幻水1
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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うちのリーダーは一生ルーレットを廻してる
もう、いったい何度目になるだろうか。
ルックを取り巻く世界はかなりのスピードで回転し、次第にゆるやかになってきたかと思えば、やがてピタリと動きを止める。一度や二度なら仕方のないことだと割り切ろう。しかし――
(そろそろ吐きそう)
数え切れないほどの高速回転で、ルックの三半規管はすでに限界を迎えつつあった。
周りを見ても、誰しもが顔色が悪く、ルックと似たりよったりな状態のようだ。
リーダーの護衛の女戦士なんて、三回回った頃から一切口を開かなくなってしまっている。際限なく湧いて出るモンスターを淡々と燃やしているが、完全に目がキマっていて、ルックがゾッとするほどだった(彼女に火の紋章を授けたのはルックの師だが、果たして本当に紋章を渡して良かったものかと心配になる)。
こんな最悪なコンディションでの戦闘は地獄だ。もういい加減終わってもいいのではないか。今回は『モンスター』じゃありませんように、あわよくばここから先へ進めますように、と切実な願いを込めて、リーダーの視線の先を辿っていく。
ルーレットは『?』を指していた。
「はい。ルックにあげるね」
リーダーもまた疲弊しきった様子で、運の紋章片をこちらへ寄越してくる。
ルックの荷物にも、同じものがたくさんあった。あとは申し訳程度の装備品と、ここで入手した竜印香炉だけだ。
「もう荷物がいっぱいだよ」
ルックが首を横に振ると、リーダーは「え? 使ってないの?」と驚いた顔をした。
ルックはお世辞にも運が良いとは言い難い。リーダーが運の紋章片をルックに使わせようとするのもそのためだ。はじめは逐一使わせてもらっていた。それでも、ここまで大量に入手し続けると、ありがたみというものがすっかり消え失せてしまう。
「いちいち使うのがめんどくさいんだよ」
「ええ……。減らしとかないと、おくすりを捨てることになっちゃうじゃないか」
「そんなの、僕知らないし」
と、そっぽを向いてみたところで、捨てられたおくすりの山が視界に入ってくる。これだけ量があれば、そこそこの値がつくはずだ。もったいないが、全員手が塞がっているので、諦めるしかない。……しかし、もったいない。ルックは思い直して、紋章片大量消費にとりかかることにした。
「ねぇ、このルーレットはまだ続くの? 僕もう飽きたんだけど。そういえば君、チンチロリンも勝てなくて、トラン湖渡るのにもすごく苦労したって言ってたよね? そんなに勝負事に弱いの? リーダーがそんなんでいいの? 運の紋章片、君が使った方がいいんじゃないの? やっぱり返そうか?」
ちまちまと紋章片を減らしながら話しかけると、なぜかリーダーはシクシク涙を流し始めてしまった。
「おいおい、そこまで言ってやるなよ」
「ル、ルックくん、坊ちゃんも本当は早く終わらせたいと思ってるんですよ……」
熊男とリーダーの従者はそう言うが、このままでは一生ルーレット上で回り続けることになりかねない。ルックとリーダーは紋章の影響で老衰することはないが、彼らはそうはいかない……いや、その前にここの主人が帰ってきて、そこでジ・エンドか。
いつまでもこうしてはいられないだろう。現実的な対処法を考えなくては。そもそもの話、馬鹿正直にルーレットに挑む必要などあるのだろうか。目的はこの先にある銘刀、キリンジのはずだ。
ルックはリーダーの得物にチラリと目をやった。
「ねぇ、このルーレット、飛び越せないの? 君の武器を床についてさ。それ、『伸びろ』って言えば伸びたりしそうじゃない?」
「竜牙棍にそんな便利機能は搭載されてないよ」
「じゃあ、思いっきり助走付けてジャンプすれば? 君、運動能力なら自信あるんじゃないの? 知らないけど」
「いやいやいやいや、結構な距離あるぞ……」
「しかし身軽な坊ちゃんなら、あるいは……」
皆それぞれに「うーん」と考え込み始める。
ルック持ちの紋章片が残りわずかになってきた頃、リーダーが顔を上げた。
「このままじゃ埒が明かないし、一度試してみようか」
