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第2章

 バンギラスが一旦距離を取ると、メガニウムはゆっくりリフレクターを解除した。ふう、と息を吐くと恐る恐る振り返った。
 赤毛の親トレーナーは相変わらず鋭い眼光を向けている。しかし、それでもメガニウムの顔を真っ直ぐと見つめていた。

「……よくやった」

そう言ってすぐに照れくさそうに顔を背けた。けれども満足だった、メガニウムは嬉しそうに鳴いた。

「いや~、助かったぜブラックにメガニウム。というかメガニウム!? ベイリーフ、進化したのか~! 大きくなったなぁ! あれ? クリスに預けていたはずなのに、何でお前が持っているの?」
「だから一度に聞くな! 馬鹿!」

二人の様子にようやくメガニウムは笑みをこぼした。そしてオーダイルとメガニウムは頷き合うと、再びバンギラスに向き合った。
 メガニウムを見たグレイは、あの洞窟のバトルを思い出した。そしてあの強烈な技を。舌打ちをしてグレイはもう一つのボールを投げた。

「行け! ヘルガー」

ボールから現れたヘルガーは早速鋭い視線をゴールド達に向ける。
 ゴールドは汗を拭いならが笑みを浮かべた。

「二対二、だな」
「おい。俺様も入れているのか」
「へへ、だってそうだろう?」

にっこりと屈託のない笑みを向けられれば、ブラックはそれ以上何も言わずに前を向いた。

「バンギラス! オーダイルに“かみなりパンチ”!」

グレイの声と共にバンギラスは再び雷を拳に込め始める。

「そう何度も食わないよ! オーダイル、“いやなおと”だ!」

オーダイルが口から鋭い金属音を発した。思わず耳を塞ぎたくなる不快な音に、バンギラスはその巨体をぐらつかせる。

「今だメガニウム! “はなびらのまい”」

美しい花びらがメガニウムの周りに集まり、そしてそのまま渦を書いてバンギラスを切り裂いた。花びらに翻弄されるバンギラスの隣をヘルガーが駆け抜ける。ヘルガーは地面を這うように滑らかにメガニウムに近づくと。

「“ほのおのキバ”!」

火炎を纏った牙をメガニウムの体に食い込ませた。鋭い悲鳴、すぐさまオーダイルがヘルガーを殴りつけるも、ヘルガーはすらりと避けてグレイの元へ帰っていった。

「メガニウム、大丈夫か!?」
「問題ない、こいつの耐久を舐めるな」

その物言いにゴールドはむっと睨み返すも、当のメガニウムは嬉しそうにブラックを見ている。ゴールドは苦笑を浮かべながるしかなかった。
 対してグレイは苦し気に歯ぎしりをしていた。思った以上にメガニウムの技は効くし、ヘルガーの技は効かないし。そして何よりあの二人の息はぴったりだ。あんな厄介な連中が手を組むなんて。彼の脳裏ではエンジュシティの苦い思いが繰り返されている。
体を揺らして花びらを振り払ったバンギラスは、より一層激しく咆哮を上げた。押しつぶすような凄まじい声量にゴールド達はその場から動けなかった。その隙を突いて慌ててグレイは叫ぶ。

「“ストーンエッジ”だ!」

バンギラスは突如無数の岩を生み出し、宙に浮かせた。

「来るぞ!」

ブラックの声にゴールド、オーダイル、そしてメガニウムが身構える。それと同時に無数の岩が彼ら目がけて発射された。どす黒いオーラを纏った岩は次々と床に突き刺さっていく。ゴールドはオーダイルに、ブラックはメガニウムに庇われながらそれらを避けていった。
 その時。

「きゃっ!」

甲高い声が響く。真っ先にそちらに向いたのはグレイだった。彼の目に飛び込んできたのは、後ろ手に縛られ横たわる少女。眠っていたはずの彼女は、流れて飛んできた岩に思わず声を上げてしまったのだ。

「く、くそ! こんな時に目を覚ましやがって」

面倒な、と続けようとした。しかし彼はある事を思いついてにやりと口角を上げる。
 少女の首根っこを掴み、無理矢理立ち上がらせてみせた。少女に気付いたのか、ゴールド達はぴたりと動きを止める。その様子にグレイは更に笑みを深める。

