幻水1以前の話
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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彼女がドレスを纏うとき
服は機能的であればそれでよい。
――では、お前の着ている服はそんなにも機能的なのか。
仮にそう問われたら、「ある意味そうだ………………」としか答えられそうにないが。
人と斬り合うには、鎧を着込んでいた方が圧倒的に有利だ。しかし、それで動きやすさはどうなのか、通気性はどうなのか等と詰められると、言えることが何もなくなってしまう。
鎧は重たい。だから素早く動くことはできない。それは、防御性を高めるためには致し方のないことだろう。
重要なのは、己が最も優先すべき機能が何なのかを見極めることだ。そして、条件に合った衣服、あるいは防具を的確に選別する。当然、優先すべき機能は人によって異なるだろう。
いずれにしても、服に機能性以外の要素を求めることに、価値があるとは思えないのだった。
……
……
……
「オデッサさん、めずらしいですね。こんなところで立ち止まるなんて」
……
「あら、サンチェスったら。私のことをいったい何だと思っているのかしら」
……
「いえ、あなたがドレスに見惚れているところを初めて見たものですから」
……
「私だってショーウィンドウのドレスを見ることくらいあるわ」
……
「なんだ、オデッサ。あの赤いドレスが着たいのか? 今度俺が買ってきてやるよ。なに、ちょっと傭兵業でも請け負ってくれば、すぐに稼げるさ」
……
「何言ってるの。あなただって顔を知られている方なんだから、そんな無茶な稼ぎ方をしようとしないで。それに――私はもう……」
……
「なぜだ? 俺はオデッサのドレス姿が見たいんだが」
……
「フリックさんもこう言っていますし、オデッサさん、たまには甘えてもいいんじゃないですか」
……
「いいえ。私はもう貴族令嬢なんかじゃないの。見て、この腕。あっちこっち傷だらけだし、弓を扱うからこんなに太くなっちゃったのよ? ドレス姿なんておかしいだけよ」
……
「弓を使えば、腕が逞しくなるのも当然のことだろ。羨ましいくらいだ。そうだ、今度俺にも弓の使い方を教えてく……ぐあっ!」
……!?
「フリックさん!? あっ、オデッサさん……! ああ、行っちゃいました……」
……
……
……
「くっ、鍛え上げられた腕での裏拳は効くな……!」
……
「フリックさん、あなたちょっと無神経過ぎますよ……。ねぇ、ハンフリーさん?」
……
「何だよ、筋肉は鍛えられている方がいいに決まってるだろう。なぁ、ハンフリー?」
……
……
……
フリックが無神経かどうかと問われれば、今の一連の流れを見れば明白だった。
解放軍に身を置く以上、オデッサは弓を握り続けねばなるまい。だからといって、淑女が気にしていることをあけすけに口にしていい理由にはならない。
筋肉が鍛えられている方がいいというのは、無論その通りなのだが。
だからハンフリーは頷いた。
「………………ああ」
……
「ほら、ハンフリーも同意してるだろうが!」
……
「いえ、ハンフリーさんは私の意見に同意を……」
……
……
……
言い合うふたりをよそに、ハンフリーはオデッサが眺めていたショーウィンドウに目を向けた。
中に飾られているのは深紅のドレスだ。
ほっそりと窮屈そうな上身頃に、布を何重にもふんだんに重ね合わせて作られた重たそうなスカート。可動性の低さと重量により、動きを著しく制限されそうに見える。
加えて、首元や腕、足首。肌を覆う布の面積が減れば、それだけ多くの急所を曝け出すことになる。それは単純に、戦士にとって命取りだと言わざるを得ないだろう。
とどのつまり、このドレスは機能的な衣服とは到底言えそうにない。
当然、ドレスのデザインのよさなどハンフリーにはわからないし、もとより興味もない。
けれど、少なくともこの、燃えるようなまばゆい赤のドレスは――
「オデッサに似合いそうだな………………」
ハンフリーが小さくこぼすと、ふたりは言い合いをやめて、大きく大きく頷いた。
フリックはすぐさまショーウィンドウに張り付いたかと思うと、値札のゼロの数を数え始めた。
サンチェスは荷から薄っぺらな財布を取り出して、中のポッチを数えている。
……
……
……
オデッサが今すぐにこのドレスを纏うことはないだろう。
いつの日か、彼女が弓を引かずにいられるようになれば。いつの日か、過剰に我が身を守らずに済むようになれば。
そのときこそ、オデッサはこのドレスに袖を通すべきではないか。
「………………………………」
いつか訪れるそのとき。
それはきっと、ハンフリーがこの鎧を脱ぐときと等しいに違いない。
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