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ストームフィストでのムラード先生とリヒャルトの話
「前にも、この景色を見たような気がするなぁ〜」
胸元の傷口を綿紗で思いっきり圧迫されながらも、処置台の上の少年は、にこやかにそんなことを口にした。
「気のせいではないですね。闘神祭のとき、私がここで確かに治療しましたから」
「あ。やっぱりそうです? 前にここでミューラーさんに叱られた気がしたんだ。そうそう、『滝に打たれてこい』って言われたとき!」
あはは、と楽しげに笑う少年。
闘神祭では薬を盛られ、今回は一騎打ちでの負傷。それも、烈身の秘薬なるものを服用した、もはや常人の域を逸脱した暗殺者との一騎打ちだ。
正直なところ、剣王やら剣聖やら言われても今ひとつピンとこないが、ゾンターク王子殿下はどうしてまたこのような危うい少年に一騎打ちをお許しになったのか。
戦いには勝ったようだが、大勝利と言うには傷が深い。
ムラードは怪我人に悟られないように、小さくため息を漏らした。
ある程度止血に目処がついたら、今度は傷口を消毒してたっぷりの薬を塗布してやる。続いて、横たわっていた少年を起き上がらせようとすると、彼はすんなり軽やかに身を起こした。刀傷が痛まないはずがないのに、少年はあいも変わらずケロッとしている。もしや彼には痛覚がないのではないかと疑うほどだ。
(しかし、そうではない……)
彼に欠落しているのは痛覚ではなくて、おそらく自愛だ。自身にまるで執着がないために、傷を負うこと、痛みを感じること、また、その先にちらつく死でさえも、恐れの対象ではないのだろう。それどころか、何とも思ってすらいない――そんな風に見受けられる。
しかしそれでは、我が身を顧みずに『烈身の秘薬』を用いる幽世の門とかいう連中と、どう違うと言うのか。
「余計なことだと承知の上で、軍医として尋ねます。あなた、わざと負傷しましたね?」
ムラードは幾重にも重ねた綿紗の上から包帯をきつく巻き付けながら、掴みどころのない少年の目をしっかり見据えた。
対する少年は、ふんわりと微笑み返してくる。
ムラードは目がギョロリと大きく、この目でまっすぐに見つめていると、ほんの少しでもやましい気持ちのある者はだいたいたじろいで見せるものなのだが。
「またミューラーさんが叱りに来てくれたら嬉しいなぁと思って。いやぁ、さすがは軍医さんですね。こんなに簡単にバレちゃうなんて」
おかしいと思ったのだ。若くして剣の達人と言わしめるほどの手練。よほどの大振りでもしない限り、懐に傷を負うことなどないだろう。相手が常人ではないとしてもだ。
「あっ、ミューラーさんには黙っていてもらえませんか? 叱られるどころじゃないかも」
「医師は無闇に患者の秘密を漏らすものではありませんよ。ただ、必要と思ったときには、そうさせてもらいますが」
「えぇー、なにそれ? じゃあ、今はその、『必要と思ったとき』ってこと?」
少年の声音はちっとも困ってなんていなさそうで、むしろ面白がっている風な響きを含んでいた。
「それは今後のあなた次第ですね」
言うと、少年はよくわからないといった風に小首をかしげる。
「考えてもみてください。あなたが保護者に駆けつけて欲しくて負傷をしたとして、万が一命を落としてしまったとしたら――」
「致命傷にならないように加減はしてるから、そうそう死なないと思うけど」
「万が一の話です」
ムラードは今度こそ隠しもせずに、大きくため息をついた。そんな機微は彼に何ひとつ伝わりはしないのだろうけれども。
「万が一、あなたが命を落とした場合。あなたの元に駆けつけた保護者に、会うこともかなわないわけです。あなたを叱りに来てくれたのだとにしても、あなたはそれを知ることさえできない。それでは本末転倒だと思いませんか」
そこまで告げたところで、少年は「確かに」と、ようやく何かしら考え始めたようだった。
ほんの少しでも伝われば良しとしよう。
彼には、自らを大切にするよう説いても無駄だろう。ならば、彼の行動の先にある目的、保護者の存在を利用させてもらうしかあるまい。
ムラードは胸をなで下ろした。隠そうが隠さなかろうが、この少年には一切関係なさそうなためもうどうでもよいのだが、端から見れば、あからさまに緊張を解いたことが見て取れたことだろう。
「あなたにいい知らせがあります」
キョトンとした表情で顔を上げた少年に、医務室の外を指してみせる。
「あなたの保護者が、外でお待ちですよ。死なずにこの知らせを聞けて良かったと思いませんか」
「もしかして……」
興奮した幼子のように頬を紅潮させると、少年は大急ぎで扉に向けて駆け出していく。
「ミューラーさーーーん!」
ゴン、と扉が何かにぶつかる派手な音。
「あ。」
「何しやがる、このボケが!」
ぶつかった衝撃で半分ほど閉じた扉の向こう側では、鼻頭の赤くなった大男が睨みをきかせていた。
「ミューラーさん、僕はこの通り無事ですよ! 会えて嬉しいです!」
「うるせぇ、俺が無事じゃねぇ!」
大男の鼻からパタパタと鮮血が垂れ落ちる。
にわかに騒がしくなった医務室。少年はいまだ大はしゃぎで保護者にじゃれついている。
ここから先は、彼もむやみやたらに命を危機にさらすような真似はしなくなるのではないか。理由が何であれ、ムラードの話を聞くことで、今後彼が負傷する可能性を少しでも下げられたのであれば、医師としてこの上ない成果を残せたと言えるだろう。
大男に鼻血止めの処置を施しながら、ムラードは大きな目を笑みの形に緩めたのだった。