元拍手連載
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「……え?」
驚いて聞き返そうとした正にその時、先を読んだかのようにビルは振り返った。そしてその視線はオレを通り越して後ろへ延びる。
「おぅ、アリス来たか」
同時に、聴こえてくるのはまたしても馴染んだ声で、振り返ればそこに居たのは分かりやすい兵士服。赤を基調とした隊服のその人は、オレと同じく缶の補給用員らしい。ペンキを抱えた方とは逆の片手を挙げて言う。片手というか……それはフックだったけれど。
ラッセルは続けて「兎の方が先に来たから心配しただろーが」と笑いながら近づいてくる。多分、オレに言っているのだろうけど、いつもと違う名で呼ばれているだけに一瞬反応が遅れてしまう。
「なんだよ、忘れちまったのか?俺だよ、ジャック。ハートのジャック」
「じゃ、っく?」
最早様式美と化してきたが案の定ラッセルではなかった兵士はペンキを地面に転がして、ぐりぐりと人の頭をかき混ぜた。
「よぅ、ビル、ペンキ足りそうか?」
「ああ、これだけあったら足りるだろ」
「悪いな、手間掛けさせちまって」
オレの頭越しに展開される会話によると、どうもビルはジャックに頼まれて薔薇を染色しているらしい。この格好でジャックが王様ということはないだろう。多分、ラッセルの上司がその勅命を下した張本人なのだ。
「最悪でも裁判が終わるまでには間に合わせないとな」
「裁判?」
訊いたのはオレだ。
「それに、……ビル、さっきの」
「さっき?」
人心地つけるようにこちらを振り向くハンディ。その頬に、掠った様に赤く塗料が線を引いていた。それを見ながらオレは続ける。
「オレがそれどころじゃないって、どういう意味」
「どういう意味って、そのままの意味だ。お前が城に来たのは裁判に出るためじゃないのか?」
なんでそんなことを聞くんだとでも言いたそうな表情で、ビルは首を傾げるのだが正直言ってこっちの台詞だ。
裁判、って、何の?
「オレが来たのは……呼ばれたからで、」
「呼ばれた?誰にだ」
「分からないけど……」
ふと、思い立って城に従事しているらしいジャックを見遣る。すると同じことを考えたのかハンディもラッセルに目を向けた。が、
「……ん?ぅおっ!俺じゃねぇぞ!?」
注目を浴びていることに気付いた、当の兵士が否定する。
なんだてっきり、そうなのかと思ったのに。その意味を込めてビルと顔を合わせると、ペンキ塗りの手伝いは未だに怪訝そうな顔をしていた。
「けど、そもそも呼ばなくてもお前は来るだろ?」
「何で?」
「そりゃあ、……兎が城に来るから」
当然のように答えるのだが、どうも因果関係が読み取れない。ハンディは疑問符を浮かべたままのオレを見て苦笑する。
「それに証人はアリスって決まってんだから」
「証人?そうだ、それよりオレはアリスじゃ──!」
アリスじゃないと思う、とか、そういうことを今更ながらに言おうとした、筈だった。
しかし不意に耳に届いた、がちり、とまるで歯車が合わさるような厭な音にオレの主張は途切れた。
──そして次の瞬間、地面が震えた。
「っわ!」
その体を襲う不安定さに、一瞬オレは気絶でもするのかと疑うが、すぐに物理的な揺れだと気付いた。
咄嗟に足元のペンキ缶が転がらないように抑えつける。しかしその振動は思った程でもなく、ビルとジャックは危なげなく立っているようにその時は見えた。どこからか鈍い音が聞こえてくる。そしてオレは顔をあげて、
「あ、れ?」
城の敷地内、この綺麗な庭園まで来るために渡ってきた跳ね橋が上がりきっているのを見た。
さっきまで確かに橋として機能していた筈のそれは、城を護るための石壁と化している。これはもしかして、外に出られなくなってしまったんじゃないだろうか。
「おいおいおい……」
ふとラッセル、ジャックのやけに小さく掠れた声が落ちた。
気になって見上げれば、その片目はオレと同じく跳ね橋だったものに向けられていて、
「やべぇぞ、これ」
そして比較にならない程危急迫る様子でそれを注視していた。
驚いてビルを覗うも、
「アリス、お前まだ兎と会ってなかったのか」
そのヘルメットの下はこれまでにない顰め面で、逆に聞き返してくる。
「ウサギ、三月ウサギとなら」
「違う、白兎の方だ」
それが今この状況と何の関係があるのかも分からずにオレは答える。
「シロウサギ、は、見かけたけど、顔は合わせてない」
探してるけど、見つかっていない。追っている事になっているが追いついていない。
どうにかそう伝えれば、がこんとペンキの缶が倒れた。オレに一歩近寄った、その義足が誤って蹴倒したらしい。
若々しい新緑に、零れた赤がじわりと広がっていく。どこか不吉な光景に気を留める間もなくジャックは何時になく真剣な顔でオレを見た。
「アリスよく聞け」
きゅ、と眉を寄せ、躊躇うようにマリンブルーの髪が揺れた。
「兎がいるならあの城ん中だ。さっき入っていくのを俺が確認してる、だから──」
「待てよ、城の中に行かせる気か!」
そして勢いのままに言い募ろうとした兵士を止めたのはビルだった。いつの間にかオレの横に立ち、戸惑うようにジャックを睨んだ。
「橋を動かせるのは女王だけだ、もう無理だろ」
「でもまだシロウサギがいるかも知れねぇだろう?」
「待って、待ってなんの話」
どう考えても話題に置いて行かれている。
慌ててハンディの脚を引けば、ぎくりとした調子で見下ろされた。
「……お前の話だよ、アリス」
居心地が悪そうにフックで眼帯を撫でて、答えたのはジャックだった。
「アリスって、でも」
「どっちにしろ、お前さん抜きじゃ裁判は始まらねぇんだ」
そうだろ、と問う言葉はどちらかといえばハンディに向けられている。それを受けて、オレンジ色の瞳はぐっと詰まったように細くなる。
また、裁判だ。
明らかにキーワードの筈のそれが、何のことなのかがさっぱり分からない。
「……そうだな」
ぽつん、と呟かれた同意の言葉にはっとして、気付いたときには既に、ビルの膝で緩く押し出されていた。軽くよろけながらも半ば強制的にオレの脚は進む。
「待って、ハンディ!オレは何をすればいいの」
突然決まった方向性に、しかも自分の行く末に、着いていけていない事に焦って言えば、
「いつもと同じだ、アイツを捕まえるのはアリスの役目だろ」
「あ、あいつって誰」
今度はラッセルに腕を掴まれた。そのまま引っ張られてくるんと体が半回転する。すると目の前に見えたのは巨大な城への入り口。拒まれているような錯覚を起こす鉄扉と、相対して誘い込むようにゆっくりとそれは口を開けていった。
「急げ!」
放り出されるように、腕を掴んでいた手が離れていく。
最後に背中を押したのは、久しぶりに聞いたあの台詞だった。
「アリス白兎を追いかけろ!」
(そして少女は走り出す)
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