかなかディーノに想いを告げることが出来なかった。
だからこそ毎年、気づかれないようにこっそりと…チョコを渡しているのだ。
イタリア人であるディーノはきっとこの意味を分からないだろう、そう思いながらも名無しは来年もホットチョコレートを渡すのだろうと1人思いながらまた一口ホットチョコレートに口を付けた―――…
うそつきなホットチョコレート
(ありがとな名無し、ホットチョコレートすっげえ美味かった)
(いえいえ、ボスは毎回美味しそうに飲んでくれるから作りがいがありますよ)
(よし、じゃあ俺はもう少し仕事してくるから名無しは早めに寝ろよ?もう遅いんだし)
(その言葉そっくりそのままボスに返しますからね?おやすみなさい、ボス)
2025/03/01
お題提供:子猫恋様
「名無しまだ起きてたのか?」
『あ、ボスお疲れ様です』
深夜、丁度日付が変わった頃。
ディーノはキャバッローネ・ファミリーの屋敷の中にある食堂へと顔を出せば…そこには部下である名無しが1人食堂内に居た。
否、正確には食堂内ではあるが名無しが居る場所は厨房内だ。
その事に気づけばディーノは何の躊躇もせずに厨房内へと足を踏み入れる。
名無しの傍まで近寄り鍋の中を除けば…そこには温められた牛乳にビターチョコレート。
鍋で温められた牛乳の熱を伝い、ビターチョコレートがゆっくりと溶かされていく。
溶けかけているビターチョコレートを、名無しはゴムベラで切るように混ぜていた。
何かを作っているようだが、ディーノはそれだけで名無しが何を作っているのかを理解する事は出来なかった。
ただただビターチョコレートを使っているはずなのに、甘ったるい匂いがするなと思いながら作業をする名無しをじっと見る。
「何作ってんだ?」
『明日のおやつ作ってたんですけど…材料が余っちゃったからこうしてホットチョコレートにして飲もうかなって思って』
「なるほどな」
名無しの言葉にディーノはようやく名無しが何を作っているのかを理解した。
時折名無しは夜中に厨房で良くお菓子を作っている。
休みの前の日や時間がある時に趣味であるお菓子作りを良くしていた。
厨房の使用の許可も事前に取っており、名無しがキャバッローネ・ファミリーの一員となってからはその光景を度々目にしていたため今では誰も何も言わない。
作ったお菓子をその日の休憩時間やティータイムに出される事があるので皆名無しがお菓子を作るのを楽しみにしている。
『それにしてもボスがこの時間帯まで仕事してるって…珍しいですね?』
火にかけている鍋の中身を混ぜながら、名無しはディーノに問う。
ゆっくりと混ざっていくビターチョコレートと牛乳から視線をディーノの方に向けてはそう尋ねた。
よっぽどの事が無い限り、ディーノはこの時間帯は既に眠っているか自室にて1人のんびり過ごしているはずなのだ。
それが何故まだ服も着替えずに起きているのだろうと名無しは問いかける。
「ん…あー…悪い名無しにまだ言ってなかったな」
『何をですか?』
「俺明日ジャッポーネ…日本に急遽行く事になったんだよ」
『え、そうなんですか?!じゃあボス明日は居ないんですね…?』
「あぁ、悪いな。急にリボーンの奴から頼まれちまってな…」
そう言ってディーノは苦笑を浮かべる。
ディーノがリボーンに呼び出される事は多々合る事は名無し自身も知っていた。
事前に呼ばれる事もあれば急に呼ばれる事もそれなりにある。
その度に名無しの同僚であるリコはキレ散らかしているし、右腕であるロマーリオはそんなリコを慰めていたりするのを割とよく見かけていたからだ。
面倒見が良く頼まれたら断れない性格の自分たちのボスを尊敬するものの、名無しですらたまには断ったらいいんじゃないか?と言いたくなる程、リボーンはしょっちゅうディーノをイタリアから日本へと呼んでいる。
それでも断らないのは性格故か…はたまた恩師であるリボーンに報いたいのかは…名無しには分からない。
