ゲオルグ
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消えたベイクドチーズの謎
小鳥のさえずりが聞こえる。
セラス湖に反射した朝日が眩しくて、シュンミンは目を覚ました。
少し寝過ごしたようだ。
ここのところ夜な夜な料理の試作をしており、睡眠が不足しがちになっていた。
昨晩作ったのはベイクドチーズだ。
先日、エストライズのお土産でいただいたものがあまりに美味しかったから、再現してみたくなったのだ。お土産をくれたあの人は、なんという人だったか……。確か、ウィ……なんとか卿……、いや、モヒカンおじさんと言った方が伝わるかもしれない。
そのモヒカンおじさんにいただいたベイクドチーズをレストランでも振る舞ったところ、女王騎士様はたいそう喜んで下さった。そしてシュンミンに、ソルファレナのチーズケーキも美味しいのだと話してくれた。王子様がソルファレナを取り戻してくれたら、いつか必ずそこでチーズケーキを食べるのだと、シュンミンは心に決めたのだった。
顔を洗って服を着替え、髪をキュッとひとつに束ね上げる。
さて、ベイクドチーズの様子を見に行こう。しっかり冷めて食べ頃のはずだ。
意気揚々と厨房に向かって、――シュンミンはそこで城中に響き渡るほどの悲鳴を上げた。
「わ、私のベイクドチーズがないー!!」
「はいはい、動くなよー。野次馬、入ってくんじゃねーぞー。そこー、勝手に取材すんなー」
シグレが気怠げに厨房周りの現場を仕切っている。
「つまり、シュンミンさんは深夜からここでベイクドチーズを冷ましていたにもかかわらず、今朝にはなくなってしまっていた、と……」
オボロ探偵が泣きじゃくるシュンミンから聴き取りをして、ふむふむと深く頷いた。
「王子ぃ、どう思いますぅ?」
右隣で現場を覗いていたミアキスが、ゾンタークに問いかけてきた。
「どうって?」
言いたいことがわからずに聞き返すと、彼女は左隣のカイルと目くばせをする。
「だって、チーズケーキの盗難ですよぉ?」
「こんなにあからさまな事件……。ねぇ?」
「いや、盗まれたのはチーズケーキではなく、ベイクドチーズなんだろう?」
言いながらゾンタークの背後からヌッと現れたのは、城内で密かに『チーズケーキおじさん』とあだ名されるその人。ゲオルグ・プライムだった。
「ああー。なるほどー……」
彼の姿を認めて納得した様子のゾンタークに、ゲオルグはひとり疑問符を浮かべていた。
サギリがシュンミンを休ませに行ったのを見計らって、オボロがゲオルグに声をかけてくる。
「ふむ。つまり、俺は容疑者のひとりということか」
「すみませんねぇ。事件の早期解決のためにも、ここはひとつ、調査へのご協力をお願いしたいと思いまして」
落ち着き払った様子で腕組みをしながら淡々と言うゲオルグに対し、オボロ探偵もまた淡々と頷いて見せた。
「別にかまわんが。しかし俺を取り調べても何も出らんぞ」
「ええ、まぁ食べ物ですからねぇ。まさか腹を掻っ捌いて探すわけにもいきませんし」
「いや、取り調べるまでもなくオッサンが犯人だろ」
ボソリとシグレが漏らした言葉は、ゾンタークの耳にもしっかり届いていた。
その後、ゲオルグへの聴き取りがひと通り行われたが、状況証拠――それもゲオルグがチーズケーキを好むという、もはや言いがかり以外の何物でもない証拠しか得ることができず、捜査は完全に膠着状態だった。
ゲオルグが罪に問われることはなくとも、このままでは疑いを晴らすこともできそうにない。
「どうにか真犯人を捕まえられないかな?」
ゾンタークが口にすると、その場の全員の視線が一気にこちらに向けられた。
『何を言っているんだ、真犯人はここにいるだろう』という目だ。
ミアキスとカイルですら、訝しげにこちらを見ている。
ただひとり。ゲオルグだけは、感心したような顔をしてみせた。
「ほう。お前は俺を疑わないのか」
「だって、盗まれたのはチーズケーキじゃなくてベイクドチーズじゃないか」
