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KISEKI series fan fiction

風のようなキスをして


 帝国を混迷に陥れた“巨イナル黄昏”が終わり、しばらく経った頃。
 リィンらトールズ第Ⅱ分校の関係者一同は学院の再開に向けて慌ただしく動いていた。

「……ンくん……リィン君っ」
「! すみません、トワ先輩」

 作業に没頭しすぎて聞き逃してしまっていたようだ。
 書類から目を離して振り返ると、そこには小柄な先輩の姿。

「大丈夫大丈夫っ。……こっちこそごめんね。書類が片付いたら、外の荷物を校舎裏に持って行って欲しいんだけど……」

 トワが指さした先には、不要な書類の入ったダンボールが積まれた台車が一台と、乗り切らなかったダンボールの山。

「わかりました。すぐ終わらせますね……、くしゅっ」

 間の抜けたくしゃみが出てしまった。ここ最近は季節の変わり目だからか、少し肌寒い。

「大丈夫? あんまり無茶しないで、大変だったら他の人に手伝ってもらっちゃっていいからねっ」

 心配されてしまったようだ。
 大丈夫です、と言うと安心したようで、ぺこりと頭を下げるとパタパタと走り去っていった。
 彼女は確か格納庫にいるシュミット博士の手伝いも頼まれていたはずだ。

 彼女だけではない。
 “黄昏”の後始末で忙しいはずのオーレリア分校長とミハイル主任は僅かな合間を縫って手伝いに来てくれる。
 クロスベル方面で動いているランディも同様だ。
 普段は学院のことにあまり関わらないシュミット博士も、小要塞や機甲兵を始めとするシステム面の整備に携わっている。

「……よしっ」

 ガッツポーズをして気合いを入れる。
 一日も早く学院を再開させるために尽力する仲間のためにも、自分も頑張らなくては。

 ***

(これで最後か……)

 何度か往復し、すべての荷物を校舎裏に運び終えたところでACUSが鳴った。

「もしもし、トワ先輩ですか?」
『あっ、リィン君! ごめんね、今の作業が終わったら格納庫に来てくれる?』
「了解です!」

 通話が切れたのを確認して台車を元の位置に戻し、格納庫に向かおうとした時だった。

(……あれ……?)

 頭がくらくらする。
 それに妙に身体が熱くて、悪寒がする。
 ぐらりと前のめりに倒れ込みそうになったところを踏ん張って堪えた。

(駄目だ、ここで倒れたら……)

 みんなに迷惑を掛ける訳にはいかない。覚束ない足取りで歩き出した時だった。

「──おい、リィン?」
「クロウ……!?」

 視界の隅からクロウが現れ、駆け寄って来た。

「どうしてここに……?」
「トワ達にちっと手伝いを頼まれてよ。……それより」
「ひゃっ!?」

 突然、コツンと額を合わされて。
 朱い瞳にじっと見つめられ、思わずドクンと心臓が跳ねる。

 すると、その窺うような眼はじっとりとした目つきに変わった。

「ったく、やっぱ熱あんじゃねーか」
「こ、これは……別にこのくらい大丈夫だ」

 心配してくれるのは有り難いが、今は一刻も早く学院再開の準備を終わらせなければならないのだ。
 ただでさえ人手不足なのに、自分が抜けたら迷惑がかかってしまう。
 そう言うと、クロウは小さく溜め息をついて。

「強情な奴め……よっと」
「うわっ! ちょ、クロウ!?」

 脇腹に手を入れられるや否や、そのままひょいっと抱え上げられた。

「は、離してくれ!」
「ダーメ。病人は帰って休んでなさい」

 手足を動かして抵抗するが、がっちりと身体を掴まれており離れない。
 クロウは片手でトワに通話を掛けながら、正門を抜け宿舎に向かって歩いていく。

「……んん……」

 クロウの匂いと服越しの体温が心地よくて、ふと睡魔が降りてくる。

(……ここで俺だけ休んだら……みんなに迷惑を掛ける訳には……)

 しかし、意志に反して瞼は重くなっていく。
 纏わりつく倦怠感に、思考すら緩慢になって。

 ……そういえば、最近はちゃんと寝ていなかったな。
 そんなことを考える間もなく、リィンの意識は微睡みに溶けていった。

 ***

「……ぅん……?」

 額に僅かにひんやりとした何かが添えられた感覚に、意識が浮上する。

(……冷たくて、気持ちいい)

 目を開けると、そこにはクロウの顔があった。
 額に添えられたものは、クロウの手のひらのようだ。

「よっ、起きたか」

 身体が重く、起き上がることすら億劫だ。
 視界だけを動かしてここは宿舎のベッドだと理解する。
 窓の外を見ると、高く登っていたはずの陽は傾き、オレンジ色の夕焼けを描いていた。

「ああ……すまない、元々は学院の手伝いに来てくれたっていうのに」
「そいつは問題ねーよ。お前の教え子達が代わりにやるってさ」
「……そう、か」

 ああ、やっぱり迷惑を掛けてしまったようだ。

 学院再開までの間、生徒達は寮で“黄昏”の間の遅れを取り戻すために日々勉強に励んでいた。
 今日もクラス混合での勉強会があるとアルティナから聞いていたのに。

「──コラ」

 むにっ。
 突然、額の手がぱっと離れ、代わりに頬を軽くつねられた。

「わっ」
「お人好しはお前の美徳でもあるけどよ。たまにゃ皆に全部任せてお兄さんに甘えたらどーよ?」

 悪戯と優しさが混ざったような笑顔。

 ──狡い。
 そんな表情をされたら、頑なだった気持ちも綻んでしまう。

「……そう、か……」
 それに敢えて逆らうようなことなどできるはずもなく。
 伏し目がちになって俯けば、頬に触れていた手で髪を梳くように撫でられる。
 擽ったくて気恥ずかしいけれど、心の奥がじんわりと温まっていくような感じがして。

「ん……」

 無意識にその大きな手に頭をすり寄せて、続きを催促してしまう。

「……クク」
「笑うなよ……恥ずかしいだろ」
「悪い悪い」

 自分でも甘ったれていると分かっている。
 けれど頭上から降ってきた声は何故か嬉しそうで。
 トクンと鳴った鼓動が何なのかはわからないけれど、少なくとも今はこの温もりを享受していたいと思ったのだった。

 ***

 うとうとと微睡むリィンにもう少し寝てろよ、と言ったのが数分前。
 彼は穏やかな寝息を立てていた。クロウがその顔にかかった髪の毛を指でそっと除けてやると、長い睫毛が震える。

(普段から、こうやって甘えてくれりゃあな……)

 学院生の頃からそうだ。根はとんだ甘ったれなくせに、放っておくとなんでも一人で抱え込もうとする。

 ──せめて悪友兼相棒として、その危なっかしい背中を支えてやれたら。

 リィンの少し火照った頬を撫でると、うん、と小さく声を上げた。
 起こしてしまったかと思ったが、どうやら意識は未だ夢の中のようだ。

「……クロウ……」

 どこか舌っ足らずの寝言でそう言って、リィンはふにゃりと笑った。
 そのあどけない笑顔に、思わず頬が緩む。

(本ッ当……可愛い奴)

 お人好しなところも、強がりなところも、甘ったれなところも。
 なんだかんだ言って、そのすべてが可愛くて愛おしいのだ。

(早く良くなれよ、リィン)

 無防備な頬に、唇を近づけて。
 窓の隙間からカーテンを揺らす晩夏の涼風のような、触れるだけの軽い口づけをした。
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