幻水1以前の話
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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フルーツサンドの裏の裏
帝都グレッグミンスターは、黄金皇帝とやらの生誕祭で非常な賑わいを見せていた。
街中いたるところに、国旗や髭面の男の肖像画や、覇王の紋章を象ったレリーフなんかが飾られている。
通りには露店がこれでもかと立ち並び、広場では大道芸人が入れ替わり立ち替わり芸を披露していた。
(よりによってこんな日に買い出しに来てしまったなんて、運がないな……)
人混みの中、奇跡的に空いていた広場前のベンチを見つけて、ルックはようやく遅めの昼食にありついた。
昼食はそこの露店で買ったサンドイッチだ。ふわふわの白いパンと、負けじとふわふわの生クリーム。二枚のパンの間に、みずみずしい真っ赤なイチゴが、たっぷりの生クリームを纏って挟まれている。
柔らかな食感と甘み、そしてジュワッと口内を満たす果実の酸味を噛み締める。
正面の広場では、一匹の獣と女の調教師とが何かをはじめたようだった。
獣はトラに似た姿形をしているが、被毛の柄が違っていた。確かジャガーだとかヒョウだとか、そういった類の動物だったはずだ。調教師が計算問題を出し、獣が正しい答えの書かれたカードを選び取るという芸のようだった。
観客たちは素直に歓声を上げているが、猛獣に計算をさせるという芸当は果たして可能なのだろうか、とルックは思った。
それに、何やら不思議な紋章の気配も感じるのだ。あの調教師は、魔法か何かを使ってイカサマをしているに違いない。
(絶対に種を明かしてやる)
意気込んで見ていると、ベンチのすぐ横に人がやって来たことに気付く。もしかしたらこの人もベンチに座りたいのだろうか、端の方に寄った方が良いだろうか、とルックが考え始めた頃、相手は突然猫なで声で話しかけてきた。
「ボ・ウ・ヤ、お姉さんと遊ばなぁい?」
こんな風に話しかけられて、馬鹿正直に『遊ぶ』なんて答える『ボウヤ』が、いったいどれほどいるというのだろう。
サンドイッチをもごもごと咀嚼しながら、聞えよがしに舌打ちをした。
ベンチに腰掛けたまま、声の主を睨みつける。
『お姉さん』と自称した人物は、青い髪を高い位置でふたつに結い上げた女だった。歳の頃はよくわからない。少なくとも九つになったばかりのルックからしてみれば、だいぶ年上であることは間違いない。そもそもの話、いつも見ている年上の女性が完全に年齢不詳すぎて、一般的な感覚というものがよくわからないのだった。
『おばさん』の間違いではないのかと指摘すべく口の中のものを飲み下そうとしたが、せっかく買った食事を早食いしてしまうのも惜しくて、ルックはたっぷり時間をかけて味わった。
その間、女はこちらを見ながら、「甘いサンドイッチ食べてるの?」「ほっぺにクリーム付いてる!」と顔を綻ばせた。
齧りつくと、反対側からたっぷりのクリームが溢れ出して、果実までもが逃げ出そうとする。きれいに食べるのがこんなに難しい食べ物も、そうそうないだろう。
頬にクリームが多少付いていて、それが何だというのか。サンドイッチを食べながらでは言い返すこともかなわず、しかし頬に触れると、思っていたよりもたくさんのクリームがべっとりと指に纏わり付いた。
「かわいいーッ! まさか赤月帝国でこんな美少年に出会えるなんて思っていなかったわ! 同志ニフサーラに報告しないといけないわね……」
よくわからないことを言う女を睨みつけたまま、ルックは最後の一口を存分に味わってから飲み込んだ。
「僕、買い出しの途中で忙しいんだよね。それに今、あの大道芸見てるし」
ベンチから真正面を指さす。
ルックの指の先を辿った女は、「エルンスト君だけじゃなく、まさかあなたまで同志ノーマの毒牙に……?」と、ますますわけのわからないことを言い出した。
「導師……?」
訝かしんで眉根を寄せる。
それはあの調教師のことだろうか。となると、やはりあの芸には何かしらの魔力が絡んでいるということに違いない。
魔法で獣を操っているのか、獣だけに伝わる目印をカードに付加する手段があるのか。それとも何らかの手段で正しい答えを獣に伝えることができるのか……。
目の前の青髪の変な女よりも、獣の方が断然気になって、ルックはますます大道芸に釘付けになった。
その間、青髪の女は何やらひとりで話しているが、ルックは話半分に適当に相槌をうってあしらい続ける。
やがて、「――場に晒すの。買った方がコイン総取りよ!」と、女は長ったらしい話を終えたらしく、したり顔でふんぞり返った。
