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姉妹のような二人の話
リムスレーアの護衛騎士は、フェイタス竜馬騎兵団領、サウロニクス城下の出身なのだそうだ。正確には騎士ではなくて、見習い騎士の立場ではあるが。
彼女が正式な女王騎士として認められるためには、学ばなければならないことがまだまだたくさんあるらしい。だからと言って、見習いに付きっきりで指導をできるほど女王騎士は人材が豊富なはずもなく(なんせ、正騎士はリムスレーアの父を含めても三人しかいない)、彼女はリムスレーアの護衛をしながら、父の下の赴いては仕事をこなしている。
その間は別の者が護衛につくことになるのだが、リムスレーアはそれが面白くなかった。宮仕えというのは少々頭の硬い連中が多いようだ。父や彼女のように、リムスレーアの話によく耳を傾け、ときに融通を利かせてくれる者は少ない。
彼女がいつもそばにいればいいのに。いくらそう思っても、見習い騎士はリムスレーアを置いて、女王騎士の仕事を学びに行ってしまう。
いくら正式な女王騎士になれたとしても、リムスレーアのそばにいてくれないのでは意味がない。そもそも、彼女がはるばるソルファレナまでやって来て、並々ならぬ努力をしてまで女王騎士を志願している理由がよくわからなくて。竜馬騎兵になる方がずっと楽だったのでは、と尋ねると、「女の子は竜馬騎兵にはなれないんですよぉ」と言って笑った。
ファレナ女王国はその名の通り、女性のみが王位継承権を有する。始祖とされる初代の王が、女性だったのだそうだ。男の王族は皆、継承権を有することはない。リムスレーアの兄も同じだ。
(いや、兄上のことなどどうでも良い。それよりも)
以前は女王騎士も男性のみに限られていたらしいが、そんな古臭い決まりごとはとうの昔になくなってしまっている。それなのに、竜馬騎兵団領においては、いまだに女性の権利が制限されているということが信じられなかった。
だから心に決めたのだ。
「わらわが即位した暁には、女の子も竜馬騎兵になれるように、団長に掛け合ってやるのじゃ!」
鼻息荒く宣言すると、「さすが姫様!」と、見習い騎士が手を叩いた。
(わらわは、なぜあのようなことを公言してしまったのじゃ)
リムスレーアは太陽宮の執務室で、机に突っ伏していた。人に見られれば、はしたないと言われるかもしれないが、幸いなことに執務室内にはリムスレーアひとりしかいない。
リムスレーアの護衛は今も昔も変わっていない。若いながらも、彼女はとっくの昔に正式な女王騎士の称号を得ていた。
しかし、今もあの時と同じ。彼女は別の者と護衛を交代し、竜馬騎兵団入団試験のための修行に励んでいる、らしい。
『らしい』というのは、リムスレーアは実際にその場を見ていないからだ。日々の公務に追われて、とてもではないがそんな余裕などない。元老院制を廃して、国家の新たな礎を築いていくというのが、リムスレーアの代に課された命題だった。
ファレナ女王国は新しく生まれ変わろうとしている。
変化のひとつとして、リムスレーアはあの時宣言したことも既に行動に移していた。竜馬騎兵団の新しい団長は、非常に柔軟な男だ。新米女王の働きかけにも快く応じてみせた。
そうして、リムスレーアが子どもの頃に勢いで言った言葉は、現実のものとなりつつある。女性も竜馬騎兵団への入団を認められたのだ。
こんなにも思い悩むくらいなら、幼い頃の言葉など、なかったことにしてしまえばよかったのに。
(わらわは、どうしてこう融通が利かぬのじゃ)
口に出したことは必ず実行しなければならない。それはリムスレーアの信念だった。
ため息をこぼしながら身を起こす。
後悔してばかりはいられない。いや、後悔はしていても、仕事を放り出すわけにはいかない。リムスレーアは乱れた髪をササッと整えると、護衛騎士のいない部屋で稟議書と格闘し始めた。
半刻ほどそうしていただろうか。
