幻水1
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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リーダーは進まないし石板には落書きされるし、もう帰っていいですかレックナート様
ルックが解放軍に身を置くようになったのは、師に「天魁星の力になるように」と道を示されたからだ。
だから、天魁星の少年――ギオンの行く先がどこであろうと、ルックは師の言いつけを守り、彼に付き従って護衛し、魔法の才能を遺憾なく発揮し続けてきた。
あの頭のおかしなからくり屋敷をはじめ、トウシューズを履いてステージで踊らされたときも、わらしべ長者ごっこに強制参加させられたときも、他人の家でシチュー味見ツアーを敢行したときもだ。いくら不本意であろうと、文句ひとつ言うこともなく。いや、文句はたくさん言ったかもしれないが、それはさておき。
ルックはギオンを強く睨みつけると、きっぱりと言い捨てた。
「悪いけど、君にはもう付き合いきれないよ」
ビュウ、と乾いた風が吹き抜ける。
こちらに向けられたギオンの視線は、何故、と問うていた。いつもと同じ、金色のまっすぐな光。
(――本気でわからないとでも言うの?)
決して短くない時を共に過ごしてきたというのに、今では彼をまったく理解できそうにない。
ルックたちの進むべき道は既に決まっている。確かな道ではないかもしれないが、現状、手掛かりとなるのがクロン寺しかないのだから、最優先に向かうべきであろう。
それなのに、ギオンは別の場所へ向かおうと言う。
「今は寄り道なんてしてる場合じゃ――」
言いかけたルックの右肩が、背後からポムと叩かれた。
右を振り返ると、青装束の剣士――フリックが苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
「リーダーが決めたことだ。それに従うんだ」
「いや、さらわれたのあんたの村の娘だろ。そんな悠長に構えてていいと思って――」
続いて、左肩をポムと叩かれて、ルックは言葉を止めた。
いつになく覇気のない熊男……もといビクトールは、諦めにも似た眼差しで遠くを見ている。
「行かせてやんな。必要なんだよ、それが……」
「いやいや、あんた、あの吸血鬼を追ってたんじゃないの。さっさと対抗手段を探さないと――」
「さぁ、ガランの城塞に向かおう!」
皆まで聞かず、ギオンはにこやかにそう宣言した。
「聞けよ話を!」
猛烈に地団駄を踏みたい衝動に駆られながら、ルックは髪を掻きむしった。
(もう嫌だ。何なんだこいつら。帰ってしまいたい。いっそのこと、トラン城通り越して魔術師の島まで帰ってしまおうか)
思っていると、リーダーお付きの女戦士、クレオがゆっくりと首を横に振った。
「ルックくん。プレイヤーの意志は覆せないんだ」
まったく意味がわからない。
(よし。もう全員ロッドフルスイングで殴り倒して帰ろう)
明確な殺意を込めてロッドを握りしめたところで――、ふいに、ルックの足が意志に背いて勝手に動き出す。
(これは、一体……!?)
状況をまるで理解できないまま、ルックは見えない大きな力に引っ張られて、ただただギオンに追従させられていた。
抗うべく魔力を放出しようと試みるが、どうしても展開させることができない。それどころか、指一本自由に動かすことさえかなわない。
戦士の村から本来の目的地とは真逆の方向に延々と延々と延々と歩き続け、気が付けば、いつの間にかギオンの目指すガランの城塞はもう目前に迫っていた。
「あのさ、この前もここに来たばかりなんだけど」
うちのリーダーには絶対に伝わらないクレームだと知りつつも、ルックは声を上げずにはいられなかった。
案の定、当のギオンはというと、「そうかなぁ?」と悪びれる様子もなくにこにこしている。
ガランの城塞。解放軍の本拠からカクを経由して陸路でソニエール地方〜ロリマー地方に向かうには、ここを必ず越えなければならないということは理解している。
それにしてもギオンはここに立ち寄りすぎだった。もはや、第二の拠点と言ってもいいほどに執着しているように見える。
一切の迷いもなく歩みを進めるギオンに付いて行くと(付いて行きたくなどないのだが、理不尽なことにそうせざるを得ないらしい)、見覚えのある少年の姿があった。
(やっぱり、またアイツか!)
