坊ちゃん×ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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グレッグミンスターのちいさなおうちで猫を飼って暮らすルックの話
「行って参ります」
「気を付けて」
セラは今朝も手提げを片手に出かけて行く。
このグレッグミンスターの街中に子供向けの学習塾ができたのはごく最近のこと。まだ小さなセラを遠くへ通わせるのも、寮に入れるのも、ルックからしてみれば不安でしかなかったのだ。首都へ嫁いで来るなり塾を立ち上げてくれた優秀な先生には、感謝しなければならないだろう。
セラを見送ったあと、ルックは部屋の中に戻った。
そして『彼』に呼び掛ける。
「やぁ、待たせたね」
『彼』は待っていましたとばかりに、素早くルックのもとへ駆け寄ってきた。ピタリとルックに寄り添い、これでもかと頭を擦り付けてくる。
「そんなに引っ付いてきたら、何もできないんだけど」
文句をつけながらも、口調はどうしても柔らかいものになってしまう。『彼』を適当にあしらうことは、ルックにはできそうになかった。
『彼』好みの食事を支度して皿に盛り、『彼』の前へ差し出す。そうすると、『彼』は途端にルックに見向きしなくなり、食事だけに夢中になるのだった。
「そろそろ君もお出掛けかな。今日もミナのところに行くのかい?」
たっぷり時間を掛けて身繕いを終えた『彼』は、ルックに挨拶すらせず、窓から外へと飛び出して行った。
「……ホントに現金なもんだね」
『彼』の後ろ姿を見送り、ルックはひとり苦笑した。
セラと『彼』が出掛けている間に、ルックにはやるべき仕事があった。このあと軍の魔術指南をして、昼からは宿屋の女将に頼まれていた薬を持って行かなければならない。
あの女将は親切で世話焼きだから、報酬とは別に、毎回山ほどの手料理を持ち帰らせてくれる。女将からの依頼は、実を言うとルックが最も気に入っている仕事だった。セラと二人で食べるには数日かかるため、しばらくは食事の心配をしなくて良くなるのだ。
日がほんの少し西に傾き始めた頃、ルックは家の前に帰ってきた。
小さいけれど、愛着のある我が家。数年前にあの人が買ったものだ。あの人は、自分の屋敷と同規模の大きな家を買おうと検討していたので、ルックが慌てて止めたのだった。
小さなセラと二人で暮らすには、このくらいがちょうど良い。それに、ルックだっていつまでもここにいるわけではないのだ。セラが独り立ちする頃には、あの人の旅に同行するつもりだった。
肩に提げた袋には、女将が作ったおかずやお菓子、新鮮な果物などがズッシリと詰められている。両手に抱えた鍋には、シチューがなみなみと入っていた。今日は運の良いことに、シチュー作りの名人が宿屋で振舞ったものを分けてもらうことができた。
きっとセラが喜ぶに違いない。
たくさんの荷物を抱え、悪戦苦闘しながら鍵を開けようとしていると、足元へ『彼』が擦り寄ってきた。
「おかえり。君も今帰りかな?」
ご機嫌にゴロゴロと喉を鳴らす『彼』に向かって、ルックは声を掛ける。
『彼』を先に家の中に入れるべく、ドアを開いてやった。『彼』はほんの僅かな隙間をスルリと通り抜け、家の中に戻っていく。
『彼』に続き、ルックも家の中に入ろうとした。
その瞬間、中身を零さないよう細心の注意を払っていた鍋の重みが、ルックの腕から消える。
「……?」
不思議に思い顔を上げると、目が合った。ルックのすぐ隣で鍋を持ち上げたその人。
「――ギオン」
声を絞り出して名を呼ぶ。語尾が震えた。
その人は西日のように温かく、ルックに微笑みかけた。
「ただいま」
「ギオン、」
おかえりと言おうとして、声が詰まって、それから先が続かない。代わりにルックは、その人の肩に額を擦り付けた。
この人が帰って来るのは一体いつぶりだろうか。今日は三人揃って食卓を囲み、シチューを食べよう。
こんな日に名人のシチューが手に入るなんて、運が良いとしか言いようがない。
きっとセラも喜ぶに違いない。