ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
内緒のコミュニケーション
ルックがいつものように石板の管理をしていると、
「悪いんだけど、ちょっとの間ピリカちゃんをお願いできないかな?」
パン! と手のひらを合わせて、拝み倒すかのようにマキノが言ってきた。
彼の後ろには、小さな子ども――ピリカが連れられている。
「ナナミは?」
「今回の軍議にはナナミも出席なんだ」
「なら、レオナとか」
「レオナさん、お店の買い出しで出てるんだよ」
「ヒルダ……」
「ピートが熱を出してて!」
ルックは深々とため息をついた。
「……なんで僕? もっと他に適任者いるだろ」
「ルック、一緒にニューリーフ学院に行ったじゃない。絶対に顔見知りの方がいいでしょ」
力説するマキノの後ろで、ピリカが不安そうにこちらを伺っている。
「ピリカ、僕のこと怖がってない?」
マキノは「えっ?」と少女の方を振り返った。
「大丈夫だよ、ピリカ! ジョウイお兄ちゃんと同じイケメンだよ! 髪がちょっと短くて、背も低いけど。力がないから抱っこもできなさそうだけど……あと口と性格も悪いけど、悪いお兄ちゃんじゃないよ! ジョウイみたいに優しくも強くもないけど!」
「余計不安にさせてどうするんだよ」
ルックはロッドの先でマキノの後頭部を小突いた。
「いて」
「君が僕をどう思ってるのかもよくわかったよ」
ロッドの先をそのまま後頭部にぐりぐりと押し付ける。
「いててて。いや、別に本当に性格悪いだなんて……! 思ってなくはないけど……」
「思ってるんだろ」
ロッドを打ち付けてやろうかと振りかぶったところで、マキノの後ろからクスッと小さく吹き出すような声が聞こえて、ルックは声の主の方へ目を向ける。
ピリカは遠慮がちに、しかしおもしろがるようにルックとマキノのやりとりを眺めていた。
ゆっくりと振り返ったマキノと目が合う。
「それじゃあルック、よろしくね!」
満面の笑みを浮かべて、マキノはピリカを残し、光の速さで広間へと向かっていった。
子どもは苦手だ。どう接したら良いのかがまるでわからない。
ましてや、言葉を話さない上に表情の変化が乏しい子どもだなんて、未知の存在だ。表情に関しては人のことはあまり言えないかもしれないが。
わからないままに、ただ同じ空間に居続けると、子どもは勝手にウロチョロと動きはじめる。
(ビッキーのところに行こうとしたら止めよう。どこかにテレポートでもされたら困るからね)
そう心に決めて、ルックは本を読みながら、漠然とピリカの行方を追う。
彼女はしばらく所在なさげにウロウロしていたが、石板の前に立ってからはまったく動かなくなった。石板をしきりに触っている。
(……文字をなぞってる?)
石板に刻まれた文字を指でなぞっては、声の出ない口を動かして、その名を読み上げているように見えた。
「文字がわかるのか」
言うと、彼女は小さく頷いた。
「へぇ。僕は君くらいの頃、どうだったかな……」
ルックはピリカの歳を知らないし、自分がいつから何をできるようになったかなんて少しも覚えていないが、こんなに小さな子どもが文字を理解していることがなんとなく不思議に感じられたのだ。
ピリカがルックの方に両手を伸ばしてきて、何かをしきりに訴えてくる。
「え? なに……え、もしかして、抱っこ?」
せがまれるがままに、ピリカの後ろから脇の下に手を入れて、体を持ち上げる。簡単に折れそうなくらいに小さなつくりをしているのに、意外とずっしりとした重みを腕に感じた。
ピリカは石板の上の方の文字をなぞりたかったらしい。
(そうだ、マキノの名前は一番上にある……)
思って見ていると、ピリカは二段目、マキノ名前のななめ下にある文字をなぞった。
――天間星 ルック
なぞり終えて、ピリカがこちらを振り返る。目が合うと、彼女は声の出ない口で、確かに「ルック」と言ってみせた。
「……ふーん。やるじゃないか」
ルックはそっけなく言って、ピリカを地面に下ろした。
なんともいえないむず痒さ。腕にはズーンとした疲労感。ルックは翌日の筋肉痛を覚悟しながら、再びピリカの行方を目で追いはじめた。
ピリカが下りの階段を気にし始めたことに気付き、そろそろ止めようかと思っていると、
「ピリカちゃんおまたせー!」
ナナミが元気いっぱいに姿を現した。
「マキノはもうちょっとお仕事だから、お姉ちゃんがお迎えにきたよ!」
ピリカはナナミの姿を認めて、とてとてと駆け寄る。
「ルックくん、ありがとうね。今度お礼に特製のアイスを差し入れするからね!」
「いや。礼には及ばないよ」
間髪入れずに、ナナミの手料理は丁重にお断りしておく。
「ほんとにありがとう! お腹がすいたらいつでも言ってねー!」
ピリカと手を繋いで歩きはじめたナナミが、わざわざこちらを振り返って手を振ってくる。
「間に合ってます」
早く去ってくれと願いながら手を振り返していると、ルックは視線を感じてピリカに目を向けた。
目が合うと、彼女は「バイバイ、またね」と唇を動かした。
ルックが声を出さずに「またね」と告げる。
すると、ピリカは口元をわずかばかり綻ばせた。
マキノもナナミも知らない内緒のコミュニケーション。
マキノがさんざんルックをこき下ろしてくれた比較対象のジョウイとかいうやつも、きっと知らない。
ほんの少しだけ得意げな気持ちになりながら、ルックは今日も石板の管理に勤しむのだった。