ルックは胸中でボヤいた。
フリックがため息を漏らし、ビクトールはげんなりと白目を剥く。クレオは頭を抱えていた。
少年は狩人なのだそうだ。名はクインシー(と、聞いてもいないのに本人がそう名乗っていた)。
ギオンは今までに何度となく彼に話しかけてきた。ここを通るたびに話しかけるというよりも、彼に話しかけるためにわざわざここに立ち寄っているという方が正確だろう。
クインシーはこちらに気付いていないはずがないのに、ツンとすましていて、まるで赤の他人のように知らぬ存ぜぬを決め込もうとしているように見える。事実、赤の他人ではあるのだが。
そして、いつもと同じく、ギオンが仲間になって欲しいと告げると、彼は決まってこう言うのだ。
「仲間にかい? そうだな、解放軍、帝国軍、まだどちらが勝つかわからないからな。俺は勝ち馬に乗りたいんでね。解放軍ももう少し仲間が増えたら考えてもいいよ」
それから、何かを思い出すようにしばらく宙を見て、具体的な数字を提示してくる。
「あと七人くらいかな」
クインシーの言葉を聞くなり、同時多発的ため息がガランの城塞に響いた。言うまでもなく、ルックと青いのと熊と女戦士だ。
「あと七人で戦局がどれだけ変わるっていうんだよ、第一どうやってこっちの人数を把握してるんだよ、コッソリと石板の間を覗きに来てるとでも? そこまでして、頑なにあと七人増やさないとダメっていうのはどういう理屈なの、もういい加減妥協して仲間になれよ」
クインシーの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶりたいのを堪えて、血眼になりながら呪詛を漏らしていると。
「本当に八十人まであと七人なの? うちの仲間はもっと多いはずなんだけど! ちゃんと確認してくれないかな!」
なんとギオンがクインシーに突っかかりはじめていた。確かに、解放軍を率いるリーダーとして、少なく見積もられたのでは面目が立たないだろう。
だが、今やるべきは、仲間の人数を数えることではない。どうせ七人くらいならそのうち仲間は増えるのだから、それから改めて勧誘すればいいだけの話だ。
思って、ギオンを宥めようとルックが口を開きかけたところで。
「どうやって……?」
クインシーが目をパチクリとさせて首を捻った。
「ほらね、うちの仲間は七十四人だ。いっしょに数えたから間違いないでしょう!」
ギオンは胸を張ってドヤった。
トラン城の上から下まで全部回り、ひとりひとりの名前を控えて、その数七十四名。クインシーの見立てより一名多かったらしい。
(いくら仲間の人数を正確に数えるためだからって、本拠地にまで連れてくる? 吸血鬼にさらわれた女の子を急ぎで助けなきゃいけないってときに? どっちにしても八十には満たないっていうのに?)
ルックはじめパーティメンバーはうんざりとしていたが、クインシーは何やら訝しげに眉をひそめていた。
「そんなはずないんだけどな……。本当に七十四人? おかしいと思う」
「何がおかしいの。ひとりも漏れなく確認したじゃないか」
ギオンは解放軍メンバーの名前を控えたメモを広げてパン、と叩いた。
ふたりの間にバチバチ火花が散る。
そいつもう仲間にしなくていいんじゃないの、と喉元まで出かかった言葉をどうにか呑み下して、ルックは「それじゃあさ、」とふたりの間に入った。
「約束の石板とそのメモの照合をすればいいんじゃないか……」
ふたりが納得するまでこの状況が変わらないのであれば。死ぬほどめんどくさかったとしても、確実な方法をとって強制終了してしまうべきだろう。このままでは誰かが老衰しても終わりそうにない。
ため息とともに目眩を感じてよろけたルックの肩を、クレオがそっと支えてくれた。見ると、彼女は『よく我慢した』と言わんばかりに、サムズアップをしてみせる。
(褒められても、ちっとも嬉しくないんだけど)
ふらつく足取りで、ルックは皆の先頭となってエレベーターへ向かった。
「七十二、七十三……。ほら、やっぱりあと七人だろう?」
石板に刻まれた名前を数えて、今度はクインシーがドヤる番だった。
「そんなはずは……。確かに全員に会って、数えていったのに。ねぇルック、ちょっとそっちの地の宿星の方、メモと照らし合わせて見てくれない?」
「さりげに人数の多い方を丸投げしてくるなよ」
