幻水2
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ハーブティーとムササビと恋愛小説、ごはん大盛りで。
ムササビがマントを着用して二足歩行で歩いたり、虫を追いかけて飛び回ったりしている、そんなデュナン城の、ある夏の朝。
「暇ねぇ……」
いったいどれだけ手持ち無沙汰なのだろう。無意味に石板の間の周辺をウロウロしながら、アップルがため息まじりにつぶやいた。
「軍師が暇なのは良いことなんじゃないの」
「そりゃそうだけど、暇なのよ。暇すぎて食べすぎて、体重増えちゃったのよ!」
「そんなの知らないよ」
ひまひまひまひま連呼するアップルの姿がチラチラ視界に入ってきて、非常に鬱陶しい。加えて、ムササビが一匹バインバインとそこらを飛び回っているし、外からはセミの鳴き声がミンミンミンミン聞こえてくるし、朝っぱらから勘弁してほしいものだ。暑いし。
完全に集中力を奪われてしまって、ルックは大きく息をついた。読んでいた本をパタンと閉じる。
「シュウに言いつけられた仕事は、放っておいていいの?」
「仕事はあるけど、でも暇なの!」
お偉方――マキノとシュウをはじめ、シーナにビクトールにフリックと、主に彼女と親しい連中が、揃いも揃ってトランに出かけているからだろう。
ハイランドとの戦況も、現在は比較的落ち着いている。もっともそうでなければ、軍の要人が揃いも揃って城を空けるだなんて、できるはずもないのだが。
おかげさまで、ルックもまたこの三日ほど石板守としての仕事に専念できている。石板は細かな塵ひとつ付着していないほどにピッカピカに磨き上げられ、足元には読了した本のタワーが築き上げられていた。つまり、ルックも十分すぎるほどの余暇を満喫している最中なのだった。
とはいえ。
(退屈しのぎで、いちいちここに来ないで欲しいんだけどな)
いつの間にかルックの読了タワーの頂上に鎮座していたピンクマントのムササビを退かしつつ、意味なくうろつくアップルを半眼で眺めていると――
「ルックくん、……あ、アップルさんも。あのね、ちょっと助けてくれるかな?」
ほんの少しも困ってなどいなさそうな、緊張感のない間延びした声で呼び掛けられる。
声の主はビッキーだった。
「なに? 珍しいね、どうしたの」
いつも城の同じフロアにいるものの、彼女には彼女の持ち場がある。ルックと話せる距離まで近付いてくるのは、滅多にないことだった。
(まさかビッキーまで暇すぎて食べすぎて困ってるとか言い出すんじゃ……)
思ってドキドキしていると、ビッキーはゆったりのんびりと話しはじめた。
「うん。えーっと……。ホウアン先生のところに運びたいなって思ってるんだけどね? 私ひとりじゃ動かせないかなーって」
要領を得ない話に、ルックは眉をひそめる。
それは、転移の魔法を手伝えということだろうか? まさか、ビッキーの魔力で動かせないほどの大物を、よりにもよってルックとアップルに腕力で運んでくれなどと頼んでくるはずもないだろうし。
「テレポートできそうにないの?」
アップルがもっともな疑問を口にする。
ビッキーは首を傾げてしばらくぽかんとしていたが、やがて「あ!」と大きな声を出して踵を返した。どうやら得意のテレポートという選択肢を忘れていたらしい。どうしたらそうなる。
「魔法を使えばいいんだよね。ごめんなさい、私ったら。何日もやることがなくてボーッとしてたから、急なことで全然頭が回ってないみたい。そこでナナミちゃんが倒れちゃったものだから……」
「は!?」
今度はルックとアップルが大声を上げる番だった。
声量に驚いたピンクのムササビが、慌てて外に飛び出して行った。
階段を駆け下りていくと、ナナミが壁に寄りかかってグッタリと座り込んでいるのが目に入った。
そばに寄り、様子をうかがう。
パッと見た限りでは外傷などはなさそうだが、ひどく顔色が悪かった。
「ナナミ、わかる?」
「……ルック、くん……? アップルちゃんも……。ごめんね、こんなとこにいるから、……みんな、驚かせちゃったね……?」
ルックはホッと息を吐いた。どうやら意識に問題はなさそうだ。
とは言え、明らかにいつもの様子と異なっている。なんとなくだが、瞳が潤んでいるようにも見えた。
ナナミはいつでも活気に満ち溢れた娘だった。それは夏の気だるい朝であっても変わらない。果たして本当に元気なのか、空元気なのか、それはルックには知りようのないことではあるのだが。
