ケース2 根津美ネルの場合 〜眠り病の同居人〜

 朝、教室に入ってすぐ東堂がネルに聞いてきた。

「あのあと大丈夫だった? 帰ってからナルコレプシーって検索してみたんだけど、制限が多くてたいへんなんだな」
「にいさんがいるから大丈夫」
「そうか。お兄さん、昨日すごく根津美のこと心配してたもんな」

 初田のことは指摘してこない。それどころか、ナルコレプシーについて調べ、気遣ってくれている。昨日駅員を呼んでくれたことといい、根っからのいい人だ。

「俺じゃできること少ないと思うけど、なんかあったら手伝うから言えよ」
「ありがとう」

 お礼を言って席に着く。
 新しいクラスになって二週間、初めて人と会話をした。
 ネル以外のクラスメートは部活グループが形成されている。三年生になってからそこに溶け込むというのは、コミュニケーション能力の低いネルにはハードルが高かった。



「根津美さん、一緒にバスケしようよ」

 昼休みになると同時に、同じクラス女子がネルに話しかけてきた。昨日、ネルが昼休みに寝ていてズルいと言っていたグループだ。その同じ口で、一緒に遊ぼうと言われても信用できなかった。
 
「無理です」

 ネルは鞄を持って、いつも通り保健室に向かおうとした。お昼は保健室で先生と一緒に食べている。

「根津美さんいつも寝てばっかりだから運動不足だと思うんだよね。動いた方がいいって。あたしら善意で言ってあげてるんだからね」
「無理です」
「善意を否定するってひどくない?」

 一対四ではどうしても分が悪い。断るネルのほうが悪役のように言われてしまって、ネルは黙り込んでしまう。
 

「断っている人間に無理強いする方がひどくないか」

 東堂が四人に物申した。ネルは助け船に心から感謝したが、四人はそれでよしとしてくれなかった。

「関係ないんだから東堂はひっこんでなよ。これはあたしらの話なんだから。根津美さん行こ行こ」

 なす術もなく体育館にいくことになり、バスケットボールを押しつけられる。

 昼に休んでおかないと、午後の授業で睡眠発作が起きるかもしれない。
 ネルは何度も「主治医の先生に言われているの、休まないと駄目だから保健室に行きたい」と訴えたけれど聞き入れてはもらえなかった。

(これが、まばろしだったらよかったのに)

 彼女たちの言い分は、いっぱい動けば体にいい。
 それはあくまでも健康体の人ならばという大前提がある。
 ネルの場合、睡眠を人より多く取らないと体に負担がかかる。

 結局お弁当を食べることすらできないまま昼休みが終わろうとしていた。
 あと五分で午後の授業がはじまる、という時間になってようやく解放してもらえた。

「明日もやろーね」
「そうそう。運動って大事だよ」

 なんて笑顔で言われて、ネルは泣きたい気持ちでいっぱいだった。もっと気が強ければ、絶対に嫌だと言い張れたのにそれができない。

(次の授業、なんだっけ。ええと、古文? いや、地理だったかな)

 廊下が無限に伸びているように見える。教室に行きたいのに、どれが自分のクラスに続く入り口なのか分からない。
 これが幻覚だと気付けたのに、幻覚から抜け出すことができない。
 そこで意識が途絶えた。



 目覚めると、そこは保健室のベッドの上だった。

「ネルさん!」

 白衣を着た初田に呼ばれ、ネルは答える。

「初斗、にいさん」
「廊下で倒れたって連絡をもらったので来ました。それと、東堂君から話を聞きました。今日はもう無理せずに帰りましょうか」

 初田が来てくれたのも幻かもしれない。本当は一人で、廊下に倒れたままなのかもしれない。
 ネルは横になったまま、ふとんから右手を出す。初田はネルの手を両手で包みこんだ。

「ネルさん。これは幻ではありません。わたしはちゃんとここにいますよ」
「……うん」

 保健室の先生が、カーテンの向こうから現れた。

「根津美さん、目が覚めたのね。東堂君が鞄を持ってきてくれたわよ。それから同じクラスの女の子が何人か、話したいってきているんだけど、大丈夫そう?」

 昼休みにネルを引っ張り回した子たちだ。あまり顔を見たくない。

「話ならわたしが聞きましょう。……ネルさん、寝ていていいですよ」

 ネルはふとんの中でうなずくと、安心して目を閉じた。

 

 
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