坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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夏のせいじゃないかもしれない話
夜空にまばゆい閃光が弾ける。ほんの少し遅れて腹の奥底が震えた。
人混みは嫌いだ。できることなら避けたい。じっとりと纏わりつくような湿気も嫌だし、加えて、汗をかくことも、ルックは大嫌いだった。
花火大会というものに特段興味があるわけでもない。
それなのに、こんな所までのこのことやって来てしまったのは、彼に誘われたから。ただ、それだけの理由で、だった。
(まったく、甘くみてたよ)
ただでさえ暑苦しい季節だというのに、大通りでは老若男女が押し合い圧し合い――というのは多少言い過ぎかもしれないが、ルックの精神的には押し合い圧し合いをしているように感じられたのだ。こう人が多ければ、真っ直ぐに歩くことさえできそうにない。
せめて暑さを紛らわせようと、髪をひとつにまとめてはみたものの、そこを伝って汗がツゥッと流れ落ちる。枯草色の甚平には汗染み。襟が首に張り付いて、鬱陶しいったらなかった。
それなのに彼ときたら、暑さとは無縁だとでもいうような涼しげな顔色をして、人混みをすり抜けてスイスイと進んでいく。暑苦しい墨色の浴衣をきっちり着込んでいるにもかかわらずだ。
歩きながら、彼は愉しげに昔話を聞かせてきた。花火と雑踏に打ち消されて、正直な話、ところどころ聞き取れてはいない。けれども、ルックにとってはそれぐらいがちょうど良かった。
幼い頃に、彼が友人と行った花火大会の思い出話。
(そんなに楽しかったのなら、今日だってそいつと来れば良かったんじゃないか)
なんて。誘われてふたつ返事で了承した手前、今さら文句を口にするのも悔しく感じられるのだった。
大きな花火が上がり始める。そろそろクライマックスだろうか。
光が立て続けに弾けて、彼の瞳をあらゆる色に染めていった。
ワンテンポ遅れて、音の波がルックを臓腑ごと揺らした。不快だった。船に乗っている時みたいに不安定だ。
彼が話すのを止めて空を仰ぐ。
目の先にあるのは、この花火なのだろうか。それとも、幼い頃に友と見た花火なのだろうか。
破裂音が鳴る。
体の内側で、拍動のようにドンドン響き続ける。
「ねえ。僕にしときなよ」
ルックの口を突いて出た言葉は、花火の音と人混みの雑音に掻き消されて夜風に溶けていった。
「な――? ――て言ったの?」
虹色に染まる彼の瞳の真ん中に、ルックの姿が映し出される。
我ながらなんとも情けない姿だ。汗にまみれた髪はボサボサで、甚平は着崩れて、おまけにしょぼくれた顔をして。
聞き返されたせいで急に恥ずかしくなってしまった。
(僕は何を言ってるんだろう)
彼の視線から逃れたくて、「なんでもない」とそっぽを向いた――いや、向こうとした。
しかし依然として、ルックの目の前には彼の顔が。彼の瞳の中心にはルックが映り続けている。
彼がこちらを覗き込んで来たのだった。
「なっ、何……」
妙に真剣な顔をした彼から逃れることができなくて、ルックは困惑した。もう一度彼のいない方を向きさえすれば、それで済む話だというのに。
「僕はル――――――」
「え?……」
花火に隠された言葉を聞き返そうとしたとき、今までで最も明るい光が彼の頬を朱に染めた。
遅れて夜風に乗った音が、ルックの心臓を大きく揺さぶった。
花火の余韻だけを残した煙る空。
大通りの人波がそれぞれ帰途につき始め、風がほんの少しずつ動き出す。
「綺麗だね、ルック」
「あ……、うん? そうだね」
不意に話しかけられて、ルックは慌てて同意した。別に花火に興味があったわけでもなかったけれど、それを彼に言うわけにもいかず。
すると、彼はしばらくの間ポカンとしてから、こともあろうにクスクスと笑い始めたのだった。
「何がおかしいの」
「いや、ごめん。――さ、帰ろうか」
ニコリと微笑んで、彼はこちらへ手を差し出してきた。
既に花火の止んだ夜空の下で、頬が火の色に染まる。
うるさい鼓動に突き動かされて、ルックはその手を握り返した。