第二巻
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『(これは…いったいどういう状況なの?)』
小さなベンチの真ん中に座るナマエの左右には平均よりも逞しい体つきの男達が不満げに座っていた
左を見ればスマホを眺めるキバナ
右を見れば腕を組み合わせ帽子で顔に影を作るダンデの横顔が見えナマエは居心地の悪さにまばたきを何度も繰り返した
『(狭い…ダンデさんまで座るなんて、そんなにこのベンチに座りたかったの?それともキバナさんに用が?これはあたしが先に立つべきかな)』
僅かに触れた二人の温もりは今のナマエには熱すぎる
緊張ばかりしてしまい両手に汗をかきそうだ
静かな二人の横顔を何度か盗み見たナマエは恐る恐る腰を上げ逃げ出そうと試みるが、すぐに左右の男達の手が伸び両手の手首を掴まれた
「何処行くの?」
「何処へ行くんだ?」
殆ど同時に喋った二人にナマエは心の中で悲鳴をあげ、余所余所しく苦笑いを浮かべ視線を泳がせた
『えぇ…?いえ…せっかくだしジュースでも買ってこようと思って!お二人の分も買ってくるので待っててください!』
慌てて彼らの手を振りほどき少し離れた自販機へと走り去る彼女を二人は眺めどちらもなく大きなため息を吐いた
「あのさぁ〜用がねぇなら帰れば?ナマエちゃんも困ってんじゃん」
「……君こそ彼女を困らせているんじゃないのか?無理矢理こんな人気のない場所に連れ出すなんて」
どちらも席を立つつもりはない
お互いに相手を邪魔に感じ、彼女と話したい事も話せない状況に苛立っていた
「オレさまはナマエちゃんとゆっくり話したくてここに来たんだよ!ファン達が騒いだらナマエちゃんが可哀想だろ?」
「俺だって開会式の時からナマエと話したいと思ってたんだ!なのにキバナが彼女を無理矢理連れ出すからっ!」
「知らねぇよ、てか空気読んで今日は諦めろよ」
「絶対嫌だぜ!」
感情的になり声の音量が大きくなり始めた頃、三人分のジュースを買ってきたナマエが戻ってきた
『適当に買ってきちゃいましたが…苦手な飲み物とかありましたか?』
「オレさまなんでも平気〜ありがとうなナマエちゃん!」
「俺も特に苦手な物はないから大丈夫だ、サンキューだぜ」
心配そうに見つめてくる彼女に二人は優しく微笑みさっきとは別人のようだ
開けたままにしていた真ん中の席に彼女を招くとナマエは一度躊躇するが覚悟を決め腰掛ける
『(あ〜またこの席か、できれば端っこがいいんだけどな)』
だが端を選べばどちらの隣に座るかによってまた状況が変わってしまう事だろう
それはそれで恐ろしく感じナマエは静かにジュースに口をつけ小柄な彼女の頭上では火花が散っていた
睨み合う彼らは大きなため息と共にそっぽを向き貰ったジュースを傾けてはまた沈黙が広がる
「……はぁ、ナマエちゃんともうちょい二人で話したかったのに邪魔な奴のせいで台無しだわ」
キバナはベンチの背もたれから上半身を起こすとスマホを取り出し緊張にまだ体を強張らせる彼女の顔を覗き込んだ
「後でまた話したいからさ、連絡先交換しねぇ?」
突然近くなったキバナの顔
オレンジ色のバンダナの下から見える蒼い瞳は美しく、つい胸が高鳴り息を飲み込む
『え、あ、はいっ』
「ハハッ、慌てなくても大丈夫だぜ?オレさまちゃんといい子で待ってるから」
モタモタとスマホを探そうとする彼女の姿を横目で見ていたダンデは鼻の上に何本も深いシワを作り、キバナへと視線をずらしながら鋭く瞳を細めた
「馴れ馴れしいな…君はよく知りもしない女性の連絡先をそうやって何人も手に入れて来たのか?」
棘を含ませたダンデの言葉にキバナは内心苛立ちながらも顔には出さず意地悪く笑って見せた
「おいおい、誤解を招く言い方すんなよな?オレら別に初めて会ったわけじゃねぇーし…なんなら結構深い仲だし?ね?」
