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親友が猫を拾ってきた話
いつでも賑わう中心街から少し離れた、街外れの路地。
一面の銀世界だった。初雪だ。このあたりで、冬のはじめ頃にこれほど雪が積もることは珍しい。
雪はまだしんしんと降り続いているが、途切れた雲の隙間からはやわらかな夕日が注がれていた。
茜色に照らされた雪の上には、赤い衣の少年がただひとり。まっさらな雪に、少年の通り道だけが点々と描かれていく。静寂の中、少年が雪を踏み歩く音だけがかすかに鳴り響いていた。
民家もまばらな街外れとはいえ、この時間帯、普段であれば散歩をしている老人や、遊んでいる子どもを見かけるものなのだが、生憎この寒さだ。みな早々と家に帰り、あるいはもとより外出をすることもなく、それぞれに暖を取って過ごしているのだろう。
少年自身もまた、その中のひとりに過ぎなかった。いつもより早く帰路につき、足早に我が家を目指す。こんなに寒い日は早く家に帰って、温かいシチューを食べるに限る。暑かろうが寒かろうが、少年の付き人はいつでも温かいシチューばかりを作るのだ、というのは余談であるが。
「……ん?」
ふと、なにかが視界の端で動いたような気がして、少年は足を止めた。
目を凝らして周囲を見回してみる。しかしながら見通しが悪く、それを見つけることはできない。
雪の中で何が動こうと、彼にとっては関係のないことだった。それで何か危機的な状況に陥ることなど、あろうはずもない。なにせ、ここは少年の生まれ育った帝都、グレッグミンスターだ。戦時下ならばともかく、今や帝国領内で最も安全な場所と言っても差し支えないだろう。
気のせいということにして立ち去って、さっさと家に帰ってしまえばいい。けれど何となく。何となくではあるが、少年は気になってしまったのだった。一度気になってしまっては、その正体を確かめないことには気が済みそうにない。
それは彼の性分によるものだ。少年にとって長所でもあり、また短所でもある。要は、好奇心旺盛ということなのだが。
ともあれ彼は、先ほど何かが見えたような気のする場所に向けて、雪を踏みしめながら近付いて行ったのだった。
「ヘ、ル、プ、ミー!」
という聞き慣れた声と、ダンダンダン! と壊れんばかりに家の扉を叩く音が聞こえ出したのは、ほぼ同時刻のことだった。
振動で棚の食器が揺られて、カチカチと悲鳴を上げている。
力任せに人の家を叩くのはやめてもらいたいものだ。もとから建て付けがよくなく、さらにこの冷え込みで隙間風もつらいというのに。これ以上ボロになったら、いったいどう責任を取ってくれるというのか。
思いながら、テッドは自嘲した。
住めなくなればそれまでではないか。この住居に根付くつもりなど、端からなかったはずだ。だが何にしても、このけたたましいノックは早いところやめさせるべきだろう。
「あー、うるせーうるせー」
向こうに人がいることはわかりきっていたが、配慮なんてしてやる気も湧かず、テッドは雑に扉を押し開けた。
すると、なだれ込むようにして少年が入ってくる。
テッドの想像した通りの人物だった。ギオン・マクドール。鮮やかな赤の衣を身に纏い、漆黒の髪に深い緑色のバンダナを巻いている。よく見慣れた、いつもと変わりない姿だ。というよりも、先刻見た姿となんら変わりない。
ギオンは午前中いつも通りに勉学に励み、午後からは雪のために武術のレッスンが休みになったとかで、ここに顔を出していたのだった。
彼はいつも時間さえあれば遊びに来るのだが、テッドからしてみれば、それなりにありがたい来客ではあった。必ずと言っていいほど、毎回食事の差し入れを持ってきてくれるのだ。彼の付き人の手料理は絶品である。
つまり、つい先ほどまで少年はここにいた。そしていつもより早い時間帯に、家路につく彼を見送った。見送ったはずなのだが。
テッドはため息を吐いた。
「今日は早く帰るんじゃなかったのか」
「テッドんちに帰ってきちゃった」
「ここはお前んちじゃないからな」
ピシャリと言い放つ。
少年は特に傷付いた風もなく、依然としてにこにこ笑みを浮かべていた。
「で? 『ヘルプミー』って?」
「『助けて』って意味だよ」
ギオンはあっけらかんとそう答える。いくらなんでも、言葉の意味くらい知っているのだが。
「あのなぁ」と、深いため息をもうひとつ。
彼とは『同世代の友人同士』なので、あまり説教臭いことを言いたくはない。しかし『友人』だからこそ、今日は言わねばならないような気がして、テッドは重たい口を開く。
「大雪だから早く帰る、っていう約束なんだろ? 約束はちゃんと守れ。グレミオさんが心配してる――」
テッドはそこで言葉を止めた。あるものを目の前に差し出されたからだ。
あるもの。白くて小さくてふわふわしたもの。ギオンの手の中で、海みたいな色のつぶらな瞳をショボショボとさせている。
「……猫?」
少年は大いに頷いた。
「拾ったんだ。帰り道に雪の中に落ちてて。凍えてたみたいだから、放っておけなくて」
ギオンが仔猫の鼻頭を指で軽くつつくと、猫は『やめてくれませんか』とでも言いたげな表情で、迷惑そうにギオンを見上げた。
「家まで連れて帰ろうと思ったんだけど、テッドんちの方が近かったから」
今度は猫の頭を撫でている。
仔猫はしばらくされるがままになっていたが、やがて目を細めてから、ギオンの手のひらに頭頂を擦り付けた。
真っ白な仔猫とじゃれ合うギオンを横目に、テッドはミルクパンをとろ火に掛けた。