アップルが腕組みをして唸る。
「医務室に運んだほうが良さそうね」
「平気っ、大したことじゃ……、その、ちょっとだけ、めまい――」
「いくよ。えいっ!」
ナナミの話を遮って、ビッキーが即座に魔法を発動させた。
普段であれば『話を最後まで聞け』と叱りつけてやるところだが、今回ばかりはビッキーの判断が正しく思える。ゴチャゴチャと言い訳を並び立てて無理を通そうとする者の言葉など、最後まで聞く価値もないだろう。
ビッキーの性格をそのまま描き出したような、大雑把に組み立てられた雑な構成の魔法が展開されていく。けれども、有無を言わさぬほどに強大な魔力だ。
ルックは心地よさすら感じる大いなる流れの中に、身を任せた。
「――近頃眠れていなかったり、食欲がなかったりするのでは? 心労の症状に近いように見えます」
穏やかに告げるホウアン医師の言葉に、しかしナナミは何も答えなかった。医務室の寝台の上に腰掛け、毛布をぎゅっと握りしめている。おそらく図星なのだろう。
「栄養をとって、よく休むべきです。眠れないということであれば、神経を落ち着かせる薬を出しておきましょう」
「えっ、そんな、ホウアン先生の手を煩わせるようなことじゃ」
「最近は患者も少ないので、私もトウタも手が空いてるんですよ。すぐに調合するから、休んで待っていてください」
ホウアンはナナミの返事を待たずに、薬棚からいくつかの瓶を取り出した。トウタを呼んで、調合台へ向かっていく。
小さな弟子は、突如舞い込んできた仕事に目を輝かせながら、テキパキと支度にとりかかった。おそらく彼もまた、暇を持て余したうちのひとりなのだろう。
(ま、医師も軍師も暇な方がいいって言うし)
そんなことをぼんやり考えながら、調合の様子を眺めていると、医務室にそぐわない明るい声が聞こえてきた。
「ちょうど良かったじゃない。マキノが出かけている今のうちに、よく休んでリフレッシュしましょうよ」
「ナナミちゃんがどこかに行きたいなら、私がどこにだって連れてってあげるからね?」
「あら、いいわね。今日はよく休んで、明日は気分転換に出かけてパーッと遊びましょう」
アップルとビッキーがナナミの周りに腰掛けて、ワイワイと盛り上がっている。
無粋だとは思うが、ルックは一応釘を刺しておくことにした。
「シュウに言いつけられた仕事は」
「ナナミさんの心身の安寧を保つことは、ひいては軍主の心身の安寧を保つことにつながるんですぅー。これも大事な仕事なんですぅー」
アップルはシッシッと手を払うような仕草をして見せた。
「そんな。アップルちゃん忙しいのに……」と、ナナミの表情がくもりかける。
「いや。この人、シュウがいないのをいいことに、仕事サボり放題してて暇なんだってさ。嫌じゃないなら、付き合ってあげなよ」
ルックが言うと、アップルは口を尖らせ、ナナミはクスクスと控えめに笑い出した。
アップルがしばらくナナミに付き添うと言うので、ルックは医務室を後にして広い城内を歩いていた――もとい、彷徨っていた。
自分の持ち場以外に、レストランと風呂と便所の位置さえ把握しておけば生活には困らないため、他はほとんど気にも留めていなかったのだが、今になってルックは後悔していた。目指す場所は、つい先日マキノと一緒に行ったばかりだというのに、どうやって行ったのかまったく思い出せそうにない。
(畑って……どこだよ……)
建物の外にあるはずたろうと、外に出られそうな場所を目指して進むうちに、気付いたら屋上庭園に出てしまっていた。
(いや、さすがに屋上はないだろ)
花壇には様々な種類の花が植えられてはいるものの、これは畑とは言わないだろう。ルックが引き返そうとしていると。
「やあ、ルック。珍しいね」
こちらに向かって、にこにこと近付いてくる少年の姿があった。
少年の両腕には、白い生き物が抱きかかえられている。目が合うと、それは「キュウ」と声を上げた。
「やあ、ブライト。また少し大きくなったんじゃないか」
手を伸ばして、白い生き物のあたたかい頭頂を撫でる。
「……僕のことは無視?」
苦笑いを浮かべる少年の腕の中で、白い小竜が「キュウキュウ」とルックの手にじゃれついてきた。
「誰かに道を尋ねたかったんだけど」
言いながら、ルックは顔を上げて、小竜を抱く少年を見た。
