ルック
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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▶あきらめない
すぐ傍にいたはずのセラの姿がない。
それどころか、周囲の状況が一切わからない。
何も見えないというよりも、一面に闇が広がっているという方が近いように思えた。
そもそも今、自分は本当に辺りを見渡すことができているのだろうか。
意識は確かにここにあるのに、自らの形を認識することすらできず、ルックはただ闇の中にいた。
死後の世界とはこういったところなのだろうか。
だが、もともと世界とはこんなものではなかったか。
モノクロの世界と暗闇の世界に、一体何の違いがある?
何も変わっていない。
何も変えることができなかった。
(そして僕にはもう、何も変えることができない)
どこで何を間違えたのかなんて、考えるのはナンセンスだろう。なぜなら、もう、すべてが終わってしまったのだから。
ルックは瞳を閉ざした。正確に言うと、瞳を閉ざしたつもりになった。自らの実体を認識できないのだから、果たして本当に瞼を下ろしているのかなんて、知りようがない。
どのくらいの時間を、そうやって過ごしたかわからない。数秒だったかもしれないし、数刻、あるいは数年?
ある時、人の声が聞こえてきた。
「あーあー。駄目だったかぁ」
「そんなもんだと思いますよ。だって、僕たちもホラ、何回ここに来てやり直しました?」
ふたりの少年の話し声。そのどちらにも、ルックは聞き覚えがあった。
懐かしい。とても懐かしい声。
(どうしてここに……?)
尋ねようとするが、ルックには声の出し方がわからなかった。彼らに話しかけられずに戸惑っているうちに、少年たちの会話は進んでいく。
「そのおかげで、僕はナナミもジョウイも失わずに済む方法に辿り着いたわけですけど。何度も何度も失敗して、正直気が狂うかと思いました」
「あのルカ・ブライトにも、何度も殺されたって言ってたよね」
「それは仕方ないやつです。僕的にはトゥーリバーの地下で何回も死んだのが解せないですよ」
「まぁ、僕もグレミオを取り戻すまでやり直し続けたから、人のことは言えないか。ねぇルック、覚えてる? 僕の采配ミスで魔法兵団が全滅したこともあったよね」
ああ、懐かしい。
彼らが倒れて、一体何度蘇生を試みたことか。そして、ルック自身もまた、幾度となく倒れた。
それなのに。
(どういうことだ? 僕は確かに戦の中で死んだことがある。だけど――)
ルックの記憶上では、解放軍は赤月帝国を打ち破り、トラン共和国を作り上げたはずだった。それに、マキノはたった一度の一騎打ちで、ルカ・ブライトを討ち果たした。ルック自身も死んでなどいない――いや、今は死んだのかもしれないが、少なくとも炎の英雄と対峙するまで生きていたことは確かだった。
「僕たちは失敗するたびに、何度もここからやり直してきたんだよ。思いを遂げるまで、繰り返し、何度もね」
「可能性は無限だ。ほんの些細な出来事であったとしても、結末が劇的に変わることだってある。ねぇ、ルック。君も、君の望みを叶えるまで、やり直すことができるんだよ」
やわらかく微笑んで、ギオンはこちらに手を差し出してきた。
「――さて。ルック、どうする?」
「ここであきらめますか?」
ギオンの隣で、マキノもこちらへ手を差し伸べてくる。眩しいほどの笑みだった。
(あきらめるか、だって?)
後悔ならばいくらでもあった。まだ何も成し遂げていないのだ。
マキノはその過程を『気が狂いそうだった』と言った。だが、そんなもの、もうとっくに狂ってしまっている。
それに、ルックは知っていた。あきらめなかった彼らが辿り着いた結末。
考えるまでもない。出すべき答えはひとつだ。
ルックは彼らに向かって手を伸ばした。
手が、あるのかどうかわからない。果たして本当に手を伸ばすことができているのかどうかも定かではない。
けれど、ルックは確かに彼らの手をとった。
「誰に向かって言ってるんだよ」
不意に言葉が口をついて飛び出す。
「僕はあきらめない。あきらめるはずがないだろ」
気が付けば、ルックの周囲には光が差して、緑が広がりはじめた。
世界とは、こんなにも鮮やかな色だっただろうか。もしかしたらここは、ルックの知らない世界なのかもしれない。そんな風に思いながら、手を引かれるままに立ち上がる。
「さぁ、行っておいで、ルック」
「必要なものは何でも使えばいい。それこそ、僕たちの力もね」
風が変わった。
ふと、微睡みから覚めるようにルックは意識を取り戻した。
木々の間から、やわらかな木漏れ日が差している。ぽかぽかと暖かくて心地良い。
ルックはお気に入りの大きな木にもたれ掛かって、眠っていたようだった。読みかけの本が、膝から転がり落ちている。
懐かしい光景。見間違えるはずもない。ここは魔術師の島だ。
(夢……?)
