坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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飲みニケーション
彼が、あまりにも華奢な外見にそぐわない飲み方をするものだから、ギオンは慌てて立ち上がった。
「あ! なんでルックに飲ませちゃうんだよ!」
口をついて出た大声と、椅子の倒れるけたたましい音とが、好奇の視線を引き付ける。酒場がシンと静まり返ってしまった。
ギオンは誤魔化すようにひとつ咳払いをした。客たちの視線から逃れるように、静かに椅子を起こして座り直す。
喧騒が徐々に戻りはじめた頃、向かいの席でシーナが口を開いた。
「なんでって? いつも勝手に飲んでるよなぁ」
「ね」
シーナとルックは、さも当然といった風に頷き合っている。
「もうガキじゃねーじゃん。酒くらい飲むって」
どこまで過保護なのかと笑うシーナの隣では、ルックが次のドリンクをオーダーしていた。
「うーん……。まぁ、そうか……」
言われてみれば、ギオンが知るのは三年以上も前のルックだ。ギオンを取り巻く時の流れが変わってしまったせいだろうか、すっかり失念していた。
ルックは既に十七を越えているはずだった。そういえば背丈もだいぶ伸びているし、顔つきだって大人びたように見える。線の細い体つきは相変わらずだが、何と言うのだろう、どことなく艶めかしさを感じる。改めて見る彼の姿は、少なくとも子ども扱いを受けるようななりではなかった。
それにしてもだ。シーナの口ぶりだと二人は『いつも』一緒に飲んでいるかのように聞こえたのだが。彼らは一体いつの間にこんなに親しくなったというのだろう。そういえば、再会を祝って飲み会をしようと言い出し、ギオンとルックに声をかけたのもシーナだった。
ほんのりと頬を上気させたルックが、つまみに手を付けながら、シーナと他愛もない話をしている。
ギオンはなんとなく疎外感を覚えた。
(……自分から距離を置いたくせに)
モヤモヤと考えていると、ふとルックと視線が絡まった。彼は愛嬌よく微笑みかけてくるでも、話しかけてくるでもなく、トロンとした瞳でただこちらを見ていたが――やがて視線は解けていった。
ルックはそのまま女将の方へ向き直り、三杯目をオーダーした。気立てのよさそうな女将は「このくらいで止めときなよ」と言いながら、ルックの前にドリンクを差し出す。
シーナが面白そうに笑った。
「意外とペース早いんだよな。ま、全然強くないんだけど」
新たなグラスに取り掛かるルックは、指先から耳まで綺麗なピンク色に染まってしまっている。
「コイツ、酔ったらよく喋るんだ。面白いから、話聞いてやんなよ」
言いながら、シーナは勘定を置いて立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
「オンナノコのとこ」
ギオンたち二人を誘ったのはシーナだというのに。彼はヒラヒラと手を振りながら、何処かへと消えていってしまった。
耳元にルックの熱い吐息がかかる。
「ぅ……んん……」
甘ったるさを帯びた声が、ギオンの鼓膜を振動させた。意識するつもりなどなくても、首筋に鳥肌が立ってしまう。細い指がギオンの胸元に触れると、そこから何かがゾクゾクと全身を駆け巡った。
ルックの触れているところすべてが、熱を持ったかのように熱い。特に、ルックの身体がピタリと密着している背中だ。そう、酔い潰れたルックを背負っている背中が、熱くてたまらなかった。
彼が酒癖の悪い方だなんて知らなかった。それもそうだ。前に一緒にいたときは、彼はまだ子どもだったのだ。酒を飲み交わしたことなど一度もない。
(レックナート様の愚痴を言い出したときはどうしようかと思った)
ルックは随分と苦労をしているのだなぁと思いつつ、ギオンは用意してもらった客間へと足を向けた。
本来なら彼を部屋まで送り届けてやるべきなのだろうが、この城を訪れたばかりのギオンは、ルックの部屋の場所を知らない。夜も更けて、城内は人の姿もまばらだ。尋ねようにも、誰が何者なのかすらわからない。見知った顔があればすぐにでも助けを求めたいところなのだが。
こうなるとルックを部屋に招くしかなさそうだが、酒の入った状態で、こんな風に綺麗に成長した彼と朝まで二人きりということになる。平静でいつづけられる自信がない、というのが正直なところだった。
もう三年も前の話にはなるが、ルックがギオンのことをよく思ってくれていたのは知っていた。ギオン自身の気持ちもまたルックの方を向いている。だからこそ、彼とは特に距離を置くべきだと思って離れたのに。
酒が回って火照ったルックの身体が、強制的にギオンの体温を上げさせた。
ルックを背負ったまましばらく進んでいくと、ギオンはようやく知った顔を発見した。というより、つい先ほどまで一緒にいた人物。女性と何やら話し込んでいるが――
