第二巻
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朝も早く
シュートシティは雲一つなく清々しい空気が気持ちいい
そんな気持ちのいい朝だというのに、この男はぼんやりとした瞳のまま歯磨きをしていた
のろのろと口の中を動く歯ブラシ、口の端から泡になった歯磨き粉が垂れ落ちているというのに彼は鏡に映る自分ではなく遠くを見ているようだった
寝癖のついた紫色の髪の毛にドラメシヤ達が絡まりながら戯れ遊んでくれとせがむが反応を示さず、彼の頭の中はただ一人の女性でいっぱいだった
「(今日あたりエンジンシティに向かう頃だろうか)」
森での事件の後もダンデは彼女がジムチャレンジをできるように手を回しポケモン図鑑や推薦状を用意した
あまりに積極的に事を進めたせいかソニアには変な目を向けられたが構わない
とにかくもっとナマエの役にたちたくて仕方がなく彼女が言う前に旅の準備まで手伝ってしまった
彼女がジムチャレンジをするつもりがなかった事をダンデは知らない、一方的ではあったがナマエも結局断れなかったようだ
「(念の為に様子を見に行って…いや今日はローズさんとの約束が……パトロールと言って抜け出してみるか)」
弟の事でさえここまで気にした事はない
自分らしくない事をしていると気が付かない彼は不意に先日彼女の瞼に唇で触れたのを思い出した
「っ!(今思えば随分大胆な事をしたっ!ただ彼女の涙を止めてやりたくて…あんなっ)」
濡れた瞼の感触がまだ唇に残っている
甘い匂いと両手に感じた柔らかく熱い頬の熱
そして形の良い小さなピンク色の唇
「(あんなにドキドキしたのはいつぶりだ…今でも思い出すだけで顔が緩みそうだ)」
ダンデの中でナマエの存在が変わっていく
どんどんと自分の中で色濃くなる彼女を思うとむず痒い気持ちにじっとしていられず、ダンデは素早く歯磨きを終えると冷たい水で顔を洗い熱くなる頬をタオルで強く拭いた
「(………俺にもこんな感情があったんだな)」
タオルで顔を隠したままだが彼の長い髪から僅かに見えたうなじは赤く染まっており顔が見えなくてどんな表情をしているか想像できる
いつもと違うダンデにドラメシヤ達は小首を傾げつつ離れていきボサボサになった髪の毛の彼はタオルを離すと両手で自分の頬を数回叩いた
「まずは行動あるのみだ!って…うわっ!凄い頭だな!」
その後の彼の動きは別人のように早かった
直ぐに仕事場へと向かいローズとの約束をすませ途中リーグスタッフと開会式の打ち合わせ
そしてある程度やらなければならない事が終わった頃だった
「(よし!今ならっ!)」
リザードンの入ったボール片手に外へ向おうとした時
一人のリーグスタッフに声をかけられる
「ダンデ様どちらへ?」
「あ、ああ、少し時間が出来たからパトロールでもと思って」
「それなら大丈夫ですよ、先程キバナ様がパトロールに向かわれましたから」
「キバナが?」
「なんでもエンジンシティに向かう筈だった電車がワイルドエリアで止まっているそうで、ワイルドエリアの上空に怪しい雲も見えるから様子を見てくると…今日の予報では晴れでしたがドラゴンストームと言われる彼が言うくらいですからお願いしました」
スマホを取り出しネットニュースを確認すれば確かに電車が線路に集まったウールーの群れのせいで止まっているようだ
きっとナマエ達もワイルドエリアで降りたのだろう
「………(キバナが言うなら天候は余程悪くなるんだろう、それなら俺も行きたいが…ここで俺も向かうと言えば変に思われるか)」
行きたい気持ちを抑えこもうとするが、もし後少し自分が早くニュースに気がついていたなら…
もし仕事がもう少し早く終わっていたら?
