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ロッテの猫を探す話 1
「ミナー。ミナー、どこにいるのー?」
と、呼んでみたところで、ミナが素直にロッテのもとへ戻ってくるはずがなかった。
なぜならロッテのすぐ隣では、きれいな顔をした魔法使いが、どす黒い瘴気を全身からモウモウと立ち上らせているからだ。
猫とは、そういった目に見えない『何か』を敏感に感じ取る聡い生き物だ。おそらく、人間よりもずっと。
ロッテの猫、ミナもまた、大変賢い子だった。自ら危険そうな場所に出向くはずもない。
「絶対見つけ出してやる、あの泥棒猫」
「そんな昼ドラみたいなセリフ言う人、初めて見たよ……」
「昼ドラって何。そんなことより、さっさと探しなよ。君の猫だろ」
催促されて、ロッテはこっそりとため息をこぼした。そして、まったく感情の込もっていない声で、再度「ミナー」と棒読みにしてみる。
この声に何かしらの気持ちを込めるとすれば、「どうか出てきてくれるな」という願いくらいだろうか。
ロッテとしては、最初っからミナを見つけるつもりなどなかった。相手がいくら絶世の美少年とはいえ、こんなに不機嫌な状態の魔法使い――ルックの前に、ミナを連れて来ようだなんて微塵も思えない。ただ、ルックの機嫌が悪いままだと何かと面倒くさいので(いつまでもグチグチ言われるし)(魔法兵団の仕事を押し付けられるし)、適当に合わせて、少しの間だけミナを探すふりをしてやっているのだった。
しばらくの間、そうやってふたり並んでトラン城の内部を歩いていると、奥の廊下からこちらの方へやって来る少年の姿が見えた。
少年は緋色の衣をまとっていて、漆黒の髪を深緑のバンダナでまとめている。ロッテと同じか少し上くらいの年頃の男子。彼こそが、このトラン城の主、ギオン・マクドールだった。
ギオンはこちらの姿を認めると、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「やぁ。ふたり揃って珍し――」
「ねぇ、ギオンさん、ミナを助けてくれない?」
「ねぇ、ギオン、ロッテの猫を見つけてよ」
ギオンの言葉を皆まで聞かず、ロッテは食い気味に助けを求めた。まさか全く同時に、ルックまで喋り出すとは思っていなかったが。
「な、何? どうしたの……」
困惑した様子でギオン。
「ミナがルックくんにお仕置きされちゃいそうなの!」
「あの猫、貴重なもっさもさの毛を盗んでいったんだ!」
またもや同時に喋り、言葉が完全に被ってしまった。ロッテは魔法使いの少年を睨みつけた。
ルックもまた、こちらを睨んでいる。
「大事な資材をその辺に置いておくのが悪いんじゃない!」
「勝手に部屋に入ってくるなんて思わないだろ!」
「扉を閉めておけば、こんなことにはならなかったでしょう!?」
ギオンは「まぁまぁ」と言いながら、ふたりの間に入ってくる。圧倒されつつも、ロッテとルックをどうにか仲裁しようと考えたらしい。
「えーと。ふたりとも、ひとまず落ち着こうか」
ゆっくりと慎重に言葉を選ぶような話し方だ。
「もさもさの毛がなくなっちゃったんだね。それなら、みんなで一緒に取りに行こうか。ルックんちにいっぱいいたじゃない」
「もさもさじゃなくて、もっさもさ!」
短気なルックが、ガッと噛み付くような声を上げる。
「ぜんっぜん違うし、それにあんな雑魚を人のペットか何かみたいに言わないでよね!」
「……違うのか」
それはどっちに対しての「違う」なのだろう。ギオンがもさもさをルックのペットだと思っていたのなら、かなり可笑しい。吹き出しそうになるのをこらえつつ、ロッテは彼らのやりとりをただ眺めた。
「この辺にいないから困ってるんだろ。南の方でもかなり希少な魔物だよ」
「うーん。それなら、ミナを見つけて返してもらうしかないよね」
「えーっ!」
今度はロッテが声を上げる番だった。
向こう側でルックがニヤリとほくそ笑んでいるのが見える。なんということだ。ひどく腹立たしい。
「だってミナを見つけたら、ルックくんにお仕置きされちゃうじゃない!」
大事な愛猫を守るべく、ロッテは必死に抗議した。
この性悪魔法使いのことだ。猫相手に正座させてお説教だとか、バケツを持って立たせておくとか、そういった愉快な怒り方をするとはとても思えない。
「そりゃ怒るに決まってるじゃないか!」
「もっさもさの代わりにミナの毛を使おうとか思ってるんでしょ! ミナを丸刈りにするつもりなんだ!」
「猫毛なんていらないよ! 君のローブにもたっぷり付いてるだろ! その辺の埃と変わりやしない!」
「ひどい! なんて失礼なの!」
ふたりの間でギオンが大きく溜息をついた。
「あのさ、ふたりとも――……あ。」
言いかけて、ギオンが言葉を止めた。ある一点をじっと凝視している。
「あ?」
ロッテはギオンの視線の先を追っていった。この辺りは確か軍のお偉方の部屋が並ぶ一帯だが――
「あーっ!」
ロッテがここに在るべきでないものを見つけて叫びそうになったのとまったく同時に、隣の少年魔法使いが大声を出す。
