幻水2
坊ちゃん・2主・王子の名前を変換する
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ある朝、光射す部屋で
落ちていく。
大事な黒竜がこちらに視線を向けていることには気付いていた。けれどもフッチは抗うことさえできず、ただ落下しながら意識を手放してしまったのだった。
落ちていく。
落ちていく――……
心臓がバクバクとけたたましく跳ね上がっている。もしかしたら、何か叫び声を上げてしまっていたかもしれない。冷たいような気がして触れてみると、頬がしっとり濡れていた。
繰り返される悪夢。この夢を、もう何度見たことだろうか。確かなのは、一度目は夢ではなかった、ということだ。
ふと目をやると、見慣れないカーテンの向こう側からは既にまぶしい朝日が差し込んできている。
(早く起きなきゃ)
フッチは顔をゴシゴシ擦った。
そうだ、起きなければならない。フッチは一度ひとりぼっちを味わったことがあるけれど、今はひとりではない。旅の連れがいるのだ。宿で寝過ごして、彼に迷惑をかけたりするわけにはいけない。
フッチの連れ――というか新しい保護者は、とても親切だった。
口数は驚くほどに少ないが、赤の他人であるフッチが竜洞に戻れるようにと、いつでも心砕いて行動してくれている。
トラン城にいた少しの間はフリックさんに剣の稽古をつけてもらっていたが、今は保護者が引き継いでくれている。とは言え、試しに握らせてもらった大剣には、文字通りに振り回されてしまったのだが。まだまだ、まったくもって実戦で通用するようなレベルではない。
大剣を自在に扱ってみせる保護者の姿は、フッチの目にあまりにかっこよく映った。いつかは彼のようになりたいと、フッチはいつも思っている。実を言うと魔法はからきしで、運もあまり良い方ではないようだが、そんなことは何も問題ではないと言わんばかりの屈強な戦士。尊敬してやまない、憧れのハンフリーさん。
そのハンフリーさんを待たせることなんて、あってはならないだろう。これ以上迷惑をかけて、ハンフリーさんの足を引っ張るだなんて断じて許されない――
思いながら、フッチが身を起こそうとしたところで。
(なに……?)
胸の辺りに何かが乗っかっていて、ずっしりと重たいことに気付いた。
どうにか顔だけ起こして、目を動かす。
視界に入ってきたのは輝かしい白だった。
(ブライト!)
フッチの胸の上にいたのは、真っ白な小さい生き物。スウスウと静かな寝息を立てている。
その姿を認めた途端、昨晩までの記憶が一気に蘇ってきた。
すっかり寝惚けてしまっていたが、フッチの旅は一旦中断して、ハンフリーさんと共にデュナン軍に迎え入れられることになったのだった。そして軍の本拠地に到着したのが昨晩のこと。フッチの所属等といった詳細は数日のうちに追って知らせをもらえるようで、それまでは非番の扱いとなるらしい。
つまり、今の時点で慌てて起きる必要はどこにもないということだ。
ホッとするや、舞い戻ってきた猛烈な眠気でまぶたを開けていられなくなり、フッチは再び瞳を閉ざした。
(まだ眠たい……)
疲れなんて感じたこともなかった。体が多少しんどくても、比較にならないほどにつらかった出来事をフッチは体感したことがあるからだ。
それなのに一瞬緊張が緩んだ途端に、一気に全身が鉛のように重たくなってしまった。今までこんなことなんてなかったのに。もうここから一歩も動けそうにない。
それに、動き出そうにも、胸の上にはあたたかい重しがどっしりと乗っかっているのだ。この小竜を退かしてまで起き上がろうだなんて、今のフッチには少しも思えなかった。
規則的に上下するぬくもり。
フッチの呼吸も次第に同化していく。
たまにプピーと間抜けなイビキが交じって聞こえてきて、フッチはクスクスと笑いながら、まどろみに身を委ねた。
大きな白竜に乗って大空をぐんぐん翔けていく逞しい竜騎士。騎士の背には、どこか見覚えのある大剣が帯びられている――
そんな夢に包まれながら。
フッチはこの数年分の疲れを、思う存分に癒やしたのだった。