十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜

 兄は新聞奨学生制度を使って、東京にあるプログラミングの専門学校に進んだ。
 実家にあるパソコンの電源すら入れられない人がプログラミングの専門学校……大丈夫なのか。


 新聞奨学生というのは新聞配達所に住み込み、学校のない時間帯はそこで働くものだ。
 卒業まで新聞配達員をしていれば学費が免除される。

 在学の二年間、勉強と朝刊夕刊配達二足のわらじを履く……
 いうほど簡単なことじゃない。
 ただでさえキレやすい忍耐力ゼロの兄に、そんな体力と精神がすり減る仕事が務まるかどうか。

 不安要素しかないけれど、実家に居座られたら迷惑だから、和香は一切反対せず兄の進学を後押しした。

 兄の声を聞くのすらストレスに感じるレベルだから、和香の生活圏から消えてくれるならなんでもいい。


 春になり、兄は赤点ギリギリで高校を卒業して旅立っていった。
 兄が旅立って以降、両親は日夜、兄のことを案じている。

「心配だわ。お米を送ってあげるべきかしら。あとお小遣いあげなきゃ」
「服も送ってやろう」

 これが長男教というやつか。
 和香には「自分の携帯代と友達と遊ぶ金は自分で払え」と言って、和香がバイトを始めた月以降お小遣いをくれなくなったのに、兄には食べ物と生活費の仕送りをするのだ。

 和香には両親の思考回路が理解できない。

 高校二年になり、一年の頃より好みの授業を選べるようになった。
 パソコンを扱えれば事務仕事にもつきやすい。就活でつぶしがききやすい。

 必修科目以外は、コマの許す限りパソコン関連の授業、あと国語をつめた。
 担任との面談でOKをもらい、二年生での時間割が確定する。

 たまたまリクも同じ日に面談だったらしい。隣の面談室からリクが出てきた。

「よう水沢。時間割どうした?」
「パソコン入れた。多分この先役に立つし」
「へー。プラス思考だな。オレは歴史取るよりはマシだろうからパソコン入れた」
「なーる」

 和香が数学を取りたくないから国語を入れたようなもんだ。嫌いな授業を比較してどっちがマシか、という選び方。

「あと体育多めに入れた。オレ、専門行ったらダイビングの資格取るから今のうちに体力つけたいんだ」

 リクはニヒルに笑いガッツポーズしてみせる。

「頑張れリク。応援してるぜ」
「おうよ! 頑張る」

 今年も同じクラスにならなかったけれど、こうしてスキマ時間にちょくちょく話すし、いくつか取った授業がかぶっている。

 図書室で待っていてくれた希沙と雪江が、自分の時間割をどうするかブツブツ言いながら合流した。

 
 家に帰っても怒鳴り合う声が聞こえないから、和香は家で勉強しやすくなったし、一年の頃より格段に成績が上がった。

 やはり環境というのは大事だと、中間テストの成績表を見て実感した。



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