「なぁ、俺が嫌がるとか考えてもないだろ」
「だって嫌がらないでしょ? テッドは猫好きだから」
「別に好きなわけじゃない。勝手に寄ってくるだけだ」
テッドが木陰で昼寝をしていると、目が覚めたときには周りに猫だまりができていることがある。その現場を目撃されて、猫好きと勘違いされない方が難しいような気もする。しかし、別にテッドが望んでそうなったわけではないのだ。
「そう、それ。テッドは無闇に距離を詰めてこないから、猫もきっと居心地がいいんだよ」
「何ておだてられても、ウチでは飼わないからな」
「そんなつもりじゃないよ」
そうは言うものの、ギオンがペロッと舌を出した仕草を見るに、テッドに猫を引き取ってもらうことも彼の選択肢のひとつだったのだろう。
本日何度目だろうか。ひとりでにため息がこぼれる。
「こんな風に中途半端に餌付けしていいものか、って俺は思うけどな」
テッドはほんの少しだけ温めた鍋を、火から下ろした。皿にぬるいミルクを注いで、こぼさないように少年に手渡す。
「猫はお腹が空いていて、僕たちは猫にミルクをあげてもいいって思ってるんだから、問題はないんじゃないかな」
ギオンは仔猫の前に屈み込むと、床にそっと皿を置いた。
「テッドが飼ってくれてもいいんだけど」
「ウチでは飼えない、っつってるだろ」
「そっかー。遊びに来るたびに猫にも会えると思ったのに」
残念そうに、けれどギオンはあはは、と笑い声を上げていた。
「最後まで面倒見るわけじゃないなら、放っておいた方が猫のためだったんじゃないか?」
「『拾われたくなかったのに』なんてこと、猫が考えたりするものかなぁ。テッドはちょっと深く考えすぎだと思う。そういうとこ、妙に子どもらしくないよね」
「当然だろ、テッド様はオトナだからな」
間髪入れずに、テッドは仁王立ちで胸を張ってみせた。子どもに『子どもらしくない』と称される複雑な心地は、胸中にしまい込んでおくことにする。
「ちゃんと連れ帰って、飼い主か里親を探すつもりだよ」
楽しそうに笑っていたはずのギオンが、ふと顔を上げた。
雪色の仔猫に向けていた視線が、まっすぐこちらに向けられる。彼の表情はいつの間にか消え失せてしまっていた。感情を読み取れない澄みきった瞳が、じいっとテッドを捉えている。
なにか彼が気分を害するようなことを言ってしまっただろうか。そんなことはないと思うが、よくわからなくて、テッドは漠然とギオンの方を見ていた。
しばらくの間、仔猫は二人の様子をうかがっていたが、やがて目の前の皿の中身に気付いたらしく、ちびちびとミルクを舐めはじめた。
「ここに連れて来られたこと。もしかしたら、テッドにはいい迷惑だったんじゃないかと思うときが、たまにあるんだ」
「たまにかよ。いつも感謝しろよ。こんなにも広い心で、猫を受け入れてやってるんだからな」
「ううん、猫じゃなくて、テッド自身の……」
(――俺?)
ギオンの言葉を反芻しかけたところで、彼は口を閉ざして首を横に振ってみせた。
「いや、そうだね。受け入れてくれてありがとう」
少年は目を伏せるようにして、ふたたび視線を猫に戻している。
笑顔、のようには見えるが、どことなくいつもの朗らかさは感じられなかった。
テッドは戦災孤児だ。ということになっている。それは間違いではない。身寄りもなく放浪していたところを、帝国将軍に拾われた。
将軍にはひとり息子がいた。
奥方は早くに亡くされており、さらには自らも遠方へ赴任することがたびたびあって、我が子を案じていたようだった。
そこで、同世代のテッドに白羽の矢が立つ。将軍の息子の遊び相手にならないかと提案を受けたのだ。
各地を転々とするにしても、金がないことには人らしく生きることができない。日雇いの仕事を請け負って食いつなぐことがほとんどだったが、懐具合がかなり寂しかったところに将軍直々に打診をいただき、テッドはふたつ返事で飛びついたのだった。
貴族の坊ちゃんの遊びに付き合っていれば、衣食住が保証されるというわけだ。身元の知れない子どもに、こんなに割のいい仕事が舞い込むことなど、まずあり得ない。
将軍には感謝してもしきれないほどだ。とんでもない放蕩息子ならともかく、相手はこのギオン。迷惑だなどと思ったことは、ただの一度もない。
もとより長居をするつもりはなく、ギオンが一人前になるまでの間だけ、というのもテッドにとってはちょうど良かった。
日が落ちかけて雪が小降りになった頃、ギオンは改めて家路につくことにしたようだった。懐にはバンダナで包んだ猫を大事そうに抱えている。
「また明日な」
見送りながらいつも通りの挨拶をしてやる。
少年もまた、いつも通りの明るい笑みを浮かべて「うん、また明日」と手を振った。
一面の雪の中では、真っ赤な後ろ姿はいつまでも視界に残り続ける。
(この『明日』は、あとどのくらい続くだろうな)
ギオンが帝国で仕事を任されるようになるのも、そう遠くはないだろう。そうなればテッドはお役御免だ。
どこまで見送ったものかと迷ったが、少年の背中が沈む夕日の中に溶け込みはじめた頃になって、テッドは家の中に戻ることにした。
その頃グレッグミンスターでは、小さな騒ぎが起こっていた。
花将軍と呼ばれる貴族の飼い猫が、行方不明になったというのだ。いつの間にか屋敷の外に出てしまった猫はまだほんの子どもで、雪の中無事に生き延びることができるかと、花将軍はたいそう心配していたらしい。
ギオンの拾った仔猫が花将軍の猫だと発覚するのは、すっかり雪が溶けて数日経ったのちのことだった。