『うっ!……ぅ…ん』
ナマエへとウィンクを飛ばせば彼女は急激に顔を真っ赤にし口籠った、彼らの間に何があったのか自分だけ知らない事にダンデは苛立ちを隠せない
『あ、あれ?自分の電話番号は……どこで出すんだっけ?』
動揺しているせいか自分の連絡先を上手く画面に出せずにいるとダンデは彼女の背中側から腕を回し、スマホを握る小さな手に自分の手を重ねた
「番号ならこっちだ…そう…ここだ」
『っ!(ひぃぃっ!近いっ!近いっ!)』
「なんなら俺がキバナに教えてやろうか?君の連絡先なら何度もかけてるから暗記してるぜ?」
自分と彼女はお前よりも親しい仲だ
そんな意味を込めてキバナを睨むダンデに彼もつい口角が引き攣る
「そっちこそ馴れ馴れしいんじゃね?何でオマエはそんなにナマエちゃんに対して口出すわけ?」
「彼女は俺が推薦した選手だ、気にかけるのは当たり前だろ?」
「ふーん?当たり前……ね」
どう見ても異常だ
ただの選手にここまで手をかける必要などない
ナマエを特別視しているのに気がついたキバナは彼が強敵になると判断し早々に釘を打つべきと考えた
「でもさ、それってただ単に推薦した選手ってだけだろ?オレさまは個人的に親しくなりたいんだから邪魔すんなよ」
「………女癖の悪い男から選手を守るのも俺の使命だ」
「はっ……言うねぇ」
「事実だろ?」
ダンデも負ける気はない
余計な敵に今のうちに威嚇をあらわにするがキバナはそんなに楽な敵ではない
「遊びと本命は別にしてるってだけだろ?男女の深い関係の事を何にも分かってねぇピュアチャンピオンには難しいかもしれねぇけど」
「…………確かに君の考えは俺には理解できそうにないぜ」
何やら不穏な空気を出す二人に気がついたナマエはきゅっと唇を真っ直ぐに結び冷や汗を背中にだらだらとかき始める
連絡先をキバナに教えつつも後ろから背中に触れているダンデが離れてくれない
二人に挟まれた状況は心臓にも精神的にも悪く、いっその事消えてしまいたい
『(いったい何の話ですか!というかあたしを挟んで話さないでください!部外者は消えるからタイミングをください!)』
誰でもいいから助けて欲しい
そんな願いを心の中では何度も繰り返しているとキバナが先に動き出しベンチから腰をあげた
「んじゃ後でなナマエちゃん!今度ゆっくりとこれについて話そうな?」
トントンと彼はパーカーのフードで隠れた自分の首元を指で示しニヤリと笑った、ダンデにはなんの事か分からないが彼女には伝わったようで何度も素早く頷いていた
ひらひらと片手を振り賑やかな町並みへと消えていく彼が完全に見えなくなると、また沈黙が走りナマエはこれ以上ここにはいられないと腰を上げようとする
『じゃあ…あたしも…』
「待ってくれ」
腰を上げようとする彼女の手首を掴む浅黒い手
まだ座ったままのダンデは苦々しい顔つきで彼女を見上げ掴んだ手に力を入れた
「ちゃんと教えてくれ!君は…何故キバナと親しいんだ!」
引っ越してきた彼女にガラルで知り合いなんていない筈だ
なのに何故寄りにもよってキバナと親しげなのか
嫉妬と悔しさに口元を歪める彼にナマエも手を振り払えず元いた席に腰を落とした
『親しいというか…偶然彼と会う事が何度かありまして…』
木の実を拾いにワイルドエリアに行った事
前髪を治すために美容院に立ち寄った事
そして開会式前にワイルドエリアで再会した事を話した
ダンデはそれを聞きながらも彼女の手首を離す事はせず俯いたまま何処か遠くを睨んでいた
「吹雪の中……キバナは君のテントに泊まったのか?」
『え?……ええ、だって外は凄い吹雪で大変そうでしたし』
「相手は男だぞ!無防備にも程があるんじゃないのかっ!」
大きな声に体が飛び跳ねる程驚き息を飲んでしまう
