KISEKI series fan fiction
朝の戯れ
静かな音を立て、白刃が風を切る。
辺りの枝葉が微かに揺れ、一枚の葉に溜まっていた朝露がぽたりと落ちた。
「はっ……!」
太刀を振るう青年は更なる斬撃を虚空へ放つと、片足を軸にして舞うように一回転する。
「──《螺旋撃》!」
限界まで洗練された一閃。
ゴウッと唸る風で濡鴉色の髪が靡き、飛び散った汗が朝焼けに照らされてキラキラと輝いた。
「……ふう」
青年──リィンは太刀を片手に、額の汗を乱雑に拭う。
帝国が平和を取り戻しても、試練を乗り越えて剣聖となったからには日々の鍛錬は欠かせない。
早朝から人目を気にせず真剣で型の練習が出来るこの場所──リーヴスの街道はリィンにとって絶好の練習場所だった。
少し乱れた呼吸を整えていると、背後から馴染んだ人間の視線を感じる。
振り向くとそこに見えたのは、淡い朝の光を浴びて輝く銀灰色の髪が眩しい恋人の姿。
「よっ、今日も精が出るな」
「クロウか、おはよう」
頭上から白いタオルを掛けられた。それを受け取って汗を拭き、顔に押し当てると爽やかな柔軟剤の匂いがする。
「そろそろ帰ろーぜ」
頭を軽く撫でられた。
「……ああ、そうだな」
クロウに続いてリィンも歩き出す。
──第Ⅱ分校の宿舎ではなく、街外れにあるクロウの住むアパートの一室へ。
***
クロウと二人暮らしを始めたのは、春の始めのことだ。
ライノの花が咲くころ、第Ⅱ分校にも新入生が入ってきて。
その中には遠方や外国から来た生徒も多く、宿舎の部屋が足りなくなってしまったことがきっかけだった。
教え子のミュゼやアッシュにはからかわれ、アルティナには何故か複雑な表情をされてしまったのが記憶に新しい。
「それじゃ、シャワー浴びてくるよ」
「おー」
クロウの部屋にて。リィンは着替えを持って脱衣所へ向かい、シャツを脱いだ。
「……はあ」
露わになった上半身は、ある程度の筋肉はついているもののやや細い。
もともと筋肉が特別付きやすい体質ではない上、“黄昏”の間一時的に囚われていた時に少し痩せたようだ。
(俺も、クロウみたいになれたら……)
クロウの筋肉質な身体を思い浮かべる。
厚い胸板、六つに割れた腹筋、両刃剣をも軽々と持ち上げる力強い腕。
記憶の中のそれは見惚れるほどに逞しく、美しい。
時にはその頼もしい背中に守られ、時には強く抱き締められ。
またある時には夜の帳の中、目の前で熱くなったその身体が揺れるたびに心身の隅々まで甘美な快楽が巡り──
(って、朝から何を考えているんだ!)
頭をブンブンと振って、煩悩に傾いた思考を頭から追い出そうとする。
──しかし。
「あ、石鹸切れてたわ。ほらよ」
「!」
唐突にノックの音と共に背後のドアが開き、クロウが入ってきた。タイミングが悪すぎる。
「ああ……ありがとう」
少し赤くなった顔を見られる訳にはいかず、クロウに背を向けたまま後ろ手に石鹸を受け取った。
しかし、用が済んだはずのクロウはなかなかその場を離れようとしない。
「ク、クロウ……?」
あまりのいたたまれなさに何か言おうとした──その時。
──チュッ
「ひゃっ!?」
無防備だった背中に、柔らかいものが押し当てられた。そのまま軽く吸い付かれ、それがクロウの唇だと理解する。
「な、な……」
突然のことに驚いて振り向くとクロウはぷっと吹き出し、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「ククッ……ワリ、エロい背中してんなーって思ってたら、ついな」
「え、えろ……!?」
朝っぱらから一体何を言っているんだ。
クロウは硬い指先で背中をなぞっていく。
触れるが触れないか、擽られるような刺激に肌が粟立って。
「ひっ……や、やめろっ!」
恥ずかしさのあまり軽く突き飛ばすと、クロウはけらけら笑いながらそそくさと去っていった。
少々強引に追い出してしまったが仕方ない。ちょっかいをかけてきたのはクロウの方なのだ。
(……顔が熱い)
手のひらを頬に押し当てる。鏡を見ると、予想通り真っ赤に紅潮していて。
(とにかく、早くシャワーを浴びないと……)
思考を早く切り替えなければ。
まだ一日は始まったばかり。やることはたくさんあるのだ。
リィンは身に着けていた服を剥ぎ取り風呂場に飛び込むや否や、汗と一緒に煩悩を洗い流すためにシャワーの蛇口を勢いよく捻った。