キバナではなく自分が行けたかもしれない
ナマエとの距離を縮めるチャンスだったかもしれない
考えだしたらきりがないが、たった数分の違いにダンデは悔しさを顔に浮かべスマホを強く握りしめた
一方、ワイルドエリア上空をフライゴンで飛ぶキバナはこれからエンジンシティに向かうルーキー達や冒険者達の様子を確認していた
「風が急に冷たくなってきやがった…やっぱこりゃ降るな」
ついさっきまでは青い空が広がっていたが何処から湧いて出たのか重そうな大きな雲が空に広がっていく
穏やかな暖かい風はだんだんと強く冷たくなり辺りも薄暗くなっていった
勘の良いトレーナーや冒険者ならば直ぐにテントを準備するが中にはただの曇りだと甘く見て痛い目を見る者もいる
平原ならいいがワイルドエリアには湖や崖も多い
命に関わる事件が起きないようにリーグスタッフやキバナ達がよく見回りをしていたのだ
「あらかた見て回ったと思うが……ん?」
降り出す前に戻ろうとするがふと一組のトレーナーに目がとまる、テントを張ろうとしているようだが片方の骨組みを建てては反対の骨組みが崩れ上手くいかないようだ
「やれやれ、優しいキバナさまがお手本見せてやっか」
フライゴンに指示を出し下へ降りるとまだコチラに気がついていない人物にキバナは声をかけた
「ヘイ!大丈夫か?手伝ってやろうか?」
『え?あれっ?』
「ん?ナマエちゃん?」
振り返った相手はナマエだった
お互いにまさかワイルドエリアでまた会うことになるとは思いもせず驚きに暫し見つめ合った
『キバナさん?なんでっ、うわわっ!』
話しかけようとするが風が吹き荒れ崩れかけたテントを襲う
骨組みを持っていた彼女はバランスを崩し前のめりに倒れてしまい結局テントはぐしゃりと潰れてしまった
側にいたメッソンは心配そうにナマエの周りをうろつきキバナはやれやれと肩を揺らしながらため息を吐いた
「あ〜あ、ほら手伝ってやるから」
ナマエが苦労していたテントはキバナの手により数分もしないうちに見事に出来上がった
慣れている事もあり手際がよく組み立てながらもナマエにアドバイスを伝えることも忘れない
『(なんだか…お兄ちゃんって感じ)』
キャンプにおいて頼もしい彼に尊敬の眼差しを向けぼんやりと考えてしまう
近所の世話焼きのいい兄のようなキバナはダンデともまた違った親近感を感じる事ができ、彼女の中で苦手意識が薄れていく
「よし出来たぜ!テントの骨組みはしっかり伸ばしてからやれば簡単だから次は気をつけろよ?」
『はっはい、ありがとうございます!』
テントが完成した頃、雲行きがどんどんと怪しくなり冷たい風が強くなってきた
草原の草は風に揺れ海のように波打ち出しキバナは空を軽く確認し聞きたかった事を口にする
「んで何してんの?また木の実集め?」
もしこの天気の下で木の実を集める気なら止めようと思い問いかけたが彼女の答えは予想もしない内容だった
『いえ…その…ジムチャレンジに参加する事にしまして…エンジンシティに向かっていたとこです』
「え!ナマエちゃん参加すんの?」
キバナの彼女の印象は妹大好きな内気な女の子
そんな彼女がジムチャレンジに出るのは意外としか言えない
『なんか色々とありまして…今も不安やら何やらで心臓バクバクしてます』
苦笑いしているが彼女なりに決意しての事だろう
それなら背中を押してやるのが自分の役目だとキバナは感じにっこりと笑ってみせた
「ハハッんな気を張るなって!ちょっとした祭りみたいなもんだと思っとけよ」
緊張を解いてやろうと思い彼女の頭を数回優しく撫でた
すると彼らの周りにふわふわと白い物が空から降ってくる
「ゲッ!やっぱ降ってきたな!」
雪だ
数時間前にワイルドエリアに着いた時は春のように暖かったというのにまったく違う天候に驚きナマエは降ってくる雪を両手の手のひらで受け止めた
右へ左へと揺れながら降ってきた冷たい雪は手のひらの熱でとろりと水へ変わり手の隙間から逃げ落ちていく
『ワイルドエリアって話では聞いてたけど本当にこんなにすぐ天気が変わってしまうんですね』
「ああ、しかもこりゃ吹雪になるな」
空に広がる雲はどんどんと厚く重くなっていく
強くなる風が彼女の髪を揺らし冷たい雪が顔にかかりナマエは自然と目を細めた
彼の予想通り本当に吹雪になりだし辺りが白くなっていく
不意にキバナを見れば彼も似たように瞳を細め景色を注意深く見ており眉を寄せていた
フライゴンは腰に下げたボールにいるだろうが彼は他にリュックらしき物も持っておらず、この雪の中で身を守る物は持っていないだろう
『……あのよかったら吹雪が止むまで中に入っていきませんか?』
「そりゃフライゴンにとっても有り難いけどよ………いいの?」
キバナが確認したのは彼女が内気な性格だからというのもあるが、一番の問題は自分は異性という事だ
突然体の大きな男と狭いテントに入って彼女は大丈夫なんだろうか?
