ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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朝は美しい方がいい
噛み殺しきれずに大あくびが漏れ出て、じんわりと視界がにじむ。腕を持ち上げるのさえ億劫に感じながら、ルックはゴシゴシと目尻を拭った。
「どうしたの? あくびなんて珍しいね。体調でも悪いの?」
大きくてまんまるな瞳に覗き込まれて、ルックは内心驚きながら声の主へ目を向けた。
ビッキーだ。彼女の持ち場は階下のはずだが、いつの間にか階段を登ってきていたらしい。
今の今まで気が付かないなんて、とルックはため息をこぼした。
「ちょっと夢見が悪くてね……」
明け方に変な夢を見たために、全くと言っていいほど熟睡感がなかったのだ。いまだに夢の記憶に脳内を占拠されていて、夢と現実の境界が曖昧になってしまったかのような感覚だった。まだ頭がぼんやりとしている。
ルックが見たのは、『マキノをフッチに寄せようと試みる』夢だった。
夢の中のマキノはいつもと同じ色の赤い服を着ていたが、なぜかスカーフをフッチみたいに横向きで結んでいた。スカーフが回ってしまったのか、何なのかは知らない。もしかしたら夢の中のルックがいたずらをして、そうなったのかもしれない。しかし、なにせ夢の中のことだ。確かなことは何も言えなかった。
そして、マキノは普段肩を丸出しにしているのに、ほんの少し隠れる程度に布の面積が増えていた。布の面積といえば、下衣の丈も長く、一見するとフッチの色違いのような格好だったのだ。
意味がわからないが、そこでルックはマキノをフッチに寄せてみようと考えた。マキノの頭飾りの左右にヒイラギコゾウをくくりつけ、腕にはビッグフロッグを抱きかかえさせる。どう見ても頭のおかしな格好なのに、無理やりフッチに寄せたマキノのシルエットに、ルックは多大なる達成感を覚えたのだった。
(そして何だっけ……マキノを知らない名前で呼んでた気がするんだけど……忘れたな。何にしても、意味がわからなすぎる)
考えたところで、夢に意味なんてないだろう。これ以上思い出そうとしたり、何らかの意味を見出そうとしても、時間の無駄にしかならない。
「お熱が出たときに、へんてこな夢を見ることはあるけど……。ルックくん、本当に大丈夫? お熱があるんじゃないの?」
ビッキーは首をかしげて、本当に心配しているのかしていないのかよくわからないような、間延びした喋り方でそう言った。
「熱、はないと思う」
風邪をひいているような感じもなく、寝不足という以外の不調はまるで感じない。
(風邪。そういえば……)
夢の記憶が再びルックの脳裏に蘇ってくる。
偽フッチみたいなマキノと一緒に、ナナミも夢に出てきた。彼女はマキノと逆で、衣の布面積が明らかに減っていた。お腹も肩も丸出しで、ルックは夢の中で「そんな格好をしていたら、風邪をひいてしまうよ」とたしなめたのだった。誰がどんな服装をしていて風邪をひこうが腹を下そうが、ルックには関係のないことだというのに。
(服なんて好き好きだろ。僕だって、いくら防御力が高いからってフルアーマーなんて着たくもないし……)
と、またあの奇妙な夢のことで思考し始めていることに気付いて、ルックは軽く頭を振った。
意識を現実に引き戻さなければ。思いながら、今目の前にいるビッキーへと焦点を合わせたところで――
「ちょっと、なんでそんな格好してるの」
ルックは不機嫌な声を発した。こめかみの辺りがピクリと引きつる。
人の服装に口出しするつもりなんて一切なかったが、これは言わざるを得ない。
ビッキーはこともあろうに、ローブの肩口を胸元まで大きく開いていた。更にロングスカートには腿まで大きくスリットが入り、両足が丸見えになっている。いつもきっちりローブを着込んでいるあのビッキーが、だ。
ナナミといいビッキーといい、いったい何なのだろう。こういった露出の高い服装が、女子の間で流行っているというのだろうか。いや、ナナミは夢の中の登場人物なので、関係ないか。
問題はビッキーだ。
「そんなに体を冷やすなんて馬鹿じゃないの! 君が風邪でもひいたら、こっちが困るんだよ!」
死活問題だ。無論、ミステレポート的な意味で。
ルックの説教に、ビッキーはワンテンポ遅れてからフワリと笑みを浮かべた。
「なに笑って……」
「ふふふ。ルックくんって優しいんだね。そんなに小さいのに」
「小さい?」
今度はルックが首をかしげる番だった。眉根を寄せて、ニコニコと微笑むビッキーを
………………。
(見上げてる?)
ルックはもう一度首をかしげた。
解放軍にいた頃はまだルックの方が小さかったが、同盟軍に来た時には既に彼女の背丈を超えていたはずだ。
違和感を覚えて、ぐるりと辺りを見渡す。約束の石板がやけに大きい。城の守護神マスコットのうさぎちゃんが、とんでもなく遠くに見えた。
(僕が縮んでる?)
見慣れぬ色のアームカバーを付けた腕が、やたらと短い。広げた手のひらをじっと見つめる。明らかに、小さくなっていた。
「僕、こどもになってる!?」
悲鳴じみた声を上げたところで――
ルックは自分が寝台の上に横たわっていることに気付いた。よく知っている、デュナン城の自室の寝台だ。
天井に向かって腕を伸ばしてみる。いつものローブを纏った腕ではないが、着慣れた寝間着を身に着けていて、いつもと同じ大きさの手の甲が見えた。同盟軍に籍を置く、齢十七のルックのそれだ。
「変な夢……」
妙にリアリティがあるのにどこか現実離れした、そんな夢。
噛み殺す努力をする気さえ湧かず、ルックは大きな大きなあくびをした。
階下のビッキーがいつものローブをきっちりしっかり着込んでいるのは既に確認済みだ。
ふと、 向こうの方で「マキノ〜!」と元気いっぱいな声が聞こえた。
ナナミだ。彼女もまたいつもの服を着込んでいる。変に露出の高い服ではなく、拳法着と普段着の中間のような服だ。
しかし、彼女の視線を追っていったところで――ルックはギョッとした。ナナミに呼ばれて振り返ったマキノのスカーフが、ルックの夢と同じく横結びになっていたのだった。
(僕はまだ夢を見てる……?)
頬をつねってみたが、痛覚は正常だ。しかめっ面になりながら、ルックはもう一度マキノとナナミへ視線を戻した。
「も〜! だらしないなぁ。スカーフ回っちゃってるよ!」
言いながら、ナナミはマキノのスカーフを結び直す。
「ムクムクに回されてたみたいだ。ありがとう」
マキノはニコリと微笑んでナナミに礼を言った。彼の腕には赤いマントのムササビが抱きかかえられていた。
そうだ、こうでなくては。マキノが抱っこするのはビッグフロッグなどではなく、ムササビだ。
ようやくこれですべてがいつも通り、元通りとなった。ルックはホッと安堵の息をつく。
いつもと何も変わらない朝なのに、射し込む朝日が妙に美しいように感じる。
ルックは自分の背丈よりも少しだけ高い石板を見上げた。一番上の段。ルックの目線よりもほんの少し上に記された名前を読み上げる。
「――マキノ」
知らない名前なんかじゃない。
そうだ。この城の主はマキノ。
それが、うちの天魁星の名前だ。