元拍手連載
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公爵夫人の家から緩やかに追い立てられ、歩き疲れるほどに歩き詰めて辿りついたのはなんとも中世ファンタジーじみた古城だった。
広大な敷地は堀で囲まれ、更に内側は石造りの外壁が覆っている。そしてその一部は剥がれるように降りて跳ね橋になっており、それを渡れば眼前に広がるのは見たこともないくらいきれいな庭園。
明かるく照らされた草木や、涼しげな噴水。暫くその景色に見惚れて、……はっとして呟いた。
「……着いた、かな」
とりあえず。
オレの体のサイズは元に戻っているらしい。この道行きで確信した。公爵家の縮尺が小さめなだけだったらどうしようと密かに心配していたのだが、どうも杞憂だったらしい。今度は白く固められた道幅も、思い出したように立っている案内板も、全て順当なサイズとしてオレの目には映っていた。
だからこそ、ここまで来られたのだけれど。
手には握られたままの『招待状』。しかしよくよく読んでみればその内容はどちらかというと召喚状に近かった。アリスは城に呼びたてられているらしい。
どういう意図があるのか、そもそもオレがアリスなのかすらはっきりしないのだけれどそれでもいいのか、ひとつも分からないままに庭の小道を進んで行く。とにかく、差出人に合ってみればいい。そうすれば、何か教えてくれるかもしれない。
そうして行き当たりばったりに歩くオレの足が不意に何かを蹴りかけた。
躓きかける既視感に、嫌な予感を抑えながら見下ろして持ち上げてみれば、それは樽型のさほど大きくないアルミ缶である。
「ペンキ?」
貼り付けられたラベルをそのまま読み上げる。
よく見れば、缶は小道だけでなく、芝生からいくつも転がっている。ころころと放置されたそれらはまるで、誰かが落としたまま拾うのを諦めた後のように見える。
「よ、っと」
点々としたそれらを何の気なく拾い集めて腕の中に積み重ねた。重さは大したことないのだが、成る程確かに量が嵩張る分落としてしまっても仕方がない。
ふかふかと育ちのいい芝を踏みながら、缶の数は増えていく。
やがて屈んで拾うのが辛くなってきた頃、眼前に毛色の変わった花壇が現れた。
特別仕立てのように品良く拵えられたそこには背の高い薔薇の木が幾本が立っている。
そこで、オレの知るオレンジの髪を揺らしながら、俺の知らない名を持つだろう人が白薔薇を赤く塗っていた。
「………………」
近づいてみれば、思ったよりも大きな花弁達がペンキの刺激臭にも負けない、どこか甘い香りを漂わせている。
オレは腕の中の缶を気にしながらも歩み寄る。目が、合った。
「……ハンディ?」
「ビルだ」
「ハンディ」
「ビルだ」
「ハンディ、あの」
「ビルだ」
「…………」
「ビルだ」
「……ビル」
「よし」
オレが拾ってきたのと同じ、赤いペンキの缶を足元に、一輪の白薔薇をようやく塗り終えたビルが刷毛から口を離した。
「アリス、やっと来たのか」
「やっと、って、待ってたの?」
ハンディはビルだとして。ビルは蜥蜴じゃなかったのか……?
考えれば考えるほど深みに嵌りそうだ。よく分からない疑問は捨て置いて、差し迫る方を訊ねれば、当たり前だろと返事が来る。
「遅かったな。何かあったのか?」
言いながらもハンディは刷毛を咥えて、また新しい薔薇を赤く塗り始めた。
日に当たって光るようだった白薔薇を、赤いペンキが撫でる度に、正直ビルには悪いが血塗れていっているようにしか見えない。
「……薔薇って、ペンキで塗っていいものなの」
「……俺だって別にしたくてしてるわけじゃない」
勅命だ。逆らったら首が飛ぶ。
嫌そうに言うハンディは更に続けて顔を顰めた。
「いいかアリス、上司が白と言ったら烏でも白く見えるのが被雇用者ってやつなんだ」
「…………」
そんな世知辛い話は聞きたくなかった。
若干荒んだ瞳で、というか多分殆ど投げやりにオレを納得させたハンディはそれでも薔薇を塗り続けている。こうして仕事をきちんとするあたりは流石だ。
「オレも手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ」
刷毛を加えたままで器用に色を載せている姿を見ると、別に無理をしているわけではなさそうだ。
「というか、どっちかといえば俺の方が手伝いなんだけどな」と零しながら淡々と薔薇が赤く固くなっていく。
そして、ふと落ちたその呟きは、ビルの独り言だったのかもしれない。
「それにアリスはそんなことしてる場合じゃないだろ」
(しかしそれは不自然に拡大し強調された響きで耳に届いた)
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