肩をすくめた彼女を見ながらダンデはナマエに迫り、大きな獣のような迫力に圧された小さな獲物は自然と後退りをしようとしバランスを崩した
『あっ!』
ぐらりと後ろへと頭から転びそうになるとすぐさまダンデの手のひらが彼女の後頭部を守り、そのままそっとベンチへと降ろしながら覆いかぶさった
狭いベンチの上で半身を横たわらせた彼女の上に覆いかぶさったダンデは帽子をハラリと地面に落としたが拾う事はせず、ただコチラを見上げる不安げな彼女を見下ろし胸を煩く鳴らした
「分かるか?男が本気になれば君はこんなにも簡単に押し倒されるんだぞ?」
紫の長い髪はまるでカーテンのように垂れ落ち琥珀色の瞳しか見えなくなる
『で…でも…キバナさんは何も…それに迷惑かけたのはあたしで…』
「君が?……何をしたっていうんだ?」
『……それは…その…秘密で』
二人だけの秘密
自分に隠し事をする彼女に苛立ちダンデは眉間にシワを寄せると顔をより近づけじっとナマエを見下ろした
「言うまで俺は退かないぜ?」
人気のない場所にあるベンチ
だが誰も通らないという保証はない
チャンピオンに押し倒されたような姿を見たらきっと誤解されるだろう
そうなれば目立たないチャレンジャーになるという計画が台無しだ
『ねっ寝ぼけてあの人の首を噛んだそうです!もういいでしょ!言ったから離れてくださいっ!』
やけくそ気味に話し彼の胸元を押すか分厚い彼の胸は弾力が手のひらに感じるだけでびくともしない
一方キョトンとした表情になるダンデはその現場を想像し終えるとじんわりと顔を赤くし悔しげに口元を真っ直ぐに結んだ
「(そんなに密着したのか?一緒に寝ただけでもとんでもない事なのに…首を?なんだそれっ…俺だって君にしたいしされたい!)」
なかなか上から体を離さない彼に困惑した彼女はダンデの胸を何度も必死に押し抵抗するがびくともしない
どうにかして逃げようと体を揺らしていると後頭部を支えていた彼の手が動き顔を無理矢理横へと向かされた
『っ、あ、何?』
「君には躾が必要だな」
今度は何をする気かと彼を見れば迫ってきたダンデは口を大きく開け
『へ?あ、あのっ、なっ、痛っ!!』
まるで獲物に噛みつく飢えた肉食獣のようだった
強い痛みが首に走り悲鳴を上げるがダンデは彼女の体と頭を強く掴み離さない
力加減もせず白い首筋に牙を落とした彼は痕を残そうと顎に力を入れミチミチと尖った歯を柔らかい肌に食い込ませた
『やっ、あ、痛っ、ぅ〜〜〜っ!!』
痛みにポロポロと泣き出した彼女の声さえダンデの興奮材料となる
「(二度と他の男に隙を見せるなっ…君は俺の物なんだ!)」
口の中に鉄の味が広がった頃、漸く満足し口を離した彼は上体を起こし唇の端についた赤を舐め取りながら自分の下にいるナマエを見下ろした
「……はぁ……ほら……怖いだろ?」
ギラついた琥珀色の瞳をする獣
つい先日までは可愛いと思えた男がまた分からなくなった
白い肌に噛み跡からじんわりと血が滲みジクジクとした痛みが残る、痛みと恐怖に声も出せなくなったナマエは息をするのがやっとで応える事は出来なかった
目尻からこめかみへと流れる涙をダンデは優しく親指で拭ってやり耳の付け根から首筋へと触れると自分がつけた印を愛しげに撫で口角を吊り上げた
「分かったら他の男に隙を見せるな…いいな?」
『な…なんで?なんで…ダンデさ…ん…こんな事するの?』
「………………何で…か……何でだろうな…俺にも分からないぜ」
また覆いかぶさった彼は顔を近づけてくる
また痛い思いをするのかと目を強く閉じ身構えると予想とは違い、濡れた目尻に柔らかい感触が触れた
チュッ…と軽いリップ音を鳴らし触れたのは彼の唇だろう
驚いたナマエは目を開け彼を見上げるとダンデの表情はもう険しくも恐ろしくもなく
困ったように笑っていた
「すまない……君の事になると俺は何故か暴走してしまうんだ」
