幻水3
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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魔術師の島に雪が積もった日の話
白くくもった窓の向こう側は、すべてのものが真っ白だった。
草木も地面も白一色に塗りつぶされ、空もまた一面に分厚い雲が広がっている。雪は一向にやむ気配がなく、宙さえも白で埋め尽くそうとしているかのようだ。
昨日からちらほらと雪が舞ってはいたものの、一晩でここまで積もるとは思いもしなかった。
すべてを覆い尽くす雪と、厳しい寒さとに閉ざされてしまって、まるでこの塔に閉じ込められているような気分に陥ってくる。
雪の湿りを含んだ重たい空気を晴らす術など持ち合わせているはずもなく、ならばせめて鬱々とした気分をほんのわずかでも軽くできればと、ルックはこっそりため息をついた。吐いた息は白かったが、こちらを見ている者などどこにもおらず、誰に気取られることもないだろう。
「魔法の練習は、また天気のいい日にやればいいよ」
結露した窓にずっと張り付いたままの、少女の小さな背中に声をかけてやる。
本当なら、今日は彼女の魔法を見てやる約束だったのだ。魔力制御がだいぶ正確になってきたため、そろそろ実際に発動させて練習をするつもりだったのだが。今の彼女のコントロールでは、さすがに室内で、というわけにもいかないだろう。
妹弟子はあきらめ悪く、まだ窓の外を見ている。
(そんなに?)
少女が魔法の修行に熱心なのは知っていたが、予定が数日程度延びるだけで、そこまで残念がることがあるだろうか。
そう思ったところで、ルックはふとあることに気付く。
(ああ、そうか。もしかして、思い出してしまった――?)
あの地を思わせる積雪と寒さ。ここに来る前にいた場所のことを、彼女もまた思い出してしまったのかもしれない。
「セラ」
なるべく冷たく聞こえないように、と思いながら、妹弟子に呼びかける。今までにこんな気の遣い方をしたことなどあるはずもなく、うまくできた自信はまるでないが。
「はい、ルック様」
少女は白金の髪をほんの少しも揺らすことなく返事をした。
「窓辺は冷える。火を入れた部屋で本の続きを読もう」
「いいえ、ルック様」
きっぱりと返され、ルックは「ん?」と妹弟子の後ろ姿を見る。
「セラはもう少しお外を見ていたいです」
二度見したことで気付いた。
少女は魔法の練習ができなかったことを残念がっているわけではない。ましてや、降り積もる雪に過去の記憶を引き起こされたわけでもない。
白い窓に映るセラの瞳はあまりにキラキラとしていて、本当にただ純粋に、自分はこの雪景色を楽しみたいのだという思いがあふれ出していたのである。
(確かに、ここでの大雪は珍しいか……)
かつてデュナンにいた頃に大雪が降ったことがあった。あの温暖な地域においても、やはり雪が積もることはごく稀で。城の子どもやコボルトたちだけでなく、大人までもが珍しがってはしゃいでいたことをよく覚えている。
まだまだ幼いセラに、はしゃぐなという方が無理な話だろう。
(それに、セラがいくら北の生まれだといっても、雪遊びをするような環境にいたわけもないか)
外をよく見るためか、セラは窓に小さな手のひらをついていた。
窓を伝って、結露したしずくがツーと流れ落ちる。
ルックは妹弟子の耳に届かないように、再びこっそりと息を吐きだした。
冷え込みの強い窓辺で過ごして、手をびしょぬれにして冷たくしまうくらいなら、もういっそのこと――
小さな足跡が、ふかふかの雪の上に点々と残されていた。ところどころ、わざと足跡を増やすように、幾重にも踏み鳴らされた箇所もある。
ルックはその足跡をたどるように、ゆっくりと雪の中を進んだ。
住み慣れた場所で少女を見失うわけもなく、雪崩が起こるような地形でもない。それに、この寒さだ。魔物に遭遇するような心配もないだろう。遭遇したところで、島の低級の魔物程度なら、セラひとりでもどうとでもできるだろうけれども。