リーダーはルーレット部屋の入口よりまだ後ろに下がって、助走距離を十二分に確保していた。
「それじゃ、いくよ」
「坊ちゃん、お気をつけて!」
棍を預かった従者は、元気いっぱいに声援を送っている。
ルックもまた心の中で祈った。さっさと終われ、と。
全員の期待に満ちた視線を一身に受けながら、リーダーが足を踏み出した。彼はたった数歩でグンと加速すると、皆の前を突っ切って部屋を一気に駆け抜ける。左のつま先がルーレットに差し掛かる寸前で、ダン! と大きく床を踏み抜く音が響いた。
「行けー!」
「坊ちゃーーーん!」
赤い衣が軽やかにルーレットを跳び越えていく。バンダナが風に乗ってはためいた。
その場にいた誰もが、まばたきもせずに見守った。もしかしたら、まばたきどころか呼吸まで止まっていたかもしれない。
必死の祈りが届いたのか、あるいはリーダー自身も早く終わらせたくて必死だったのか。彼の右のつま先が、ルーレットの向こう側の床に着地する。
そしてワッと歓声が上がったその瞬間――
「わっ」
リーダーはヨロヨロとバランスを崩して、ルーレットの上に尻もちをついたのだった。
無情にもルーレットが回り始める。
「あああああああ……」
リーダーは立ち上がることもできずに、グルグルと何周も高速回転した。ようやく止まったかと思うやいなや、運悪くモンスターが呼び出され、あれよあれよと言う間に彼は取り囲まれてしまう。
「げっ……。グレミオ、棍!」
「ま、待って、待ってくださいね、坊ちゃん! 今すぐ!」
ルーレット上で体勢の整わないリーダーと、ルーレット前で主の武器を持ったままの従者とが、わたわた慌てふためいている。彼ら二人の間にモンスターがいるというのに、悠長に武器を受け渡していられるはずがない。
「ちょっと退いて!」
言いながら、ルックは全速力で魔力を集中させた。従者を退かせてから、飛び出すようにルーレットに近付く。
「切り裂き!」
モンスターたちがリーダーに襲いかかるすんでのところで、ルックの風魔法が吹き荒れる。すべてのモンスターを一網打尽にし、あとに残るは殺傷能力の削がれた心地良い風のみ。
「間に合っ……」
ふぅ、とルックが気を緩めたその瞬間。風に煽られて、ルックの体が大きく傾ぐ。ルーレット酔いでバランス感覚の死滅していたルックは、なすすべもなく派手に転倒したのだった。それも、ルーレットの上に。
「あああああああ……」
いったい何度目になるだろうか。
ルックは泣きそうになりながら、リーダーとふたり、ルーレットに振り回された。遠心力で吹き飛ばされないよう、必死に床にかじりつく。視界がグルグル回るのがあまりにも不快で、ルックはギュッと目を閉じた。
気持ち悪い。気持ち悪すぎる。
今モンスターに出てこられたら、自分では対処できないだろう。そしてルックの不運さをもってすれば、モンスター出現不可避だろう。そんなことを漠然と考えながら、ただただ床が止まるまでをやりすごす。
永遠とも思えるほどの時間を耐え忍んでいると、ふと暗闇の向こう側から名を呼ばれたような気がした。ルックがそっと目を開くと――
「やったよ、ルック!」
星みたいにキラキラと輝く瞳が、こちらを覗き込んできている。目の前で、リーダーが喜び溢れる笑みを浮かべていた。
「なに? いったい何が……」
彼が指差す先。ルーレットの示す先が、ゴールを向いていた。
「ミラクル?!」
思わず声を上げて立ち上がる。その拍子に荷物の中から何かが転がり落ちた。
リーダーがさっと屈んで拾い上げる。
「はい」
既視感を感じる。彼に手渡されたものは、やはりと言うべきか、運の紋章片だった。
嫌と言うほどに大量消費を強いられた紋章片。その甲斐あって、ルーレット運までもが上昇していたというのだろうか。
(そんなことある……?)
ルックは半信半疑のまま、リーダーと共におぼつかない足取りで奥の部屋へと歩みを進めていったのだった。
なんにしても、ルックの涙ぐましい努力(?)のおかげで、地獄のルーレット屋敷は脱出できるというわけだ。
ふと、リーダーが銘刀キリンジを手にしたそのとき。
(最初っから僕の魔法でここに転移してしまえば良かったんじゃないか)
そんな考えがルックの脳裏をよぎった。
けれどそれは、胸の内にそっとしまい込んでおくことにする。