十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜
放課後。希沙たちと駅への道を歩いた。
何人もで連れだって帰路につくなんて人生で初めてだ。
「入学してから見てたけどさ、ミズっちって表情変わらないから、授業中に暴れん坊将軍が鳴ったとき慌ててるの、意外だったな」
「その節はご迷惑を……」
マナーモードにし忘れたのは一生の不覚。
「時代劇が好きなんて、年の割に渋い趣味だね」
「おじいちゃんの影響」
今は亡き祖父は時代劇が好きだった。和香も幼い頃、祖父と一緒に観ていた。
和香が男言葉なことも、時代劇が好きなことも否定しない希沙たちに、心を許しはじめていた。
駅で希沙たちと別れ、電車のホームへと駆け出す。
両親は「定時制の学校なんてダメ人間、落伍者の行くところだ」と頭ごなしに否定していたけれど、和香にはそう思えない。
だって希沙たちのおかげで、学校が楽しいと思えたんだから。彼女たちは落伍者なんかじゃない。
和香が自宅の玄関に立つと、中から兄と母が怒鳴り合う声が聞こえてきた。
さっきまでの明るい気持ちは一瞬で霧散する。
深呼吸して鍵を開けた。
「こんな成績でどこの学校に行くつもりなの!」
「うるせんだよ! 俺が悪いってのか!? ※※※※※※!! ※※※※※!」
どうやら隠していた赤点だらけの期末テストがバレたらしい。
逆上しすぎて、兄の言葉は半分以上言葉になっていなかった。
兄の喚く声と同時にドスン、と重たい音が家中に響く。
(壁の穴がまた一つ増えたな)
和香は他人事のように思った。
二人とも和香が帰ったことに気付かないくらい激高しているし、顔を合わせたくない。
このまま家に入る気になれなくて、カバンを玄関に投げ、携帯電話とサイフだけポケットに突っ込んで家を出た。
目が見えなくなれば壁の大穴なんて見えないし、耳が聞こえなければ怒鳴り合う声を聞かずにすむのに。
今は息をするのも辛い。
あてどなく近所を歩いて、日が落ちてから家に戻った。
兄は部屋に閉じこもって叫んでいるし、母は割れた窓の欠片を無言で集めている。
(ここにいたくない。消えてなくなりたい)
和香にとって自宅は、心安らぐ場所ではなかった。
表情が変わらないと、希沙に言われたけれど
和香は笑い方を知らない。どうやって笑えばいいのか、家族から教わったことがなかった。



何人もで連れだって帰路につくなんて人生で初めてだ。
「入学してから見てたけどさ、ミズっちって表情変わらないから、授業中に暴れん坊将軍が鳴ったとき慌ててるの、意外だったな」
「その節はご迷惑を……」
マナーモードにし忘れたのは一生の不覚。
「時代劇が好きなんて、年の割に渋い趣味だね」
「おじいちゃんの影響」
今は亡き祖父は時代劇が好きだった。和香も幼い頃、祖父と一緒に観ていた。
和香が男言葉なことも、時代劇が好きなことも否定しない希沙たちに、心を許しはじめていた。
駅で希沙たちと別れ、電車のホームへと駆け出す。
両親は「定時制の学校なんてダメ人間、落伍者の行くところだ」と頭ごなしに否定していたけれど、和香にはそう思えない。
だって希沙たちのおかげで、学校が楽しいと思えたんだから。彼女たちは落伍者なんかじゃない。
和香が自宅の玄関に立つと、中から兄と母が怒鳴り合う声が聞こえてきた。
さっきまでの明るい気持ちは一瞬で霧散する。
深呼吸して鍵を開けた。
「こんな成績でどこの学校に行くつもりなの!」
「うるせんだよ! 俺が悪いってのか!? ※※※※※※!! ※※※※※!」
どうやら隠していた赤点だらけの期末テストがバレたらしい。
逆上しすぎて、兄の言葉は半分以上言葉になっていなかった。
兄の喚く声と同時にドスン、と重たい音が家中に響く。
(壁の穴がまた一つ増えたな)
和香は他人事のように思った。
二人とも和香が帰ったことに気付かないくらい激高しているし、顔を合わせたくない。
このまま家に入る気になれなくて、カバンを玄関に投げ、携帯電話とサイフだけポケットに突っ込んで家を出た。
目が見えなくなれば壁の大穴なんて見えないし、耳が聞こえなければ怒鳴り合う声を聞かずにすむのに。
今は息をするのも辛い。
あてどなく近所を歩いて、日が落ちてから家に戻った。
兄は部屋に閉じこもって叫んでいるし、母は割れた窓の欠片を無言で集めている。
(ここにいたくない。消えてなくなりたい)
和香にとって自宅は、心安らぐ場所ではなかった。
表情が変わらないと、希沙に言われたけれど
和香は笑い方を知らない。どうやって笑えばいいのか、家族から教わったことがなかった。
