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第2章

地下通路で拘束されていた「本物」の局長はゴールドから街の様子を聞いていた。
 局長がここに監禁されて二日で、街はすっかり生気を失くしてしまった。古くからこの街の発展に携わっている彼はひどく悔しそうだった。

「それで、君たちが動いてくれているんだね?」
「ああ! おいらや頼りになるトレーナーさん、それからマサキさんにアカネ、皆が力を貸してくれている!」
「そうか……マサキ君やアカネちゃんも。ありがとう、本当に」

彼は深々と頭を下げた。ゴールドは局長を連れ出そうと手を引いた。しかし彼は首を振り。

「いや私はここに残ろう」
「え? どうして?」
「私がここから消えれば幹部たちにも伝わり、騒ぎになるだろう。なるべく君たちの行動の妨げにならないように」

彼の言う事には一理あった。しかし目の前の老人を助けられない事にしょんぼりと、ゴールドは肩を落とす。そんな優しい姿に局長は微笑み、ポケットからある物を取り出した。

「これは電波発生器の制御室のカードキーだ。奴らは必ずここを陣取っているはずだ」

キーをゴールドに握らせ、局長は彼の瞳を見つめた。頼んだよ、と彼は言う。ゴールドはそれに力強く頷いた。
 局長と別れてゴールドは地下通路を進んだ。見張りの数は徐々に増え、本拠地が近い事を示している。より慎重に進んでいくと、ついに長い通路は終り、その果てに一枚のドアが現れた。

「よし、これがラジオ塔の裏ぐ……え?」

ドアノブに手を掛けたものの、ドアはびくともしない。押しても引いても開かない。
 鍵が掛かっている。

「そ、そんな~~ここまで来て!?」

頭を抱え、ゴールドは床に崩れ落ちた。もうマサキも居ない、ハッキングなんて自分にはできない。

「トホホ……局長、パスワード知っているかなぁ」

仕方なく唯一パスワードを知っていそうな局長の元まで帰ろうと、ゴールドは振り返る。
 その時、ドアから音がした。そしてその扉がゆっくり開かれ。

「……やはり貴様か」

そこから現れたのは黒い服の赤毛の少年、ゴールドの因縁の相手。

「ブ、ブラック!?」

仰天するゴールドを、彼は舌打ちをしながら睨み返す。

「あのドラゴン使い、言いように俺を使いやがって」
「ドラゴン使い? ワタルさんに会ったのか!? というか何でお前がここに!? ロケット団と戦っているのか!? あ! まさかまた悪い事をしているのか!?」
「黙れ! 一度に聞くな!」

ぎゃいぎゃい、と二人が叫び合っていると。

「おい、そこに誰かいるのか!?」

地下通路の奥から団員の声が飛んでくる。見つかってはまずい、と判断した二人は急いで塔内に入った。そして一目の付かない倉庫で一旦身を隠す。
 息も絶え絶えに座り込むゴールド、対してブラックは窓から冷静に倉庫の外を伺っている。

「はあ、はあ。な、ブラック。お前、なんでここに?」
「……」

ブラックは答えず、けれどもゴールドは何となく察した。

「ああ、お前、前もロケット団と戦っていたもんなぁ」
「ふん、お前こそ飽きずによく奴らに構っているな」
「あんな静かなコガネシティ、見てらんないだろ」
「だめトレーナーらしい理由だ」

視線すら合わない二人。さすがのゴールドも慣れてしまった。制御室へ向かうため、ゴールドは立ち上がった。
 するとその時。

「……クリスは」
「へ?」
「クリス、とかいうトレーナーはお前の知り合いらしいな」

そう言うブラックの横顔は、いつもの棘はなく、どこか悲しげだった。しかしそれにゴールドが気づく事はなく。

「あ、ああ! 今ロケット団に捕まっているんだ!」
「……そうか」

静かに答えるブラックは、ようやくゴールドと目を合わせた。その目は、怒りと、どこか悲しく縋るような色を含んでいる。その理由をゴールドは理解できず、僅かに小首を傾げるのみ。けれども彼は何となく、ブラックの望む言葉が分かったような気がして。
 ゴールドは戸惑いがちに彼に手を差し伸べる。

「……一緒に戦ってくれないか、ブラック」

その手をブラックは静かに見下ろす。

「クリスを助けたいんだ。力を貸してくれ、頼む」

そしてゴールドの瞳を見つめる。黄金の瞳、迷いない光。

「俺はお前のようなだめトレーナーと手を組むなんて、死んでもごめんだ」

だが、と続けるその瞳にも光が宿っていた。

「ロケット団が人質なんて姑息な手段を取っているのを、俺は見過ごす事はできない」

差し出された手は、結局交わらなかった。けれどもその瞳と光は確かにぶつかり合い、二人の胸に同じ思いを抱かせた。

     ***

 ブラックの頭の中の地図を頼りに二人は制御室へ向かっていた。制御室へ向かう為に三階まで上がったが、何故かそこに居た下っ端達は腰を抜かしているか、泡を吹いて倒れていた。