「あ、バカシーナだ」
ギオンの背中で、ルックが声を上げた。
「ルック、起きたの」
「ねぇ、聞いてよ。シーナってものすごくバカなんだよ。知ってる?」
ギオンを遮って、舌っ足らずな喋り方でルックは楽しそうに続ける。
(またシーナの話……)
ギオンはこっそりとため息を漏らした。ルックは先程からシーナの話ばかりだ。解放軍時代から一緒で、歳も近く、デュナンにおいても二人揃って軍主を助け、よく活躍しているらしい。それは親しくもなるだろう。
けれど、面白くない。面白くないだなんて思う資格がないことはわかっているけれど、面白くないものは面白くないのだ。
「僕に、やらせろなんて言うんだよ。酒が入れば勢いでやれるから、って」
「や、やら……っ……?」
ルックの口から出たあまりの言葉に、ギオンは赤面して口籠った。疎外感など、ちっぽけなものはどこかへ吹き飛んでいってしまった。シーナは一体、何ということを彼に言うのだろう。彼らはいい友情を築いているものだと思っていたのだが――
「とんでもない……」
「ね、下品だろ。一度やってしまえば、あとはどうとでもなるだなんて……。ありえないよね。だって、酒が入ったからって、あのギオンが僕を抱くとでも思う?」
「……は?」
聞き間違いだろうか。何故そこで自分の名前が? シーナがルックを抱きたいと思っているという話ではなかったのだろうか。
「だから、僕は賭けてもいいよって言ったんだ。ギオンはそんなことしない、って」
ルックはギオンの耳元で話を続けた。
「だけど、僕もだいぶバカだよね。たくさん飲んでわけが分からなくなってしまえば、もしかしたら……、なんて」
吐息と混じって聞こえる甘い声に、脳を直接揺さぶられる。ルックは一体何を言っているのか。鼓動に合わせて全身が脈打っているのは、先程飲んだ酒のせいだと言いきれそうにない。
「こんなのギオンに知られたら、僕がおかしくなってしまったと思われるから……、絶対に言ったら駄目だからね」
肩に回された腕がギュウっとギオンを抱きしめた。うなじに柔らかくてあたたかい感触。ルックの唇が当たっているのだと思うと、嫌でも全身の血流が増すのを自覚してしまう。
ギオンがダラダラ汗を流しているうちに、耳元でスウスウと寝息が聞こえはじめた。
ルックは完全に酔っている。ベラベラと饒舌に喋っていたが、ギオンに話しているという自覚すらない様子だ。
(だめだ、このまま部屋に戻ったら!)
ルックはギオンを信じてくれてるというのに、このまま二人して密室に籠もったら、もはや何をしでかしてしまうか知れない。それこそ、ルックが期待しているような――
(ルックが期待してるような? 何を? ほんとに? どうしたらいいのかわからない……!)
それ以上どこにも足を進めることができなくなって、ギオンが真っ赤になって立ち尽くしていると、深夜にそぐわないやかましい足音が近付いてきた。
「ギオン! 朝まで飲むぞ!」
「シーナ……。君は、ルックに何を教えて……」
「いいから、飲み直しだ!」
ズンズンとこちらへ向かってきたシーナが、やけっぱちな様子でそう言った。頬には手のひらの形をくっきり付けている。先ほど話し込んでいた女性にやられたらしい。
「いや、ルックを……」
「寝てるんだから、寝かせときゃいいだろ」
「ルックの部屋は」
「知らねーよ。お前の部屋でいいだろ。ちょっと酒買ってくるから寝かしとけよ。なぁ、マジで付き合って。飲まないとやってられねーんだって!」
シーナは一方的に言い放つと、酒を買いに向かった。
この状況を作り出した張本人は、硬直状態をあっさりと打破してしまった。ぶち壊しにしたと言ってもいい。こうなってしまえば、ルックを部屋に迎えたところで、過ちを犯す心配はないのだろうが。
複雑な思いを抱きながら、背中の重みに意識を向けた。安らかな呼吸に合わせて、彼の胸郭が上下している。
(ルックにこんなことさせたら駄目だ。一度ちゃんと話さないと……)
何を話すつもりなのだろう。あまり近付きすぎないようにするつもりだけど、ルックのことはずっと前から想い続けているし、酔った勢いなんてなくても本心では抱きたいと思ってる――
(そんなこと、言えるわけがない!)
正気を疑われてしまうかもしれない。それこそ酒の勢いにでも任せなければ躊躇われる話だ。
結局のところ、シーナがルックに言ったという方法が、ルックとギオンとを結びつける最適解なのかもしれなかった。
(だけどシーナ、フラレてたしな……)
恋愛経験豊富とはいえ、彼を全面的に信じるには不安要素が大きいような気がしないでもない。
ともあれ、ギオンはルックを背負ったまま客間に向かい、シーナと酒の到着を待つことにした。こんな気持ちを持て余したままでは、どのみち今夜は寝付けないだろう。そうだ、酒を飲みながら気持ちの到着点を見定めよう。
いまだ冷めない背中の熱を感じながら、ギオンは歩みを進めた。