もう一度目尻にキスを落とすとダンデは今度こそ彼女の上から離れてベンチから降り、地面へと片膝をつけた
よろよろと起き上がったナマエはコチラを下から見上げるダンデに戸惑い眉を下げる
「………嫌いに……なったか?」
大きな犬が耳をぺたりと下げたように見えた気がした
人の首を思いっきり噛んだというのに必死にこちらの顔色を伺う彼はきっと本当に自分の感情がコントロールできてないのだろう
初めての想いをぶつけるのに必死で相手の事を大事にしてやれない
それでも嫌われたくない
少しでも好きになって欲しい
下唇を噛んだ彼は今にも泣きそうに瞳を潤ませナマエの言葉を待ち、その時間はとても長く感じた
「……嫌いになったよな?」
沈黙が耐えられず自分から答えを口にするとダンデは落ちていた帽子を拾い自分の顔を隠した
熱くなる瞳からじんわりと涙が込み上げ視界が歪んでいく
喉奥が狭くなり苦しくなりだし耐えるように奥歯を強く噛み締めた
「(…彼女を守りたいのに、どうして俺は自ら彼女を傷つけてしまうんだっ)」
後悔に胸が苦しくなった頃
目の前に座っていた彼女がそっとダンデの頭に触れた
信じられないとばかりに勢いよく帽子から顔を出し見上げるとそこに見えたのは困ったように笑ったナマエの顔だった
『嫌いにはなりません…でも…痛いのは嫌です』
「あ……すまない」
『心配してくれたからですよね?…あたしもこれからは気をつけますから……許してください』
ごめんなさいと頭を下げた彼女は顔をまた上げると小さく笑い、肩から力が抜け落ちたダンデの目から溜めていた涙が静かに頬へと流れ落ちた
『えっええっ!泣っ、え?ダンデさん!』
「…なんでもないぜ、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
帽子でまた顔だった隠した彼は眉を下げたまま小さく笑い改めて自分の彼女への感情を再確認した
「(そうか……俺は……こんなにも君を好きになってたのか)」
小さなベンチの真ん中に座るナマエの左右には平均よりも逞しい体つきの男達が不満げに座っていた
左を見ればスマホを眺めるキバナ
右を見れば腕を組み合わせ帽子で顔に影を作るダンデの横顔が見えナマエは居心地の悪さにまばたきを何度も繰り返した
『(狭い…ダンデさんまで座るなんて、そんなにこのベンチに座りたかったの?それともキバナさんに用が?これはあたしが先に立つべきかな)』
僅かに触れた二人の温もりは今のナマエには熱すぎる
緊張ばかりしてしまい両手に汗をかきそうだ
静かな二人の横顔を何度か盗み見たナマエは恐る恐る腰を上げ逃げ出そうと試みるが、すぐに左右の男達の手が伸び両手の手首を掴まれた
「何処行くの?」
「何処へ行くんだ?」
殆ど同時に喋った二人にナマエは心の中で悲鳴をあげ、余所余所しく苦笑いを浮かべ視線を泳がせた
『えぇ…?いえ…せっかくだしジュースでも買ってこようと思って!お二人の分も買ってくるので待っててください!』
慌てて彼らの手を振りほどき少し離れた自販機へと走り去る彼女を二人は眺めどちらもなく大きなため息を吐いた
「あのさぁ〜用がねぇなら帰れば?ナマエちゃんも困ってんじゃん」
「……君こそ彼女を困らせているんじゃないのか?無理矢理こんな人気のない場所に連れ出すなんて」
どちらも席を立つつもりはない
お互いに相手を邪魔に感じ、彼女と話したい事も話せない状況に苛立っていた
「オレさまはナマエちゃんとゆっくり話したくてここに来たんだよ!ファン達が騒いだらナマエちゃんが可哀想だろ?」
「俺だって開会式の時からナマエと話したいと思ってたんだ!なのにキバナが彼女を無理矢理連れ出すからっ!」
「知らねぇよ、てか空気読んで今日は諦めろよ」
「絶対嫌だぜ!」
感情的になり声の音量が大きくなり始めた頃、三人分のジュースを買ってきたナマエが戻ってきた
