坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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激重感情をこじらせたルックの話
いつもなら柔らかな陽射しが射し込んでいるはずの昼下りなのに、城内はやけに薄暗かった。それに、いつもよりも蒸し暑くて空気が肌に纏わりつくようで、端的に言えば不快だ。
外は雨が降っているのかもしれない。
気怠さを覚えて、ルックは石板を背にしてペタリと座り込んだ。膝を抱えて顔を伏せる。
どれくらいの間、そうしていたのだろうか。
「どうした?」
近くで声がして、ルックはゆっくりと顔を上げた。
シーナがすぐそこにかがんで、こちらを覗き込んできている。
「うわ、顔色最悪じゃん。マジでどうした?」
「そっちこそどうしたの。顔面に手型付けて」
眉根を寄せながら返すと、シーナは「へへ」と力なく笑ってルックの横に腰を下ろした。
彼は大きな紙袋の中から焼き菓子をひとつ取り出すと、こちらに押し付けてきた。
「食おうぜ!」
言って、彼は紙袋から口の中にひょいと菓子を放り込み、ポリポリと咀嚼しはじめた。
「せめて食欲くらい満たしてやらないとな」
バターの香りのする紙袋を、チラリと覗き込む。どうやら袋いっぱいに菓子を買い込んできたらしい。
「やけ食いか」
何となくわかったような気がして、ルックは息を吐いた。大方、女子にフラれでもしたのだろう。
「ホントは飲みたい気分なんだよ。でも、酒が入ったら、ヤらせてくれる子を適当に探しちゃうだろ?」
「そんなの僕に同意求めないでくれる?」
「手近なところでお手軽に済ませたいじゃん。あーあ! ルックが女の子だったら良かったのに!」
変なことを言い出すシーナをジト目で見ながら、ルックは彼からわずかに距離を置いた。
「引くなよ、冗談だって。本命が靡いてくれないから、しばらく禁欲するんだよ。純情アピールってやつ」
「で、靡いたら、また浮気するのか」
「つっかかるねぇ。いや、俺のことはいいんだよ。それで、そっちは何?」
話を促されたところで、ルックは手に持ったままの焼き菓子をようやく一口齧った。ほろ苦さのあとに感じる砂糖の甘みが、じんわりと体に染み渡っていくのを感じる。
ふと、昼食をとり損ねたことを思い出した。あまり気にしていなかったが、どうも空腹だったようだ。
「これ、もう少し貰っていい?」
ことわってから、シーナが差し出した紙袋の中からもうひとつ菓子をいただく。
「まさかだけど、ギオンと何かあったのか?」
ズバリと指摘された拍子に、噛み砕いた菓子の破片が勢いよく器官に飛び込んで来て、ルックは大きく咳き込んだ。
何かを悟ったのだろう。シーナが目を見開く。
「マジか。でもあいつ、浮気とか絶対ありえないだろ」
咳き込み方が激しかったせいで、身体が熱い。
「そんなわけないだろ。言われただけだ。……その、あ、あい……、愛、してる、って」
小声でポソポソ言いながら、ルックは頭に更に血が上っていくのを感じた。恥ずかしくて熱くて、襟元をつまみ、パタパタと動かしては中に風を送ってやる。
シーナが顔をしかめて「はぁ?」と声を上げた。
「え、何? 何でそれで世界の終わりみたいな顔してんの? 俺への当てつけ? まさか告白されて、いつもみたいに『馬鹿じゃない?』とかって見下して、鼻で笑ったわけじゃないんだろ?」
「僕のこと何だと思って……」
いくら何でも、真剣に愛を告げて来た相手にそんな失礼な態度を取るはずが――、ないこともないかもしれない。時と場合によっては十分に起こり得るだろう。ただ、少なくとも、今回に限って言えば、そういったことは決してなかった。
「わかんねぇなー。お前、ギオンのこと無茶苦茶好きじゃん。両思い歴、もう何年よ? むしろ今までそーゆー関係じゃなかった方が不思議だわ」
シーナは焼き菓子を次々と口に運びながら首を傾げる。
「僕なんかより相応しい相手は、掃いて捨てる程いるだろ」
「そりゃ、将軍家の跡取り息子に嫁ぐんならそうだろうよ。けど、そんなんじゃないじゃん。お前、一体いつの話してんだ」
ほんの三年前のことを、シーナはまるで大昔のおとぎ話かのように言ってのける。
ギオンの気持ちがルックに向いているのは、あの頃から知っていたことだ。そしてルック自身もまた、同じ気持ちであることを自覚していた。長く離れたところで、この思いが変わることは微塵もなかった。そして、これからもそうだと言い切れる。
ギオンはわざわざ言葉にして思いを伝えてきた。そこには恋人として受け入れられたいという意図があってのことなのだろうと、ルックは理解した。
しかし、それは許されることなのか。
ギオンの社会的な地位がどうだとか、そもそも同性ではないかとか、そういった類の話ではない。
(問題は僕だ。どうあがいても僕がギオンに相応しい相手になれることなんてない)
「あー……、やっぱりルックでも、アイツの紋章のことが気になるのか」
ボソリとシーナがうめき声をあげる。
「君って、ときどき鋭いんだよね」
ルックは自嘲した。
「その通りだよ」
これまでの関係にだって、何ら不満はない。互いに十分に信頼し合っているのだから、それ以上何を望むことがあるだろう――と言いたいところだが。
(本当は、ギオンが僕だけのものになればいいのにって、ずっと思ってる)
いつでもルックの元にあって、ルックのことだけを見て、他のことになんて見向きもしないで、何事にも脅かされることなく、阻まれることもなく、ただルックを求めていればいいのだ。
けれど、ギオンが宿すあの紋章は、宿主に親しい者の魂を喰らう。
こんな魂を差し出すことで永遠に等しい時をギオンと共にできるのであれば、むしろ願ったり叶ったりというものなのだろうが。
(あの紋章が、本当に僕の魂なんかを喰らうとでも? そもそも僕に魂なんて――)
まるで、お前は彼に相応しくないと、紋章ごときに審判を下されるのを待っているかのような心地だった。なんて不快。
ルックはシーナの紙袋の中から勝手に焼き菓子を取り出し、またひとつ口の中に放り込んだ。ああ、ほろ苦い。
雨音が石板の間まで聞こえはじめる。どうやら雨脚が強まってきたらしい。
一層湿気が強くなり、息苦しささえ覚える。
気怠さを持て余して、ルックは大きくため息をついた。