彼なりに心配して聞いたつもりだがナマエはただキバナを雪の中でほっとけず声をかけただけ
異性だという事までは頭がまわっていなかったようだ
『はい!テントを手伝ってくれたお礼です!』
「あー………んじゃ、お邪魔するわ」
テントの中へ避難した二人
軽く肩についた雪を払いながら中に入ったキバナはその狭さに気不味さを少し感じた
「悪いな、オレみたいなデカい奴が入ったから狭いだろ?」
お互いにテントの中で端の方に座るがどうにも距離が近い
少し体勢を変えれば触れそうな距離に眉を下げるがナマエは呑気にもメッソンと戯れていた
『大丈夫ですよ、それに狭い方が空気が暖かくなるかも!ね?メッソン』
メッソンも寒さに弱いのか小さく震える彼はモゾモゾと彼女の服の中へと入り込みナマエは擽ったさに身を捩りながらもメッソンの好きにさせた
『ふふっメッソンったら、ここが温かいの?』
服の中を移動し胸元に来たのだろう
彼女の首元の服から僅かにメッソンの頭が見えキバナはじっとりとそれを見ていた
「(羨まし…って違う違う、あんま見てたら変な奴って思われるよな)」
気を紛らわせようと背中を向けスマホを取り出すと彼はリーグスタッフに現状をメールで伝え、パトロールが完了した報告をした
「(取り敢えず雪がやんだら戻るっと……)」
気不味さと寒さを忘れる為ついでに日課の自分のSNSを確認し時間を潰そうとすると、静かになった彼女に気がつき振り返った
「……ナマエちゃん?」
何をしているのかと思えば自分の手のひらに息をかけ温めているようだ、白かった彼女の手は指先だけ赤く染まっており痛々しい
テント作りに苦戦していた時から外にいたせいで体温がキバナより下がっていたようだ
「赤くなってるじゃんか!手貸してみな!」
『へ!いえいえっこのくらい…』
「いいから貸す!」
キバナは体の向きを変えナマエと向き合うとすぐさま彼女の小さな手を両手で握りその手に息を吹きかけた
褐色の大きな手は温かく、ナマエの手がすっぽりと隠れてしまい見えない
口元を近づけ指先を温めるように息を吹きかける彼の顔が近くて今度はナマエが気不味い気分になっていく
『(うう〜っ!温かいけど…なんかっこれって恥ずかしい!どうしたらいいの?)』
緊張に体を強張らせ息を止めたように顔にまで力が入った彼女に気がつきキバナはつい吹き出した
「くはっ!なんつー顔してんだよ!」
『だっだって!どうしたらいいか分かんないだもん!』
顔を真っ赤にしやけくそ気味に言えばキバナは息を吹きかけるのをやめ、代わりに彼女の手を握りながら顔をあげた
「んじゃ温まるまでお喋りしよっか?」
胡座をかき少し背中を丸めてふにゃりと笑う彼にナマエは目を丸くさせるが、じわじわと体に入っていた余計な力が緩み小さく頷いた
小さなテントの中でキバナとナマエは暫くお互いの話をし時間を潰した
特にキバナはナマエに質問を次から次へと問いかけ自分の中のナマエという存在のデータを集めていった
引っ越す前の暮らし
故郷での男の子との事で他人と付き合うのが苦手になった事
変わりたいと思い前髪を切りに行きキバナと会った事
キバナがジムリーダーだと最近まで気がつかなかった事
話をしながらキバナは丁寧に相槌をうち、時には不貞腐れたり笑ったりしてくれた
握られた手はすっかり温かくなり指先も痛くない
だが不思議とすぐに離れたいとは思わずナマエは自ら口にはしなかった
それはキバナも同じであり、控え目に笑う彼女をもう少し独り占めしたくて握った手の力を抜くことはなかった