『そんなのどちらも同じだろう』といった視線が痛い。
(確かに似たようなものだけど、正確には違う。ゲオルグはチーズケーキは常時持ち歩くほどの依存症だけど、ベイクドチーズはそこまでではないんだ。それに――)
ゾンタークはキッと顔を上げた。
「それに、ゲオルグはお菓子をリスペクトしている。盗み食いだなんて、お菓子に失礼な真似をするはずがない!」
「そのとおりだ」
ゲオルグが深々と頷く。
「要は真犯人をあぶり出せばいいんだろう?」
「それはそうですが……」
「俺に策がある」
そう言ったゲオルグの口元には、ニヤリとした笑みが浮かべられていた。
「ふーむ。おとり捜査……ですか」
「被害者にもう一度ベイクドチーズを作れだなんて……ちょっとひどいんじゃないかしら……」
「一度事件になったってのに、また盗み食いしにくる馬鹿なんていねぇだろ」
ゲオルグの提案は、オボロ探偵事務所の面々からは非難轟々だった。
「おとりのベイクドチーズなんて置いたら、ゲオルグ殿、すぐにでも飛びついちゃうんじゃないですかぁ?」
「ゲオルグ殿。意地張ってないで、ちゃんとごめんなさいしましょー?」
ミアキスとカイルですらこの様子だ。
ゾンタークはゲオルグの無謀とも言える発案に、冷や汗を禁じ得なかった。
「ゲオルグ、勝機はあるの?」
「さぁな。ま、少なくとも俺は、あそこに置かれたベイクドチーズには食いつかんよ」
厨房の調理台に置かれた、おとりのベイクドチーズを顎で指しながら、ゲオルグは自信たっぷりに言ってのける。
(そりゃ、食いついたらおしまいじゃないか)
先の見えない捜査に、ゾンタークは頭を抱えた。
深夜。ベイクドチーズを調理台に残すと、厨房の明かりを落とす。ゾンタークとゲオルグとオボロの三名のみ調理台の影に隠れて、真犯人(仮)が侵入してくるのを待つこととした。
人数が多いと真犯人(仮)に見つかるおそれがあるというのが一応の建前となっているが、実際のところ、誰もがゲオルグを疑っている中で、成果を見込めなさそうな捜査には意義を感じられないというのが本当のところだ。
はなからゲオルグを疑ってはいないゾンタークでさえ、この捜査で彼の潔白を証明するのはかなり厳しいだろうと踏んでいる。
真犯人(仮)は果たしてここに再び侵入してくるのか、来なければ一体どうすればゲオルグの無実を証明できるのか。思考を巡らすうちに、ため息が漏れ出そうになるが――
「シッ」
低い声でゲオルグが言った。
ゾンタークは慌てて息を飲み込む。
何かの気配を感じた。チラチラと小さく光るものが調理台の上――、ベイクドチーズの真横に見えた。
目を凝らす。小さな影が動いている。あれは――
「ネズミ君ですよ。捜査の手伝いをしに来てくれたようです」
完全に気配を殺しきったオボロが、安堵の声を漏らした。まるで虚空から囁き声が聞こえたかのように錯覚してゾッとしたが、それはさておき、ゾンタークは意識をベイクドチーズの方へと引き戻す。
「様子がおかしいね」
調理台の上の光、つまりネズミ君の目と思われる光が、一対ではなくなっていた。あちこちでチカチカと光っている。
「助手のネズミ君は一匹だけではないんですよ。難事件と察して、みんなで手伝いに――あ。」
オボロが声を漏らした。
彼の視線の先。
調理台の上で、数多のネズミ君たちが一斉にベイクドチーズに飛びかかったのだった。
「ネズミ君ー!?!?!?!?」
瞬間、完全に消されていたオボロの気配が、ダダ漏れになる。大声を上げて立ち上がった彼に気付き、ネズミ君たちは「チュッ?!」と叫んで蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
調理台に残ったのは、ベイクドチーズの食べかすのみ。
「はは。どうやら俺の潔白を証明できたようだな」
堂々と立ち上がるゲオルグに対して、オボロはその場に崩れ落ちたのだった。
