「もういいだろっ！いい加減行かせてくれ！」


チハルが入院した報告は彼女を推薦したダンデにも勿論伝わった
聞いた瞬間彼はすぐに病院へと向おうとしたがローズが仕事を優先するように指示し彼を引き止めた


チャンピオンである彼には仕事も多い、ましてや前回スポンサーとの食事をすっぽかしたばかりだ

これ以上の我が儘は許さないと言った上司の圧にダンデは悔しげに歯を噛み合わせ顔を歪めた






彼女が入院して既に４日経つがダンデの仕事が終わるのは決まって夜中だ

これでは病院の中へは入れない


今もまたローズが準備した食事会の為にスーツを着せてくる自分の秘書にダンデは怒りをぶつけた


「ダンデさんっお気持ちは分かりますが、これで最後ですから！」


秘書だってダンデの気持ちを優先させたいのだ、時間を調整し少しでも早く仕事が終わるように動いてくれいる


ダンデもそれは分かっているが
気持ちばかり焦り眉間に深いシワを作った


「クソっ！(彼女の顔が見たい！怪我はどの程度なのか…早く無事を確認したいのにっ)」


ネクタイをし紫の髪を1つに結ばれた彼は自分の眉間を指で摘み大きくため息を吐いた


冷静にならなければ…
早く終わるものも終わらなくなる
自分に言い聞かせ彼は静かに金色の瞳を鋭くさせた


「………終わり次第すぐ出る、後の事は任せていいか？」


「勿論です、貴方のリザードンも外で待っていますから」


「……よし」


少しでも早く終わらせる
それだけを目的にしダンデは煌めく光に包まれた会場へと足をすすめた


シャンデリアに豪華な食事
大きな会場に参加する人々は皆ドレスやスーツに身を包み大半がスポンサーや有名人だ


ローズに群がる彼らはダンデが現れた途端彼に集まりお近付きになろうと必死に世辞を飛ばす


それらを嘘の笑顔で聞くダンデは心にチハルの事だけを浮かべ耐えていた


「ああダンデくん、君に紹介したいレディがいるんだ」


人混みの中からローズがダンデを呼び寄せると、彼の側には若い女性が立っていた


「例のスポンサーのご息女だよ、年も近いし二人で話してみてはどうかな？」


ローズの表情からダンデは彼が何を望んでいるのか察し黒い感情を胸に湧き上がらせた

だがここで拒否してはまた長引くかもしれない

今は耐えるしかない


「……………ええ、レディこちらへ」


真っ赤なドレスを着た女性をエスコートしガラルでも有名な葡萄酒を手渡すと彼女はダンデへと微笑み話を始めた


「いつもバトルを拝見してましたが、間近で見る貴方の方がとても魅力的ですのね」


「………それはどうも」


「休日は何をして過ごしてますの？」


「相棒達と特訓ばかりですね、俺はポケモンにしか興味のないつまらない男ですから」


彼女が何を狙っているのかダンデにはすぐに分かった
色恋目的の女性は初めてではない

派手な化粧に無駄に露出された胸元
男としては勿論興味はあるが

心までは揺さぶれない

ましてや今は一人の少女に夢中なのだ、誰が来ようとこの想いは惑わされない


「まぁ、誰かいい人はいないのですか？こんなに素敵な男性…女性の方がほっとかないのでは？」


ゆっくりと体を近寄らせる赤いドレス、鼻を刺激する香水の匂いに顔が歪みそうになるのを耐えダンデは質問に答える気はないと葡萄酒を一口喉へと流し込んだ


太い首が酒を飲み込む度に喉を上下させる様を女性は物欲しげに見つめ彼の腕に手を添えた



「そういえば今年はダンデさんが自ら三人も推薦したそうですね」



その話題にダンデの眉がピクリと揺れ冷めた瞳が女性を見下ろした



「二人は同じハロンですから分かりますが、もう一人の少女は何処が良かったのですか？テレビで見ましたが手持ちも他のルーキーに比べて少ないし…バトル知識もまだまだですわね」


「余所者がどうやって貴方の推薦を貰えたのか…私の友人達もとても不思議に思っていたんです、武器になりそうなのはあの体つきくらいでしたし」



「若い子はすぐに体を武器にして下品ですから…ダンデさんもお気をつけてくださいね？」




ペラペラと勝手に喋る女性にダンデは顔だけでなく体の筋肉を強張らせた


「(この女は何を言っているんだ？チハルがどんなに努力しているか知りもしないで…よく俺の前でこんなに言えたものだな)」


その無駄に動く舌を引き抜いてやろうか

それとも厚化粧を乱してやり周りに見せてやろうか


自分でも信じられない程残酷な感情が沸々と湧き必死に自分を抑えようとするが女性はダンデの心など知らず話を続ける


「完璧な男性の隣には完璧な女性が相応しいと思いません？例えば……私なんていかがでしょうか？ダンデさんさえ良ければ私はいつでも貴方に身を捧げるつもりですわ」



あまりの不快感に力加減ができなくなり握っていたグラスが軋む音と同時に彼の手で弾け割れてしまった


「きゃっ！！」


真っ赤な葡萄酒はガラスと共に床に飛び散りダンデの手からも赤が垂れ落ちた、だが彼は痛みよりも腹の奥に湧き上がる怒りが強く感覚を麻痺させていた



「失礼ですが、俺は彼女に才能を感じガラルチャンピオンとして推薦したまでです…まだ出たばかりの若い芽をそのように見下すのは止めて頂きたい」



冷たい瞳をしたまま笑顔を向ける彼に女性はゾクリとした物を背筋から踵へと感じ顔を青ざめさせた


このガラルで一番怒らせてはいけない王を彼女は怒らせたのだ


「貴女は彼女を馬鹿にするが…それは俺の目を馬鹿にしている…と受け取れる、そうだろう？」


静まり返る会場で響く低い声
ローズと秘書が異変に気がつくも手遅れだったようだ

ダンデは震えて黙り込む彼女の耳元へと唇を寄せると小さく最後の警告を囁いた



「二度と俺とチハルに近寄るな」



それだけを告げるとダンデはニッコリと微笑み



「すまない、つい楽しくてグラスを握りすぎたようだ！こんな酔っ払いの俺に構わず皆さんもどうぞ食事と会話を続けてください」


大きな声で会場の皆に伝えれば一人また一人と会話の続きを始め元通りになる

それを確認したダンデはコチラを見つめるローズへと近寄り


「言われた通り相手はしました、なので俺はこれで帰らせて貰う」


圧を加えた笑顔を向けその場を後にしたダンデ、彼の後ろ姿を見送りローズはやれやれと頭を悩ませた



会場を抜けるとダンデはネクタイを外しながら駆け出し外で待つリザードンへと声をかけた


「リザードン！頼む！」


待っていたとばかりに彼を背中に乗せたリザードンは大きな翼を広げ夜の空へと飛び上がる


地面に落ちたネクタイを拾い上げた秘書は眉を下げつつ微笑み、リザードンの尻尾の炎が見えなくなるまで夜空を見上げていた


それは会場にいたローズも同じであり彼は自分の右腕でもある秘書を呼び出すと何やら指示を出し窓から見えるリザードンの炎を見つめた



「困るんだよね…彼には大事な仕事が控えているんだ、今更私の言う通りにならなくなるのは非常に困る」


指示を受けた秘書はすぐに動き出しローズは赤い葡萄酒の入ったグラスを片手に妖しく口角を吊り上げた


「私達の行く道を邪魔する悪い芽は先に摘み取らないとね」