事前に呼ばれている場合はある程度仕事を片付けて日本へ向かうが、急遽呼び出される場合はそんな暇すらなくイタリアに帰って来てから書類仕事に手を付けていた。
呼び出されると大変だなと自分の上司であるディーノを哀れんだ目で見るものの、ふと明日呼び出されているのに何故ディーノは眠らずに起きているのだろうかと疑問を抱く。
毎回日本に行く際は朝の早い便に乗って向かうのだ。
それなのに何故ディーノはまだ起きているのだろうと考えると、行きつく答えはたった一つだけだった。
『…もしかして今も仕事中ですか?』
「当たりだ。まぁ流石に眠くなってきちまったから眠気覚ましにコーヒーでも飲もうと思ってな」
そう言いながらディーノは先程までと同じく苦笑を浮かべている。
今回は急に呼ばれてしまったため、明日やるはずだった仕事をこうして深夜に進めていた。
少しでもリコの不満を解消させるように、ディーノは1人仕事をしていたのだ。
時間も時間だ。
流石に部下にこの時間帯まで付き合ってもらうわけにもいかず、ディーノは1人書類仕事に取り組んでいた。
だが部下が付いていない状態での書類仕事は…思うようにはすすまないが、それでもある程度は終わらせることが出来た。
最後の追い込みをかける前に、コーヒーを飲もうとディーノは食堂に訪れた事を名無しに話した。
『え、じゃあ私が珈琲淹れましょうか?』
「いいのか、名無し?」
『勿論。私は明日お休みいただいてるし、ボスには毎日お世話になりっぱなしですからね』
くすくすと笑いながら名無しはディーノに笑いかける。
その笑みにディーノの心臓はほんの少しだけ、脈を打つのが早くなったのを自身ですら分かる程に感じてしまった。
『じゃあちょっと待っててくださいねボス!』
「悪いな、名無し」
名無しの言葉に聞いては、ディーノは食堂の席に腰を下ろし再び名無しがディーノの元へ戻ってくるのをただ待った。
数分後、食堂の席に座って居たディーノの元に名無しが戻ってくる。
手には二つのマグカップを持っており、1つを『はいどうぞ、ボス』っとディーノに差し出した。
マグカップを受け取ればそこには湯茶色の液体が入っている。
珈琲…にしてはあまりにも液体はとろとろとしており、珈琲特有の匂いもない。
どうやらマグカップの中身はホットチョコレートの様だ。
先程名無しが鍋を火にかけ作っていた物で間違いないだろう。
甘ったるいチョコレートの香りに、ディーノの鼻孔は擽られる。
「ホットチョコレートか?」
『珈琲は丁度切らしてるみたいで…それで我慢してくださいね?』
悪戯っ子の様に笑っては名無しは自分のマグカップに口を付ける。
我ながら良い出来だと、満足そうに飲んでは頬を緩める。
コーンスターチが入っているおかげか、ホットチョコレートの液体にはとろみがついている。
そして砂糖にカカオパウダーも入っているせいか、ビターチョコレートを使って言うのにもかかわらず甘いのだ。
「否、珈琲より名無しの作ったホットチョコレート丁度飲みたかったからありがとな」
『ふふ、いいんですよ。ボスにはお世話になってるし…1人で飲みきれる量でもなかったですしね』
「つっても、余りなら1人分位の量じゃないのか?」
『……それは…その、大目に余っちゃったと言うか…チョコを買いすぎたと言うか…』
ディーノの言葉に名無しの言葉の歯切れが悪かった。
言葉にしたいが上手くできず、どちらかと言えば言葉を選ぼうとうんうん唸りながら言葉を紡ぐ。
普段ははきはきと喋るのに、何故今日に限っては歯切れが悪いのだろうかと思わず首を傾げる。
恥ずかしそうに頬を赤く染めては、名無しはゆっくりと言葉を紡いだ。
『…だってほら、街にはチョコレートが沢山並んでるじゃないですか?そりゃあ見てたらチョコレート欲しくなりません?思ってた以上に買っちゃって…気が付けば凄い量買っちゃったんですもん』
あれもこれもと買い込んで、気が付けば大量のチョコを買っていた名無し。