少女の思うままに雪の中で自由に過ごさせて、ルックは漠然と彼女の近くにいた。
どうやらセラは、低木の葉にこんもり積もった雪を振り落として遊び始めたようだ。キラキラと飛び散る雪に見入っている。彼女は大げさに笑いはしないけれど、口元が小さくほころんでいだ。
(この天気の中でわざわざ外に出ることもないだろうと思って、魔法の練習を延期したんだけどね)
思いながら、セラが地面に落とした雪をなんとなく拾い上げる。手持ち無沙汰だったのだ。手のひらに力を込めると、ふわふわの雪がキュッと固まった。溶けた雪がグローブにじわりと染み込んできて、ほんの少しだけ気持ちが悪い。
(意外と難しいものだね)
なかなか思ったような形にならなくて、雪を継ぎ足し継ぎ足ししながら、どうにか球を作り上げていく。
ルックが何かしていることに気付いだのだろう。向こうの方からセラが戻ってきた。
「ルック様、何を?」
のぞき込む少女の目の前で、小さな丸い木の実をふたつ見繕うと、雪の球体に埋めて見せる。
「もさもさ」
「もさもさ! か、かわいいです!」
本当はよく見る雪うさぎとか雪だるまなんかを作ろうかと試みたのだが、雪遊び初心者にはこれが関の山だった。
それでもセラは気に入ったようで、頬をピンク色に染めて目をキラキラと輝かせている。
「ええっと、セラも何か……セラも……」
少女は首を捻ってうなりながら、作るものを考えはじめたようだった。
妹弟子の作品ができあがるまでの間、ルックは今度こそ雪うさぎを作り上げようと思って、低木の上に残った雪を手に――取ろうとした、ところで。
雪がザワザワと動いて、ルックの手元から逃げ出してしまった。
「なに……?」
見ると、目の前の低木の上だけでなく、辺り一面の雪が意思を持った生き物のように動いている。
明らかに何らかの魔法だ。
雪は一点に集まり、渦を巻いて、大きな何かを形成しつつあった。ちょうどセラとルックの間だ。
「セラ――」
何が起きているのかはっきりしないが、取り急ぎ妹弟子の安全を確保して塔に戻るべきだろう。思って、ルックは少女の方へ駆け寄り、転移魔法を展開しようとする。
けれどそれよりも早く。
うごめいていた雪の動きが、背後でピタリと止まる気配を感じた。
(間に合わなかった……?)
相手は未知の存在だ。今ここで対峙して、果たして妹弟子をかばいきれるのかどうか。
(でも、やるしかない……)
覚悟を決めて、そっと後ろを振り返る。
そこには、大きな、見覚えのあるものがたたずんでいた。
「ん!?」
思わず二度見してしまった。あまりにも見覚えがありすぎたのだ。
「ルック様のクレイドールです!」
「は!?」
横から誇らしげな少女の声。
セラ――術者の指示で、雪のクレイドールは雪玉を作ると、あさっての方向に放り投げはじめた。なんとクレイドールと同じようなことまでできるらしい。
「雪でクレイドールを作ってみました。かわいいですね!」
「クレイドールというか、スノードール、だね……?」
一気に緊張がとけて、ルックは呆然としながら声を絞り出したのだった。
積雪のために延期した魔法練習以上のことを、こんなにも簡単にやってのけるとは。
どうやら妹弟子は、ルックが思っていたよりもずっと優秀な魔女のようだった。
窓の外から声が聞こえる。少年の声と、ずっと幼い少女の声。外は雪が積もって冷え込んでいるはずだが。
レックナートは窓の方へ向かった。
「本を置きっぱなしにして、何をしているのかと思えば……」
外では、魔法使いの少年と少女が遊んでいるようだった。ふたりは魔法を使いながら、雪をかたどったり、雪玉を投げ合ったりしている。
静かに窓を開ける。外の澄んだ空気と、元気な声が部屋に流れ込んできた。
「風邪をひかないようになさいね」
告げると、すぐさま明るい返事が返ってきた。
いつもはしんと静まり返っているこの塔で耳にすることのない、楽しそうな笑い声。
魔術師の島に珍しく雪が積もった、特別なある日のこと。
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