シュートシティは雲一つなく清々しい空気が気持ちいい
そんな気持ちのいい朝だというのに、この男はぼんやりとした瞳のまま歯磨きをしていた
のろのろと口の中を動く歯ブラシ、口の端から泡になった歯磨き粉が垂れ落ちているというのに彼は鏡に映る自分ではなく遠くを見ているようだった
寝癖のついた紫色の髪の毛にドラメシヤ達が絡まりながら戯れ遊んでくれとせがむが反応を示さず、彼の頭の中はただ一人の女性でいっぱいだった
「(今日あたりエンジンシティに向かう頃だろうか)」
森での事件の後もダンデは彼女がジムチャレンジをできるように手を回しポケモン図鑑や推薦状を用意した
あまりに積極的に事を進めたせいかソニアには変な目を向けられたが構わない
とにかくもっとナマエの役にたちたくて仕方がなく彼女が言う前に旅の準備まで手伝ってしまった
彼女がジムチャレンジをするつもりがなかった事をダンデは知らない、一方的ではあったがナマエも結局断れなかったようだ
「(念の為に様子を見に行って…いや今日はローズさんとの約束が……パトロールと言って抜け出してみるか)」
弟の事でさえここまで気にした事はない
自分らしくない事をしていると気が付かない彼は不意に先日彼女の瞼に唇で触れたのを思い出した
「っ!(今思えば随分大胆な事をしたっ!ただ彼女の涙を止めてやりたくて…あんなっ)」
濡れた瞼の感触がまだ唇に残っている
甘い匂いと両手に感じた柔らかく熱い頬の熱
そして形の良い小さなピンク色の唇
「(あんなにドキドキしたのはいつぶりだ…今でも思い出すだけで顔が緩みそうだ)」
ダンデの中でナマエの存在が変わっていく
どんどんと自分の中で色濃くなる彼女を思うとむず痒い気持ちにじっとしていられず、ダンデは素早く歯磨きを終えると冷たい水で顔を洗い熱くなる頬をタオルで強く拭いた
「(………俺にもこんな感情があったんだな)」
タオルで顔を隠したままだが彼の長い髪から僅かに見えたうなじは赤く染まっており顔が見えなくてどんな表情をしているか想像できる
いつもと違うダンデにドラメシヤ達は小首を傾げつつ離れていきボサボサになった髪の毛の彼はタオルを離すと両手で自分の頬を数回叩いた
「まずは行動あるのみだ!って…うわっ!凄い頭だな!」
その後の彼の動きは別人のように早かった
直ぐに仕事場へと向かいローズとの約束をすませ途中リーグスタッフと開会式の打ち合わせ
そしてある程度やらなければならない事が終わった頃だった
「(よし!今ならっ!)」
リザードンの入ったボール片手に外へ向おうとした時
一人のリーグスタッフに声をかけられる
「ダンデ様どちらへ?」
「あ、ああ、少し時間が出来たからパトロールでもと思って」
「それなら大丈夫ですよ、先程キバナ様がパトロールに向かわれましたから」
「キバナが?」
「なんでもエンジンシティに向かう筈だった電車がワイルドエリアで止まっているそうで、ワイルドエリアの上空に怪しい雲も見えるから様子を見てくると…今日の予報では晴れでしたがドラゴンストームと言われる彼が言うくらいですからお願いしました」
スマホを取り出しネットニュースを確認すれば確かに電車が線路に集まったウールーの群れのせいで止まっているようだ
きっとナマエ達もワイルドエリアで降りたのだろう
「………(キバナが言うなら天候は余程悪くなるんだろう、それなら俺も行きたいが…ここで俺も向かうと言えば変に思われるか)」
行きたい気持ちを抑えこもうとするが、もし後少し自分が早くニュースに気がついていたなら…
もし仕事がもう少し早く終わっていたら?