「な、なんだなんだ?」
「知るか、さっさと行くぞ」

とにかく戦闘が無いのは有り難い。二人は三階の階段を上り、更に上の制御室を目指す。
 四階には階段と、大きな部屋、制御室があるだけだった。

「よし、ここでコレを使って、と」

局長から貰ったカードキーをゴールドはドア横の装置にスライドさせた。するとドアは問題なく開いた。
 喜びを見せるゴールドだったが、隣のブラックの表情に顔を引き締めた。ブラックはすでに臨戦態勢だった。二人は手にボールを構え、慎重に中へ入る。
 暗い部屋、照明は消え、機器の光だけが眩しい。

「っ!」

しばらく進んだ所でブラックは立ち止った。ゴールドもつられてその視線を追うと、奥に立っているのは。

「やっぱり」

凛とした声、うっすらと照らされる微笑み。

「あんた達とは決着をつけなければならないようね」

ロケット団幹部、ローザ。瞬間、部屋の照明が付く。ローザ、ゴールドとブラック、三人はお互いの姿をはっきりと視認した。

「よくここまで来たじゃない」

ローザの言葉にゴールドは手元のカードキーを見せつける。

「この街の人たちが力を貸してくれているんだ! お前たちの好き勝手にはさせないぞ!」
「ふんっ。それはこちらの台詞よ」

彼女は忌々しそうに二人の少年を睨んだ。

「どこまでも私たちの邪魔をする子供たち……。二度と立ち上がれないようにしてあげるわ」
「はっ、面白い」

ブラックは鼻で笑い、手に持つボールを掲げて見せた。

「やれるものならやってみろ。結局は雑魚共の集まりだってことを思い知らせてやる」
「言うわね、ブラック。かつては同じ……」
「黙れ!」

ローザの言葉を遮りブラックが叫ぶと、ローザは鼻を鳴らして睨み返し、ゴールドは若干の戸惑いの色を彼に向けた。
 ブラックの怒りはゴールドにしてみればもはや異常だった。真紅の瞳は様々な思いが混ざり濁っている。ロケット団への怒り、彼らの弱さへの怒り、過去の自分への怒り。後悔。後悔―……。
 彼はボールを投げた。戦いの火蓋が切って落とされる。

「“エナジーボール”!」
「“エアスラッシュ”!」

ゴルバットの羽が生んだ音速の刃を、ラフレシアが放ったエネルギー体はいともたやすくかき消してしまった。

「ピカチュウ! “スパーク”だ!」
「“こおりのつぶて”!」

突撃してきたピカチュウに、ラプラスは瞬時に口から氷弾を打ち出す。体に纏った電撃と氷がぶつかり、ショートする。ピカチュウはその衝撃で吹き飛ばされた。

「くっ!」
「大丈夫かピカチュウ!?」

ブラックはゴルバットを、ゴールドはピカチュウを下がらせる。二人は苦し気に目の前の敵を見る。
 ローザが従えるは、“ようりょくそ”が発動しているラフレシア、そして血走った眼を向けるラプラスだ。
 ブラックは忌々しそうに舌打ちをする。

「あのラフレシア……何故室内でも特性を発動させている。くそ!」
「電波で改造したんだってさ。それより何なんだ、あのラプラス。まるでつながりの洞窟のラプラスじゃあないか」
「二号だ。あのラプラスと同じように電波で強化され、凶暴になっている」
「な、なんだってー!?」
「そろそろ良いかしら?」

ぎゃいぎゃいと言い合う二人の間を割くように“はっぱカッター”が飛んできた。二人は再びローザに向き直った。
 ゴルバットはラフレシアの死角に回り込む。

「“アクロバット”!」

目にもとまらぬ速さで突進するゴルバット。しかしローザは不敵に微笑んでいる。

「ラフレシア、“はなびらのまい”!」

接近してきたゴルバットごと、天井に舞い上げた。花びらに切り裂かれ、ゴルバットは天井に叩きつけられた。
 対してピカチュウは先ほどよりも速く、風を切りながらラプラスに迫っている。風と共に纏うものは、先ほどとは比べものにならない、電気。

「いっけえええ! “ワイルドボルト”!」

ゴールドの声と共にピカチュウはラプラスに飛び込んだ。
 しかし。

「“ハイドロポンプ”」

ローザの無慈悲な声、突進する稲妻はラプラスから放たれた激流に耐えられなかった。そのまま壁に押し返される。

「口ほどにも無いわね、あんた達」

期待外れ、と言わんばかりにローザはため息を吐いた。そして指を鳴らす。ラフレシアが顔を上げた。ローザが目配せをすれば、ラフレシアは大きく頷いた。
 風が吹き抜ける。密室であるはずの制御室に風、渦を巻いてラフレシアを囲む。その頭の柱頭から花びらが溢れ、風に乗って部屋を巡り出した。

