坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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坊ルクリスマス2024
雪が降り始める季節には、子どもの頃から体調を崩しがちだった。
全身が重たくてだるくて、なんだか熱っぽい。ルックは寝付くことさえできずに、寝台の上でゴロリと寝返りをうった。毛布がやけに重たい。だからといって、剥いでしまうと今度は寒くてたまらないのだ。大きなため息が漏れ出る。
風邪、だと思っていた。急激に冷え込む時期だから、体の強くないルックは体調を崩しやすいのだろうと、ずっと思っていた。
この体調不良が、街中――いや、北の大陸を中心に、世界の半分近くをも覆ってしまうほどの神聖力――一般的にはそう呼ばれているが、要は紋章の力に当てられたものなのだと気付いたのは、大人になってからだ。
ハルモニア神聖国の建国者の生誕日。その前後には、クリスタルバレーを中心として強い神聖力が放たれる。人々はありがたがって、祝福と呼んだ。
はるか大昔の祝事は、由来を置き去りにひとり歩きをして、今や世界の至る所で慣習的な一大行事となっていた。商人たちはこぞってマーケットを開き、人々は家族や恋人とともに祝い合うのが一般的だ。
子どもの時期の大半を過ごしたトラン地方にも、その習慣は根付いていたようだが、クリスタルバレーからはかなり距離がある。そのため神聖力の影響は弱く、幼い頃は若干の体調不良といった程度で済ませてしまっていたのだ。
師は不調の原因を知っていたに違いないが、結局ルックに教えてくれることはないままだった。
「ただいま」
宿の部屋に、ギオンが帰ってきた。
ルックは寝台の上でのそりと身を起こした。安宿の客室は防寒があまく、毛布から出た上半身に悪寒が走る。ブルリと身を震わせてから、ギオンを睨みつける。
「見てるだけで寒いんだけど」
室内でも骨まで冷えるほどに寒いというのに、彼はいつもの薄着に年季の入った外套を羽織っただけの姿で、買い出しに出ていたようだ。
雪がまだ降り続いているのだろう。彼の頭や外套には、払い損ねた雪がわずかに残っていて、キラキラと光っていた。
「うん。今日はかなり冷え込んでいるから、あたたかい食べ物を買ってきたんだ。もし食べられそうなら、一緒にどうかな」
ルックの返事も聞かずに、ギオンはガタつく小さなテーブルに食事を広げ始める。どうあっても食べさせたいらしい。
蓋付きのカップに入っているのは――おそらくシチューだ。それから、ローストされた骨付き肉に、とろけたチーズののったパンに、色とりどりのサラダ、そして粉糖をまぶしたカカオのケーキ。
(体調が良くないっていうのに、こんなにたくさん食べられるわけないじゃないか)
思うが、言葉は胸中にしまい込んでおくことにする。
ギオンは生まれも育ちもトラン地方だ。幼い頃から当たり前のように家族とともに豪勢な食卓を囲み、この祝事を迎えてきたのだろう。
ルックからしてみれば、忌々しいことこの上ない行事だが、彼にとっての『当たり前』を否定するのは、ひどく野暮ったく感じられた。
だからと言って、何でも素直に受け入れられるわけではない。無性に八つ当たりしてやりたくなって、ルックは起き上がって、テーブルの方へ足を向けた。
こちらに気付いて、ギオンがニコリと笑みを浮かべる。
影のない笑みにため息を返すと、ルックはギオンから外套を剥ぎ取った。
「あたたかい食べ物を買ってきたんだよね? それなら、これは僕に貸してよ」
意地悪のつもりで外套を奪ったのに、彼は薄着姿で嬉しそうに笑っている。
「なにニヤついてるの。君は追い剥ぎにあってもそんな風に笑ってるわけ?」
言いながらギオンの温もりの残る外套をまとう。ふわりとギオンの匂いがした。
「ルックの追い剥ぎなら大歓迎だよ」
「馬鹿だろ」
何をやっても言ってもギオンは軽やかにかわしてくれるので、それ以上何も言えなくなって、ルックは口を閉ざした。ただし、実際に部屋は冷え込んでいるため、ギオンの外套はこのまま借りておくことにする。
ルックが椅子にかけると、食卓を整えたギオンもまた向かいの席に腰を下ろした。
窓の外はすっかり日が落ちて、部屋の灯りに照らされた雪がまばらに散っている。このままやんでしまえば、明日は多少は暖かくなるだろうか。いや、既にかなりの量の雪が積もっていることには変わりないから、寒くないはずはないか。
ルックがぼんやりと考えながら食事に手を付けていると。
「追い剥ぎの話じゃないけど。ルックは欲しいものはないの?」
暖色の瞳がじっとこちらを見つめてきていた。
「欲しいもの?」
「グレッグミンスターではね、恋人同士でプレゼントを贈り合ったりするんだ」
また例の祝事だ。ギオンは、子どもの頃からこの行事によほど楽しいイメージを刷り込まれてきたのだろう。まるで外見相応の少年のように目をキラキラさせ、わずかに頬を紅潮させている。
「ルックに、何か贈らせてほしいな」
口元を綻ばせながら贈り物をしたいと言う恋人の言葉に悪い気はしなかった。
それでも、腹の底に渦巻く感情を完全に消し去ることはできない。どうにも心穏やかでいられないのだ。体調が思わしくないことが、余計にルックをそうさせるのかもしれない。
「それなら」
屈託のない笑みを浮かべてまっすぐな愛情をぶつけてくるこの男を、どうにか困らせてやりたくて。
ルックはギオンの後ろを指差した。
「あれ。あの星がいい」
すっかり小降りになった雪の合間に、星空が見える。ルックはその中でもひときわ明るい黄金色の星を指定した。
(僕はもう君をもらったから、別に“星”自体はいらないけどね)
天魁星。彼はあの星がそうだなんて知りもしないだろう。
無理難題をふっかけて、ギオンの反応を見て楽しみたいと思ったのだ。それなのに――
「わかった」
彼はこともなげに首を縦に振ってみせた。
「……は?」
「少し目を瞑っててくれる?」
ギオンは立ち上がり、人好きのする笑顔のままこちらに近付いてくる。
「何を……」
ほんの少しも動揺を感じさせないギオンの様子に、ルックの方が戸惑ってしまう。
(本気?)