ギオンの無茶振りに舌打ちしてから、ルックは石板とメモを交互に睨みつけはじめる。
「地魁星いない……、地煞星ジョルジュ……ジョルジュジョルジュ……っと、地勇星が……イワノフ、えっと、地傑……」
「おい、この石板変じゃないか?」
真剣に照らし合わせているところに話しかけられて、ルックは相手が誰なのかも確かめずに、完全に上の空で「何が」と返した。
「サンチェスの名前がどこにもないぞ?」
声の主に目をやると、フリックが不思議そうに首を傾げている。
「サンチェス……?」
パーティメンバー全員の目が、一様に石板に注がれた。
(サンチェス……サンチェス……サンチェス……)
呪文のように唱えながら、石板に刻まれた名前をひとつずつ確認していく。
「なるほど、確かにないようだな」
ビクトールが同意する。
「サンチェスが? どうして? 四階で会ったのに? 僕は確かに、『パーティメンバーを変更しますか』って言うのを聞いたよ!」
「そんなの知らないよ、仲間じゃないんじゃないか?」
動揺するギオンに、ルックは適当に返事した。
理由はよくわからないが、ギオンが仲間だと思っている人数と、石板に刻まれる人数には食い違いが生じるものらしい。ただ、これではっきりしたのは、クインシーの言う『仲間の数』は石板に名前がある人数と同じで、ギオンが思っているよりも一名少ないということだった。
「ま、何にしても、どっちみち足りてないんだから――」
「この辺にサンチェスって書いといていいか?」
フリックがとんでもないことを言うので、ルックは髪を逆立てて飛び上がった。
「は?!」
「ほら、ここ。天立星のところ。俺とビクトールの間だから、妥当な位置だろ。名前がないなら書き足せばいいじゃないか」
「いいわけないだろ!」
フリックの持つペンを引ったくろうと飛びかかるが、相手は腕利きの剣士。ルックが敵うはずもなく、軽やかに躱される。
「石板はらくがき禁止! 人数確認したんだから、もういいだろ!」
ロッドを振り回しながら怒鳴りつけて、石板の間から皆を追い出しにかかっていると、クインシーが大きく頷いていた。
「そうだよ、もういいだろ? おいらはいつか成り上がってやるんだ。こんなところで無駄な時間を過ごしてる場合じゃない」
それではガランの城塞でぼんやり突っ立って過ごしているのは無駄ではないのか、と小一時間問い詰めたいところだが、それこそ無駄な時間なので、ルックは言葉を呑み込んだ。
(このままコイツを監禁してしまえば、強制的に仲間にできるんじゃないか……)
思いかけて、ルックは頭を横に振った。それではきっと、石板にクインシーの名前は刻まれない。
クインシーは、そそくさと石板の間を出て何処かへ向かって行った。殺気はちゃんと押し込めていたはずなので、ルックを怖がって逃げていったわけではない、はずだ。
何にしても、ガランの城塞に行けば、嫌でもまた彼と顔を合わせることになるのだろう。
さて、全員残らず石板の間を出ただろうかと振り返ると――
「あっ! 何してるんだ!」
石板の前には、いまだ青マントの男の姿があった。彼は石板にスラスラとペンを走らせている。
「これでよし」
「いいわけあるか! ……あああ、『ス』が消えない……!」
いつもの石板の間お掃除セットから取り出した雑巾でゴシゴシ擦るが、消えたのは『サンチェ』までで、『ス』だけが残ってしまった。やけに達筆なのが余計に腹立たしい。
「どうしてくれるんだよ!」
フリックに掴みかかろうとしたところで、肩をポンポンと叩かれる。
「大丈夫だよルック。天立星には、『ス』がつく人をスカウトすればいいさ!」
ギオンがにこやかにそう告げた。
「『ヌ』もワンチャンあるな」
「……『シモーヌ』……『ジョセフィーヌ』……『エチエンヌ』……」
頷くクレオの横で、ビクトールは何やら考え込みながら雅やかな名前を列挙している。
ルックはガックリと肩を落として、大きなため息をついた。
こうなったからには仕方あるまい。リノ・エン・クルデスだろうがリムスレーア・ファレナスだろうがアガレス・ブライトだろうが、何でもかまわない。『ス』を誤魔化せる人間を仲間にする他にないだろう。あ、リノ・エン・クルデスは船の名前だったかもしれないが。
(スカルド・イーガン……? 『ス』がつく位置によっては、誤魔化しにくい……か……?)