広場の獣は、調教師さえ間違えた計算問題に正解してみせたところだった。今の一番難しい問題が最後の芸だったのだろう。観客たちが次々にコインを投じていく。
調教師が計算を間違えたのは『そういう芝居』なのだろうとルックは睨んでいた。でなければ、種も仕掛けもなく、猛獣が自分で計算をしたということになってしまう。とはいえ、芸は終わってしまったので、もうこれ以上は観察のしようもないのだが。
結局種明かしをすることはかなわず、ルックは荷物を持ってベンチから立ち上がった。
そろそろ買い出しをしなければならない。あまり帰りが遅くなると、遊んでいたことがレックナート様にバレてしまう。
風に促されるまま歩き出そうとして、そういえば、とルックは振り返った。
「――で、さっきから何? 何か用?」
ルックが青髪の女に尋ねると、彼女は「えっ、もしかして何も聞いてなかったの!?」とガックリ肩を落とした。
どうやら女は、ルックにカードゲームを持ちかけてきていたらしい。サンドイッチのことを何とかかんとか言っていたことは覚えているのだが、いったいいつの間にそういう話になったのだろう。
いや、話を聞かずに相槌をうっていたため、ゲームをしないかと問われて首を縦に振っていた可能性は大いにあるのだが。
(……早く帰りたいんだけどな)
無視して商店に行こうかと考えているうちに、女は『裏の裏は表』というゲームのルールを再び長々しく説明しだした。
(要はカードが強い方が勝ちってことだろ)
しかし確実に勝つ方法があるのならともかく、損をするかもしれないというのは困る。あまり持ち合わせもないため、賭け事でお金を減らしてしまっては、お遣いに支障をきたしてしまうだろう。ぶった切ってしまおうと口を開きかけたところで――
「……あ。」
ルックはあることに思い当たって、ニタリと笑みを浮かべた。
カードゲームを早々に終えて、ルックは広場を後にすることにした。
女はこの賭け事を生業としているだろうのか、またすぐに別のターゲットを見つけては、「お姉さんと遊ばなぁい?」と声を掛けていた。
「坊ちゃん、賭け事はいけません! こんなのはイカサマが仕組まれていて、絶対に損すると決まっているんです! あっという間に身ぐるみはがされて借金地獄です!」
「……それって、この前のグレミオの話?」
女に声を掛けられた子どもと、付き人らしき男の会話が聞こえる。
ルックは内心大きく頷いた。
(そりゃ、イカサマでもしない限り、思う通りに進めるのは無理だろうね)
パンパンに膨らんだ、ずっしりと重たい財布を鞄にしまい込む。
ゲームに細工するのは容易いことだった。『女だけが見ているカードの数字』と『ルックだけが見ているカードの数字』。どちらがより大きいのかを、風に尋ねさえすれば良いのだ。
風は賢くて何でも知っているから、ルックの問いかけにいつでも正しく答えてくれる。
まさか風にカンニングされているだなんて、あの変な女が気付くはずもない。
(大道芸のイカサマも、こういう魔法の応用だと思ったんだけどな……)
それについては安易に答えを出せないまま、ルックは歩みを進めた。
すべての買い出しを終えたあとに、ルックは再び広場のあたりまで戻ってきていた。
古本市で古文書を入手したかったのだ。
街に着いてすぐ、ふらりと立ち寄って興味を惹かれたのだが、ふと価格を見たときに、桁数の違いに驚いてそっと棚に戻したものだった。
(祭もそう悪いもんじゃないね)
思わぬ臨時収入で、古文書を買ってもまだ財布に余裕がある。残りのポッチで、師にお土産を買って帰ろう。
フルーツサンドのクリームみたいな、ふわふわのやわらかな風が、ルックの周りを吹き抜けていった。
広場では、まだ何かの催しが行われていて、例の青髪の女も客引きを続けている。
「ボ・ウ・ヤ。遊ばなぁい?」
「はいはーい! 遊びまーす!」
「シーナ、今日は遊びに来たんじゃない! 挨拶回りだと何度も言えばわかるんだ!」
「いてててててて……」
親子連れが何やら騒いでいる声が聞こえるが、そんなのはもうどうでもいい。
ルックは広場前の露店のショーケースに張り付いて、この日一番頭を回転させていたからだ。
ふわふわの白いパンとたっぷりの生クリームに挟まれた果実。みずみずしい赤も、透明感のある淡いピンクも、どちらもそそられる。ああ、太陽と同じ色の果実も、光を反射して眩しくきらめいている。
(イチゴとモモとオレンジ……。レックナート様はどれがいいだろう……)
いつまでも答えの出ない究極の選択。
ルックとフルーツサンドとのにらめっこは、まだまだ続く。