ギオンと窓の外を交互に見る。金の光を放つ星。ルックが欲しいと言ったのはあれだ。
「星を撃ち落として手に入れるから、十数える間、目を閉じてて。いい? 十、九、……」
有無を言わせずカウントが開始され、ルックは考える間もなく指示に従わざるを得なかった。
瞼の裏には、かの星の光が焼き付いている。
「……、二、一。いいよ」
もったいぶるようにたっぷりと時間をかけて数え上げてから、彼はそう言った。
ゆっくりと目を開ける。
瞼の裏でチラチラと瞬いていた星が、ギオンの瞳にすり替わってしまっていた。
目の前の彼の顔。吸い込まれるかのように見入っていたら、ギオンのあたたかな左手が、ルックの手を持ち上げてくる。手のひらには、握り込まれたギオンの右拳が押しつけられていた。
「あの星をルックに」
彼の拳がそっと開かれ、軽いものが手のひらに落ちる感覚。
ギオンの右手が退けられた後、ルックの手のひらの上には、黄金色の石があしらわれたブレスレットがキラキラと光り輝いていた。
この輝きが、いまだ瞳に残る星の光なのか、直前に見たギオンの瞳の光なのか、金の石の光なのか、区別する術が見つからない。
しばらくの間、何度もまばたきをしながらブレスレットを眺めていたが、ルックはハッと気付いて、窓の向こうに目をやる。
天魁星は変わらずそこにあった。
「………………」
危うく騙されるところだった。思いっきりギオンを睨みつけてやる。
「――なんてね」
ギオンはペロリと舌を出した。
「ルックが好きな色のものを選んではいたんだけどね。もし龍の玉を取って来いなんて言われてたら、雪山にドラゴン退治に行かなきゃならないところだったよ」
臆面もなく言ってのけるギオンに「ペテン師め」と吐き捨てながら、ブレスレットを彼の手のひらに戻す。それから、左腕をスッと差し出した。
ギオンはブレスレットの留め具を器用に外すと、ルックの手首に光り輝く飾りを施した。
星の色をした石は、ルックの肌の色によく馴染んでいる。
(悪くないね)
素直に認めるのはなんとなく悔しい気がするので、言葉は胸中にしまい込んでおくことにした。
「ギオン」
彼が向かいの椅子に戻ってしまう前に呼び止める。
「立ってるから遣わせてもらうけど。ついでに、僕の鞄から荷物を取ってきてくれない?」
「ん。座ってても遣ってよ」
ギオンはひとつ頷くと、寝台の足元に向かった。しゃがみ込んで、床の上の大きな鞄を開く。
「何がいるの?」
「一番上の、深緑の服」
「拳法着? ルックがこういうの選ぶの珍しいね。だけど、確かにローブよりは楽……」
「それ、君のだから」
話を遮って告げると、彼は目をまん丸にしてルックの顔を見てきた。
「まさか、今日のためにプレゼントを用意してくれてたの?」
「僕がこんな浮ついた行事に興味あるとでも思う? この前、君の誕生日だったろ」
本当は当日に渡すつもりだったのだが。ルックが寝込んでしまったがために、渡しそびれてしまっていたのだ。
今までしまい込むことになったのは、非常に不本意だった。ハルモニアの建国者の生誕日などよりも、ギオンの生まれた日の方が、ルックにとってははるかに重要な意味を持つ日だというのに。
拳法着は袖の長い厚手のものを選んだ。様々な気候の地域を移り歩いているにも関わらず、彼はいつも薄着でいるからだ。色も彼のバンダナに合わせて決めた。当のギオンはというと、贈り物を広げてしげしげと眺め、「ルックの色だね」と目を細めているのだけれども。
「ルック、ずっと不調でしんどいでしょう? それなのに、僕を祝ってくれて……ありがとう」
最も好きな色が真っ直ぐにこちらを見据えて告げてくるものだから、ルックは一瞬口籠ってしまった。
ルックが今ここにいるのは、どうしても調べたいことがあったからだ。つまりは、ルック自身の都合。体調に関しては完全に自業自得と言える。誕生日も恋人同士の行事もすっぽかそうとしたことを責められこそすれ、彼が気遣いを見せる必要が一体どこにあるというのだろう。
「……来年のこの時期は、もっと南方で過ごそう。そうすれば、君の誕生日に寝込まずに済むだろ」
「ふふ、来年も一緒に祝ってくれるんだね。ありがとう。嬉しいな」
温かな腕が、やんわりとルックを抱き寄せた。
『ずっと一緒にいるって言ったのは君だろ』『まだ祝ってもないのに、何の礼だよ』『今年は一緒に祝ってないだろ』……
言葉が次々とルックの脳裏に浮かんては消えていく。考えがまとまらないのは、すべて体調のせいに違いない。
しかし気がつけば、彼の温もりに包まれて、すっかり寒さを感じなくなっていた。それに、気怠さも熱っぽさも、いつの間にかやわらいでいるような。
ギオンの腕の中でしばらく押し黙っていたが、返すべき言葉を決めかねて、ルックはとうとう返事をすることを諦めることにした。
代わりに、彼のやわらかな唇に、自分の唇をそっと押し当てる。
――来年も、君とともに。