『適当に買ってきちゃいましたが…苦手な飲み物とかありましたか?』
「オレさまなんでも平気〜ありがとうなナマエちゃん!」
「俺も特に苦手な物はないから大丈夫だ、サンキューだぜ」
心配そうに見つめてくる彼女に二人は優しく微笑みさっきとは別人のようだ
開けたままにしていた真ん中の席に彼女を招くとナマエは一度躊躇するが覚悟を決め腰掛ける
『(あ〜またこの席か、できれば端っこがいいんだけどな)』
だが端を選べばどちらの隣に座るかによってまた状況が変わってしまう事だろう
それはそれで恐ろしく感じナマエは静かにジュースに口をつけ小柄な彼女の頭上では火花が散っていた
睨み合う彼らは大きなため息と共にそっぽを向き貰ったジュースを傾けてはまた沈黙が広がる
「……はぁ、ナマエちゃんともうちょい二人で話したかったのに邪魔な奴のせいで台無しだわ」
キバナはベンチの背もたれから上半身を起こすとスマホを取り出し緊張にまだ体を強張らせる彼女の顔を覗き込んだ
「後でまた話したいからさ、連絡先交換しねぇ?」
突然近くなったキバナの顔
オレンジ色のバンダナの下から見える蒼い瞳は美しく、つい胸が高鳴り息を飲み込む
『え、あ、はいっ』
「ハハッ、慌てなくても大丈夫だぜ?オレさまちゃんといい子で待ってるから」
モタモタとスマホを探そうとする彼女の姿を横目で見ていたダンデは鼻の上に何本も深いシワを作り、キバナへと視線をずらしながら鋭く瞳を細めた
「馴れ馴れしいな…君はよく知りもしない女性の連絡先をそうやって何人も手に入れて来たのか?」
棘を含ませたダンデの言葉にキバナは内心苛立ちながらも顔には出さず意地悪く笑って見せた
「おいおい、誤解を招く言い方すんなよな?オレら別に初めて会ったわけじゃねぇーし…なんなら結構深い仲だし?ね?」
『うっ!……ぅ…ん』
ナマエへとウィンクを飛ばせば彼女は急激に顔を真っ赤にし口籠った、彼らの間に何があったのか自分だけ知らない事にダンデは苛立ちを隠せない
『あ、あれ?自分の電話番号は……どこで出すんだっけ?』
動揺しているせいか自分の連絡先を上手く画面に出せずにいるとダンデは彼女の背中側から腕を回し、スマホを握る小さな手に自分の手を重ねた
「番号ならこっちだ…そう…ここだ」
『っ!(ひぃぃっ!近いっ!近いっ!)』
「なんなら俺がキバナに教えてやろうか?君の連絡先なら何度もかけてるから暗記してるぜ?」
自分と彼女はお前よりも親しい仲だ
そんな意味を込めてキバナを睨むダンデに彼もつい口角が引き攣る
「そっちこそ馴れ馴れしいんじゃね?何でオマエはそんなにナマエちゃんに対して口出すわけ?」
「彼女は俺が推薦した選手だ、気にかけるのは当たり前だろ?」
「ふーん?当たり前……ね」
どう見ても異常だ
ただの選手にここまで手をかける必要などない
ナマエを特別視しているのに気がついたキバナは彼が強敵になると判断し早々に釘を打つべきと考えた
「でもさ、それってただ単に推薦した選手ってだけだろ?オレさまは個人的に親しくなりたいんだから邪魔すんなよ」
「………女癖の悪い男から選手を守るのも俺の使命だ」
「はっ……言うねぇ」
「事実だろ?」
ダンデも負ける気はない
余計な敵に今のうちに威嚇をあらわにするがキバナはそんなに楽な敵ではない
「遊びと本命は別にしてるってだけだろ?男女の深い関係の事を何にも分かってねぇピュアチャンピオンには難しいかもしれねぇけど」
「…………確かに君の考えは俺には理解できそうにないぜ」
何やら不穏な空気を出す二人に気がついたナマエはきゅっと唇を真っ直ぐに結び冷や汗を背中にだらだらとかき始める
連絡先をキバナに教えつつも後ろから背中に触れているダンデが離れてくれない
二人に挟まれた状況は心臓にも精神的にも悪く、いっその事消えてしまいたい
