坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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熱のせいで留守番になったルックの話
物心ついた頃から、熱を出すことはたびたびあった。もしかしたら、それ以前からかもしれない。もとから体はあまり丈夫な方ではないみたいだ。
熱のせいで顔が熱い。けれど体は寒くて、ルックは毛布にしっかりと包まり直した。
本当であれば、今頃ルックはギオンの護衛として出かけているはずだった。それなのに、寝心地の悪いベッドで熱にうなされているだなんて、無念でしかたがない。
ルックにとって、ギオンは最も親しみやすい相手だ。彼は色んなことをよく知っていて、歳も割と近いこともあり、話し相手としてもってこいだった。その上、賢いけれど頭は固くない。ルックといっしょに、本気になってイタズラを仕掛けてくれることもあるくらいだ。
端的に言えば、ルックはギオンのことをいたく気に入っている。彼がリーダーである以上、独り占めすることはできないけれど、そうできればいいのにと、いつも思っているのだった。
そんなものだから、ルックにとっては、ギオンとの外出は大きな楽しみのひとつとなっている。
しかし、いよいよ出発という昨日の朝。目が覚めたらルックは発熱していて、しかたなくパーティを外れて城に残ることにしたのだった。リーダーに風邪をうつしてしまってはいけないと考えての決断だ。
遠出ではないため、今日中には城に戻れただろう。丸二日程度であれば、何とか乗り切れそうな気がしないでもない。それでも、皆の足を引っ張ることはもちろん、ギオンを困らせるようなことは避けたいと考えた。
ルックの判断はどうやら間違ってはいなかったらしい。
その後、熱は上がっていく一方で、今となっては起き上がることもままならない。これでは足手まといにしかならなかっただろう。
(それにしても、これはしんどいな……)
朦朧とした意識の中でボヤキながら、ルックは寝返りをうった。
足や腰、背中、体中のあちこちが痛くて、毛布の重みまでもが体の痛みを誘発してくる。おかげで、とてもではないが熟睡なんてしていられそうにない。だからといって、起き続けてもいられない。
自分の世話さえ満足にできないような状態で、ただただ時が過ぎるのを待って耐え忍ぶ。心細ささえ覚えるほどの不調。
塔にいた頃は師が看病をしてくれたものだったが。ルックは師のありがたみをひしひしと実感していた。
眠っては起きてを繰り返し、合間にふらつく足取りで水を飲みに行ったり便所に行ったりしたかもしれない。
かもしれない、というのは、記憶が定かではないからだ。
ずっとモヤがかかったかのように、頭の中がぼんやりとしている。周囲の風景は見えているのに、自分がそこにいるという実感がまるでなかった。何が夢の中の出来事で、何が現実なのか区別もつかない。もしかしたら全部、まどろみの中でルックが思い描いた空想なのかもしれない。
あるとき、ルックが、ふ、と目を開けると、ベッドサイドによく見慣れた少年の姿があった。
「……ギオン?」
かすれた声で、少年の名を呼ぶ。
明かりのない暗い室内。目もかすんでよく見えないのに、なぜすぐにギオンだと思ったのかはルック自身にもわからない。
ぼやけた視界の中で、じっくりと目を凝らしてみる。夜の闇の色をしたツヤツヤの髪と、星の色をした双眸が見えるような気がした。それから、彼がいつもまとっている赤い衣。ただ、緑色のバンダナらしき色は、見当たらない。あれは外出のときに頭に巻いているようだから、外から戻ってきて一旦落ち着いたあとに、わざわざルックの部屋に様子を見に来てくれたということだろうか。
(――いや、そんなはずないか)
少年は何かを喋っているようだが、なぜだかルックには意味を理解することができなくて、聞き取れない言葉が心地のよい音となって流れていく。かすむ目をこすってみても、ギオンの顔をはっきり認識することはできなかった。
(これは夢だ)
ギオンと一緒に過ごせなかったのが心残りで、きっと都合のいい夢を見ているのだ。
おおかた、夜空に輝く星を見て、脳がギオンだと誤認しているのだろう。熱も高く、夢うつつで頭が回転しきっていない。そのせいで、窓辺のカーテンも閉めそびれているのかもしれない。
夢の中のギオンが、何かを言いながらルックの頬をそっと撫でた。
ルックはギオンの瞳の星をぼんやりと見つめる。
「やっと君に会えたね……。夢でも嬉しいよ」
気だるい両腕を持ち上げてギオンの手を捕まえると、頬や鼻先を擦り付けた。ひんやりとしていて気持ちいい、ような気がした。当然だ。ルックにとって都合のいい夢なのだから。
夢の中のギオンの、耳触りのいい優しい声。
「なんて言ってるの? 君ともっと話したいのに……」
モヤのかかったようなギオンの姿をとうとう認識できなくなってしまって、ルックは自分が目を閉じていることに気付いた。この重たいまぶたを持ち上げることは、もう二度とできそうにない。
頬に触れていたギオンの手のひらの温度が、ほんの少しあたたかくなっているように感じる。ルックの体温を奪ってぬくもったのだろうか。
(いや、ここにギオンの手なんてない。全部僕の妄想だ)
そんなことを考えながら、眠りに落ちる寸前。
唇に何か、ひんやりとしたものがそっと触れた、ような気がした。