ところでリムスレーア・ファレナスの場合はどっちの『ス』をフリックの文字に充てるべきかとルックが頭を悩ませていると、ギオンが「そうだ」と明るい声を出した。
「おあつらえ向きに、戦士の村に『ス』のつく人がいるね」
彼が珍しくまともなことを言うので、ルックはハッと顔を上げた。
そうだった。吸血鬼にさらわれた娘の隣にいた少年。彼の名前は確か――。
娘を無事助け出すことができれば、あるいは彼を仲間にすることも可能かもしれない。
(長かった……!)
これでようやく本来の目的に立ち戻ることができる。そうと決まれば、早速クロン寺へ――
「そうと決まれば、マースとミースとモースを連れて行かなきゃ。悪いけど、ルックとフリックは城で留守番しててもらえるかな」
「……――え?」
ルックは石板のお掃除をしていた。
しばらくの間忙しくてまともに手入れできておらず、あらちこちらに埃がついていたのだ。
あんな連中もう嫌だと、全員ブン殴って逃げ出そうとしていたというのに、いざパーティを外されると完全に虚無だった。
「………………」
無心で石板を拭き上げ続ける。けれどどうあがいても、天立星のところの『ス』だけは消せそうにない。
(あいつも留守番してるんなら、責任もって落書き消せよ)
この城のどこかで、ルックと同じく虚無を味わっているであろう青い人間を思い出して、舌打ちひとつ。
「僕もうホントに塔に帰ろうかな……」
ぼやきながら掃除を続けていると、ふと、石板が魔力を放ち始めたことに気付く。
ルックもよく知っている魔力だった。ギオンが新たな宿星の者を仲間にして、石板が自らに名前を刻み込むときに感じる温かい力だ。
(ああ、無事仲間になったのか)
淡く光り輝く石板を眺めていると、やがて新しい名前が刻み込まれる。
ムース。
刻まれた場所は、石板の真ん中よりやや下方――地狂星だった。
「天立星じゃないのかよ!」
ルックはひとりがなり声を上げて、石板に向けて思いっきり雑巾を叩きつけたのだった。
「ルック、迎えに来たよ」
ギオンとクレオとビクトールが再び帰城したのは、それからだいぶ時間が経ってからのことだった。
ゲッソリした様子のクレオとビクトールを労ってから、ルックは石板を指した。
「ムースは天立星じゃなかったよ。やっぱりヒックスを仲間にしないと」
ギオンが「そうだね」と素直に頷く。
「さぁ、あとフリックを迎えに行ったら、一度ガランの城塞に寄ってクロン寺に向かおう」
意気揚々と階段を登っていくギオンに追従しながら、後ろの方で熊が唸り声を上げるのが聞こえた。
「今、『あと六人くらいかな』って言われたばかりじゃねーか」
◇
「これが噂に聞く『約束の石板』ってやつか……」
解放軍の主要人物の名が刻まれた、大きく立派な石板。厳かな空気を感じながら石板の間を覗いていると、医師と僧侶が場所を空けて譲ってくれたので、軽く会釈をしてありがたく石板を拝ませてもらうことにした。
上から順番に眺めていく。八段目。すぐに自分の名前が見つかった。天立星のところだ。
けれど何かひっかかる。
(何だ……?)
どこかがおかしいのに正体を掴むことができずに、石板をじっと見つめる。
しばらくそうしていると、ふと、視線に気付いて振り向いた。
きれいな顔をした魔法使いの少年が、フィッと目を逸らしてその場を離れていく。
(………………?)
彼は確か、この石板の管理を任されていたはずだが、いったいどこに行くと言うのだろう。不思議に思いつつも、再び石板に目を戻す。
(妙だな……)
やはりおかしい。他と比較してみても、天立星のところの『ス』だけが、やたらと達筆に見えるのだ。
綺麗な文字で自らの名を刻んでもらえるのはありがたいことだが、何故『ス』だけ?
いくら考えても答えの出ない違和感に首を捻りながら。
グリフィスは石板の間を後にしたのだった。