「フッチじゃね……」
プッと半笑いで吐き捨てる。
すると、少年――フッチは「何だよそれ!」とプンスカ怒り始めた。
フッチがこの城に来て、まだそんなに月日は経っていない。ルックでも覚えていないものを、フッチが知っているはずがないだろう。そう思っていたのだが。
「――畑? 牧場の隣でしょ?」
ルックの話を聞くや、フッチはさも当然のように言ってのけた。
「ブライトを遊ばせるために、よく牧場を使わせてもらってるんだ。今日も暇だから、今から行こうかと思ってたんだよ」
ブライトをわしゃわしゃと撫で回しながら、フッチがニヤリと笑みを浮かべた。
「この城の大先輩のルックより、僕の方が詳しかったみたいだね」
「そう、ナナミさんが……。それは心配だね」
不本意ながらフッチ(とブライト)と並んで城を歩きつつ、ルックは肩をすくめた。
「心労のようなものだ、ってホウアン先生が言ってたから、一大事ってわけでもないだろうけどね」
寝付けないのなら、安眠作用のある香草のお茶でも飲んで、ゆったり過ごせばいいはずだ。トニーの畑には何でもあるから、摘みたての新鮮な香草をナナミに渡そうと考えたのだった。
「僕だったら――」
しばらく黙りこくっていたと思ったら、フッチは急に真剣な表情で話し始めた。
「ブライトのぬくもりがあると、よく眠れるんだ。ルックはその、ブラックのことも知ってるだろ? 実は僕、しばらく熟睡ができなくなってたんだけど。ブライトと会えてからは、よく眠れるようになったんだよね」
フッチの腕の中でブライトが声を上げて存在を主張する。
「まぁ、だからって、ナナミさんにブライトを貸し出しても仕方ないんだろうけど」
フッチはバツが悪そうに苦笑した。彼は、自分の体験談を口にしたところで何も変わらないと思ったのかもしれないが――。
ルックはハッと顔を上げた。
「それって……、アニマルセラピーとかいうやつじゃないか?」
「あ、確かそんなやつ! キニスンさんにすごく勧められたんだ。信頼関係が深ければ深いほど、効果があるんだって」
キニスンさんとシロの絆はすごいよね、と興奮気味に続けるフッチに、ルックは生返事をした。
以前、本で読んだことがある。動物の温もりには、気持ちを落ち着かせる効果があるのだそうだ。
(ナナミと信頼関係のある動物……)
「……――マキノ?」
思わずルックの口をついて出た名前に、フッチが目をまん丸にした。ルックは慌てて否定する。
(いやいやいや、それは弟だろ)
そもそも、ナナミの心労の原因はマキノにあるのではないかとルックは見ていた。ナナミはいつもマキノを気がけているからこそ、思い悩むことも多いのだろう。
勝手な憶測で部外者があれこれ口を挟むべきではないが、おそらくアップルも同じように考えているはずだ。だからこそ、彼女はマキノ不在の間の気分転換を提案したのだろう。
(と、なると――)
フッチの案内で、ルックはようやく城の外、畑のある区画に辿り着いた。
セミの声がけたたましく鳴り響く中に、バインバインとムササビが飛び回る効果音が混じっていた。
トニーに事情を話して香草の収穫を依頼すると、彼は夏の日差しの中、あっという間にたくさんの香草を摘んできてくれた。もちろんナナミを心配してのことなのだろうが、例によってトニーも時間を持て余しているうちのひとりだったらしい。
鎮静や安眠に効果のある数種類のミックスハーブ。一部はそのまま花瓶に挿して、いつでもフレッシュな状態で使えるようにしておく。残りはルックの風魔法で瞬時に乾燥させて、長期保存がきくようにしてから紙袋に包んだ。
それから――
(よし)
準備万端だ。ルックは網と籠を装備して、ザッ……と地面を踏みしめた。
これでムササビを捕獲して、香草と一緒にナナミに届けるという算段だ。
なぜかたびたびルックに近付いてくるピンクと、動きが鈍そうな黄色が捕まえやすそうではあるが、マキノとナナミは赤マントのムササビと幼馴染だとか何とか言っていた、ような気がする。
(狙うは赤だ)
旧知の仲の方が、いらぬ緊張を抱くこともないだろう。信頼関係が深いほど良いと、キニスンのお墨付きなのだそうだ。
「ルック、『外で過ごすならこれを被っておけ……』ってハンフリーさんが」
言いながら、フッチがルックの頭に被せてきたのは麦わら帽子だった。日差しの強い日の外作業などで、よく農夫や子どもが被っているようなやつだ。
