ケース1 中村コウキの場合 〜猫の首を狩った少年〜

 十二月も半ばになり、町がクリスマスイルミネーションで彩られはじめた。
 本日最後の患者であるコウキが聞いてきた。

「先生はなんで精神科医になったの?」
「変人だからかな」
「自覚あるんだ」

 コウキは空気を読んだり気を遣うということができないので、一切フォローがない。
 初田は腹の底から笑う。
  
「精神科医になれば、わたしが変人と言われる理由を理解できると思ったのさ」



 初田初斗ーー幼少期の姓は嘉神なのでここは初斗と呼ぼう。
 初斗は幼少期から変わり者扱いされてきた。
 小学一年生のとき、遠足で学校近くの公園に行った。
 捕まえたバッタの足をもいで遊んでいたら先生に怒られた。

「平也くん、そんなことしたら可哀想でしょう!」
「ぼくは平也じゃなくて初斗だよ」
「ご、ごめんね、……ってそうじゃなくて、足を取ったらバッタさんが可哀想でしょう」

 腰に手を当てて怒る先生のすぐ後ろでは、初斗と同じ組の女の子たちがシロツメクサを摘んで花冠を作っている。

「花はかわいそうじゃないの?」
「は?」
「花だって生きているのに、あの子たちには注意しないの? なんで花はちぎってよくて、虫をちぎっちゃだめなの?」

 なに馬鹿なこと言ってんだコイツ、という顔をされたのは今でも忘れていない。
 納得のいく答えはもらえなかったし、ほかの先生に聞いても「かわいそうなことをするな」と怒られるばかりだった。

 花なら摘んでいいのかと認識して、学校の花壇に植えられていた薔薇の花を片っ端からもいだらそれはそれで「かわいそうなことをするな」と怒られた。
 シロツメクサは摘んでよくて薔薇はだめ。
 理不尽極まりない。 

 両親が離婚したときも、周囲から気を遣われ同情されたが、初斗はなんとも思っていなかった。「目の前で延々と夫婦喧嘩されるくらいなら、別れてくれた方が静かでいい」と正直な感想を言ったら、クラスメートたちの顔が引きつっていた。

 異常者に分類されるのは心外だが、誰に聞いても初斗は異常なことを言っていると返されれる。
 初斗は思ったことを正直に言っているだけなのに。
 いつの間にか精神医学に興味を持ち、精神科医を目指していた。

 
 
 医者になっても、花は摘んでよくて虫をちぎるのは駄目な理由はわからないまま。

 コウキを見ていると、子どもの頃の自分を見ているような気持ちになる。
『マグロショーはよくて猫殺しが駄目な理由はなに?』
 コウキの質問に返した答えは、初田がとりあえず自分を納得させるために導き出した解だ。
 大多数の正常な精神・・・・・の持ち主たちが決めたルールの上では許されないこと。
 正常な人間の価値観において、花と虫の命は同じ天秤にかけてはいけないのだ。

「どうしてわたしが医者になった理由を知りたいと思ったんだい?」
「精神科医じゃなくても、選択肢はたくさんあったでしょう? 先生すごく頭の回転速そうだから」
「帽子屋のナゾナゾと一緒で、答えのないものが好きだからさ。教科で言うなら数学より国語が好きだ。筆者の気持ちを述べよってやつがなかなか手強いよね」

 胃潰瘍なら薬を飲めば治る。
 骨折ならギプスで固定すればいい。
 精神は目に見えないし、必ずしもこの治療が正解という答えが無い。
 だからこそ興味深く、惹かれるのだ。

「先生ってやっぱり変な人」
「お褒めにあずかり光栄だよ」

 歯に衣着せないコウキの感想に笑って応じる。
 こうして初田初斗は、今日も答えのない答えを探して患者と対話していく。



閑話1 花と虫の天秤 終


ケース2 根津美ネルの場合 〜眠り病の同居人〜に続く

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