序 天狗ノ章

 フェノエレーゼとヒナは、おじいさんが呼びにいった村人たちに縄で引き上げられ、無事村に帰ることができました。

 本来なら今頃もっと人の多い都を目指して旅立っていたけれど、朝のごたごたでもう一晩、ヒナの家にとどまることになりました。

 幸いなことに、ヒナはかすり傷を負っただけで、手当ても簡単のもので済みました。
 それでも村人総出で探す騒動になったので、きつーくお叱りを受けました。

 お説教が終わる頃には、太陽が西にきていました。

 縁側に腰を下ろしたおじいさんは、庭の地面に落書きをして遊ぶヒナのようすを見て、フェノエレーゼに切り出します。

「笛之さん、あんたのお陰で助かった。ほんに、感謝の言葉だけじゃたりん」

「私は助けてなどいない。この雀が勝手に案内しただけだ。それに、翼を取り戻したくて願いを聞き入れただけ。あの小娘のためでなく私のために動いた。感謝されても困る」

 フェノエレーゼは湯飲みを傾けて、今も肩で休んでいる雀を指します。

『そうでさ。あっしがいたから見つかったんで……あ痛!』

 さも自分の手柄のように丸い腹をつきだすので、フェノエレーゼは指先で雀を弾きます。

 これまで人間は妖怪を嫌うものだと思っていたのに、そうではない人間に出逢い、複雑な気持ちでした。

 ヒナだけでなく、おじいさんとおばあさんも、明らかに人間でない行動をとったフェノエレーゼを人と同じように扱うのです。
 家の中からは小刻みに野菜を切る音が聞こえ、風が香ばしい匂いを運んできます。

 フェノエレーゼは、まるで自分がもとから人間で、ここで長く暮らしていたかのような錯覚に陥りそうになりました。

 おじいさんは首を左右に振って、フェノエレーゼの言葉を否定します。

「いいや、どんな理由であろうとあんたはヒナのために、わしらが怖くてすくんでしまった崖から飛び降りた。ヒナを助けてくれた。……だから」

 少し間をおいて紡がれたお願いを、フェノエレーゼは受け入れました。



 ──この村はどんどん人が減っている。みぃんな出稼ぎや戦地に行っちまって、残ったのはわしらのような老人や幼子ばかりじゃ。
 ようは、好奇心旺盛なヒナには狭すぎるんじゃ。
 だからのう、村の外の広い世界に、あんたの旅に、連れていってやってはくれんか。



「……どうせ、呪が解けるまで何年かかるかわからん旅になる。いい退屈しのぎにはなるだろう」

 人と妖怪は生きる時間の長さがあまりにも違います。
 童女の生涯も、二百年をゆうに生きているフェノエレーゼにとって退屈しのぎ程度の時間です。

 旅の同行を許すのも、ただの気まぐれ、退屈しのぎ。

 最初は、そう考えていました。



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