キバナではなく自分が行けたかもしれない
ナマエとの距離を縮めるチャンスだったかもしれない
考えだしたらきりがないが、たった数分の違いにダンデは悔しさを顔に浮かべスマホを強く握りしめた
一方、ワイルドエリア上空をフライゴンで飛ぶキバナはこれからエンジンシティに向かうルーキー達や冒険者達の様子を確認していた
「風が急に冷たくなってきやがった…やっぱこりゃ降るな」
ついさっきまでは青い空が広がっていたが何処から湧いて出たのか重そうな大きな雲が空に広がっていく
穏やかな暖かい風はだんだんと強く冷たくなり辺りも薄暗くなっていった
勘の良いトレーナーや冒険者ならば直ぐにテントを準備するが中にはただの曇りだと甘く見て痛い目を見る者もいる
平原ならいいがワイルドエリアには湖や崖も多い
命に関わる事件が起きないようにリーグスタッフやキバナ達がよく見回りをしていたのだ
「あらかた見て回ったと思うが……ん?」
降り出す前に戻ろうとするがふと一組のトレーナーに目がとまる、テントを張ろうとしているようだが片方の骨組みを建てては反対の骨組みが崩れ上手くいかないようだ
「やれやれ、優しいキバナさまがお手本見せてやっか」
フライゴンに指示を出し下へ降りるとまだコチラに気がついていない人物にキバナは声をかけた
「ヘイ!大丈夫か?手伝ってやろうか?」
『え?あれっ?』
「ん?ナマエちゃん?」
振り返った相手はナマエだった
お互いにまさかワイルドエリアでまた会うことになるとは思いもせず驚きに暫し見つめ合った
『キバナさん?なんでっ、うわわっ!』
話しかけようとするが風が吹き荒れ崩れかけたテントを襲う
骨組みを持っていた彼女はバランスを崩し前のめりに倒れてしまい結局テントはぐしゃりと潰れてしまった
側にいたメッソンは心配そうにナマエの周りをうろつきキバナはやれやれと肩を揺らしながらため息を吐いた
「あ〜あ、ほら手伝ってやるから」
ナマエが苦労していたテントはキバナの手により数分もしないうちに見事に出来上がった
慣れている事もあり手際がよく組み立てながらもナマエにアドバイスを伝えることも忘れない
『(なんだか…お兄ちゃんって感じ)』
キャンプにおいて頼もしい彼に尊敬の眼差しを向けぼんやりと考えてしまう
近所の世話焼きのいい兄のようなキバナはダンデともまた違った親近感を感じる事ができ、彼女の中で苦手意識が薄れていく
「よし出来たぜ!テントの骨組みはしっかり伸ばしてからやれば簡単だから次は気をつけろよ?」
『はっはい、ありがとうございます!』
テントが完成した頃、雲行きがどんどんと怪しくなり冷たい風が強くなってきた
草原の草は風に揺れ海のように波打ち出しキバナは空を軽く確認し聞きたかった事を口にする
「んで何してんの?また木の実集め?」
もしこの天気の下で木の実を集める気なら止めようと思い問いかけたが彼女の答えは予想もしない内容だった
『いえ…その…ジムチャレンジに参加する事にしまして…エンジンシティに向かっていたとこです』
「え!ナマエちゃん参加すんの?」
キバナの彼女の印象は妹大好きな内気な女の子
そんな彼女がジムチャレンジに出るのは意外としか言えない
『なんか色々とありまして…今も不安やら何やらで心臓バクバクしてます』
苦笑いしているが彼女なりに決意しての事だろう
それなら背中を押してやるのが自分の役目だとキバナは感じにっこりと笑ってみせた
「ハハッんな気を張るなって!ちょっとした祭りみたいなもんだと思っとけよ」
緊張を解いてやろうと思い彼女の頭を数回優しく撫でた
すると彼らの周りにふわふわと白い物が空から降ってくる
「ゲッ!やっぱ降ってきたな!」
雪だ
数時間前にワイルドエリアに着いた時は春のように暖かったというのにまったく違う天候に驚きナマエは降ってくる雪を両手の手のひらで受け止めた
右へ左へと揺れながら降ってきた冷たい雪は手のひらの熱でとろりと水へ変わり手の隙間から逃げ落ちていく
『ワイルドエリアって話では聞いてたけど本当にこんなにすぐ天気が変わってしまうんですね』
「ああ、しかもこりゃ吹雪になるな」
空に広がる雲はどんどんと厚く重くなっていく
強くなる風が彼女の髪を揺らし冷たい雪が顔にかかりナマエは自然と目を細めた
彼の予想通り本当に吹雪になりだし辺りが白くなっていく
不意にキバナを見れば彼も似たように瞳を細め景色を注意深く見ており眉を寄せていた
フライゴンは腰に下げたボールにいるだろうが彼は他にリュックらしき物も持っておらず、この雪の中で身を守る物は持っていないだろう
『……あのよかったら吹雪が止むまで中に入っていきませんか?』
「そりゃフライゴンにとっても有り難いけどよ………いいの?」
キバナが確認したのは彼女が内気な性格だからというのもあるが、一番の問題は自分は異性という事だ
突然体の大きな男と狭いテントに入って彼女は大丈夫なんだろうか?