フッチ自身もまた同じ帽子を被っていて、ルックと同じ網と籠を装備していた。
「ブライトが遊んでいる間、僕も全力で頑張るからね!」
フッチの瞳には決意の炎がメラメラと燃えている。とてつもないやる気だ。いったい今までどれだけ暇だったというのだろう。
ムササビのいそうな木陰を目指して、ルックはフッチと共に足取り軽く出発した。
暇を持て余していた中、急にやるべきことができて心躍らせているわけではない。断じて違う。そう、軍主の姉の心身の安寧を保つことは、すなわち軍主の心身の安寧を保つことと同義なのである。
◇
外のセミの声と暑さとは無縁の、静まり返った涼しい図書館にて。
「エミリアさん、本ありがとうございました。返却します」
ナナミは自室から運んできた大量の本を、まとめてドサッとカウンターに置いた。メキ、とかすかに木が軋む音がする。
「素敵な本だったでしょう? 続きも貸し出しできますよ」
エミリアは落ち着いた声で言いながら、柔和な笑みを浮かべた。
ナナミが続きをどうしようかと考えていると、後ろから「ナナミちゃん!?」と呼ばれ、振り返る。
「テンガアールちゃん」
その隣では、彼女の恋人であるヒックスが大量の本の山を抱えて、顔を真っ赤に染めて上腕二頭筋を震わせていた。
「ナナミちゃんが倒れたって聞いて、僕心配してたんだよ。休養のお供に、本の差し入れをしようかと思ってたんだけど……。もう平気なの?」
ヒックスが抱えている本をチラ、と見ながらテンガアールは続ける。
「やっぱり、まだ顔色が良くないみたい。ヒックスが部屋まで運んであげるから、ナナミちゃんは本でも読みながらゆっくり過ごそう?」
「ありがとう。でも、本はまた今度で……」
また今度で大丈夫。そう言おうとした瞬間に、ヒックスの抱えた本の山が雪崩を起こして、図書館のカウンター前にバサバサと散らばってしまった。
結局テンガアールに押し切られる形で、ナナミの部屋(というか軍主である弟、マキノの部屋)の机には、未読タワーを築かれてしまった。
先ほど図書館で返却した長編恋愛小説は、ナナミにとって刺激的な娯楽だった。予定さえなければ、いつまでだって読んでいられる。だからこそ、今ここで新たな長編ものに手を出してしまうわけにはいかないだろう。
先程アップルとビッキーと約束をした通り、明日は皆で出かけてパーッと遊ぶという予定ができたのだ。今日はしっかりと体を休めておいた方がいい。
(みんなにまた心配かけちゃうといけないからね)
誰にも言えるはずがなかった。
この三日間、マキノがいないのをいいことに、食事も睡眠も疎かにしながらひたすら恋愛小説を読み耽っていた。そんな恥ずかしい理由で、めまいを起こした挙げ句、医務室に運び込まれただなんて。
マキノがいれば食事は一緒に摂るし、マキノの就寝時間に合わせて灯りを消すのだが、ひとりになると途端にだらしなくなってしまう。
お姉ちゃんとしてあるまじき行為だった。マキノが戻る前に、生活リズムを元に戻しておかなければならない。
ひとり静かな部屋で寝台に体を横たえていると、猛烈な眠気に襲われてくる。ホウアンにもらった薬が効いてきたのかもしれない。
(このまま眠っちゃおうかな……)
そんな考えが頭をかすめたところで、ナナミは慌てて飛び起きた。
(ううん、駄目! 今日はまだ朝ごはんも食べてないのに!)
あくびを噛み締めて、目尻に滲んだ涙を拭う。
時刻はすっかり正午を回っていた。
昼時のレストランは混み合っていて、テラス席しか空きを見つけられなかった。日差しが多少きついが、こればかりは仕方ないだろう。
席に座ってメニュー表とにらめっこをしていると――
「ナナミさん、倒れたばかりなんだから、そんな暑いところにいちゃダメよー! 特等席に焼肉定食ごはん大盛りで準備したから、涼しいところでゆっくり食べていってよー!」
と、レストランの方からハイ・ヨーに大声で呼ばれる。
あちこちから「倒れたの?」「大丈夫?」と声が飛んできて、顔から火が出そうだった。
そそくさと屋内に移動しようとしたところで、テラスの下から少年たちの声が聞こえてきた。覗き込むと、網と籠を持った麦わら帽子の少年がふたり、あれこれ言い合っている。虫取りでもしているのだろう。
(ふふ、楽しそうだなあ)
ワクワクする気持ちがこちらにまで伝染して、ナナミは大盛り定食を楽しみに、レストランの特等席へ軽やかな足取りで向かっていった。