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KISEKI series fan fiction

The Reason why I Live with You


 ひらり、はらり。
 あたり一面の銀世界を、白くつめたい粒が舞う。
 どれほど歩いたのだろう。白い粒のひとひらが頬に触れ、儚く消えた。

「──リィン」

 背後から、よく知った優しい声が聞こえて。振り向くと、そこには愛しいひとの姿。

「クロウ……」

 クロウは静かに微笑んでいた。
 触れていないと、雪に呑まれて消えてしまいそうで。その冷えた手に触れた。

 その時。

 ピシィッ! と何か凍りつく音。次の瞬間、目に映ったのは。

「クロウ!!」

 ──それは、一瞬の出来事だった。

 赤い、紅い鮮血。
 クロウの躯を、心臓を貫いた氷の槍。
 動かなくなった、クロウの骸。──まるで“あの日”のようだ。

「やめろ……やめてくれ、クロウ……!」

 目を覚ましてくれ。
 クロウの身体を揺さぶっても、もう氷のように硬くて冷たくて。

「クロウ……!」

 嘘、だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!

 胸元にすり寄って、頭をうずめた。あの日蘇ったはずの心臓の音はもう聞こえない。

「くそ……ッ!」

 こんなにも呆気なく、ひとの命は果てるのか。

「──何を憐れむことがある?」
「ッ!?」

 その声は頭上から降ってきた。顔を上げると、もう動かないはずのクロウがこちらを見ていて。

「クロウ……?」

 どうして、そんな目をするんだ。
 先ほどとは一変した、冷たい目。
 二年前の内戦でも、ジークフリードとして生きていた時でも、こんなに冷酷な目をした彼は見たことがなかったのに。

「!? ぐぅう……ッ!」

 息が苦しい。
 するすると伸びてきたクロウの手に、首をきつく締められていた。

「──己が罪を忘れたのか? 《灰色の騎士》よ」
「!!」

 どうして、その名前を呼ぶんだ。
 ギリギリとクロウの指が食い込む。爪は刃物のように皮膚を引き千切り、血が噴き出すのが分かる。

「いッ……う、ッああぁ…………!」

 苦しい。痛い。怖い。もう訳が解らない。

「クロウ……ク、ロウ……ッ!」

 酸素を求めてもがいても、その拘束は解けるはずもなくて。

「我が魂を舞台から引きずり落とし、鉄血の意のままに敵を葬り──終焉の引き金を引いた、虚構の英雄よ」
「! ぁ……」

 ああそうだ、俺は。お前は。
 あの時、俺の道を切り拓いたから。俺のせいでお前は果てた。
 血に塗れることも厭わず、仇討ちの誓いを胸に突き進んでいたお前の、覚悟すら踏みにじったのは他の誰でもない俺だったのだ。
 どうして、クロウの隣に立つ資格があろうか。

「ごめん、な……クロウ」

 俺は、ちゃんとそう伝えられたのかな。
 意識が遠のく。ぼやける視界の中で、刃物よりも鋭く、氷よりも冷たいクロウのあかい瞳だけが最後まで鮮明に映った。

 あんなに優しかった瞳をこんなに怒りに染めたのは俺なのだと、ただそれだけが悲しくて、涙が頬を伝って落ちた。

『リィン……リィン』

 意識が途切れる瞬間、どこか焦ったような、優しいクロウの声が聞こえた気がした。

 ***

「──リィン!!」

 クロウの声でリィンは覚醒した。あたりを見回すとそこはよく知った宿舎。窓の外はまだ明るく、雪がちらついている。

「……夢、だったのか……? そもそも、俺はどうして今まで眠って……」

 今日はいつも通り、授業があったはずだ。確か放課後になって、学院の見回りをして、雪が降る中帰路について──それ以降の記憶がひどく曖昧だ。

「ったく、完全に寝ボケてやがんな。……お前、雪ん中でぶっ倒れてたそうだ。トワから聞いた時にゃ心臓飛び出るかと思ったぜ」
「そう、だったのか……。先輩方には迷惑をかけてしまったな」
「んなこと気にすんなって。それより大丈夫か? 魘されてたみてえだが」

 クロウが心配そうに目を細め、頬に触れる。リィンはもう大丈夫だ、と言ってその手を取った。

「大丈夫なら俺は一旦トワ達のところに行くぜ。何かあったら遠慮なく呼んでくれ」

 頭をポンと撫でてくれる。──けれど、今はそれがどうしようもなく苦しくて。

「……ごめんな」

 気がつくと、口から零れていた。その声は自分でも驚くほど弱々しい。

「リィン?」
「──本当は、俺を恨んでいるんだろう?」

 クロウは何も言わない。

「あの日、俺のせいでお前は一度命を落とした」

 ──己が罪を忘れたのか? 《灰色の騎士》よ。

「お前の覚悟を知っていながら、俺は帝国政府の──鉄血宰相の言いなりになった」

 ──我が魂を舞台から引きずり落とし、鉄血の意のままに敵を葬り──

「帝国に、世界に広がる闇を払うと誓ったはずなのに……気が付けば大災厄を振りまいていた」

 ──終焉の引き金を引いた、虚構の英雄よ。

「俺がいなければ、こんなことにはならなかった。俺が十四年前のあの時、死を享受していれば、オズボーン宰相が《黒》を受け入れることもなかった。きっとジュライが併合されることも、そしてお前が運命に弄ばれることも……!」
「違う、それは──」

 肩を掴もうとするクロウの手を振り払った。

「俺を赦さないでくれ、クロウ。お前の人生を、意志を、帝国を滅茶苦茶にしたのは俺なんだ!」
「リィン!!」

 頬を両手に挟まれ、目の前にクロウの顔が迫る。
 唇に柔らかい感触。そこで初めて、リィンはクロウにキスされたのだと気づいた。

「ク、クロウ……」
「もう良い、何も言うな」

 縋るように、きつく抱き締められて。

「……俺はずっと、迷っていた。これで本当に良かったのかってな」

 クロウはリィンの肩に顔をうずめる。リィンは何も答えることが出来ず、ただ黙って話を聞いていた。

「テロリストとして罪のない人々を巻き込んで……刃向かう人間を次々に殺して……どうしようもなく穢れちまった俺が、今更こうして生きる資格があるのか、ずっと……今でも不安になる」

 違う、そんなことない。
 そう口が動く。しかしそれを言葉にすることは出来ない。

「だが、リィン。お前が……お前らが俺を必要としてくれるなら、俺はずっとここに居る。──お前が俺の、生きる理由になる」

 ぎゅっ、と抱き締める力が強くなる。

「だから……そうやって自分を追い詰めてくれるな、リィン。俺には、お前が必要なんだ」
「……ぁ……」

 ──戻ってこい、クロウ!
 ──俺には……俺たちにはお前が必要なんだ!

 あの日と同じだ。
 消えようとしたクロウを、無我夢中で引き留めた、あの時。
 視界がぼやけたかと思うと、涙がボロボロと頬を伝って落ちた。
 それを押し留めようとしても、情けない嗚咽が漏れるばかりで。

「う……ぅう……、あああ……っ」

 クロウは背中をさすってくれた。それに甘えるように、リィンはクロウにしがみついてその肩を涙で濡らした。

 ──《灰色の騎士》の名は消えない。
 どんなに拒んでも、どんなに償っても、数多の人々を混迷に陥れた己の罪は永遠につきまとうだろう。

 ──それでも、お前が俺を必要としてくれるなら。
 俺がお前の生きる理由になるのなら、俺は。
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