『(いったい何の話ですか!というかあたしを挟んで話さないでください!部外者は消えるからタイミングをください!)』
誰でもいいから助けて欲しい
そんな願いを心の中では何度も繰り返しているとキバナが先に動き出しベンチから腰をあげた
「んじゃ後でなナマエちゃん!今度ゆっくりとこれについて話そうな?」
トントンと彼はパーカーのフードで隠れた自分の首元を指で示しニヤリと笑った、ダンデにはなんの事か分からないが彼女には伝わったようで何度も素早く頷いていた
ひらひらと片手を振り賑やかな町並みへと消えていく彼が完全に見えなくなると、また沈黙が走りナマエはこれ以上ここにはいられないと腰を上げようとする
『じゃあ…あたしも…』
「待ってくれ」
腰を上げようとする彼女の手首を掴む浅黒い手
まだ座ったままのダンデは苦々しい顔つきで彼女を見上げ掴んだ手に力を入れた
「ちゃんと教えてくれ!君は…何故キバナと親しいんだ!」
引っ越してきた彼女にガラルで知り合いなんていない筈だ
なのに何故寄りにもよってキバナと親しげなのか
嫉妬と悔しさに口元を歪める彼にナマエも手を振り払えず元いた席に腰を落とした
『親しいというか…偶然彼と会う事が何度かありまして…』
木の実を拾いにワイルドエリアに行った事
前髪を治すために美容院に立ち寄った事
そして開会式前にワイルドエリアで再会した事を話した
ダンデはそれを聞きながらも彼女の手首を離す事はせず俯いたまま何処か遠くを睨んでいた
「吹雪の中……キバナは君のテントに泊まったのか?」
『え?……ええ、だって外は凄い吹雪で大変そうでしたし』
「相手は男だぞ!無防備にも程があるんじゃないのかっ!」
大きな声に体が飛び跳ねる程驚き息を飲んでしまう
肩をすくめた彼女を見ながらダンデはナマエに迫り、大きな獣のような迫力に圧された小さな獲物は自然と後退りをしようとしバランスを崩した
『あっ!』
ぐらりと後ろへと頭から転びそうになるとすぐさまダンデの手のひらが彼女の後頭部を守り、そのままそっとベンチへと降ろしながら覆いかぶさった
狭いベンチの上で半身を横たわらせた彼女の上に覆いかぶさったダンデは帽子をハラリと地面に落としたが拾う事はせず、ただコチラを見上げる不安げな彼女を見下ろし胸を煩く鳴らした
「分かるか?男が本気になれば君はこんなにも簡単に押し倒されるんだぞ?」
紫の長い髪はまるでカーテンのように垂れ落ち琥珀色の瞳しか見えなくなる
『で…でも…キバナさんは何も…それに迷惑かけたのはあたしで…』
「君が?……何をしたっていうんだ?」
『……それは…その…秘密で』
二人だけの秘密
自分に隠し事をする彼女に苛立ちダンデは眉間にシワを寄せると顔をより近づけじっとナマエを見下ろした
「言うまで俺は退かないぜ?」
人気のない場所にあるベンチ
だが誰も通らないという保証はない
チャンピオンに押し倒されたような姿を見たらきっと誤解されるだろう
そうなれば目立たないチャレンジャーになるという計画が台無しだ
『ねっ寝ぼけてあの人の首を噛んだそうです!もういいでしょ!言ったから離れてくださいっ!』
やけくそ気味に話し彼の胸元を押すか分厚い彼の胸は弾力が手のひらに感じるだけでびくともしない
一方キョトンとした表情になるダンデはその現場を想像し終えるとじんわりと顔を赤くし悔しげに口元を真っ直ぐに結んだ
「(そんなに密着したのか?一緒に寝ただけでもとんでもない事なのに…首を?なんだそれっ…俺だって君にしたいしされたい!)」
なかなか上から体を離さない彼に困惑した彼女はダンデの胸を何度も必死に押し抵抗するがびくともしない
どうにかして逃げようと体を揺らしていると後頭部を支えていた彼の手が動き顔を無理矢理横へと向かされた
『っ、あ、何?』
「君には躾が必要だな」
