十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜

「和香、それ新しい靴?」
「よく気づいたな」

 朝の電車を待っているとき、亜利が聞いてきた。
 いつも履いていたのはそこがすり減って穴が開いたから、貯めていたバイト代で新調したのだ。

「バイトしてるから、こういうとき買い換えられる」 
「いーなー。あたし、一度は東京のコミケ行きたいけど、お母さんにおこづかい上げてって言うのもなんだしさ。和香が働いてるとこ、バイト募集してない? あそこならあたしも家からチャリで通える」

 お金がほしい=よっしゃバイトしよ! になる精神は尊敬できる。
 しかもお金がほしい理由がコミケで買い物したいからっていうあたりが亜利らしい。

「帰ったら店長に聞いてみる」

 夕方出勤することになっていたから、事務所に顔を出して店長に打診してみる。
 春先に和香の先輩バイトが大学卒業して辞めたばかりだったから、快くオーケーしてくれた。
 亜利にその旨をメールすると、即電話がかかってきた。

『やったー! サンキュー和香! バイトでもよろしく!』
「亜利は元気だな」

 近所だから、亜利はその日のうちに履歴書を手に店にきた。本当に、思い立ったら即行動の子だ。

 そしてシフトの話などして、週末から同じ店で働き出した。
 和香が最初の頃言われていたのと同じことをパートさんにネチネチ言われて、目に見えてわかるくらいムッとしている。
 でも、コミケに行きたい気持ちのほうが勝っているみたいで、その場で怒ったりはしなかった。

 バイトの間耐えているだけだから、仕事終わりにロッカールームでパイプ椅子に座り込み、弱音を吐いた。

「あー、疲れたよー。和香、一年近くもこんなことしてたわけ?」
「ドンマイ亜利。このあとカラオケでも行こうぜ。ストレス発散になるだろ」
「ほんと!? 行く! 行こう!」

 ついさっきまでぐったりしていたのが嘘のように、亜利は元気よく立ち上がった。
 
 たまに二人でカラオケに行ってストレスを発散しつつ、夏休みになった。
 亜利は貯まったバイト代で予定通り東京に旅立ち、トランクいっぱいに同人誌を買って帰ってきた。

「へへへ。読み終わったら和香に貸すからね。封神演義の新刊が山ほどあったよ!」
「おー。楽しみにしとく」



 夏休みの終わりには、いつもの厳しいパートさんがロッカールームで声をかけてきた。

「水沢さん、最近ちょっと痩せた? 店に来たばかりの頃よりスッキリしているように見えるわ」
「え、そうですか? ありがとうございます。毎日ウォーキングした甲斐があります」
「私もダイエットしようかしら」
「何言ってるんですか。先輩、ダイエット必要ないくらいスタイルいいじゃないですか」

 少しずつでも、毎日してきたことが目に見える形になっているようだ。
 最近は駅の階段の上り降りも辛くなくなった。
 一年生の春着ていた服はぶかぶかになっている。

 このまま続けていけば、Mサイズの服がらくらく入るようになるかもしれない。
 


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