幾ら休憩時間やティータイム、ディーノや他の同僚に振舞う事はあれどこんなに羽目を外して買い込む名無しは珍しいなとつい思ってしまうが…ディーノもそう言われたら頷かずにはいられなかった。
「まぁ、この時期はどうしてもな…」
名無しの言葉にそう言いながら苦笑を浮かべ、ディーノは名無しに渡されたマグカップに入っているホットチョコレートをまた一口飲む。
甘ったるいチョコレートの香りが、ディーノの鼻孔を擽り、一口飲めばビターチョコレートを使ったにも関わらず、甘いチョコレートとまろやかな牛乳の味が口の中に広がった。
毎年名無しの作るホットチョコレートは普通のホットチョコレートと違いトロトロとしている。
一口飲めば名無しお手製のホットチョコレートの虜になる程だ。
キャバッローネ・ファミリーで働くようになって毎年この時期にディーノは名無しのホットチョコレートを飲むのが楽しみに1つでもある。
今年はまだ飲んでいなかったのだ、それが今飲めてディーノは嬉しくて仕方がない。
この時期限定で名無しはホットチョコレートを作り、ディーノに飲ませてくれるのだ。
今の様に夜中にこっそり顔を出せば、名無しは『冷えるから』と温まるようにホットチョコレートを出してくれる。
それはこの時期にキャバッローネ・ファミリーの仕切るシマが…否、イタリア全体でチョコレートを目にする事が増えるからだ。
バレンタインのある2月、アモーレの国イタリアでは毎年盛大にバレンタインを行っている。
バレンタインデーの発祥の国であるイタリア。
日本のバレンタインデーと違い、イタリアのバレンタインデーは恋人たちの記念日と呼ばれている。
恋人同士がお互いの気持ちを深め合い、一緒にお祝いする日。
バレンタインデーは男性から女性へとプレゼントを贈り、プレゼントは薔薇やチョコレートが定番である。
勿論それだけではない。
アクセサリーやランジェリー、香水などと言ったものも贈り物として選ばれる。
またバレンタインデーのデートでは定番としてレストランでロマンチックなディナーを楽しむことが最もポピュラーな過ごし方だ。
レストランの予約戦争が行われていると聞いた時は名無し自身正直驚いた。
だって名無しの知っているバレンタインデーとあまりにもかけ離れていたから。
日本人である名無しにとってはそれこそ最初は馴染みのないものだったが、9年もイタリアに居るのだ。
もうすっかり慣れてしまった。
だが慣れた所で恋人が居ない名無しにとってはただの平日にしか過ぎないが…。
「そういや何で名無しはこの時期にしかホットチョコレート出してくれねえんだよ?」
2月も中旬…それこそバレンタインデーまでの期間しか名無しはディーノにホットチョコレートを作らない。
それ以外の日は決まってココアや紅茶、ホットミルクを出してくれる。
何か理由があるのだろうかと、聞こうと思っていた事を口にすれば名無しはほんのりと頬を赤く染めては『内緒』と言って自分の分のホットチョコレートをまた飲み始めた。
(あー…ったく、可愛いな)
ディーノは名無しを見ながらそんな事を思う。
外見が可愛いも勿論あるが…ディーノは名無しに恋をしていた。
名無しは元々ヴァリアーの所属していたが次の働き先を見つける際にディーノと偶然街で会い「俺んとこに来るか?」と声をかけたのだ。
その時はまだ名無しに対して恋愛感情すら持ち合わせていなかった。
ただの顔見知り、ヴァリアーのメンバーとして働いている事を知っているがそこまでの接点はなかった。
だがボンゴレとは同盟ファミリー故に、ボンゴレ本部の方で何度か名無しと話した事はあるがそれだけだった。
そんな名無しに何故ディーノが「俺んとこに来るか?」なんて言ったのかは…正直ディーノ自身だって分からなかった。
ただ咄嗟に口に出てしまったのだ。
元々面倒見が良く知り合いが困っていた…同盟ファミリーであるボンゴレファミリーの暗殺部隊で働いていたのだから見ず知らずの人間を雇うよりリスクは少ない。
