十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜
夏休みが終わり、授業が再開した。
和香は亜利と電車に乗って高校の最寄り駅へと向かう。
「和香は今日はスーツなんだね。珍しい。どっか面接でも行くの?」
「いーや。ビジネスマナー講座だってさ。そういう授業があんだよ」
普段ならロングTシャツにカーゴパンツ、スニーカーだけど、今日の和香は夏の間に用意したパンツスーツ、スーツに合わせた黒の靴だった。
社会人も通うがゆえに、こういう講座も特別授業に組み込まれている。
講師を呼んで面接練習するとかしないとか。
高校卒業後に進学するなら入試があるし、その先も就職活動で必ず面接がある。
人生どこまでいっても面接なのか。
日本人は面接が好きすぎじゃないか。
三時限目、いかにもな講師が来た。
寝癖一つない、ピッチリひっつめ髪の中年女性だ。
配られたプリントに目を通しつつ、講習会用大教室で講師の話を聞く。
化粧はナチュラル、派手になりすぎないように。
男子は面接室に入ったら座るとき膝の上に拳を乗せる。女性は膝の上で手を重ね合わせる。どっちでもいいじゃんそんなのとツッコミたくなるマナーもちらほらある。
「それでは、教室前に用意した椅子に、面接室に入るていで5人ずつ座ってください」
講師に言われるまま5人ずつ座り方を指導されていき、和香の番がきた。
プリントの指示にあるよう座ってみたが、講師の目がきつく光った。
「あなた、なんでパンツスーツなの? スカートのスーツは持ってないの?」
「え。これだってスーツなのに、だめなんですか」
「プリントにあるでしょう。女性はスカートのスーツが基本です。そんな格好で面接に行ったら落とされるわよ」
「パンツスーツの何が悪いかわかりません」
講師に対する口のききかたじゃないとわかっていても、つい口をついて出てしまった。
スーツの店で売ってるんだから、着るのがルール違反なんてことないだろ。
ここに来てまたスカートをはけと言われるのか。
社会人になったら、また言われるのか。
女ならスカートのスーツが当たり前だと。
どこの誰が作ったかわからない【社会人が守るべき当然のマナー】とやらに従って生きなきゃいけないのか。
吐きそうだ。
日本が嫌いになりそうだ。
クソ食らえ。
講座が終わってすぐ和香はトイレに駆け込んで私服に着替えた。
こんな胸のふくらみ、なくなってしまえば、生理も来なくなってしまえば、
ーー女でさえなければ、こんなこと言われずに済むのに。
今無性に、自分の胸にカッターを突き立てたい。
切り落としてしまいたい。
こんなもの、要らない。
そんなことしたら出血多量で死んでしまう、理屈ではわかっていても耐えられない。
普通の女の子なら、スカートのスーツを着ろと言われても疑問を持たず着るんだろう。
やはり自分は、“普通の女の子”に属さない生き物なんだと再認識してしまった。
着替え終わってトイレから出ると、リクもまたスーツが嫌だったのか私服になっていた。
講師に、和香が言われたのと同じこと言われていたから。



和香は亜利と電車に乗って高校の最寄り駅へと向かう。
「和香は今日はスーツなんだね。珍しい。どっか面接でも行くの?」
「いーや。ビジネスマナー講座だってさ。そういう授業があんだよ」
普段ならロングTシャツにカーゴパンツ、スニーカーだけど、今日の和香は夏の間に用意したパンツスーツ、スーツに合わせた黒の靴だった。
社会人も通うがゆえに、こういう講座も特別授業に組み込まれている。
講師を呼んで面接練習するとかしないとか。
高校卒業後に進学するなら入試があるし、その先も就職活動で必ず面接がある。
人生どこまでいっても面接なのか。
日本人は面接が好きすぎじゃないか。
三時限目、いかにもな講師が来た。
寝癖一つない、ピッチリひっつめ髪の中年女性だ。
配られたプリントに目を通しつつ、講習会用大教室で講師の話を聞く。
化粧はナチュラル、派手になりすぎないように。
男子は面接室に入ったら座るとき膝の上に拳を乗せる。女性は膝の上で手を重ね合わせる。どっちでもいいじゃんそんなのとツッコミたくなるマナーもちらほらある。
「それでは、教室前に用意した椅子に、面接室に入るていで5人ずつ座ってください」
講師に言われるまま5人ずつ座り方を指導されていき、和香の番がきた。
プリントの指示にあるよう座ってみたが、講師の目がきつく光った。
「あなた、なんでパンツスーツなの? スカートのスーツは持ってないの?」
「え。これだってスーツなのに、だめなんですか」
「プリントにあるでしょう。女性はスカートのスーツが基本です。そんな格好で面接に行ったら落とされるわよ」
「パンツスーツの何が悪いかわかりません」
講師に対する口のききかたじゃないとわかっていても、つい口をついて出てしまった。
スーツの店で売ってるんだから、着るのがルール違反なんてことないだろ。
ここに来てまたスカートをはけと言われるのか。
社会人になったら、また言われるのか。
女ならスカートのスーツが当たり前だと。
どこの誰が作ったかわからない【社会人が守るべき当然のマナー】とやらに従って生きなきゃいけないのか。
吐きそうだ。
日本が嫌いになりそうだ。
クソ食らえ。
講座が終わってすぐ和香はトイレに駆け込んで私服に着替えた。
こんな胸のふくらみ、なくなってしまえば、生理も来なくなってしまえば、
ーー女でさえなければ、こんなこと言われずに済むのに。
今無性に、自分の胸にカッターを突き立てたい。
切り落としてしまいたい。
こんなもの、要らない。
そんなことしたら出血多量で死んでしまう、理屈ではわかっていても耐えられない。
普通の女の子なら、スカートのスーツを着ろと言われても疑問を持たず着るんだろう。
やはり自分は、“普通の女の子”に属さない生き物なんだと再認識してしまった。
着替え終わってトイレから出ると、リクもまたスーツが嫌だったのか私服になっていた。
講師に、和香が言われたのと同じこと言われていたから。