「下手に動くなよ! こいつがどうなってもいいのか!?」

いつの間にかふらつくクリスの足元にはヘルガーが忍び寄り、今にも彼女に食い掛かろうとせんばかりだ。クリスは思わず声を失い、弱々しくゴールドとブラックに視線を送る。
 真っ先に声を上げたのはゴールドだった。

「卑怯だぞ、グレイ!」

少年の非難に、けれどもグレイは鼻で笑って見せる。

「忘れたのか? 本当に強いのは、戦わなくても強いロケット団なんだよ!」

そしてクリスを打ち捨てるように床に降ろした。痛がるクリスにぴったりと付くヘルガーは、グレイと同じように下卑た笑みを少年たちに向ける。

「くそ……! クリスを解放しろ!」

ゴールドの叫びも虚しく響くだけだった。

「してやるさ。お前たちをぎっったんぎったんにしてからな!」

グレイはバンギラスに視線を送った。バンギラスが唸ると、再びその体から黒い空気が溢れ出した。

「喰らえ! “あくのはどう”!」

 邪悪に満ちたオーラは、バンギラスを中心に波紋を描いて室内を駆け巡った。その場に居る者全てが感じた物は、背筋を走る悪寒。心臓を掴まれるような不快感。しかしその感覚を遥かに超える衝撃が、オーダイルとメガニウムに襲い掛かった。
 二匹の体は黒いオーラに苦しめられながら、倒れていった。かろうじて片膝で耐えているものの、時間の問題だった。早くこのバンギラスを突破しなくては。
 しかし……。

「クリス……!」

ゴールド、そして横たわるクリスの瞳が交じり合う。「今助けてやるからな」と叫ぶ黄金の瞳、対して「私に構わず奴らを倒して!」と訴える水晶のように透き通った瞳。ゴールドは、それでも、踏み切れなかった。

「くそ……、どうすれば……」

こちらが動けば相手のヘルガーがどう動くか、しかしクリスに構わず動けば。
 悶々と、頭を回転し続けているゴールド。しかしその頭に固い衝撃が走った。

「馬鹿は頭を使うな」

ふと隣を見れば、ブラックがゴールドの頭を小突いていた。その真紅の瞳には、普段のような棘はなかった。
 ただ少し、ほんの少し。悲しげに揺れていた。

「貴様は何も考えずに戦え。いつもみたいに。馬鹿正直に」

ゴールドが驚いて何かを言う前に、ブラックは一歩前に出た。その瞬間、バンギラスの咆哮に紛れて彼は小さく呟いていた。

「……俺のようにはなるな」

そうして烈火の怒りを瞳に込め、グレイ達に向けた。
 グレイは思わず後ずさりをした。かつての同僚から向けられる怒りは、その若さからは考えられない程、強い意志をひしひしと感じる。しかし勝算はあった。ブラックの手持ちは把握済み。目の前のメガニウムを倒してしまえば、残りのポケモンはバンギラスやヘルガーで力押しをしてしまえる。
 よし、よし! とグレイは自分に言い聞かせ、奮い立つ。

「ブラック、お前との決着もここで着けてやる!」

その言葉に返された物は、背筋が凍る程の殺意だった。

「っ!」
「貴様らのやり方にもいい加減飽き飽きだ。二度と立ち上がれないようにしてやる」

低く、唸るように彼は言った。そしてメガニウムを前に出した。

「ま、待て! この娘がどうなっていもいいのか!?」

グレイは慌てて足元のクリスを指さすが、メガニウムはそれに戸惑いを見せるが、ブラックは眉一つ動かさなかった。

「俺には関係ない」

有無を言わせない冷たい言葉。その場に居た全員が息をのんだ。
 一瞬の沈黙の後、彼の無慈悲な一言が響く。

「メガニウム、“はなふぶき”」

反射的に、メガニウムの花弁が光る。光の粒は花びらとなり、渦を描いて室内を駆け巡った。
 その瞬間、グレイの脳裏に甦ったのはつながりの洞窟での雪辱だ。この技の威力は嫌という程知っている。

「バ、バンギラス!」

発動させまい、彼の頭にはそれしかなかった。

「“バークアウト”だっ! かき消してしまえ!」

バンギラスは大きく息を吸い込んだ。そして一瞬胸に貯めると、轟音と共に吐き出した。鼓膜を破らんばかりの咆哮は空気を揺らし、床を揺らし。声の衝撃波は花の渦を破壊し、そのまま辺りを飲み込んだ。
 ゴールド達も、グレイやヘルガーさえも、その威力は想定以上だった。思わずその場に硬直した。衝撃波は一面の窓ガラスも揺らし、遂にはそれを砕き割った。