そんな言い訳をしながら名無しをキャバッローネ・ファミリーの一員に迎え入れた。
最初はロマーリオや他の部下に「何だボス、ナンパして来たのか?」と揶揄われていたなと思い出すと、思わず苦笑してしまう。
だが一緒に仕事をするにつれて、ディーノは名無しに惹かれて行った。
その仕草に、名無しと言う人間にいつの間にか惚れてしまった。
だがそれを口にする勇気は…ディーノにはなかった。
否、伝えたいとは思っているのだが名無しを前にするとなかなかうまく言葉が出ないのだ。
今年こそはと思いながら…結局今年のバレンタインも上司と部下と言う関係のまま何の進展のない自分に呆れてしまう。
(こりゃまたリボーンにへなちょこのままだなって言われ兼ねないな…。“好きだ”その3文字が言えねえなんて…)
ディーノがそんな事を思っているとは露知らず、名無しもただただ横目にディーノを見つめた。
自分の仕事上の上司であるものの、ディーノの見た目はイケメンでその美貌に名無しは見惚れていた。
太陽を思い浮かばせるような金色の髪に人懐っこい笑み。
鳶色の瞳は優しく、女性であれば誰をも虜にしてしまうそうなほどに綺麗な目をしている。
ホットチョコレートを飲んでいるだけなのにその姿は様になっているのだ。
名無しの熱い視線に気づかないディーノに、名無しは一人心の中で溜息を付く。
(ボスは…知らないんだろうなぁ。毎年私が“チョコ”を渡しているなんて…)
そう思いながら名無しはディーノから視線をそらし、手に持っているマグカップへと視線を落とした。
先程問われた問いに『内緒』なんて答えたが、違うのだ。
この時期だからこそ名無しはホットチョコレートを作りディーノに渡しているのだ。
それはこのホットチョコレートが、名無しなりのディーノに対するバレンタインのチョコを渡す行為なのだから。
勿論このホットチョコレートがディーノに対する本命チョコなんてディーノは微塵も思ってないだろう。
なんせ女性がアプローチしたい意中の男性に愛情の告白として本命チョコを贈る習慣があるのは日本だけなのだ。
西欧・米国でも、恋人やお世話になった人にチョコを贈る事があれど、イタリアでは全く違う。
バレンタイン、すなわち恋人たちの記念日と言う認識なのだから伝わるわけもない。
気付かれないのは当然と思うのに、どこかで気づいて欲しいと期待だってしてしまうが…それは難しい事位名無し自身分かっている。
トロトロのホットチョコレートには微かに名無しの表情が映り込む。
自信の無さそうな表情にを見れば、名無しはぎゅっと持っているマグカップを両手で握りしめた。
(ずるい私は今年もボスに想いを告げられないままだな…)
そんな事を思いながら名無しは目を伏せる。
立場上、ディーノとは上司と部下の関係だ。
想いを告げる事は出来なくもないが…それでは振られてしまった後の仕事に支障が出るかもしれないと思えば…名無しはなかなかディーノに想いを告げることが出来なかった。
だからこそ毎年、気づかれないようにこっそりと…チョコを渡しているのだ。
イタリア人であるディーノはきっとこの意味を分からないだろう、そう思いながらも名無しは来年もホットチョコレートを渡すのだろうと1人思いながらまた一口ホットチョコレートに口を付けた―――…
うそつきなホットチョコレート
(ありがとな名無し、ホットチョコレートすっげえ美味かった)
(いえいえ、ボスは毎回美味しそうに飲んでくれるから作りがいがありますよ)
(よし、じゃあ俺はもう少し仕事してくるから名無しは早めに寝ろよ?もう遅いんだし)
(その言葉そっくりそのままボスに返しますからね?おやすみなさい、ボス)
2025/03/01
お題提供:子猫恋様
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