静かな音を立て、白刃が風を切る。
辺りの枝葉が微かに揺れ、一枚の葉に溜まっていた朝露がぽたりと落ちた。
「はっ……!」
太刀を振るう青年は更なる斬撃を虚空へ放つと、片足を軸にして舞うように一回転する。
「──《螺旋撃》!」
限界まで洗練された一閃。
ゴウッと唸る風で濡鴉色の髪が靡き、飛び散った汗が朝焼けに照らされてキラキラと輝いた。
「……ふう」
青年──リィンは太刀を片手に、額の汗を乱雑に拭う。
帝国が平和を取り戻しても、試練を乗り越えて剣聖となったからには日々の鍛錬は欠かせない。
早朝から人目を気にせず真剣で型の練習が出来るこの場所──リーヴスの街道はリィンにとって絶好の練習場所だった。
少し乱れた呼吸を整えていると、背後から馴染んだ人間の視線を感じる。
振り向くとそこに見えたのは、淡い朝の光を浴びて輝く銀灰色の髪が眩しい恋人の姿。
「よっ、今日も精が出るな」
「クロウか、おはよう」
頭上から白いタオルを掛けられた。それを受け取って汗を拭き、顔に押し当てると爽やかな柔軟剤の匂いがする。
「そろそろ帰ろーぜ」
頭を軽く撫でられた。
「……ああ、そうだな」
クロウに続いてリィンも歩き出す。
──第Ⅱ分校の宿舎ではなく、街外れにあるクロウの住むアパートの一室へ。
***
クロウと二人暮らしを始めたのは、春の始めのことだ。
ライノの花が咲くころ、第Ⅱ分校にも新入生が入ってきて。
その中には遠方や外国から来た生徒も多く、宿舎の部屋が足りなくなってしまったことがきっかけだった。
教え子のミュゼやアッシュにはからかわれ、アルティナには何故か複雑な表情をされてしまったのが記憶に新しい。
「それじゃ、シャワー浴びてくるよ」
「おー」
クロウの部屋にて。リィンは着替えを持って脱衣所へ向かい、シャツを脱いだ。
「……はあ」
露わになった上半身は、ある程度の筋肉はついているもののやや細い。
もともと筋肉が特別付きやすい体質ではない上、“黄昏”の間一時的に囚われていた時に少し痩せたようだ。
(俺も、クロウみたいになれたら……)
クロウの筋肉質な身体を思い浮かべる。
厚い胸板、六つに割れた腹筋、両刃剣をも軽々と持ち上げる力強い腕。
記憶の中のそれは見惚れるほどに逞しく、美しい。
時にはその頼もしい背中に守られ、時には強く抱き締められ。
またある時には夜の帳の中、目の前で熱くなったその身体が揺れるたびに心身の隅々まで甘美な快楽が巡り──
(って、朝から何を考えているんだ!)
頭をブンブンと振って、煩悩に傾いた思考を頭から追い出そうとする。
──しかし。
「あ、石鹸切れてたわ。ほらよ」
「!」
唐突にノックの音と共に背後のドアが開き、クロウが入ってきた。タイミングが悪すぎる。
「ああ……ありがとう」
少し赤くなった顔を見られる訳にはいかず、クロウに背を向けたまま後ろ手に石鹸を受け取った。
しかし、用が済んだはずのクロウはなかなかその場を離れようとしない。
「ク、クロウ……?」
あまりのいたたまれなさに何か言おうとした──その時。
──チュッ
「ひゃっ!?」
無防備だった背中に、柔らかいものが押し当てられた。そのまま軽く吸い付かれ、それがクロウの唇だと理解する。
「な、な……」
突然のことに驚いて振り向くとクロウはぷっと吹き出し、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「ククッ……ワリ、エロい背中してんなーって思ってたら、ついな」
「え、えろ……!?」
朝っぱらから一体何を言っているんだ。
クロウは硬い指先で背中をなぞっていく。
触れるが触れないか、擽られるような刺激に肌が粟立って。
「ひっ……や、やめろっ!」
恥ずかしさのあまり軽く突き飛ばすと、クロウはけらけら笑いながらそそくさと去っていった。
少々強引に追い出してしまったが仕方ない。ちょっかいをかけてきたのはクロウの方なのだ。
(……顔が熱い)
手のひらを頬に押し当てる。鏡を見ると、予想通り真っ赤に紅潮していて。
(とにかく、早くシャワーを浴びないと……)
思考を早く切り替えなければ。
まだ一日は始まったばかり。やることはたくさんあるのだ。
リィンは身に着けていた服を剥ぎ取り風呂場に飛び込むや否や、汗と一緒に煩悩を洗い流すためにシャワーの蛇口を勢いよく捻った。