坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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未練残る淡い恋の話
湖城の石板の間は、決して静かなところではなかった。あちらこちらで音を拾った風たちが、絶えず遊びにやって来るのだ。
現に、周囲には誰の姿もないのに、遠くの笑い声がルックの耳にまで届いている。
大人たちがこぞって酒盛りをしているらしい。そして、今夜はいつにもまして盛り上がっているようだった。
彼らが何かにつけてアルコールを摂取したがるのは、どうにも理解に苦しむ。ある者は大声で笑い、ある者は涙を流し、ある者は昏倒する。体に良いものでもないだろうに、果たして自制を失ってまで飲む必要があるのだろうか。
そうは思うものの。
この何とも形容しがたい感情を前にすれば、誰もが落ち着いてなどいられないかもしれない。
彼らと湖城で過ごすのは、今夜が最後だろう。
――未練?
そんなものはない。むしろ達成感に近いと言ったほうが良い。
それなのに――
不可解な気持ちを持て余して、ルックは石板の間でひとり、上を見上げていた。
目の高さよりも上方。石板に刻まれたルック自身の名。
そしてそこから、さらに視線を上げる。
ルックは手を伸ばした。上げた手がほんの少しだけ届かない。背伸びをして、ようやく指先で触れることのできる場所。
石板の最上段に、その名は刻み込まれていた。
「――――――」
文字の羅列を指でなぞりながら、唇を小さく動かして、声には出さずに読み上げる。
冷たい石板に触れているはずなのに、奇妙なことに指先があたたかくて心地良い。指を離すのが躊躇われるほどに。
少しの間、そうしていただろうか――
「僕の名前、どうかした?」
声に驚いて、ルックはギクリと身をすくめた。
聞き間違えようもないほどに聞き慣れた、よく通る耳触りの良い声。
振り返るまでもなく、まさに今ルックが指差している、その名の持ち主だ。
(一体、いつの間に!)
ここには誰もいなかったはずなのに。
「べ、別に、その……、埃! そう! 埃がついてたから……。リーダーの名前が埃をかぶってるだなんて、情けないじゃないか! それだけさ……」
口早にまくし立ててから、ルックは手を引っ込めて向き直った。
誤魔化しきれたのかはわからないが、こちらを見て「ふぅん?」とニコニコ笑う彼。
見れば見るほどに顔が熱くなっていく。
「それより……何か用? 君はまた連中に飲まされているものだと思っていたのだけど」
「うん。今から顔を出すところなんだ。最後だから、ルックも一緒にどうかと思ってね」
気まずさをやり過ごしたくて尋ねたはずが、ルックの頭はますます火照っていく。
彼がこちらへと手を差し出してきたのだ。まるで、高貴な貴族の紳士が淑女をエスコートするときのような仕草で。
半歩前を行く彼の姿を、盗み見るように見つめ続けた。
ギクシャクと重ねた手のひらは、石板よりももっとずっとあたたかくて、心地良くて。
ああ、まだここから離れたくないだなんて、そんな未練がましいことを考えながら。