そろそろおやつを食べたいと思いながら文書の山を捌いていると、執務室の扉をノックされた。
外には有能な護衛が立っている。ということは、ノックをしたのはこの部屋に立ち入ることが許されている者ということだ。兄はここにはいないのだから、誰であるかは明白だった。
「ミアキス?」
「陛下。ただいま戻りましたぁ」
名を呼ぶと、彼女はそっと扉を開けて、しずしずと部屋の中へ入ってくる。
「あらあら? 陛下、なんだかご機嫌ナナメですか?」
淑やかな立ち居振る舞いの護衛騎士は、不躾なことをあけすけに口にした。
彼女は何でも率直に話すし、太陽宮に残る唯一の女王騎士なだけあって、戦闘能力はずば抜けている。むしろ、間延びのした話し方と、淑やかな振る舞いの方が、彼女のキャラクターにおいては異色なように思えるほどだ。
彼女のこの態度はいつものことなのだが。今日はやけに癇に障って、リムスレーアは護衛騎士を睨みつけた。
「おやつを食べたいのじゃ」
「頑張って頭を働かせたから、糖分が足りてないんですね? ちょうど良かったですねぇ。キサラさんからの差し入れを頂いたんですぅ」
にこにこと微笑みながら、騎士は包みを差し出してくる。
ふかふかのカップケーキがふたつ包まれていた。食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。リムスレーアは腹の虫が空腹を訴えようとするのを忍耐力だけで制止すると、「そなた……」と呻いた。
「料理長が準備したもの以外は食べられない決まりだって言うんでしょう? そんなこと知ってますよぉ」
言って、彼女は焼菓子のひとつを半分に割った。片方をヒョイと口に放り込む。モゴモゴと咀嚼して飲み下してから、残り半分をこちらに押し付けてきた。
「大丈夫です。キサラさんの手作りですから」
護衛騎士の笑顔に、幼い頃の記憶が蘇る。
そうだ、彼女はこうやって、融通を利かせてくれるのだ。こんな風に許してくれるのは、父と兄と、彼女の他にはいない。だからずっとずっと彼女が大好きだった。
鼻の奥にツンとしたものを感じながら、リムスレーアはカップケーキに口をつけた。砂糖の甘みが口の中に広がっていく。糖分が体の中を巡って、疲労感を癒やしていくのがわかった。
「っていっても、冥夢の秘薬が混入されてたらわかりませんけどねぇ」
恐ろしいことを朗らかに言ってのける騎士を睨み直すと、リムスレーアは再び「そなた……」と繰り返した。
もうひとつのカップケーキもふたりで半分に分けて平らげる。
『外』の物を食べるのはいつぶりだろうか。ほんの少しの背徳感をトッピングしたカップケーキは、極上の一品だった。
おやつの残骸が人目につかないよう証拠隠滅を図ると、騎士は女官にお茶を準備させた。
「陛下、少しは元気になりましたかぁ? ゾンターク様からのお手紙がなかなか返ってこなくて、ずっと寂しかったんでしょう?」
リムスレーアのそばに立ったままカップに口を付けて、騎士はそう言った。
寂しかった。確かにそうだ。兄との関係も、幼い頃とは既に異なる。リムスレーアにとって彼は今や唯一の肉親であり、敬愛すべき存在となっていた。
(そう、兄上のこともあるが。それよりも)
リムスレーアは熱いお茶を一口飲み下すと、騎士の方へ向き直った。
「ミアキスにはずっとここにいてもらいたいのじゃ」
唐突だっただろうか。こちらの言葉に、騎士は目を丸くして首を傾げた。
「己の言葉通りに行動したまでではあるが。本音を言うと、ミアキスには行かないで欲しいと思っている。兄上はゲオルグと長旅に出てしまったし、ガレオンもカイルもいなくなってしもうた。母上も、父上も、……叔母上も、皆いないのじゃ」
胸の内にあった言葉は、一度口を突いて外に出はじめると、もはや歯止めが利かない。
「そなたもわらわを置いていくのか? ミアキスまで行ってしまったら、わらわはまたひとりぼっちになるではないか! せっかく全部終わったと思ったのに……もうひとりは嫌じゃ!」
