坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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告白に戸惑うルックの話
目の前にいるこの男は、何故そんなことを自分に言ってくるのだろうかとルックは思った。不可思議でわからない。だから疑問をそのまま口にしたのだ。
「どうしてそんなこと、僕に言うの?」
放課後になり、クラスメイトたちが各々の部活動やら委員会活動やらへ向かう中、ルックは机から引っ張り出した教科書たちを鞄に詰め込んで溜息をついていた。
いつもより重たく感じるその鞄を持ち、階段を降りて昇降口へと向かう。憂鬱な気分で押し潰されてしまいそうだ。
辺りを見回すが、いつもならそこにいるはずの人物の姿が見つからない。
(もしかしたらいないかもしれないって、僕だって思ってたじゃないか)
無性に襲い来る空虚感を消し飛ばしてしまいたくて、ルックはもう一度大きく溜息をついた。
昇降口を秋風が吹き抜けていく。肌寒さを感じて、ルックは自分の腕を擦った。
彼は三年生で、ルックより二学年上の先輩だった。
帰宅部を貫き通すルックが彼と共に下校するようになったのは、夏休みが終わってからのことだ。彼はあちこちで惜しまれながらも、この夏で部活を引退したようだった。
自宅の方向が同じことは、もっとずっと前から知っていた。だから下校時間が同じになって『一緒に帰ろう』と声を掛けられたとき、ルックは二つ返事で承諾したのだ。
それ以来、彼は毎日この場所でルックが三階の教室から降りてくるのを待つようになった。
その彼の姿が見当たらない。
昨日も一緒に下校した。別れ際に彼はルックのことが好きだと言った。
夕日に照らされた彼の顔が、未だに鮮明に脳裏に焼き付いている。
(僕はなんで、あんな風に言うことしかできなかったんだろう)
正直に言うと、ルックには好きだとか嫌いだとかそういうのがよくわからなかった。疑問を投げ返したのは、わからないことを知りたかったから。それ以外の他意はない。しかし彼の受け取り方は違ったようだ。
『変なこと言ったね。困らせてごめん』と彼は言った。口元にだけ残された笑みが、余計にその悲しげな表情を際立たせて見えた。
ルックは困ってなんていないし、彼を悲しませるつもりも毛頭なかった。そんなつもりで言ったのではない。
いつも通りに『また明日』と踵を返し遠ざかる背中。追いかけて、引き留めて、思っていることを全部伝えれば良かったのだろうか。
だが、ルックが彼を傷付けてしまったかもしれないと気付いたときには、その姿は既に見えなくなってしまっていた。
今日会ったら、彼に謝らないといけないと思った。当然のごとく会えるだろうと考えていたのに、放課後になってもまだ一度も彼の顔を見ていない。
一人で歩く帰り道は、いつもよりずっと早足なはずなのに、時間が経つのが遅すぎるとルックは思った。この分では、いつまで歩き続けても自宅に帰り着けそうにない。
永遠かと思うくらいに歩き続け、人通りの多い商店街の半ばに差し掛かったところで、ルックは買い食いをしながら騒いでいる中学生の集団と出くわした。小柄なルックと比べると皆体格が良く、上級生のようだった。
ルックはその集団の真ん中に、ギオンの姿を見つけて立ち止まる。
友人たちに囲まれて笑っていたギオンは、ルックに気付くと表情を凍りつかせた。
ギオンと笑い合っていた上級生たちの視線がルックへと注がれる。
ルックはいたたまれない気持ちになって、居心地悪く身じろぎした。
その場を支配する気まずい沈黙を破ったのは、ギオンの友人のひとりだった。
「お前に用があるんじゃないか?」
言って、ギオンの背中をトンと押し出す。
この人は確かギオンと一番仲の良い友人のはずだ。
ギオンは隠し事をするタイプではない。きっとこの人は昨日の出来事を聞いて知っているに違いないとルックは思った。助け舟は有難いが、気恥ずかしくて堪らない。
ルックは鞄の持ち手をギュッと握りしめた。
「その、昨日は……」
「ルック、今帰り?」
言葉に詰まるルックを遮って、ギオンが妙に明るい口調で言う。それなのに、顔に浮かんでいるのは昨日の別れ際と同じ、困ったような微笑。
「うん、今、帰り……、だけど……」
(違う。こんな話をしたいわけじゃない。それに、困ってるのは僕じゃなくて、僕を困らせたと思ってる君の方じゃないか)
思うが早いか、ルックはギオンの方へズイッと近付いて距離を詰めた。ギオンの戸惑いが手に取るようにわかるが、構わずに口を開く。
「……『今帰り?』じゃないよ。『また明日』って言ったくせになんで先に帰ってるの。言い方が悪かったから謝ろうと思ったのに、なんで顔も見せないの。『好き』とかよくわからないから聞いてるのに、なんで勝手にどっか行っちゃうんだよ!」
これではただの八つ当たりだとルックは思った。腹立たしいほどに渦巻く支離滅裂な感情を、自分勝手にギオンにぶつけている。その自覚はある。
あちらこちらからの視線が痛い。ギオンの友人たちはもとより、人通りの多い時間帯の商店街の真ん中で声を荒げているのだ。見るなと言う方が無理だろう。
わかってはいるのだが、一度口を衝いて出始めた言葉は、もうどうにも止めようがなかった。
「なんで一日中不安でいなきゃいけないの?なんで虚しくなりながら一人で帰ってるの?君が友達といるのを見て、なんで惨めな気分になるの……わけわからないよ!なんでこんな必死になってるのかもわかんないし、人前でこんなこと言ってるのも恥ずかしいし、もう嫌だ……」
まくし立てているうちに、次第に息苦しさを感じてくる。急に視界がぼやけてしまい、ルックは目を擦った。
ギオンの胸倉を掴み上げようとしてルックは失敗した。腕に力が入りきらず、自分がまるでギオンの胸元に縋りついているかのような錯覚を覚える。
「僕は困ってなんかないよ……嬉しかったのに……」
「ごめん」
ギオンの声はルックではなく、仲間たちに向けて発せられたものだった。
「先に帰る。埋め合わせはまた今度!」
言いながら、ギオンはルックの手を引いて歩き出す。
ギオンの友人は「明日ちゃんと聞かせろよー!」などと笑って、快く二人を送り出した。
商店街で大きな声を出してしまったせいで、道行く人たちの好奇の眼差しが突き刺さる。恥ずかしくて消えてしまいたかった。
ギオンは前を向いたまま、ルックの手を引きながらどんどん先へと歩いていく。
(誰もいない所まで、早く連れて行ってよ!)