とても長い夢を見ていたような気がする。どこからどこまでが夢なのか、もはやわからない。それとも、今見ているものこそが夢なのだろうか。
本を拾って立ち上がる。視界が、何となく狭いような、低いような違和感を覚えた。体が本調子ではないのかもしれない。無理もない、死んだのだから。
塔の方へ足を向ける。
(………………?)
やはり違和感があった。なんとなく歩幅が狭く感じる。
ルックは自分の足を見た。やけに短い。
手を伸ばしてみる。やはり短い。
どう見ても子どもだ。
短い手足をバタバタ動かして、ルックは塔へ駆け戻った。
「ああ、ルック。ちょうど良かった」
息を切らして塔に戻ったルックを、師が笑顔で出迎えた。
いつからかすっかり目にすることのなくなった笑顔が、ギュッとルックの胸を締め付ける。
「レックナート様……」
「明日、帝国の遣いの方が星見の結果を取りに来られます。出迎えの支度をお願いします」
いつか聴いた言葉だった。
翌日、ルックはギオンと出会うことになる。
――僕たちは失敗するたびに、何度もここからやり直してきたんだよ。
闇の中で聴いたマキノの言葉が脳裏に蘇る。
(“ここから”やり直せと……?)
随分と昔からやり直させるものだ、とルックは苦笑した。
また戦のさなかに命を落とす可能性だってあるというのに。トゥーリバーの地下で死ぬかもしれないし、ルカ・ブライトに殺されるかもしれない。運良く生き延びたとしても、同じことを繰り返して目的を果たすことは叶わないかもしれない。
それらをすべて何度やり直してでも、運命を打ち破るまで行動し続ける。それがすなわち、あきらめないということなのだろう。
しかし何をどうすればことがうまく運ぶのか、ルックには見当もつかない。うまくいく方法がわかっているのなら、もうとっくに試していただろう。セラを失う前に。
そもそもルックが迎えた“あの結末”を変えることなんて、本当に可能なのだろうか――
「レックナート様、教えて下さい」
塔の奥へ戻ろうとする師を呼び止める。
「運命とは、定められたものなのでは……」
振り返った彼女は、しばらくこちらを向いて押し黙っていたが、やがて満足そうな笑みを浮かべた。
「“貴方”は既に知っているはずです、ルック。いかに無力を感じようとも、人は意味なき存在ではありませんよ」
師はいつもルックに答えを与えてくれない。自分で考えて学ぶように仕向けてくるのだった。
けれど、今の彼女の様子は、そういったいつもの厳しさとは違って見えた。声にも、どこか嬉しさが含まれているかのような。
師はルックに微笑みかけると踵を返し、コツコツと静かな足音を立てながら、部屋へ戻っていった。
明日また、ギオンに出会うことになる。
彼に出会えば何かが変わるだろうか。
いや、ギオンはギオンで、これから壮絶な運命の中を必死に生き抜くことになるのだ。彼にすべてを託すことなんてできやしない。マキノもまた然りだ。
ルックの運命を打破するのはルックでしかありえない。そのためには、ルック自身が、ここからの二十年間、ひとつも取りこぼすことなく、あらゆるものを糧にしていかなければならないだろう。
――必要なものは何でも使えばいい。それこそ、僕たちの力もね。
(そんなこと言って、後悔するなよ。今度は遠慮なくそうさせてもらうからね。でもその前に……)
まだ学んでないことはいくらでもある。明日ギオンに出会うまでの時間を使って、多少の知識を増やすことくらいならできるだろう。
ルックは足早に書庫に向かった。短い手足を懸命にバタつかせながら。
どこで何を間違えたのかなんて、考えるのはナンセンスだ。
使えるものは何でも使う。あらゆるものを糧にして。
(僕は――)
▶あきらめない
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