言葉に続いて感情までもが外に溢れ出そうになる。リムスレーアは震える唇を噛んだ。
「陛下……」
彼女はいつからリムスレーアを『姫様』と呼ばなくなったのだろう。彼女にとっては、いつまでも『姫様』と『王子』なのだと言っていたくせに。
顔をむりやりに上に向けて、護衛騎士をじっと見つめる。そうでもしないと、涙がこぼれそうだったからだ。
こちらの心の内を知ってか知らずか、騎士は柔らかい笑みを浮かべた。カップをそっと机の端に置くと、リムスレーアの隣に跪く。
「陛下は決してひとりではありません。ゾンターク様もそう遠くないうちに戻られます。ガレオン殿は、ロードレイクで女王騎士の後任を育成されています。ルセリナちゃんも、キサラさんも、ボズ殿も、皆、陛下の味方ですよ」
柔らかくて優しい声。
けれど、彼女はわかっていない。他の者では意味がないのだ。
「ミアキス……、お願い、行かないで……」
小さな小さな声が唇からこぼれ出す。あまりのみっともなさに、リムスレーアは手のひらで顔を覆った。
泣いてなどいない。大丈夫。涙は瞳からこぼれ落ちてはいない。
リムスレーアは息を吐いて、このまま感情を押し殺そうと試みた。けれど、それは騎士の温かい腕によって阻止される。
「ふふ……。護衛冥利に尽きますねぇ」
彼女の腕がそっとリムスレーアを抱きしめたのだった。
「ミ、ミアキス、そなた、兄上とリオンは兄弟のようなものだと申しておったな!」
「ええ」
「わらわとそなたも同じであろう?」
「はい」
「兄弟は甘えてよいのであろう?」
「もちろんです」
「ならば、わらわはそなたに甘える! わらわは泣くのじゃ! そなたの申したことなのだから観念せい!」
「はい、
確認を取るやいなや、リムスレーアは護衛騎士の柔らかな腕の中で大声を上げて泣きはじめた。
両親を奪われたときにさえ堪えたはずの涙は、とめどなく瞳からこぼれ落ち続けた。
涙が枯れて泣き疲れるまで、リムスレーアは護衛騎士の腕の中にいた。背中をポンポンと叩かれたり、頭を撫でられていたような気がする。息を吸うと、いまだ肺が小刻みに震えた。
「あのぅ……。もしかして勘違いしてません?」
遠慮がちに声を掛けられて、リムスレーアは護衛騎士から身を離して顔を上げた。おそらく涙でぐちゃぐちゃになったひどい顔に違いない。
意味がわからなくて騎士を見ながら鼻をすすっていると。
「竜馬騎兵団の入団試験を受けるのは、私じゃなくてランちゃんなんですけどぉ」
「――は?」
「せっかく陛下がラハルちゃんに掛け合って、女の子も入団できるように変えてくださったんです。私も頑張らなきゃと思って、ランちゃんの先生を買って出たんですよぉ」
竜馬騎兵団入団試験のための修行に励むランの育成に励んでいた?
衝撃の真実に、リムスレーアはしばらくの間固まり、己の晒した醜態をたっぷり時間を掛けて反芻する。
「それを早ぅ申さぬか!」
大声を出すと、枯れていたはずの涙が再び溢れ出した。
「わらわは……! わらわは、そなたがサウロニクスに帰ってしまうと思ったら、食事も喉を通らなかったと言うのに!」
「嘘ですよぉ。さっきカップケーキはんぶんこしたじゃないですかぁ」
わぁわぁとわめき合いながら、リムスレーアは再び護衛騎士の腕の中に収まった。
「私はどこにもいきません。
そんな風に言われると、もう涙腺を引き締めることは不可能だ。
「当たり前じゃ! そなたとわらわは兄弟のようなものなのであろう!」
怒鳴り散らしながら。リムスレーアはもう一度、騎士に抱きついて思う存分泣いた。
女王騎士の肩は、リムスレーアが思っていたよりももっとずっと華奢だった。あの頃は片手でヒョイと抱きかかえられたりしていたというのに、いつの間にか背丈も追いつきつつある。
姉妹とは、きっとそういうものだ。
リムスレーアは大好きな姉の背中に腕を回して、彼女をぎゅうっと抱きしめた。
これからも、おばあちゃんになっても、ずっとずっと一緒に。