「っ!」

ブラックは床に倒れているゴルバットに慌てて駆け寄った。その技を彼は知っている。

「おい! ピカチュウをボールに戻せ!」
「え!? 何で……」
「いいから!」

しかし戸惑う二人をあざ笑うかのように、ローザは手を振り下ろした。

「“はなふぶき”」
花びらの渦が解き放たれ、小さな刃が四方に飛び散った。甘い香りと共に室内は花弁で美しく彩られるも、その威力は見た目ほど甘くはない。花びらの刃は容赦なくピカチュウとゴルバットを切り裂き、その近くに居たゴールドとブラックもそれに飲まれていく。

「う、うわああああ!」

ゴールドの叫びは無数の花びらにかき消されていった。

     ***

 風が収まった。ラプラスの“まもる”の中で悠然と花の激流を眺めていたローザ。風が止んだそこには、ゴールドもブラックも居なかった。

「隠れても無駄よ」

ねぶるように周囲を見回し、花びらの上を歩いていく。子供たちは恐らく機材の影に隠れているはずだ。
 ローザの考え通り、二人は大きな作業台の下に潜んでいる。二人の持つボールの中、ピカチュウとゴルバットは残念ながら瀕死状態だ。

「強すぎだろ……あの二匹」

ゴールドは額の汗を拭う。ブラックも花びらに切られた頬の傷を拭った。

「あのラフレシア、特性だけではなく能力値も弄られているようだな。忌々しい」
「ラプラスの力もおかしいぜ。普通よりも素早い。おいらのピカチュウがスピード負けしちまう」
「そのピカチュウも最早使い物にはならんな」
「お前のゴルバットだってそうだろ」

二人は相変わらず睨み合うも、それには覇気が足りない。焦っていた、この上なく。

「ブラック、ほのおポケモン持っているか?」
「いや。貴様は?」
「いない……。相性が良さそうなポケモン、他に居るかな……」

ゴールドが鞄を漁っていると、あっと声を上げた。咄嗟にブラックがその口を押える。

「馬鹿か! 静かにしろ!」
「もぉがもぉが、ほめん。ぷはっ、でも思いついたぜ!」
「は?」

ゴールドが差し出した手を、ブラックは訝し気に見た。そこにあるのは二つのボール。中身は。

「エーフィ、ブラッキー。サミットでの奴らか」
「そう! マサキさんに借りたんだ!」

この子たちを使おう! とゴールドは言った。しかしブラックは鼻で笑い飛ばしてしまった。

「レベルが低すぎる。研究員のポケモンだろう?」
「ところがどっこい」

ゴールドがポケモン図鑑を開き、二匹のステータスを彼に見せた。するとブラックは静かに息を飲んだ。

「……何だこいつらは」
「この子たちの親トレーナーが育て直したらしいぜ」
「だとしても……これは」

育ちすぎだろう、と彼は零れ落ちるように呟いた。そこに表示されている数値は、通常では考えられないもの。いや、あのラフレシアやラプラスとは違い、一応個体としてはありえる範囲のステータスだ。しかしこれは言ってしまえば、通常個体の限界の限界、その果てを極めている。
 ゴールドの言う通り、確かにこのポケモン達なら勝算がありそうだ。
 しかし。

「ブラック、一緒にあいつを倒そう!」
「は?」

ゴールドの言葉に思わずブラックは青筋を立てた。

「……今、何て言った? この俺様が? 貴様みたいなだめトレーナーと? 一緒に何だって?」
「だからタッグバトルだって! おいらとお前で!」
「だから何故そんな事をしなければならないんだっ!」
「ブラック!」

よく考えてみろ。ゴールドは彼の肩を力強く掴む。

「さっきおいら達はそれぞれで戦った。その方があいつの集中も分散されると、おいらも思った。それでも負けた。なら勝てる方法は一つだけ、そうだろう!?」
「力を合わせろ、と? 甘ちゃんのお前と? はっ! 誰が」
「ブラックはっ」

その瞳は、輝きを失っていない。

「負けてもいいのか? 逃げてもいいのか?」
「っ!」

揺らぐ真紅の瞳に、確固たる黄金の瞳は迫る。

「おいらは嫌だ。死んだって、あんな卑怯な奴らには負けたくない」

普段ならいがみ合い、決して交わる事のない視線。それでもゴールドは彼を掴んで離さなかった。黄金の意志は真紅の瞳に問いかける。問いかけ、そして、その氷を溶かしていった。
 揺らめく炎と意志が一つになる。


 勢いよく飛び出した二人の風は、地面の花びらを舞い上げた。

「あらぁ?」

急に威勢よく現れた少年たちに、彼女はゆったりと微笑んでみせた。

「ふふん、かくれんぼはもうおしまいかしら?」

猫なで声でからかうも、二人の面持ちはぴくりとも動かない。
 先ほどと違う雰囲気に、ローザは咄嗟に身構えた。

「ああ、もう終わりだ」

低く、ブラックはそう言う。二人はボールを構えた。

「行くぜ、ローザ。これで終わりにしてやる!」

ゴールドの声と共に、二人はボールを投げた。凛とした声が二つ、重なり合い、降り立つ。
 ふわり、と花舞う。新たに現れたのは、朝と夜のポケモン達だった。
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