ルックが祈りを込めるようにギオンの手を強く握ると、ギオンも力強く握り返してきた。
先程からずっと目がおかしい。視界がぼやけているから擦りたいのに、右手はギオンが握っているし、左手は鞄で塞がっている。
それに何だか息が苦しいとルックは思った。これはギオンの足が速すぎたからに違いない。喉が詰まってしまって抗議の声も出せやしない。
そのままかなりの距離を一緒に歩いて、周りに人がいなくなる頃には自宅近くの住宅街に辿り着いていた。
手を握ったまま、ギオンが向き直る。
「わ、ごめん!」
ギオンはルックの顔を見るなり、自分の鞄を地べたに放ってハンカチでルックの目元を抑えてきた。
ギオンのハンカチのフカフカした感触を感じながら顔を埋めて息を吸う。よく知ってるにおい。ギオンのにおいだ。ルックは不思議と呼吸が落ち着くのを感じた。
明瞭になった視界でギオンを見る。ルックの目には、彼の頬が紅潮しているように映った。
ギオンはふふ、と笑ってから切り出す。
「どうしたらいいんだろう。やっぱりどうしても、僕はルックのことが好きみたいだ」
繋いだままのルックの手はギオンの頬へと導かれた。その手の平に頬ずりをするようにギオンが顔をピッタリとくっつける。
「どうすれば、こんなに好きな気持ちをルックに全部伝えられるのかな」
夕日を浴びて黄金色に透ける瞳にまっすぐと見据えられ、ルックは鼓動が早まっていくのを感じた。
「ルックに嫌な思いをさせたかもしれないって考えたら、ちょっと怖かったよ」
「だから僕は困ってないって、さっきも言っただろ」
「嬉しく思ってくれたんだよね」
ニコリと微笑みかけられると、ギオンの頬に触れた手から心臓の音が伝わってしまうような気がしてくる。ギオンの目を直視できずに、ルックは少し俯いた。わけのわからない感情に支配されて、この場から逃げ出したいとさえ思えてくる。
「待ってても良い?ルックが僕の気持ちをわかるようになるまで。もし、待ってる間にルックが別の人を好きになったら、その時は潔く応援するから」
淀みなく話すギオンの思わぬ言葉に、ルックは弾かれたように顔を上げた。
「それはない……!」
勢いよく否定するが、あとから羞恥心が込み上げてくる。熱く火照った顔を見せたくなくて、ルックは再び俯きながら小さく付け加えた。
「……と、思う」
ギオンが可笑しそうに笑うのが聞こえて、ルックの顔はますます熱くなってしまったのだった。
いつもの分かれ道に着いてしまった。
繋いだ手を離してしまうのが名残惜しいと感じるだなんて。
(離れるのが嫌だって?僕はなんて幼稚なんだろう……)
自分の中に渦巻く子供じみた感情を嘲りながら、ルックはギオンから手を離した。
「うーん、やっぱり離れるのはちょっと寂しいかな。それじゃあ、また明日ね」
ギオンはそう言ってルックに背中を向ける。
ギオンのその言葉がルックの思考を揺り動かした。
(――『寂しい』?)
ギオンを独り占めしたくて、一緒にいて欲しくて、自分から離れていくことが腹立たしかったり、寂しかったり。そばにいると嬉しいのに、恥ずかしくてたまらなくて……
「あ……」
思わず声が漏れ出る。
ずっとルックの中にあったよくわからない気持ちの正体に気付いてしまったような気がした。
心臓が大きく跳ねる。体中を巡る血液がルックを火照らせた。
そうしているうちにも、ギオンの背中は少しずつ遠のいていく。――引き留めなければならない。
「ギオン!」
呼びかけると、ギオンは優しく笑って振り返った。
こんな気持ちを抱えたまま、明日もまた一日中苦しみ続けるのはごめんだ。
ギオンの両方の瞳をしっかりと捕まえる。
肺を震わせながら空気を吸い込むと、ルックはすべてをギオンにぶつけるべく口を開いた。