十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜

 帰りの電車で、亜利が何やら臭いを放つビニール袋をさげていた。

「な、なんだ、それ何持ってんだ亜利」
「授業でニワトリ捌いた。ナイフで首落として血抜きして、それから羽むしって」
「ぇぇええええ……農高やべぇ」

 笑顔で言われて衝撃的だった。
 野菜育てるだけの学校だと思っていたが、よく考えたら畜産養鶏も農業高校の範ちゅうだ。

「このトリ料理してレポート書くまでが課題なんだけど、和香、なんかいいレシピある? 最近料理本読んでるじゃん」
「んーー、初心者ならレンジで蒸し鶏かな。これくらいの大きさに切って、耐熱皿に乗せてラップと酒かけてレンジでチン。中に火が通るまで何回か温める」

 ひとり暮らしするときのために、和香は最近自分の食事は自分で作っている。
 図書館で初心者向け料理本を山ほど借りてきて読み込んだ。

 親に聞けと言われそうだが、和香の母親はネギを切った包丁を洗わずリンゴを切るような人だ。
 幼稚園の遠足で、ケチャップをかけただけのスパゲッティと四つ切りにしたリンゴの塊が弁当箱の中で踊っていた。

 当然だけど、ケチャップ味のリンゴはめちゃくちゃマズかった。

「わー、それなら簡単そう! 味付けはどうしたらいいの」
「家にあるドレッシングかけとけばなんとかなる。ごまドレッシングとか、醤油ドレッシングとか」
「ありがと、それにする」

 亜利はいそいそと携帯のメモ帳に書き込む。

 家に帰ると、いつも以上に家の中が荒れていた。
 玄関にはまったガラスが大きくひび割れていて、砕けた花瓶が転がる。

 ガムテープで応急補修されていた壁の穴は破かれて広がっていた。
 ネコが怯えて、タンスの隙間にはさまって鳴いている。

 足元に落ちていたクシャクシャの紙くずを広げると、兄宛の就職面接不採用通知だった。
 二十社落ちたのは、こういう・・・・気性が面接で透けて見えるからだと思う。

 喚き散らす声にならない声が二階から聞こえてくる。
 この日の夜、和香は晩酌をしていた両親にこっそりと言った。

「あいつカウンセリングか精神科に連れて行ったほうがいいと思う。反抗期だけじゃ説明つかない」

 自分の意見が通らないとわめき散らして家中の物を破壊する。子どもの頃からずっとそうだ。
 きっと専門医のもとで治療を受けないといけないたぐいのもの。

 けれど両親は和香を叱った。

「馬鹿なこと言うな。うちに精神病の人間なんていない」

 兄は病的なまでの気性の荒さを直すチャンスを失った。
 和香は両親に失望する他なかった。



 翌日、兄は両親に「就職やめて東京の専門学校に進学する」と言い出した。
 専門学校なら学力試験なしに入学できる。
 和香としては、日々静かに平和に暮らせるならなんでもいい。


 いっときの気の迷いでなく、兄は本当に進学のための願書を持って帰ってきた。


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