「きゃあ!?」

思わず悲鳴を上げて床に伏せるクリスだったが、その上から砕けたガラスが降り注ぐ。

「今だ!」

咆哮の中、凛と貫くブラックの声。

「メガニウム!」

それは真っ直ぐとメガニウムの鼓膜を突き抜け、脳を、体を動かした。
 メガニウムは衝撃の波に逆らって突進する。グレイもヘルガーも動けない中、ただ一つ、新緑の影はクリスの元へ駆けつけた。そして“リフレクター”を発動し、ガラスから彼女を守ったのだ。

「しまった!」

人質を奪われてしまい、グレイは我に返る。次の瞬間。

「信じるぜ、ブラック!!!」

ゴールドの声が凛と響く。そして。

「いけぇぇぇ! “ハイドロポンプ”!!!」

オーダイルの口から溢れ出す、激流。親トレーナーの思いを乗せるように、猛り立つ水はバンギラス目がけて放たれた。

          ***

「はかいこうせんっっ!!!」

咄嗟にグレイは叫んだ。バンギラスは瞬時に咆哮を止め、再び息を吸い込んだ。禍々しい黒い光が口元に集まる。そしてその血走った瞳を見開くと、オーダイル目がけて吐き出した。
 オーダイルの激流、バンギラスの黒い光、二つは空中でぶつかり合った。鋭い金切り声と光、煙が舞い上がる。
 音が収まり、煙が晴れてくると、片膝をついたオーダイルが姿を現した。

「オーダイル!」

ゴールドが駆け寄ると、その体には相殺しきれなかった光線の傷がまざまざと浮かんでいる。
 煙の向こう側に目をやると、黒い巨体は悠然と二人を見下ろしていた。

「くっ……!」

オーダイルを庇うように抱き寄せる。しかし、その体は突如としてよろめいた。

「な、何だ!?」

驚きの声を上げるグレイは、次の瞬間その異変に気付いた。小刻みに震える巨体は、麻痺状態にあったのだ。

「い、いつの間に!」

慌てふためくグレイをブラックが鼻で笑い飛ばした。

「詰めが甘かったな」

それにつられ、メガニウムもにやりと笑う。オーダイルのハイドロポンプに驚いたグレイは、防御するのではなく相殺する事を考えるだろう。そしてその為の大技を放つ時、“バークアウト”を出し切ったバンギラスは必ず大きく呼吸をする。その瞬間だった。“はかいこうせん”を打つ為にバンギラスが息を吸い込んだ時、ブラックはメガニウムに合図を出していた。バンギラスの吸い込んだ空気には、メガニウムから放たれた“しびれごな”が混じっていたのだ。

「さっさと立てゴールド!」

彼の鋭い声にゴールドの体は飛び上がる。

「まだ戦いは終わってないぞ、だめトレーナー!」

いつもの言葉に、ゴールドはにやりと笑みを返してみせた。

「てやんでい! 分かってらぁ!!」

力強く立ち上がったゴールドとオーダイル。オーダイルの体は深い海の光を放っている。特性“げきりゅう”が発動したのだ。
 続いてメガニウムの体も光り出した。特性“しんりょく”が彼女の体を奮い立たせる。

「く、くそ。くそっ! 調子に乗るなよ、これが新生ロケット団の、俺達の全てなんだっっ!!!」

グレイの脳裏に甦る、三年前のあの夜。もう戻れない。立ち止ってしまえば、あの闇が襲ってくるから。「救い」はもうないから。
 “はかいこうせん”の反動をものともせず、それでも麻痺の残る体を起こすバンギラス。その体をどす黒いオーラが包み込む。
 青、緑、そして黒の光。それぞれの思いを乗せ、輝く。

「オーダイル、“アクアテール”!」
「メガニウム、“はなびらのまい“!」
「バンギラス、“ギガインパクト”!」

三つの光がぶつかり合う。三つの思いがぶつかり合う。
 光、音、煙、それらがその場に居た全員を飲み込んだ。


 静。
 何も動かない、聞こえない。皆が食い入るように煙の中を見れば、黒い光、青と緑。
 一鳴き、低い唸り声が響けば、黒い光がゆっくりと消えていく。
 巨体が床に倒れ込み、揺れる。最後までそこに立っていたのは、オーダイルとメガニウムだった。
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