次に目を覚ましたときにはもう、ルックの思考はクリアな状態に戻っていた。頭がやや重たくて、足元はふらつくものの、明らかに全身が軽く、ようやく解熱したであろうことがうかがえた。
どのくらいの間寝込んでいたのだろう。
ずっと閉めっぱなしになっていたカーテンをサッと開いて、窓を大きく開け放つ。こもった空気が逃げ出して、涼やかな風がルックの肺をいっぱいに満たした。
すっかり明るくなった室内に視線を戻すと、テーブルの上に大ぶりなカゴが置かれていることに気付く。中には色とりどりのフルーツがてんこ盛りにされていた。
ルックはゆっくりとテーブルへ近付いていった。フルーツにはカードが添えられていて、お見舞いのメッセージが書き込まれている。ギオンの筆跡だ。
(……本当に来てくれてたのか)
なんとなく、こそばゆいような感覚。
けれど、それは長続きしなかった。のどがあまりにひどく乾いていたからだ。
ルックは真っ赤な宝石みたいな果物を手に取った。カゴの一番手前にあったスモモだ。
唇に触れるひんやりとした感触。
(あ……)
ふと、夢の中で何かがルックの唇に触れたことを思い出す。
あれは一体なんだったのだろう。フルーツの差し入れに来てくれたギオンと喋り、スモモを食べながら眠りに落ちたのだろうか。
いくら考えても、あのときのことは思い出せそうにない。ルックは考えることを放棄して、やわらかな果実に歯を立てた。
果肉を一口かじると、甘酸っぱい風味とともに赤い果汁が滴り落ちる。ほんの少しだけ青っぽいような水々しい香りがした。甘い果汁がルックののどを潤し、体中にじんわりと染み渡っていった。
「それで? なんで君まで熱を出してるの」
ルックは仁王立ちになって、寝台の上のギオンを睨みつけた。
「君にうつしたら大変だから、僕はおとなしく留守番してたのに。いったいどこでもらってきたっていうの」
ルックの小言に、ギオンは口をとがらせてバツの悪そうな顔をして見せる。
いつかルックの夢に出てきたときと同じで、彼の頭には今もバンダナは巻かれていない。寝間着を着込んで毛布をかぶり、ベッドに体を横たえている。顔は茹でたように赤くて、眼球までもが充血してしまっていた。
「ひとりじゃ食べきれないから、一緒に食べようと思って持ってきたんだけど。……食べられそう?」
ギオンから贈られたフルーツのカゴを見せる。
食欲なんてまるでなさそうに思えた彼は、意外なことに潤んだ瞳をキラキラと輝かせた。
「ルックが切ってくれるのなら、喜んでいただくよ!」
「病人にやらせるわけにいかないだろ。どれがいいの」
尋ねるルックに、ギオンはカゴの中を覗き込んでから青りんごを選び取った。
「ルックみたいな色だよね」
「ローブの色ってこと?」
小首をかしげながら、ギオンから青リンゴを受け取る。さっそく淡い緑の皮にナイフの刃を立てようとすると――
「待って、ルック!」
ギオンが慌てた声を上げた。
「何? 別の果物にする?」
「そうじゃなくて。その剥き方だと、ウサギさんにならないんじゃない?」
(……ウサギさん?)
ルックはいっそう深く首をかしげた。
リンゴをウサギさんにするとは。皮で彫刻したカービングとかいう飾り切りのことだろうか。貴族の間ではそういうのが流行っているのかもしれない、とルックは思った。だが生憎、果物の彫刻など、ルックは今までにやったことがない。そしてなぜにウサギさん?
「僕、リンゴはこうやって皮をクルクル剥くやり方しか知らないんだけど……。どうしてもウサギにしたいのなら、できる人にやってもらいなよ。グレミオ呼んできたらいい?」
「待って待って、ルック!」
ルックが踵を返しかけたところで、再度、ギオンが慌てた声を上げる。
「まだ行かないでよ。僕も、もっとルックと話したいんだ」
(
ルックはこれ以上かしげられないくらいに首をかしげながらも、足を止めた。
「ウサギは彫れないよ」
言いながら、ベッドサイドの椅子に腰を下ろす。
「ルックができるやつならなんでもいいよ。ウサギさんの方がルックっぽくて可愛らしいなと思っただけで」
(僕っぽい? 可愛い? ………………?)
ルックはことごとくギオンの言葉を理解できずにいた。もしかしたら、彼は熱で思考がまとまらなくなっているのかもしれない。これ以上首をかしげることは不可能で、ルックは星の色をしたギオンの瞳をじっと見返した。
ギオンは、体調が悪いとは思えないほどに穏やかに微笑んでいる。
「ルックが来てくれて嬉しいんだ。たくさん話そう?」
胸の奥。いつかのこそばゆい感覚が蘇ってきて、ルックは「熱があるんだから、ほどほどにね」と小さく頷いた。
ちょうどよかった。
ルックもギオンと話をしたいと思っていたのだ。
せっかくの護衛の予定がルックの熱のせいでだめになって、ずっと残念に感じていた。ようやく治ったかと思えば、今度はギオンがこの有り様。彼の熱が下がってしまうまで待っていることを考えたら、気が遠くなりそうだった。
今日はここでたっぷりと時間を過ごそう。ギオンの休養の邪魔にならない程度に。リーダーがこれでは、ルックが外に出るような用事もないはずだ。
ルックはリンゴの皮に刃を立てた。
手元に注がれる星色の視線が妙にくすぐったい。顔がなんとなく火照っているような気がした。
(僕もまだ本調子ではないのかもしれないな)
思いながらも、ルックはゆっくりゆっくりと淡い緑色の皮を果実から剥がしていった。