今度は何をする気かと彼を見れば迫ってきたダンデは口を大きく開け
『へ?あ、あのっ、なっ、痛っ!!』
まるで獲物に噛みつく飢えた肉食獣のようだった
強い痛みが首に走り悲鳴を上げるがダンデは彼女の体と頭を強く掴み離さない
力加減もせず白い首筋に牙を落とした彼は痕を残そうと顎に力を入れミチミチと尖った歯を柔らかい肌に食い込ませた
『やっ、あ、痛っ、ぅ〜〜〜っ!!』
痛みにポロポロと泣き出した彼女の声さえダンデの興奮材料となる
「(二度と他の男に隙を見せるなっ…君は俺の物なんだ!)」
口の中に鉄の味が広がった頃、漸く満足し口を離した彼は上体を起こし唇の端についた赤を舐め取りながら自分の下にいるナマエを見下ろした
「……はぁ……ほら……怖いだろ?」
ギラついた琥珀色の瞳をする獣
つい先日までは可愛いと思えた男がまた分からなくなった
白い肌に噛み跡からじんわりと血が滲みジクジクとした痛みが残る、痛みと恐怖に声も出せなくなったナマエは息をするのがやっとで応える事は出来なかった
目尻からこめかみへと流れる涙をダンデは優しく親指で拭ってやり耳の付け根から首筋へと触れると自分がつけた印を愛しげに撫で口角を吊り上げた
「分かったら他の男に隙を見せるな…いいな?」
『な…なんで?なんで…ダンデさ…ん…こんな事するの?』
「………………何で…か……何でだろうな…俺にも分からないぜ」
また覆いかぶさった彼は顔を近づけてくる
また痛い思いをするのかと目を強く閉じ身構えると予想とは違い、濡れた目尻に柔らかい感触が触れた
チュッ…と軽いリップ音を鳴らし触れたのは彼の唇だろう
驚いたナマエは目を開け彼を見上げるとダンデの表情はもう険しくも恐ろしくもなく
困ったように笑っていた
「すまない……君の事になると俺は何故か暴走してしまうんだ」
もう一度目尻にキスを落とすとダンデは今度こそ彼女の上から離れてベンチから降り、地面へと片膝をつけた
よろよろと起き上がったナマエはコチラを下から見上げるダンデに戸惑い眉を下げる
「………嫌いに……なったか?」
大きな犬が耳をぺたりと下げたように見えた気がした
人の首を思いっきり噛んだというのに必死にこちらの顔色を伺う彼はきっと本当に自分の感情がコントロールできてないのだろう
初めての想いをぶつけるのに必死で相手の事を大事にしてやれない
それでも嫌われたくない
少しでも好きになって欲しい
下唇を噛んだ彼は今にも泣きそうに瞳を潤ませナマエの言葉を待ち、その時間はとても長く感じた
「……嫌いになったよな?」
沈黙が耐えられず自分から答えを口にするとダンデは落ちていた帽子を拾い自分の顔を隠した
熱くなる瞳からじんわりと涙が込み上げ視界が歪んでいく
喉奥が狭くなり苦しくなりだし耐えるように奥歯を強く噛み締めた
「(…彼女を守りたいのに、どうして俺は自ら彼女を傷つけてしまうんだっ)」
後悔に胸が苦しくなった頃
目の前に座っていた彼女がそっとダンデの頭に触れた
信じられないとばかりに勢いよく帽子から顔を出し見上げるとそこに見えたのは困ったように笑ったナマエの顔だった
『嫌いにはなりません…でも…痛いのは嫌です』
「あ……すまない」
『心配してくれたからですよね?…あたしもこれからは気をつけますから……許してください』
ごめんなさいと頭を下げた彼女は顔をまた上げると小さく笑い、肩から力が抜け落ちたダンデの目から溜めていた涙が静かに頬へと流れ落ちた
『えっええっ!泣っ、え?ダンデさん!』
「…なんでもないぜ、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
帽子でまた顔だった隠した彼は眉を下げたまま小さく笑い改めて自分の彼女への感情を再確認した
「(そうか……俺は……こんなにも君を好きになってたのか)」