文化祭とは(元拍手十一月)
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劇よ。
と、そう聞いていなければ確かに何事かと思ったかったかもしれない。女の子達と別れ、ふらふらと校内を練り歩けば俄かに人のざわめきを感じた。何か催し物でもしているのか、廊下の真ん中だけれど、と近寄ってみてみれば、そこには随分と綺羅きらしい衣裳を纏った“王子様”が立っていた。
……というか、あれは。
「フリッピー?」
普段とはまるで違う衣裳に身を包んではいるが、見知った先輩に見える。
「イチちゃん!」
途端、まるで救いを得たかのようにほっとした顔で声を上げたフリッピーは、人だかりから逃れるように近付いてきた。が、ふとその近くにもう二つ知った顔がある事に気づく。
「うわっ坊ちゃんが嬢ちゃんみたいな格好しとる……! カケラも
「ハァ? マウスあんたシュミわっっるぅー……」
変わったイントネーションで迸る、テンポの良い高い声。妙な具合に覇気がなく、それでいて良く通るテノール。他校に通ってるフリッピーの昔からの友達……マウスとスネイキーは待ち構えたように両側から揶揄いの言葉を投げた。
「やーまぁ確かに好みちゃうけどな」
「二人とも良い加減にして。ごめんねイチちゃん気にしないで、おでこ出てるの可愛いね」
「んぇっふふたいちょーも服装に触れてへんやん!」
そういえば今日は他校生も立ち入り出来たのだったか。久し振りに見る顔を眺めていれば物理的に諫める様に、小柄な方の先輩を押し退けてフリッピーが言う。
緑の目をしたこの人がここまでぞんざいな扱いをするのも珍しい。幼馴染だとか言っていたが、そういうものなのだろうか。フリッピーの事を隊長と渾名で呼び、金の瞳をフリッピーと呼ぶこの二人。
「……俺だっていつもデコ出てるんスけど」
「ッひーーーーー!!スネちゃま拗らせすぎやろ!笑うわ!」
すると置いてけぼりの形になった、相対するように長身の同級生がぽつりと独り言ちた。途端、背景に引き笑い気味の爆笑が響き渡るが、当事者の王子様はきょとんとした顔をしていて、スネイキーにはそれがどうも気に入らないらしい。そう睨むまでも無く散々扱き下ろされたオレとしては比べるべくも無いと思うのだが。
「はー、まっ、一周回ってかわいーみたいなんあるやん?かわいーかわいー」
わざわざ一回転しなければ不相応というのは果たして褒め言葉か否か。
片手をひらひらさせながらマウスが言うが、まぁ確かに隣にこれだけ衣装を着こなした人がいれば正当な感覚だと思う。
「フリッピーは似合ってるね、それ」
「ええと、ちょっと恥ずかしいんだけど……ありがとう」
籤引きだったんだけど……と困ったように言う上級生。改めて見るに、この人は目鼻がはっきりしていて背もそれなりにあるので衣装がとても似合っていた。まるで本当に絵本に出てくる挿絵の王子様のように。
少し照れくさそうに頬を掻くその姿は恥ずべくもなく様になっており、成程さっきの人だがりはこれが原因か。
「うわっ出た王子様スマイル……」
「ロイヤリティごっっつ高い」
「キラキラエフェクト飛んでそうっスね」
「衣装パワーすごいねん」
「ちょっとそこの二人うるさいよ」
王子様は友人達を掻い潜って来くると「イチちゃんも似合うよ、かわいいね」とお世辞をくれるのだが、フリッピーがそうやってオレを庇えば庇うほどマウスからは好奇と、そしてスネイキーから嫉妬の視線をそれぞれ背中越しに感じる。
「まぁ王子様とメイドで世界観
「ああ……店に来てくれたらもっとちゃんとしたメイドが居るぞ」
「はぁ、ドン引きレベルで客引きヘタだな……ちゃんとしてねー自覚あンのかよ」
自覚というか、客観視というか。
全てのやりとりを天然っ気によりスルーして「時間が出来たら行くね」と笑うフリッピーも中々なものだが。
「『王子様』は劇に出るんでしょ、ペチュニアに聞いたんだ。オレも丁度休憩時間だから見に行こうと思って」
「えっ、んんそうだよ……でもやっぱりちょっと照れるなぁ」
そう言われると少しの罪悪感と、それでも期待が増してしまう。
「隊長がお望みなら隔離しとくっスけど」
「お望まないよそんなこと……」
そして間髪入れずに襟首を掴まれるものだから王子様の顔色も一瞬で羞恥から呆れへと変わる。いや本当にそこまでの事なら観劇は自重するが……フリッピーはやんわりと幼馴染の腕を下げさせる。「気にしなくて良いからね」と穏やかに良い募る脇で、背伸びして長身の後ろ頭を叩く手がひとつ。
「さ、て、と。この辺にしとかんとスネちゃまに笑い殺されてまうわー」
にやにやと上がる口角を隠す気もなく、哄笑の名残を含んだ声音でマウスは言った。
「というか隊長もそろそろ時間やろ?」
「あ、そうだね。行かなきゃ、ありがとマウス」
はっとした様に時刻を確かめ、そして礼を言う、その矛先にいたマウスにスネイキーが拗ねた視線を送ったその瞬間、
「じゃあ行ってくるね……恥ずかしいのは本当だけど、観に来てくれた分まで頑張るよ」
ぼす、とその手をスネイキーの頭に載せる。思わず屈む長身の後輩に向けて微笑みを一つ送り、ついでなのかわざわざオレにまで手を振った。
「楽しんで行ってね」
そして衣装の裾を翻し、校則に違反しない程度の早足で去って行った。──その場に居る何人もの生徒をしっかりと振り向かせながら。
「いやファンサやん」
「はぁー……推せる……」
そして幼馴染の一人を陥落させながら。……押すのか?
淡々としたトーンながら、撫でられた頭頂部を押さえるスネイキーを見上げながら、ふと気付く。
「そういえば演目を知らない。王子様は主役なのか?」
「あー……? 俺も知ンね、でもたいちょーは主役じゃないっつってたぞ」
聞き損ねてしまった。
女の子達も題目については何も言っていなかったし……考えあぐねていれば灰色の瞳が一点を見つめていた。釣られた視線の先には、心の底から楽しくて仕方がないという風に笑う、人一倍小柄な男。
「ま、このマウス様に知らん事なんか無いっちゅうこって」
相変わらずの情報通らしい。
マウス・カ・ブームはたっぷりと勿体ぶってからそのタイトルを口にした。
誰もが一度は聞いたことのあるお話。
王子様は主役ではないけれど、確かに少し照れ臭くなるほどに格好のつく役かも知れない。
そのお話の名前は、
「『眠り姫』」
【高等部 3年 来客 他校2名】
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