彼なりに心配して聞いたつもりだがナマエはただキバナを雪の中でほっとけず声をかけただけ
異性だという事までは頭がまわっていなかったようだ
『はい!テントを手伝ってくれたお礼です!』
「あー………んじゃ、お邪魔するわ」
テントの中へ避難した二人
軽く肩についた雪を払いながら中に入ったキバナはその狭さに気不味さを少し感じた
「悪いな、オレみたいなデカい奴が入ったから狭いだろ?」
お互いにテントの中で端の方に座るがどうにも距離が近い
少し体勢を変えれば触れそうな距離に眉を下げるがナマエは呑気にもメッソンと戯れていた
『大丈夫ですよ、それに狭い方が空気が暖かくなるかも!ね?メッソン』
メッソンも寒さに弱いのか小さく震える彼はモゾモゾと彼女の服の中へと入り込みナマエは擽ったさに身を捩りながらもメッソンの好きにさせた
『ふふっメッソンったら、ここが温かいの?』
服の中を移動し胸元に来たのだろう
彼女の首元の服から僅かにメッソンの頭が見えキバナはじっとりとそれを見ていた
「(羨まし…って違う違う、あんま見てたら変な奴って思われるよな)」
気を紛らわせようと背中を向けスマホを取り出すと彼はリーグスタッフに現状をメールで伝え、パトロールが完了した報告をした
「(取り敢えず雪がやんだら戻るっと……)」
気不味さと寒さを忘れる為ついでに日課の自分のSNSを確認し時間を潰そうとすると、静かになった彼女に気がつき振り返った
「……ナマエちゃん?」
何をしているのかと思えば自分の手のひらに息をかけ温めているようだ、白かった彼女の手は指先だけ赤く染まっており痛々しい
テント作りに苦戦していた時から外にいたせいで体温がキバナより下がっていたようだ
「赤くなってるじゃんか!手貸してみな!」
『へ!いえいえっこのくらい…』
「いいから貸す!」
キバナは体の向きを変えナマエと向き合うとすぐさま彼女の小さな手を両手で握りその手に息を吹きかけた
褐色の大きな手は温かく、ナマエの手がすっぽりと隠れてしまい見えない
口元を近づけ指先を温めるように息を吹きかける彼の顔が近くて今度はナマエが気不味い気分になっていく
『(うう〜っ!温かいけど…なんかっこれって恥ずかしい!どうしたらいいの?)』
緊張に体を強張らせ息を止めたように顔にまで力が入った彼女に気がつきキバナはつい吹き出した
「くはっ!なんつー顔してんだよ!」
『だっだって!どうしたらいいか分かんないだもん!』
顔を真っ赤にしやけくそ気味に言えばキバナは息を吹きかけるのをやめ、代わりに彼女の手を握りながら顔をあげた
「んじゃ温まるまでお喋りしよっか?」
胡座をかき少し背中を丸めてふにゃりと笑う彼にナマエは目を丸くさせるが、じわじわと体に入っていた余計な力が緩み小さく頷いた
小さなテントの中でキバナとナマエは暫くお互いの話をし時間を潰した
特にキバナはナマエに質問を次から次へと問いかけ自分の中のナマエという存在のデータを集めていった
引っ越す前の暮らし
故郷での男の子との事で他人と付き合うのが苦手になった事
変わりたいと思い前髪を切りに行きキバナと会った事
キバナがジムリーダーだと最近まで気がつかなかった事
話をしながらキバナは丁寧に相槌をうち、時には不貞腐れたり笑ったりしてくれた
握られた手はすっかり温かくなり指先も痛くない
だが不思議とすぐに離れたいとは思わずナマエは自ら口にはしなかった
それはキバナも同じであり、控え目に笑う彼女をもう少し独り占めしたくて握った手の力を抜くことはなかった