三人の目線の先には猫がいた。白と茶と黒の三毛猫。ロッテが誰よりも長い時間をともにしてきた愛猫、ミナだ。
ミナはこちらに視線を向けた――というよりも、ルックの剣幕に驚いてギョッとしながら瞳孔を大きくした。口には生成り色のぶっとい毛束をくわえている。
「ミナ、逃げてー!」
ロッテは必死になって悲鳴を上げた。
「もっさもさの毛ってあんなに大きいんだね」
ギオンがまったく見当外れなことを言って呑気に感心している。
「見つけた! この、泥棒猫!」
ルックの怒声が響く。
「いや泥棒猫て。どこのサレ妻……?」
ギオンは依然として場違いな言葉を漏らしたが、それに関してはロッテもまったくの同意見だ。
しかし頷くロッテはもとより、ギオンにさえ目をくれず、ルックはミナを威嚇した。
(猫みたい……)
我ながら、ギオンに負けず劣らずの場違いな考えが脳裏をよぎる。こころなしか、ルックの全身の毛が逆だっているような気がするし、なんなら耳はギュンと立ち上がり、尻尾も極太になっているような気さえしてきた。そんなものありはしないが。
ルックに威嚇されたミナは、勢いよく手近な部屋へと飛び込んでいった。無論、もっさもさの毛束はくわえたままだ。
「待て!」
「あっ、ルック、いけない!」
今の今まで呑気にしていたはずのギオンが、急に顔色を変えて静止をかける。
けれど、目を血走らせた美少年はそれを振り切り、扉が開きっぱなしの部屋に向かって、お世辞にも早いとは言えない速度でドタドタ駆け出していった。
「あああ、止めないと……」
「そうだよ、一緒にミナを助けよう!」
「いや、そうじゃなくて。あの部屋、マッシュの部屋なんだよ」
ロッテと並んでルックのあとを追うギオンの顔色がやたらと青い。
「ほんの少しイタズラしただけでもめちゃくちゃ怒られるのに、もしも大事な書類を荒らしてしまったら大変だ……!」
「イタズラして怒られたことがあるのね?」
「マッシュのスペアのコートに、ゴールドのスパンコールを縫い付けて鱗状にデコってみたんだ。……足の感覚がなくなるまで正座させられたよ」
「なんでそんなことしちゃったの? サンバなの? マシュケンなの?」
くだらないイタズラでギオンがこっぴどくお叱りを受けたのは自業自得だと思うが、重要書類の汚損となるとお説教程度では済まされないだろう。ミナは猫だから怒られないにしても、ロッテは飼い主として責任を問われるかもしれない。
ミナとルックを止めねばなるまい。もとよりルックを止めてミナを助け出すつもりだったが、ロッテは決意を新たに部屋の中に踏み込もうとして――
その場に立ち尽くすしかなかった。
すぐ隣のギオンに至っては、半泣きになりながらガックリと膝をついている。
「遅かった……」
ミナはいい。猫だから、障害物を動かすことなく軽やかに部屋中を駆け回っている。
問題はルックだ。運動神経の壊滅しているルックは、ありとあらゆるものに体当たりをかまして散らかしながら、ひたすらミナを追いかけ回している。
おそらく軍師のデスクに積まれていたと思われる重要書類たちは、踏まれ、破られ、グシャグシャになって部屋中に散乱していた。ほんの少しであれば、元通りにして証拠隠滅を図ることもできただろうが、とてもではないがそんな量ではない。
ロッテは覚悟を決めると、ギオンを立ち上がらせるべく手を差し出した。
「ギオンさん、見つかる前にミナを連れて逃げよう? 部屋を荒らしてるのは主にルックくんだよね!?」
「それはそうだけど。でも、もう、遅い、かも……しれな……い……」
ギオンの目尻からツーと一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
途端、背筋が凍りつく。
あまりに強大な殺気を背後に感じて、ロッテは恐怖のあまり振り返ることさえできなかった。怒り狂ったルックの放つ瘴気なんて、この禍々しさに比べればずいぶんと可愛いものだ。
「おや、お揃いで。どうされました?」
後ろから聞こえる丁寧なはずの言葉が、突き刺さるかのようにとげとげしく感じられる。
もうだめだと悟ったその瞬間、ロッテの頬を冷や汗がたらりと伝っていった。
ああ、こんなことになる前に、不機嫌なルックなんて無視して、ミナを連れてさっさと城の外に避難していればよかったのに……
なんてことを考えても後の祭りだ。
目の前では、すべてお構いなしというように、ミナとルックの大運動会が繰り広げられていた。
元はと言えば、ルックが部屋の扉を開きっぱなしにしていたのが悪いのだ。そのせいで、ミナは部屋に入ってもっさもさの毛を見つけてしまった。
さらに運の悪いことに、マッシュ軍師の部屋の扉までもが開きっぱなしになっていた。部屋の前でルックに見つかったミナが、逃げ込むのは避けようがないだろう。不可抗力ではないか。
「どうしてこのお城の人は、ちゃんと扉を閉めてくれないのー!」
ギオンの隣に崩れ落ちながら上げたロッテの泣き声は、トラン湖中に響き渡ったとかなんとか。
ことの発端。そもそもミナが城内を自由にうろついていたのは、ロッテの部屋の扉が開きっぱなしになっていたせいなのだが――、それについては他言無用である。