その後、オボロ探偵の調査により、シュンミンのベイクドチーズのかおりが、ネズミ君たちの訓練に使う特別な餌――すなわち、ネズミ君たちの大好物のそれと酷似していたことがわかった。
オボロはシュンミンに謝罪をし、シュンミンは動物のしたことならと、彼を責めることはしなかった。
「ゲオルグ殿、疑ってごめんなさい! お詫びにチーズケーキ奢ります! 朝食にどうですか!」
「あっ、私も! ゲオルグ殿、二個くらい食べられますよねぇ?」
翌朝、事件の真相を知らされたカイルとミアキスは、ゲオルグを朝食に誘っていた。犯人扱いしたお詫びといったところだろうか。
しかし、ゲオルグは表情も変えずに、「先約がある」とだけ言って立ち去ってしまった。
「やっぱり怒らせちゃったかなー」
「ねぇー」
「いいや、本当に先約があったんだと思うよ」
眉根を寄せる二人に、ゾンタークは声をかける。
ゲオルグはほんの少しヘソを曲げたくらいで、チーズケーキを蹴るような男ではない。チーズケーキをチラつかされて、揺らがないということは、よっぽど重要な用事があるということだ。
それにしてもチーズケーキのことばかり考えていたから、故郷のチーズケーキが恋しくなってしまった。
依然として不安そうな顔のカイルとミアキスを宥めつつ、ゾンタークは一刻も早く皆でソルファレナに戻ることができるようにと、意志を固めたのだった。
隻眼の男が静かにレストランに姿を現した。
「おはようございます、女王騎士様」
彼に挨拶をして、シュンミンは今度こそしっかり冷ましきったベイクドチーズに、スッとナイフを入れた。
今朝の女王騎士様の朝食は、スイーツの盛り合わせだ。ベイクドチーズ泥棒を見つけてくれたお礼にご馳走したいと、シュンミンが言い出したのだ。
深夜に捜査が終了してからの仕込みとなったため実は寝不足だったが、このくらいはなんてことはない。
女王騎士様は甘いものへの畏敬の念から犯人探しに協力してくれたのだという風な話を王子様に聞いて、シュンミンはいたく感激したのだった。
この女王騎士様なら、きっと美味しそうに食べてくれる。その姿を見ることこそがシュンミンの喜びだ。仕込みの苦労など、大したことではない。
「騎士様、あと一品乗せたら出来上がるから、もう少しだけ待っていて下さいね」
「ああ、ゆっくりでかまわん」
言って、優しい女王騎士様は椅子にどっかりと腰掛けた。
さぁ、あと一品何を盛り付けようか。フルーツでも良いし、ホイップを絞っても良いけれど――
「シュンミン、これも使いなさい」
シュンミンが頭を悩ませていると、父が厨房の奥からホールのままのチーズケーキを取り出してくる。
「お父さん、ありがとう」
微笑んで父の手からチーズケーキを受け取る。
「………………」
チーズケーキを小さく可愛らしくカットすべくナイフを握るが、シュンミンは思い直して手を止めた。やはりスイーツ盛りにはホイップを絞ることにする。
なぜなら父のチーズケーキは最高に美味しいからだ。
「おまたせしました」
「ほう。これはまた」
お出ししたものを見て、女王騎士様は唸り声を上げた。
テーブルに並ぶのは、シュンミンが可愛らしく作り上げたスイーツプレートと、ホールのままの父特製のチーズケーキだ。
「少し多いかなと思ったんだけど、騎士様ならきっと食べて下さるかなって」
「ありがたくいただこう」
朝食と呼ぶにはボリューム満点だが、騎士様は動じることなく鷹揚に頷く。そして彼はフォークとナイフを手に、スイーツの山を崩しにかかった。
シュンミンは知っていた。
お客様方が料理を平らげる様子をいつもレストランで見ているからだ。
この女王騎士様は甘いものを食べるとき、表情がやわらぐのだ。彼ならば、きっと残さずにすべて平らげてくれるだろう。
ならば、シュンミンも、自分にできる最高のものを提供しようと思ったのだった。
その後、厨房には小動物が勝手に出入りできないように、厳重に対策がなされた。
レツオウのレストランは、味だけでなく衛生面に至るまで気を配られた素晴らしい店として、ファレナ国内で名が知れ渡ったとか何とか。