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転生魔女はハッピーエンドを所望します
セラが目を覚ますと、そこは最も見慣れた場所――魔術師の塔の自室だった。
(生きている?)
ベッドから飛び起きて身を起こしたところで、なんとなく違和感を感じる。体が思うように動かない。それに、狭いはずの部屋の扉がやけに遠いような。視界もなんだか狭いような、低いような。
眠りすぎたのだろうか。とにかく本調子ではない。死にかけたのだ、無理もない話である。
だが、今はそんなことどうでも良かった。
一緒に遺跡の内部にいたあの方はどうなったのか。もしかしたら、彼も一緒にここへ戻ってきている?
やけに重たく感じる扉を力任せに開け放って、勢いよく部屋を飛び出した。
廊下の端に若草色のローブ姿を認める。
(戻ってきてる! 戻ってきていた! あの方も、ここへ!)
セラは彼の名を叫んだ。
「ルック様!」
たいした距離でもないのに、廊下がひどく長い。走っていて息が切れる。あまりにも息苦しくて、セラはようやく自分が泣いているということに気付いた。
「セラ、どうしたんだ。悪い夢でも見たの?」
こちらのただならぬ様子に気付き、兄弟子はモップがけの手を止めた。彼が視線を合わせるようにしゃがみ込んできたかと思うと、次の瞬間セラの体が宙を舞う。
セラはルックに抱き上げられていた。
「!?」
彼のサラサラした柔らかい髪が、セラの頬を掠める。
(ルック様の髪が長い……? これは、子どもの頃の記憶?)
セラは確かに、自分の命が潰える瞬間を覚えていた。ならば、これは走馬灯? それとも死後の世界は、自分の幸せな記憶の中にあるとでもいうのか。
(長い悪夢を見ていただけなら良いのに)
抱き上げてくれた兄弟子の肩にしがみ付く。髪を撫でる手の温もりを感じているうちに、心は徐々に平静を取り戻していった。
こうしていると、あの儀式さえなかったことのように思えてしまう。だが、セラは知っていた。それはただの、都合の良い妄想にすぎない。
セラはもとから感情の起伏があまり大きくない子どもで、表情の変化も乏しい方だという自覚があった。それでも、子どもの頃はこうやって甘えたり、泣いて宥めて貰うこともあったのだ。
いつから自分の気持ちを話さなくなったのだろう。思いをぶつけることをせず、聞き分けよく過ごす。彼に迷惑をかけないように。彼の邪魔をしないように。他ならぬ、敬愛する彼のために。
そのうちに、ただただ盲目的に彼に尽くして、彼の望みを遂行することだけしか考えられなくなっていた。
しかし、今になって思う。彼自身もまた、いつからか本音をしまい込み、自分自身を偽るようになっていたのではないだろうか。ルックの望みだとセラが信じていたものは、彼の偽りの言葉ではなかっただろうか。
(だって、ルック様はあんなに苦しそうだったもの)
偽りの自分が盲目的に信じた、偽りの道。そんな場所を必死にひた走ったところで、切に願う場所へと辿り着くことなどできるはずもない。
(あのとき自分の思いに気付けていれば。ルック様へぶつけることが出来ていれば、何かが変わった?)
大空洞、カラヤ、そしてルビークの風景がセラの脳裏をよぎる。
(そうだ、私はルック様に心穏やかに過ごして欲しいだけ。ずっと一緒にここで暮らしていたい。それが、私の望みだったはずなのに――)
「あらあら、セラはルックから離れたくないようですね」
穏やかな声が聞こえた。懐かしくて優しい声。
師が、階段の上から声をかけてきていた。
セラを抱き上げたままで、兄弟子は顔を上げる。
「レックナート様、おはようございます」
「おはようございます、ルック。今日はお遣いを頼みますよ。ところでその前に。今朝は皆で揃って朝食をとりたいのですが」
「一緒にですか?」
「ええ、一家団欒というやつです」
珍しい提案に、兄弟子は首を傾げる。
師はにっこりと微笑むと、「支度をお願いしますね」と言い残して階段の奥へと戻っていった。
レックナートの姿を見送った後、兄弟子は優しく声をかけてくる。
「セラ、そろそろ落ち着いたかい?」
ふと気付くと、抱き上げられたままで、かなり長い時間が経ってしまっていた。
兄は華奢な体つきの少年だ。いくらセラが子どもの姿とはいえ、長時間抱きかかえ続けるのは容易ではないだろう。申し訳ない気持ちになりながら、セラはほっそりとした腕からスルリと滑り下りた。
「はい。セラは重たいのに、ごめんなさい」
「まったくだよ。僕はもう腕が痛くて動かない。身支度が終わったら、食事を運ぶのを手伝って欲しいんだけど」
怒ったふりをした声。くすぐったいような懐かしさを覚える。
言葉だけだとまるで叱られているかのようだが、これはルックの優しさのうちのひとつだということを、セラは知っていた。
セラが気を遣わないで済むように、これからも遠慮をしないで良いようにと、あえて『罰』として手伝いを言いつけてくれるのだ。
今になって振り返ってみれば、ルックはいつでもセラのことを気に掛けてくれていた。些細な遠慮を重ねていくうちに、先に壁を作ってしまったのはきっとセラの方だ。
(私はもっと、自分の思うように行動すべきだった)
もっと単純に、率直に。
そう考えると、セラの表情は自然と和らいだ。
――魔術師の塔に引き取られた少女は、大好きな師と兄弟子と一緒に、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
そんな終わりを迎えたい。セラの望みはただそれだけだ。それ以外に、一体何があるというのだろう。
「すぐにお手伝いしに参ります。ルック様、抱っこしてくれてありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。動かないはずの腕が、もう一度セラの頭を撫でてくれた。
セラ自身気付いていないが、この時セラは、今まで生きてきた中で、最も柔らかな微笑みを浮かべていたのだった。
部屋に戻ると、すぐに青いローブに袖を通した。
この服を着ていたのは十歳になるよりも前のことだ。紐を結びながら姿見を見る。鏡に映る子どもの姿は、六、七歳くらいだろうか。
魔術師の塔に来てから数年が経った頃。兄弟子と師との生活に慣れ、毎日を穏やかに過ごしていた時期だ。
(あの頃の夢を私は見ているのだろうか。なんて幸せな夢……)
ゴシゴシと顔を洗う。
目を閉じると、儀式の地で最後に見た兄の表情が脳裏をよぎった。心が引き千切れそうだ。
(ルック様、どうか泣かないで下さい)
記憶の中の彼へ、胸中で懇願する。セラが見たかったのは、あんな悲しそうな顔ではない。
(この夢の続きを見られるのなら、私はあなたに笑っていてもらいたい)
神を信じてなどいない。けれど、何かに向かってセラは祈りを捧げずにはいられなかった。
(どうか覚めないでいて)
タオルで顔を覆う。呼吸をすると、よく知っている懐かしいにおいがした。
(……これはまぎれもない現実だ)
確信して、セラは顔を上げた。
タオルを置いて、愛する兄弟子のところへと駆け出す。
――次は、絶対に、絶対に間違えない。